塩サバのホイル焼き
ミステリー小説を読み終えたので、読書友達の彼女に感想をメールした。返信があったのは翌日の夜だったが、『最近子供がぐずることが多くて、時間を取られて、返信が遅くなりました。すみません』とあった。そんなことを気にする必要はないのに。気を使わせないよう、こちらもあえて翌日の夜に、気にしないでほしいとメールした。そのときはすぐに返信が来て、笑えるような、面白い本を知りませんかとあった。あまりそういう本は知らないのだが、以前読んで、くすっとした本のタイトルを知らせて、元先輩のところで飼い主募集中の、可愛い可愛い子猫の写真を添付した。妹が撮影して、周囲に飼い主募集中を告知するときに見せてる写真で、時々見ながらニヤニヤしてるやつ。この写真なら少なくとも笑顔になるかなあと。
翌日、彼女から返信があった。
『あの子猫ちゃんたちは、まだ飼い主を募集中ですか? 職場の人が、飼いたいって言ってます』
それは助かる。先輩の奥さんが猫の飼い主募集にいつも使っているフリメのアドレスを教えて、件名は子猫を飼いたいとかにして、俺の名前を出してくれたら、話が早いから、とメールを返した。先輩にもその旨をメールしておいた。
仕事帰りに寄ったスーパーで塩サバが安かった。
うちの台所に魚焼きグリルはないが、受け皿にオーブンシートを敷いて、オーブントースターで焼ける。受け皿がない場合はアルミホイルを敷いて、オーブンシートを重ねて、焼く。オーブンシートを敷くと、焼いた魚がくっつかずにとれる。100円ショップで買ったオーブンシートにはクッキーを焼く写真が印刷されているが、もちろん俺はクッキーなんか焼いたことはない。もっぱら焼き魚用だ。
まずエリンギを半分の長さに切ってから、四つか六つくらいに割き、オーブンシートの上に敷き詰める。その上に塩サバを置いて、オーブントースターで四、五分焼く。そのあと洗って半分の長さにしたインゲンを上にのせて、ホイルで上を覆って焦げ付かないようにして、さらに四分ほど焼く。ホイルを取って、あと一分焼くと、香ばしくなる。
『申し込みが来たぞ。聞いて驚け、二十四歳、薬剤師だ』
食事していたら、元同僚から電話がかかってきて、いつもように突然話が始まった。
「え? 婚活の相手? 二十四歳? 若いな」
『おお、若い! そして、聞いて驚け、岩だ』
「え? 岩? …岩?」
『そうだ、岩だ。岩なんだよお…。岩としか言いようがない顔なんだよお…』
「…そ、それは」
妙なハイテンションの理由がわかった。
『写真を見て、岩だ、と思って、いや、それは女相手に失礼だろうと、しばらく考えたんだが、岩だ、以外の感想が持てなかったんだよお…。あんなに岩に似ている人間っているのか? いたんだけど。だから俺なんかに申し込んできたんだな。二十四歳、薬剤師なら、普通は婚活市場の超売れっ子だ。俺だって人の顔にとやかく言えるようなイケメンじゃないけどさ、さすがに岩には躊躇する』
「うーん、でも、結婚して長く一緒にいるんだから、もし美人と結婚しても、年取ればどうせ皺も出てくるし、そんなに容姿にこだわらなくても…」
『そうだ、それは俺の理性もそう言ってる。でもな、岩なんだ、岩なんだよお。本能が、岩と暮せるか、隣りで岩が寝てたらどうなんだ、と問いかけてくる』
「あー…、まあ、生理的に無理なら…」
『でも、二十四歳、薬剤師が、この先、俺の婚活に現れるとは思えない。なんでだ、なんで岩なんだ。せめて河童とか、豚とかならまだ生き物なのに』
悲痛な声を聞いているんだけど、なんか乾いた笑いが漏れそうになる。
「あー、写真写りが悪いだけで、会ってみたら、そんなに…」
『そうかなあ? もしかしたらそういうことがあるかも?』
「あんまり期待しすぎないほうがいいだろうけど」
『うー、会うだけ会ってみようかなあ。岩だというだけで、ばっさり切り捨てられない今の状態が、決断できるかも?』
「案外、イタリアンが苦手で、ラーメン好きかもしれないし」
『あー、そうだよなあ。結婚ってそういうのがやっぱ大事だよなあ』
「でもさ、本人に責任がない生まれつきの容姿で、きっと小さいころから色々言われてきたと思うよ。勉強して、資格を取ってる人だから、しっかりしてるんじゃないかなあ」
『うーん、そう言われれば、そうだな。岩ってことで、衝撃を受けすぎた。あと、やっぱりもう少し年が近い方がいい、話が合わないだろうし、とか思ってしまった。岩だけで断ったら心が狭いみたいな気がして、言い訳を考えていたかもしれん。俺だって、収入だけで足切りされたりしてるんだし、申し込みがあっただけラッキーなんだから、会うだけ会ってみよう。うん』
「それがいいよ」
前回みたいに、よくわからないままお断りされませんように。
「塩サバのホイル焼き」
塩サバ 片身一枚
エリンギ 一、二本
インゲン 七、八本くらい