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ズボラめし  作者: 小出 花
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無限大根

 以前の先輩から電話がかかってきた。

『久しぶり。元気か?』

「相変わらずです」

『あー、忙しいんだな。体、大丈夫か? 拘束時間が長いからなあ』

「もう慣れっこです。先輩はどうですか?」

『まあまあだよ。体を使うより、気を遣うから、疲れ方が違うけど』

「そうですよね」

『あのな、いつも頼み事ですまんが…』

「はい」

 思わず笑みが漏れる。

「また奥さんが、猫を拾ったんですか?」

『あー、また、な。なんで、いつもいつも猫が捨ててあるところに行きあうんだろうな』

 先輩も笑ってる。

「仕事場と、あと、妹に訊いてみます」

『すまんな。前回は妹さんの紹介で、貰い手が見つかって助かったよ』

「いいえ。コーヒーセットのお礼を病棟に持っていったら、みんな喜んでたって言ってました」

『歳暮でもらったインスタントコーヒーだけどな』

「夜勤のナースは、よくコーヒーを飲むから助かるみたいです」

『中元でコーヒーセットがなかったか、確かめておくよ。お義父さんのところは何かしらありそうだし』

「妹経由で引き取り手が見つかったら、そうしてください」

 奥さんの実家は資産家で、色々不動産を持っていて、人づきあいが多く、お中元お歳暮はすごいらしい。でも、それだけの人脈をもってしても、猫の引き取り手は飽和状態だというから、奥さんはよっぽど猫を拾うらしい。というか、持ちアパートの駐輪場とかで猫が子供を産むんで、それを拾うことになるみたいだが。ちなみに先輩のところは、すでに五匹飼っている。

『写真撮ったら、お前のアドレスに写メしていいか? まだミルク飲んでるから、渡せるのはフードを食べるようになってからだけど』

「はい。妹には俺から転送しておきます」

『頼む。ほんと、いつも悪いな』

「いいえ」

『妹さんと、また、うちに猫をモフりに来いよ。お前も妹さんも、猫を飼えたらいいんだけどな。絶対、可愛がるし。二人とも忙しすぎるから無理なのはわかるけど』

「妹も俺も、猫に留守番させるために飼うことになってしまいますから」

『そうだよな。でも、お前、そろそろ別の仕事を考えたらどうだ? 年々体がきつくなってくるだろう?』

「先輩みたいに、転職して資格が取れるほど頭よくないですし」

『お前が頭悪いわけないだろ。入社してきたとき、仕事の覚えが早くて、おっさんたちが、びっくりしてたんだから。営業所始まって以来の逸材だって』

「そんなことないです」

 電話越しでよかった。顔が熱くなる。

『お前なら、どんな仕事でもすぐ覚えるよ。なんかあったら、相談しろよ。力になるから』

「ありがとうございます」

『猫、ほんとにモフりに来いよ。子猫がメチャクチャ可愛いぞ。妹さんが一緒だと、うちの奥さんが喜ぶが、お前だけでも俺が歓迎してやるから』

「わかりました」

 苦笑する。前に行ったとき、先輩の奥さんが妹と猫トークで盛り上がっていた間、先輩と俺は呆然と見ていた。だって、肉球の色がピンクか黒か、混ざっているのがいいか、そんな話をされて、どうやって口がはさめるっていうんだ。あと、口元に黒い毛がある場合、どこまでが鼻くそで、どこからがヒゲなのか、とか。先輩によると、あそこまで奥さんと猫トークができる人はものすごく珍しいらしい。妹も俺もペットを飼える余裕があった試しがないから、妹が猫を好きとか考えたこともなかった。

『じゃあな』

「はい、また」



 先輩の家に猫を見に行くことにした。

 妹と俺の勤務時間とか、先輩の家の都合とかで、平日の夜に、食事がてらってことになった。

『気を使って土産とか持ってくるなよ。お前も、妹さんもだぞ。妹さんはうちの奥さんの話し相手になってもらうし、お前には料理を手伝ってもらうから、夕飯はうちのあり合わせ材料で作る。い、い、な、? 気を使うなよ』

 先輩にくぎを刺された。

「はい」

 前にビールとかお菓子とか持って行って、気を遣うなと叱られたことがある。先輩は家に誘いにくくなると言うが、手ぶらだとこちらが行きにくくなる、ということで、料理を手伝うようになった。奥さんは料理が苦手で、先輩担当だからだ。

 先輩夫婦の家は、閑静な住宅街の新築で、周囲の家並みに溶け込むような落ち着いた造りだ。奥さんのご両親からの結婚祝いだそうで、生活レベルが違いすぎて、羨ましいと思うことすらない。結婚に際して、先輩はお義父さんの会社に転職した。逆玉ということで、色々言われるのだろうが、必要な資格を取ったり、仕事で実績を上げることでスルーしてるそうだ。

 先輩宅の最寄りのバス停で妹と待ち合わせた。

「子猫かあ」

 と、妹はウキウキしてる。

「子猫、子猫」

 鼻歌みたいに繰り返している。

「飼いたいか?」

「飼えるなら飼いたいけど、無理だよ。家にいる時間が短いもん」

「ナース仲間で飼っている人がいなかったか?」

「うん。勤務が終わったら、速攻帰ってくよ。猫は寝てる時間が長いから、大人の猫なら、留守番が長くても我慢してくれるのかなあ。でもペットが飼えるアパートは家賃が高いし、猫関連の出費が結構あるみたい。その人、給料は猫に貢いでるって自分で言ってる」

「そっか。病気になったときは人間よりお金がかかるって言うしな」

「保険診療じゃないからね。だからペット保険に入ってるって」

「猫も保険が必要なんだ」

「うちの王子さまって呼んでる。ロシアンブルーの綺麗な子。あんな高そうな猫より、三毛とかがいいなあ。貢ぐとか無理だし、やだ。普通に、一緒に楽しく暮らせる子がいい」

 うん。貢ぐって響きが嫌だな。わざわざ自分を卑下するみたいで。


「おひさー! 元気だった?」

 資産家の娘とは思えないような、ファストファッションのカットソーとデニム姿で、奥さんが出迎えてくれた。長い髪を背中で一つにしばっているのも、100円ショップにあるような髪ゴムだし、すっぴんで、手には猫の爪の跡があって、家から想像する若奥様が、こんな格好で出てくると、びっくりする人もいるという。ただ、顔立ちは整っているし、肌はつるんとしてる。結婚式で見た時はお人形みたいに綺麗だった。

「子猫、すんごい可愛いよ! 見て! 見て!」

 奥さんは早々に妹を引っ張って行ってしまった。残された男二人で顔を見合わせる。あと、足元のキジ白猫のゴン造。こいつは超人懐っこくて、毎回出迎えてくれる。ノラ時代、いつも腹を空かせていたので、元々はペコ造という名前だったのだが、先輩の足にゴンゴン頭をぶつけてくるので、ゴン造に改名したそうだ。ペコ造もゴン造もあまり変わらない気がするが。奥さんのネーミングセンスはよくわからない。ちなみにゴン造はメスだ。

「おじゃまします」

「おう」

「ゴン、久しぶり。相変わらず福々しいな」

 しゃがんで撫でると、ゴン造は体を擦りつけながら、俺の周りをぐるりと回った。先輩以外には頭をぶつけない。ノラ時代に腹ペコで暮らしたせいで、餌への執着がすごくて、他の猫の分の餌も食べてしまうから、体が丸い。今は餌の時間はゴン造だけ別室でダイエットフードを食べさせているのだが、一度太った猫はなかなかやせられないみたいだ。

 リビングに入ると、他の猫たちもいた。と言っても、人見知りのサビ猫はクローゼットに隠れていたが。後ろ足が片方無い白猫が、三本足で軽やかに寄ってきた。ソファで寝転んでいる黒色多めのサビ猫は心臓に持病があって、いつもゆったりとしか動かない。俺を見上げて、長い尻尾を振っただけだ。もう一匹いるキジ白猫は、ゴン造とは柄の入り方が違うし、ほっそりしている。そして、なにより片目が白濁しているので、見分けがつく。拾われたときに両目とも目やにで開かない状態だったので、片目だけでも助かってよかったと獣医に言われたそうだ。先輩の家の猫たちは、貰い手が見つかりにくくて、そのまま買われている子たちがほとんどだ。

「子猫は二階の部屋な。一応獣医には行って、病気がないのは確かめたんだが、大人の猫が受け入れるとは限らないから、わけてる。ゴン造がついていかないよう、気をつけて。見て来いよ、可愛いぞ」

 先輩が白猫を抱き上げて言った。

「はい」

 まあ、ゴン造は俺より先輩について回るから。今も白猫ではなく自分を抱き上げろと言う風に、頭をぶつけている。ゴン造は先輩を好きすぎて、他に飼い主を見つけるなんて無理だろうと、そのまま飼うことになった猫だ。

 二階の猫部屋は、本来は子供部屋なのだが、先輩夫婦にまだ子供がいないので、保護した猫を入れておくために使われている。もう何度も来ているので、場所はわかっているし、一人で上がった。階段を上ってる間にも、猫部屋から女性二人の楽し気な声が聞こえた。

「はーい、視線こっちいただきまーす」

 扉を開けたら、子猫撮影会の真っ最中だった。奥さんと妹がスマホで連射して、お互いに写真を見せあう。

「あー、やっぱ私が撮るより可愛くなる。これ、私のスマホに送って。この写真の方が引き取り手がみつかりそう」

「はい、送りますね」

 奥さんが妹を歓迎するもう一つの理由は、猫写真を可愛く撮れることだ。子猫の引き取り手探しに、写真は重要なんだ。妹は写真を撮るのがうまい。猫だけじゃなくて、人間でも。集まりがあると、写真係を頼まれて、自分の写真はあんまりない、ということがよくある。

「お兄ちゃん、子猫、超可愛いよー! この黒い子、超人懐っこい! サバトラちゃんは指を吸うんだよ。可愛い、可愛い!」

 妹が身もだえせんばかりに言い、サバトラ子猫を差し出した。青っぽい灰色の目が俺を見て、口がぱかっと空いた。他にも、床に置いたフリースのひざ掛けの上に、まだ小さな耳が横を向いた子猫が二匹、うにうにと動いてる。

「おー、こんなちっちゃいんだー」

 サバトラを受け取り、両手で包むようにすると、温かくて柔らかい。

「あとでミルクをあげさせてもらうの。楽しみ」

「いつもは夫と二人だから、両手に哺乳瓶を持つ係を交代でするんだけど、今日は人数が足りてるから、助かるー」

 妹と奥さんはニコニコしながら、うにうに子猫の背中を指先で撫でている。

 哺乳瓶を持つ係、もう一人に任命された。うん、楽しみだ。


 しばらく猫を撫でていたが、階下から先輩に呼ばれた。晩御飯を作らなくては。

「無限大根を作りたいから、切ってくれ」

 無限大根は千六本に切った大根とツナを和えたもので、ネットでレシピが色々見られるが、うちの場合はカツオの水煮缶を使う。まあ、スーパーの特売セール次第で、普通の油漬けのツナ缶を使うこともあるが、和食中心の主菜には、水煮缶の方があうと思う。以前に先輩にレシピを渡していて、それからよく作ると聞いていた。

「一本分作りたいんだ。大根は二本あるから、上だけ切ってくれ。一本分切るのはしんどいから、途中で交代な」

「はい」

 大根は上の方が甘いので生食に向いている。先に行くほど辛いので、そっちは煮るのに使う。大根を洗って、太めの千切りにする。幅3、4ミリくらい、長さは5、6センチくらい。繊維に沿って縦に切る方が苦みが少ない。自炊歴が長いので、トントントンとリズミカルに大根を切っていく。

「お前の包丁さばきの域に達するには、あと何年かかるかなあ」

 冷凍室からイカとサトイモを出しながら、先輩は笑う。一人暮らしの経験はあるものの、結婚するまではほとんど料理をしなかったので、今でも失敗することがあると言う。

 奥さんは一人暮らし経験がなく、家事も全くやったことがなかったので、結婚当初はかなり大変だったらしい。専業主婦の母親に育てられたので、家事は女がするものと思っていたそうだが、実際には何もできなくて、先輩に習ったそうだ。掃除ロボットや食洗器は新築の家と同時に用意されていたから、まだましだったようだが、数か月の苦闘の末、掃除や洗濯はそれなりにできるようになったものの、料理は絶望的にセンスがないということがわかって、料理は先輩担当になったそうだ。

「出汁ってこれくらいか?」

 イカとサトイモを鍋にあけ、顆粒出汁を計量スプーンですくって見せる。普段はめんつゆで味つけをしてるそうだが、今日は自分で味をつけることにしたみたいだ。

「それくらいでいいと思います」

「あと、水と日本酒…」

 ぶつぶつ言いながら煮物を作り出す。俺が隣りにいると、ミスしそうなときは指摘されるって知っているから安心なんだそうだ。

 切った大根をボウルにあけ、顆粒の鶏ガラだし、しょうゆ、カツオの水煮缶、それと乾燥ワカメを入れて混ぜる。乾燥ワカメを入れるのは、大根から出た水分を吸ってもらうためだ。ある程度大根がしなっとして、ワカメが水分を吸ってから、ごま油をかけて出来上がり。ごま油は香りづけ程度で控えめにする。いりごまやすりごまを、パラパラしてもいい。

 まず俺が切った大根半分で作ってしまうと、

「ちょっ! お前の切った大根に、俺の切ったやつを混ぜてしまおうと思ったのに。別々に作ったら、俺の切った大根が不ぞろいだってバレバレじゃないか」

 先輩が文句を言う。

「半分だけでも先に味がなじんだ方がいいと思ったので」

「あー、あとから混ぜてやる。煮物をちょっと見てくれないか」

 場所を交代して、先輩が大根を刻みだす。煮物の鍋を見ると、ちゃんとオーブンシートで落し蓋をしてある。菜箸でちょっとめくり、サトイモに菜箸を刺して、煮えてるか確かめる。

「もう火を止めてもいいみたいです」

「おう、消してくれ。タラの切り身を焼くから、焼く前に塩だよな? 冷蔵庫から出してくれ」

「はい」

 切り身に軽く塩を振る。ひっくり返してもう片面にも。10分ほどおくと、水分が浮いてきて、この水分は臭みやなんかで、味の邪魔をするので、キッチンペーパーでふきとる。面倒くさがってこの作業をやらないと、焼き魚の味が結構変わる。

「最近、和食が多いんですか?」

 以前は洋食が多かった。グラタンとか、オムライスは、奥さんが大喜びしたそうだ。実家では出なかったらしい。

「脂っこいものばっかり食べてるって、お義母さんが言ったんでな。なるべく和食にしてる」

 ああ。あのお義母さんか。

 奥さんのお母さん、先輩にとっての姑さんは、正直、俺ならお付き合いしたくないなーという人だ。

「ま、転職してから体を動かさなくなったから、腹周りに影響が出そうだし、和食の方がいいんだろ」

 先輩が軽く肩をすくめた。


 タラを焼いて、レンチンしたしめじを添えて、ポン酢をかける。イカとサトイモの煮物、無限大根、なめこと豆腐の味噌汁で夕飯になった。自炊歴が短いにしては、立派な夕飯だと思う。先輩のとこの味噌汁は、出汁入り液体味噌使用だ。割高な味噌を使えるのは、さすが収入に余裕がある。

 夕飯ができたと呼ばれ、二階から降りて、洗面所を経由してからきた女性二人は、食卓を見て嬉しそうに笑った。

「すごい! うちの夫、メチャクチャ料理が上手だわ」

「上げ膳据え膳で、こんなに立派な夕食が出てくるなんて思いませんでした」

 白猫が足元にまといつき、妹が「にゃー」と返事をしている。

「しまった。男性二人が料理してるところを鑑賞すればよかった」

「あー、それって見てて幸せになる絵ですよね」

 ニコニコしながら座る。

「いい写真が撮れた?」

 ごはんをよそいながら、先輩が訊いた。

「うん。あとで見せるね。可愛く撮ってくれたの。絶対貰い手が見つかると思う」

 四人で食卓を囲み、いただきますをした。普段は一人飯が多いから、たまにこういうのが楽しい。


 食べている途中で、奥さんの携帯電話が鳴った。ごめんね、と言いながら奥さんが席を立ち、電話に出た。

「はい。お母さん、悪いんだけど、今、友達が来てて、一緒に食事中なの。…え? いらないよ。自分で買うから。…安っぽくないよ。うん、ほんとに平気。自分で買う。…ねえ、食事中なの。え? お魚を焼いて、煮物とサラダと、お味噌汁。一汁三菜だよ。料理上手の夫を持つって幸せ。美味しいんだから。…ねえ、お魚が冷めちゃう。…化学調味料のどこが悪いの? 私がかつお節でお出汁を取ろうとして煮込んだのは知ってるでしょ。夫は私よりずっとずっと料理が上手だよ。うん…、うん…。またね」

 はーっとため息つきながら、奥さんが戻ってきた。母親から毎日電話がかかってくるとは聞いていたが、食事中と言っても、すぐに切ってくれないのか。

「ごめんね、食事中に」

「いいえ」

 奥さんのお母さんは、相当な過保護で結婚後も干渉をしてくる。婿を取って一人娘とそのまま同居するつもりだったのを、お父さんが止めてくれたそうだ。苗字を妻側にしてくれて、転職してくれた婿さんに、同居までさせたら、ストレスであっという間に離婚になってしまうだろう、と説得したそうだ。だから、適度に離れた場所に、さっさと新居を建ててくれた。

 お義母さんは奥さんに「子供ができたら手伝うから、帰ってらっしゃい」と言うのだが、帰るというのが、里帰り出産のことなのか、同居のことなのか、離婚のことなのか、どうともとれるところが怖い。あえて、どうとでもとれるように言うところが嫌だ、と先輩は言う。婿を気に入ってないし、どうでもいいと思っているのは、ひしひしと伝わってくるのだが、言葉では絶対言わない。

 義母は生粋のお嬢様育ちで、女子短大卒業後に花嫁修業をして見合い結婚、専業主婦という、社会に出たことのない人だが、周囲の小さな世界での状況判断をして、自分の思い通りにする手管は持っている。夫には逆らえないが、娘は自分の言うことを聞いていいはずだと。

 結婚したおかげで家を出られた、と奥さんが先輩に感謝してるのもわかる気がする。砂糖衣でくるむように甘やかしてるようにみえて、実際は娘を自分に依存させて、離れないようにしてたんだと奥さんは言う。

 色々知ると、先輩の逆玉を羨ましがる人の気持ちがわからなくなる。確かに家を建ててもらって、奥さんは不労収入があって、経済的には恵まれているんだが、義母さんが怖い。まだ子供がいないのは、奥さんがその気になれないからだと言う。子供ができたら、今より更に干渉がひどくなりそうだからと。でも子供がいなければいないで、病院で検査をした方が、と先輩に勧めてくる。暗に種無しと、先輩だけに言ってくるところが怖い。幸い職場には出入りしないそうで、たまに奥さんの実家に行ったときに、こそっと言われるだけだから、スルーしてるそうだ。女同士だとさぞ効果的なんだろうが、男は機知に疎いから、後から、あれは嫌味だったのか?と気づく程度なので、どうということはない、と先輩は言い、奥さんに黙っている。

 でも、俺なら耐えられない気がする。両親の離婚のことで親戚からいつも、オブラートで包んだのとか包まないのとか、嫌味を言われていたから、言葉の裏を読むのが癖になってしまった。


 帰りは先輩が車で送ってくれた。

「奥さんのお母さんって、いつも食事時に電話してきませんか? 前に伺った時も、夕食の時に電話がありましたよね?」

 後部座席から妹が訊く。

「ああ。何を食べてるとか、チェックしてるんだ。で、そんな食事じゃ体に悪いから、実家に食べに来なさいと続く。まあ、お義母さんは実際料理が上手いし、以前は言われるままに食べに行ってたんだが、さすがに毎日とはいかないからな」

「別々に住んでる意味がないですよね」

「ようは、同居しろってことなんだろうけど、奥さんも俺もそんな気はさらさらないから。毎日夕食のときに電話がかかってくるから、食事のときはスマホの電源を切ることにしたら、食後に電源を入れた途端、すぐに電話がかかってきて、ものすごい勢いでまくしたてられて、奥さんがへこんでしまってな。もう、仕方ないから、電話には出て、なるべく短く切りあげるしかないんだ」

「大変ですね」

「結婚って、本人同士だけのことじゃないって、ほんと、思うわ。奥さんと二人だけならシンプルなんだけどな。苦労は猫の引き取り手が見つからないときだけ」

 結婚したくてあれこれしてる友人といい、結婚してからあれこれある先輩といい、結婚って、ほんとに色々あるんだな。


『無限大根』

 大根 上半分

 カツオの水煮缶 1缶

 鶏ガラだし 耳かき2杯分くらい

 しょうゆ  2、3たらし

 乾燥ワカメ コーヒースプーン二分の一杯くらい

 ごま油 1、2たらし



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