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ズボラめし  作者: 小出 花
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マグカップ茶碗蒸し

「まあ、今更お母さんから連絡があったとしても、今更としか思えないだろうな」

 妹は目線を上にむけて、ちょっと息をついた。

「ところで、前にお兄ちゃんの先輩が言ってた、ペットを飼えるアパートのことなんだけど、わたし、そこに引っ越そうかと思う」

「え?」

「寮を建て直す話は、何度もあがっては立ち消えてるんだけど、いよいよほんとに建て直すってことになりそう。古くて、修繕費用のほうが高くつくからって」

「そうか」

 確かにそんな話は前に聞いたことがある。

「寮費は安いし、通勤に時間も交通費もかからないし、節約できて、奨学金を結構返せたけど、そろそろ寮生活がきつくなってきた。急に欠勤が出ると、まず寮の人間に電話がかかってくるの。そりゃあ近くて、呼びつけやすいもんね。何度かそういうのがあって、休みの日でも、いつ呼び出しがあるかと思うと、リラックスできなくて、部屋にいても休みが休みじゃない感じなの。だから、病院から距離を取りたい」

「ああ」

 職場と家が近すぎるのは、いい悪いだな。

「それにね、女子寮はお兄ちゃんが来にくかったでしょ。お兄ちゃんが気恥ずかしかったのもあるし、ナース仲間にお兄ちゃんを紹介してって言われるのもやだったし」

「いや、それは、俺はいいんだが」

「あと、部屋に戻ったら、仕事からちゃんと頭を切り替えたい。仕事のことがなかなか頭から離れなくて、困ることがあるの。猫相手に無心に猫じゃらしを振りたい。ぼーっとしたい。だから猫を飼えるアパートがいいなって」

「そうか」

 人気者の患者さんが亡くなって、落ち込んで、うちに来たこともあったもんな。猫と遊ぶのは癒しになる。

「で、お兄ちゃんは隣りに住んで」

「えっ?」

 突然の話に固まった。

「わたしが留守のときに、うちの猫の相手をして。お兄ちゃんが留守のときはわたしがお兄ちゃんの猫の相手をするし。猫の留守番時間を短くできるでしょ」

「いや、兄妹で隣り同士って」

「いいじゃない。同居じゃないもの。お兄ちゃんが彼女を連れてきても大丈夫だよ」

「いやいやいや…。隣りに兄が住んでたら、お前の彼氏がヒくだろう。結婚が遠くなってしまう」

 今は彼氏がいるのか知らないが、前は時々話があった。

「あ、わたしの結婚はないから。気にしなくていいよ」

「いや、そんなわけには…」

「あのね、お兄ちゃん、わたしは結婚したくない。自分の親を見てたから、結婚してうまく生活できる気がしない。結婚すると相手を憎むことになるんだなって親を見てて思ったから。だからわたしの結婚は想定しなくていいの」

「結婚したカップルがみんなうちの親みたいになるわけじゃないぞ」

「うん、そうだね。ただ、子供のころから親を見てたから、仲がいい夫婦は希少なんだって思ってしまった。フィクションの中だけに存在する、くらいな。最初の刷り込みって怖いよ」

 ため息ついた。

「わたしはお兄ちゃんのおかげでお母さんより恵まれてるし、多少お金も持ってる。だけど、子供を産んで、その子に与えるかわからない。自分を優先しちゃいそう。だってうちの親も祖父母も自分優先だったから。ダメな親の連鎖って怖いね。怖くて、とても子供を産めない。わたしは親にならないから、不幸な子供は生まれない」

「お前は、親や祖父母とは違う人間なんだぞ」

「うん。でも、自分が信用できない。お兄ちゃんは違うって思う。ジジババのとこにいたときも、ずっと助けてくれた。お兄ちゃんはいい人」

「俺はいい人じゃないよ。高校の放課後、部活や遊びに行く同級生を見ながら、バイトに行かなきゃならないのがすごく嫌だったし」

「でも、さぼらずに行ってたでしょ。ジジババはバイト代のほとんどを、わたしたちの生活費だって取り上げたのに。ジジババは育ててやってるって恩に着せたけど、実際にはお兄ちゃんは自分のアルバイト代で学費を払ってたんだし、わたしの学用品を買ってくれた」

 放課後、部活やカラオケや、自分の楽しみに時間を使える同級生が羨ましかった。俺は授業が終わるやバイトに急ぎ、バイトが終わるや急いで帰宅した。祖父母が俺のあとにしか、妹が風呂に入るのを許さなかったから。

「お兄ちゃんだけなら、就職のときに逃げ出して、もっと楽に生活できたのに、わたしを連れて出てくれた。だからお兄ちゃんはいい人」

「いやいやいや…。それ、妹フィルターかかってる」

「妹フィルターがかかるほど、お兄ちゃんが世話してくれたからでしょ。親やジジババには、娘フィルターも孫フィルターもかからないもの。いい親になるとしたら、お兄ちゃんだよ。お兄ちゃんは結婚しても大丈夫。奥さんのことも、子供のことも大事にするよ。猫が苦手な人と結婚するなら、お兄ちゃんの猫はわたしが引き取る。だから猫を飼っても、結婚してもいいんだよ」

「あのな…」

「わたしはもう奥さんに部屋をお願いしたの。夜勤があるから、角部屋を取っておいてくれるって。続き部屋が学生さんで、三月に空くっていうから、そこにお兄ちゃんが入ってくれないかなあって」

 そりゃ、ナースの不規則な生活音を他人に我慢させるより、事情がわかってる俺が隣りのほうがいいんだろうが。…って、いやいや、兄妹で隣りって。

「別に絶対隣りに住んでってわけじゃないよ。でも、このアパートは三月で更新じゃなかったっけ? いい機会かなって思ったの。考えておいて。さて、夕飯用にブリの包み焼きと、茶碗蒸しを用意するね」

 妹は立ち上がると、飲み終えたマグカップを持って、まだ台所に行った。


 ブリの切り身に塩を振り、十分待ってキッチンペーパーで水分をふき取る。しめじは適当な大きさにほぐす。オーブンシートとアルミホイルで包んで、冷蔵庫へ。食べる直前に、オーブントースターで十分ほど焼く。

 マグカップに卵を入れ、箸で混ぜる。白身のかたまりが気になってキッチンばさみで切る人もいるが、俺も妹も気にしない。水を入れ、粉末だしとしょうゆを一たらしで味つけをするが、面倒くさいときは麺つゆでもいい。水で戻したたまご麩をちぎって、しいたけは二ミリ幅にスライス、カニカマは三分の一くらいに切って、ぎんなんと入れる。ラップでマグカップに蓋をして、二、三センチの深さにお湯を張った鍋に入れて、十分蒸す。マグカップじゃなくて、大き目の湯呑みでもいいし、もちろん茶碗蒸し用の容器があればもっといい。一人暮らしだと食器は種類が限られるから、マグカップで作るようになった。

 妹は自分の夕飯の分も一緒に作っていた。一人分だと、ぎんなんとか買う気になれないもんな。

 これだけ料理をしてもらったので、食材を買った費用を全部出した。

「夕飯、お兄ちゃんのおごりだー。ありがとう」

 妹はにこにこ帰っていった。

 こっちのほうがはるかにありがたい。

 毎年、俺が忙しい時期はこうして妹が料理に来てくれるんだが、バス移動なので申し訳ない。隣りに住めばラクだというのもあるのかな。


「マグカップ茶碗蒸し」

 卵   一個

 水   コップ半分くらい

 粉末だし 耳かき一杯分くらい

 たまご麩 二個くらい

 しいたけ 一個

 カニカマ 一本

 ぎんなん(あれば) 二個


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