焼きバナナ
『フォト婚をすることになった』
結婚が決まってる元同僚から電話があった。
「おー、よかったじゃないか」
『うん。彼女のおばあちゃんが、やっぱドレス姿を見たかったんだって。コンプレックスのことは理解してるから、言い出しにくかっただけで。なんもなしで、籍だけ入れるのって、味気ないから、写真だけでも撮れるのはよかった。…たださー』
「今度はなんだ」
ほんとに、いざ結婚ってなると次から次へ問題が出てくるんだな。
『子供は何年か待ってくれって』
「え? あ、なるほど、彼女は就職一年目だったな」
『そうなんだよ。言われたら、ああ、そうか、って思ったけどさ。俺、めっちゃ子供が欲しくて、結婚したい理由も、子供が欲しいからだから、すぐ欲しいんだよ』
「でもなあ、一年目で結婚だけでも、職場で叩かれるかもしれないし、その上妊娠したら、仕事を続けにくくなるかも」
少し前の同級生の結婚を思い出すと、彼女が職場でどんなことを言われるか想像がつく。
『やっぱそうか~』
「男は産めないんだから、彼女に無理を言うのは酷じゃないか?」
『まあな。俺だって転職したてで育休取ったら、叩かれそうだもんな』
「育休取れるんだ」
『取れればいいな。でも無理だろうな、うん、無理だ。転職してすぐだもんな。うん、彼女もそうか』
「仕方ないよ」
『でも、俺の歳を考えると…。精子は何歳から劣化するんだ? 俺、大丈夫か? あああ、もっと早く婚活しておけばー!』
「今年婚活を始めたから、彼女に会ったんだろう」
『……。そうか。あー、お前、ほんと慰めるのうまいわ!』
「劣化が心配ならブライダルチェックに行ってこい。あれ、男もあるんだろう」
『そのアドバイスはちょっと微妙。うー、男って、繊細な生き物なんだよ』
「女の人だって繊細だよ」
『そりゃそうか。なー、ブライダルチェックって何するんだ? 妹ちゃんに訊いてみて。大丈夫そうなら行ってみる』
「妹は外科ナースだ。泌尿器科とかだろ、男の場合」
『うう、めちゃ行きにくいとこだな。パンツ脱ぐの? ナースも男だといいんだけど』
「最近は男性ナースも増えてるから、電話で訊いてみ」
『あああ、受けつけはきっと女だ。うわー、どんな顔して保険証出すんだよ!』
「…繊細すぎだろ」
電話を切ったあと、久しぶりに、読書友達の彼女からメールが来た。気になっていたから、メールが来てよかった。
『しばらくご連絡しなくてすみませんでした。実家に帰ってました。今はアパートを引き払って、実家近くのアパートにいます。調子が悪かったんですが、少しずつよくなっています。読書は全然できていません』
どうしたんだろう。お子さんがよく熱を出すのは聞いていたけど、彼女が看病疲れで体調を崩したんだろうか。どうして前から実家を頼らなかったんだろう。実家って遠いのかな。訊くのは失礼だろうか。詮索されるのは嫌かもしれない。
とにかくそんな事情なら、読書がどうとかじゃなくて、体調に気をつかってほしい。
『連絡をもらえただけでほっとしました。こちらにお気づかいなく。ご自愛ください。都合のいいときに、またメールをください』と返信した。
先日結婚した同級生を囲む飲み会をやった。本当は結婚式前にやる予定だったのだが、式の準備であわただしく、彼に時間的余裕ができるのを待っていたら、こんな時期になった。当初の会の目的は、「独身さよなら、ちくしょー、若い嫁もらいやがって」的な、彼をうらやみながら送り出す、というものだったのだが、このあいだの二次会以降は、「早まったな、やつ」的な雰囲気が支配して、慰めつつ愚痴を聞く、が主目的になった。
金曜の夜だったので、俺は仕事を終えてから参加ということで、一次会には間に合わなかった。二次会に移動した店の場所をメールしてくれたので、遅れて参加。人数も場所も時間もアバウトな、同級生同士の気楽な会だった。一次会だけで帰ったやつもいる。すでに一次会でお腹を満たしていた連中はいいが、俺は仕事のあとで空腹だった。
「こんな時間まで働いてるんだから、そりゃ、腹も減るわ」
食事メニューがないため、幹事役が店に頼んでくれて、近所の店から唐揚げを出前してもらった。一次会でしっかり食べたはずなのに、「俺も」「俺も」と言い出すやつらがいて、唐揚げは大量に頼んだ。
「重いもん運ぶんだよな。疲れるだろう。でも腹が出ないのはうらやましいや。あ、高校のときほど、むっきむき太ももじゃなくなったな。やっぱ筋肉つくのは上半身か?」
幹事が俺の前に唐揚げの容器を置いて、他の連中には皿で取り分けろと指示しながら言った。
「車だから、足には筋肉つかないよ。台車があるから、マンションはいいけど、アパートの二階は自分で持たなきゃならないし、上半身はそれなりに筋肉つくな」
一時間かけて自転車で高校に通ってたときは、太ももがすごかった。朝は下り坂なんだが、帰りは上りで、一時間以上かかって、バイトで疲れたあとにくたくたになってペダルをこいでいたんだから、大腿筋も発達する。ちなみに高校は坂の上にあるので、一旦平地に下りて、また上がることになる。在校生のふくらはぎはすごい。
しばらく食べることで口がふさがってて、周囲の話を聞く。
新婚生活は、ちっとも新婚生活らしくないらしい。新妻の実家近くにアパートを借りたのは、出産後の手伝いのためだったのだが、すでに毎日義母が通ってきてるそうだ。
「あの可愛いお嫁さんが、まるで家事ができないって。いくら若くても、そりゃないわ。それも覚える気がなくて、義母まかせって」
幹事が、一次会であった話を俺に説明してくれた。無料の家政婦が通ってきてるって思えば、という意見があったが、
「通帳はどこだ、とか訊く人だぞ」
新郎の言葉に、みんな一瞬黙ったあと、叫び声が上がる。
「げーーーっ!! それはない! それはないわーー!」
お店の人まで目を丸くしてる。
「うちの姫をお嫁さんにした以上は、貯金を全部姫に渡すのが当然、だそうだ。もちろん、つっぱねた。アパートを借りたのも不満だそうだ。俺の独身時代の貯金を頭金にして、新築一戸建てを姫にプレゼントするものらしい。家を持つのはやぶさかではないが、生活が落ち着いてからにするつもりだと言った。義母は俺の給料を全部妻に渡して、家計は妻が預かるのが当たり前だ、という意見だが、独身時代の貯金がゼロという妻の金銭感覚には不安があるから、家計を任せることはできない。義父は給料を全て義母に渡して小遣い制だが、非常に静かな人で、不満を言わないらしい。黙々と働き、残業し、自宅にいる時間は短く、家事と育児は義母任せで、家での存在感がないそうだ。俺にはああいう生活はできかねる。結婚前に、生活費の負担割合を決めて、伝えておいた。家賃と光熱費は俺、生活費として十万出す、彼女は五万出す、残った場合は共有貯金、家事は分担だが、俺の帰宅が遅いので、平日は妻に多めにお願いすることになる、週末は俺が多めにやる。かなり譲った条件のはずだ」
「…譲ってるな、相当」
既婚者の同級生の目が泳いでる。彼の結婚生活は違う条件なんだろう。
「だが、妻はいまだに一円も出さない。俺が出した十万円は義母に渡って、パート帰りの義母が食品や生活用品を買ってくる。妻が合鍵を渡して、義母が勝手に出入りしている場所は、到底安らげないし、自宅とは思えない。通帳のほか、貴重品は全部貸し金庫に預けた。義母には勝手に出入りしないよう伝えたが、妻がつわりを理由に、家事を一切しないので、義母は手伝いを主張して、出入りをやめない。週末は来ないようになったが、代わりに妻が金曜の夜から実家に帰ってしまう」
無表情で淡々と話す。妻という言葉がこれほど皮肉に聞こえたのは初めてだ。
「新婚生活、なのか、それ?」
既婚者が眉をしかめている。
「最初から結婚生活がなりたってないと判断している」
「……もうさ、実家に帰っちゃえば?」
「子供に責任がある。若く可愛い女性にべたべたされて、鼻の下を伸ばした結果だが、したことの責任は取らなくてはならない。婚外子だと、子供の人生に不要な重荷を背負わせてしまう」
「俺なら、妊娠したって言われた時点で、逃げるよ…」
「同じ会社だ。逃げ場所はない」
「職場恋愛、こえー!」
なんか、結婚が怖くなってきた、と独身組が呟くと、うちはもうちょいなごやかな生活をしてるよ、と既婚組が弱々しく反論した。
「俺のような例は少ないと思うが、他山の石としてくれれば幸いだ。二十代は仕事ばかりで、三十を過ぎてから、周囲に結婚を促されるようになり、母が親戚に見合いを頼んでいたところに、この結婚になった。母を泣かせたのは、インフルエンザをこじらせて肺炎で入院した十一歳のとき以来だ。非常に申し訳ない」
彼は俺のほうを向いた。
「結婚願望がないのも悪いことではないかもしれない」
俺は何も言えなかった。唐揚げを食べにきただけのような気がしてきた。
一、子供が生まれたら、子供可愛さに奥さんが変わるかも
二、……思いつかない。
三、………………、ごめん。
彼を慰める方法が見つからなくて、子供が生まれたら奥さんにも自覚が出るよー! という実に無責任かつ無理なことを言って、同級生一同で明るく振る舞った。彼はいつも通りに表情が少なかったが。
俺は自分の親を見ていて、結婚っていいものじゃないという刷り込みだから、彼が陥っている状況が、ああ、やっぱり、な気持ちになったが、できれば同級生がそんなことになってほしくない。子供が生まれたからって親が変わるわけではないと、自分の親を見て知っているが、俺の思い込みが例外であってほしい。俺の親以外は、多くの場合、結婚がいいものであると思いたい。
彼は、今の状況で頑張ってみるよ、といつも通りの努力家な様子を見せて、会を終えた。
学生時代から、きっちり計画を立てて、きっちり計画通りに実行して、成果を積み上げる努力家だ。
でも、結婚は一方の努力だけでなんとかなるものじゃない。もちろん、不用意な行為で相手を妊娠させたのは彼だから、その責任を取るという態度は正しい。彼の努力に妻側も応えてくれたらいいんだけど。
本当に、こんな努力家は、報われてほしい。
なんだか気持ちが滅入ったので、帰宅後、バナナを焼くことにした。
落ち込んでるときはバナナを食べるといい、と妹経由で妹同僚から教えてもらった。脳内ハッピー成分の材料になるらしい。さらに、焼いたバナナは腸内環境をよくしてくれるそうだ。
夕飯が唐揚げな上に、夜バナナって、デブの素だが、たまにはいいんだ。たまには。…明日、頑張って働こう。
切り口の黒いところは防カビ剤が塗ってあるから、実に近い部分までキッチンばさみで切り落とす。皮のまんまオーブントースターで三分ほど焼き、余熱で二分ほど放置。あんまり焼くと皮が焦げて、はじけてしまう。焼いた直後は熱いので、手で持つときに火傷しないよう、ちょっと冷めるのを待つ。
焼いたバナナは生のときより甘い。甘いのに、なあ。
「焼きバナナ」
バナナ 一、二本




