お湯を注ぐだけみそ汁
うちにある100円ショップの裁縫セットで、妹がボタンをつけ直してくれた。ちゃんと玉結びしてなくて、糸が緩んでとれたみたい、とのことだった。
「お兄ちゃん、裁縫へったくそー!」
それは事実なので、甘んじてその言葉を受ける。しかし、そのボタンに関しては、違うぞ。と、思いつつ、妹には、図書館での出来事を言わなかった。ボタンをつけてもらった、相手に手間をかけたのに、その出来上がりにどうこう言うのはよくないと思ったし。立ったまんまじゃ、うまくいかなくても仕方ないんだし。
寮に帰って寝直す、と妹が帰ってから、掃除機をかけて、本を読んで、洗濯物を取り込んで、休日が過ぎた。
夕飯は厚揚げの煮物、キャベツと貝ヒモのピクルスがあるから、冷凍ご飯を解凍して、みそ汁だけ作ることにした。
いや、みそ汁を作ると言っても、一人分なので、お湯を注ぐだけの簡単なやつ。
市販のものでもいいが、一番安上がりなのが、マグカップにだし粉末をちょっと、みそをコーヒースプーンですくって入れ、たまご麩、乾燥ワカメを加えて、お湯を注いで終わり。出汁入りみそとか、みそ汁の具として乾燥した食材のミックスが売られているから、それを使うともっと簡単だが、コスパで言えば、現在のが一番いい。
「いただきます」
煮物とピクルスを作ってくれた妹に感謝しつつ食べる。
食事を終えそうになった頃、スマホの呼び出し音がした。
『よお、訊いてくれよ~』
弱った声は、元同僚のものだった。今は転職して別の会社にいるのだが、時々一緒に飲みにいったりしている。
「どうした?」
『よーやく! よーやく、アポがとれたのにさー、一回会ったら、おしまいって、ヒドくね?』
「あー、結婚相談所の?」
彼は今年に入ってから、婚活をしている。転職もそのためだ。うちの会社は不定休なので、土日休みの仕事の方が家庭を持つにはいいだろうと。ただ、長男で今は親と同居してること、転職したてで、あまり給料がよくないのがネックになっているそうだ。
『今日、デートでさあ、そりゃもう、期待して、行ったわけよ。写真で見たのと、ちょびっと違う顔してて、ありゃ、と思ったけど、女って化粧で顔変わるじゃん』
「うーん、うん。まあ、変わる人もいるな」
『画像加工してたのかもしれないけどさ』
ため息ついてるのが聞こえた。
『下調べもしててさ。女が好きそうな店を選んで、慣れないイタリアンとか食べたわけ』
「頑張ったな」
普段、ラーメンとか居酒屋とかしか行かない奴なのに。
『フォークとか、めんどくせーよな。パスタだって麺なんだから、箸で食った方がいいのに。あと、すすっちゃいけないのもさー、食いにくいよな』
「それはそうだな」
『メチャクチャ気を使いながら食ったから、味しないのな。婚活で食う飯って大体そうだけど』
「うん」
そういう場面だとそうだと思う。
『映画見て、コーヒー飲んで、全部俺が払ったんだけど、相手が財布を出す素振りすらしなかったのは気になったけど、まあ、話もできてたし、うまくいったと思ってたんだよ。それが、帰ってしばらくしたら、お断りのLINEよ』
「なんて言って?」
『合わないと思います、だってよ。どこが?とか、具体的に訊きたくてLINEを返したら、とにかく合わない、もう連絡しないでください、ってブロックされた。ヒドくね? 俺、おごらされるためだけに呼ばれたの? 結婚相談所ってサクラもいるっていうし、あの子サクラだったの?』
「うーん、パスタの食い方が汚かったとか。でもないか、お前、食い方普通だしな」
『だろ。そりゃ、慣れないことして、食うのが遅かったかもしれんが、普段が早食いだし』
「映画が合わなかった?」
『彼女が見たいってやつにしたんだよ。俺の方はつまんなかったよ、恋愛映画』
「つまんなそうだったから、合わないって思ったとか」
『つまんないと思っても、あからさまにそんなの出してたわけじゃねーし』
「相談所には連絡した?」
『したけど、彼女に訊いときますね、で終わり。こんなモヤモヤしたまんま、週末が終わるのか。明日から仕事、行くのか。何が悪かったかわからないと、次に行くにしても、またうまくいかないんじゃ、と思っちまう。やっぱサクラか? 相談所をやめさせないように、時々セッティングしてるだけなのか?』
「サクラをあてがわれるほど、お前のスペックは悪くないと思うけどなあ。でも男の悪くないと、女の人の悪くないは違うんだろうし。親と同居はない、と言ってあるんだろう?」
『そりゃ、親と同居希望なんて、結婚してくれる女はいないことくらいわかってるよ。でもなー、長男なんだから、いずれは同居があるんでしょう、とは言われる。弟は県外で就職して出てるし、今、俺が親と住んでるからかな。やっぱ、一人暮らししないとダメ? そんな金を使うなら、結婚資金にしたい』
「だよな」
『お前の妹ちゃんが結婚してくれたらなあ』
「あー…、うちはな…」
前から言われていることだから、改めて断るのも、なんだ。
『わかってるよ。お前んち、親が離婚してるから、結婚願望ないんだろ。でもなー、妹ちゃん、婚活市場に出したら、超高スペックだぞ。高収入の男も楽勝』
「本人にその気がないから」
『もったいないなあ。二十代半ばで、美人でナースだし、結婚してくれって男がいっぱいいるだろうに』
「勘違いする男性患者が面倒くさい、と言ってる。仕事の看護を個人的な好意と誤解されるって」
『そりゃ、男はなー、弱ってるときに優しくされたら、勘違いするよ』
「それ、ナースがよく言われるらしい。優しくしてない、仕事だってさ」
『やっぱそう? ナースってみんなそう? 夢を見させてくれよ~』
「男は優しくされてると思っても、女の人はただの社交辞令だったりするからなあ」
『あー、あるある。いや、でもお前の場合は違ったろ。取引先の女にメアド渡されてただろ』
「一回だけだよ。それも、上司に、面倒なことになったら困るからやめとけって言われて終わったし」
『俺が働いてた時、そんなこと一回もなかったぞ。面倒なことになって困ってもいい、メアド渡されてぇー!」
「なんだ、それ」
笑って、あとは雑談になって、電話を切った。
結婚かあ。
『お湯を注ぐだけみそ汁』
みそ コーヒースプーン1杯
粉末だし 耳かき2杯分くらい
たまご麩 3~5個
乾燥ワカメ コーヒースプーン1/2杯くらい