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ズボラめし  作者: 小出 花
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玉ねぎのマリネ

 時間があるときに、マリネを作っておくことにした。作ってすぐは食べられないし、冷蔵庫で保存しておけば一週間くらいもつから、安売り玉ねぎを買ったときに作っておく。

 しゃりしゃりの噛みごたえを楽しむときは、繊維にそって縦に切る。サクサク食べたいときは、横に切る。

 今日は横に切ることにした。まず縦に半分にする。端っこの部分は五ミリくらいの厚さに切る。次は三ミリ厚さくらいに、その次は自分の技術で可能な限り薄く切る。また端っこになるので五ミリくらい。という感じ。

 インスタントコーヒーの空き瓶に、定規と油性ペンで一センチ刻みのしるしをつけてある。百円ショップなんかで目盛りのついた容器を買ってもいい。そこへ酢とサラダ油を二対三の割合で注ぐ。塩、こしょうを加え、蓋をして軽く振る。

 つまりはフレンチドレッシングの作り方だが、分離させたくない場合は、マスタードを酢で溶いて加え、瓶を振ると、つなぎになる。

 瓶のドレッシングに、玉ねぎの厚い部分から入れる。下のほうは厚い部分、上の方は薄い部分にすると、薄いほうから漬かるから、食べるときに出しやすい。玉ねぎがしっかりマリネ液に漬かるように、量を調節する。彩りに人参の薄切りも何枚か入れた。妹が作るときは、人参を花形に抜いていたが、もちろん俺はただの薄切りのまんま。食べやすいように四分割のイチョウ型にしただけだ。人参以外に、ピーマンの薄切りとかも華やかになっていい。

 冷蔵庫に入れて半日もすると、薄い部分は食べられる。


 高校時代の友人が結婚して、二次会に呼ばれた。

 市内のレストランを借り切ってて、入り口で会費を払う。新郎側の受けつけは高校の同級生で、大学も一緒だったので、新郎側の出席者のほとんどが顔見知り。久しぶりだなーとあいさつを交わした。新婦側の受けつけは会社の同僚女性だそうで、新婦と同じ年くらい。面識がないので、こんにちはを言うだけにした。

 店内は、一段高くしたところに高砂席が作られていて、そちらと横向きに長テーブルが並んでいる。席は指定されなかったが、知った顔を見つけた。

「おー、久しぶりー! 相変わらず細マッチョだなー」

 高校の同級生が手招きした。

「ほら、俺なんて、この腹」

 ぽん、とでっぱりを叩く。

「肉体労働なんでね」

 軽口で返す。高校は進学校で、ほぼ百パーセント大学に進む。俺みたいに就職したのは珍しい。親の離婚がなければ俺も進学していたかもしれない。

「いやー、デスクワークで、パソコン画面ばっか見てるのよか、健康的だよ。視力はガタ落ちだし。その体形、ちっとも老けないなー。髪は全部自前?」

 三十過ぎると同級生の会話はこんな感じだ。腹の出具合、健康値、髪。既婚だと子供の話。

 話しているうちに、他にも高校の同級生がやってきて、軽く同窓会状態になった。高校、大学ともに同級生というのが何人かいるので、隣りに大学の同級生も一かたまりになってた。男ばっかり十五人ほど。

「新婦って新入社員なんだろ? あいつ、学生のときから堅物で、社会人になっても仕事ばっかりしてるって聞いてたけど、どうやって口説いたのかな。十個も下じゃん。やったな」

「だよな。俺、新婦の友人に期待して来たんだけど…」

 同級生たちがきょろきょろしながら言った。

「新婦の友人、遅くない? あっちの男女混じってるのは、年齢バラバラだから、会社の同僚たちだろ?」

 空きテーブルがいくつもあるが、今いる出席者は明らかに男性比率が高い。開始予定時間は過ぎてる。レストランスタッフはウェルカムドリンクをとっくに配り終えて、厨房の出入り口付近で手持ち無沙汰な様子だ。

 受けつけの二人が、なんかトラブってるようで、新婦側の受けつけが高砂席後ろの衝立の中に入っていった。親族だけで式と披露宴をしたあとだから、時間的におして、何かあったのかな。しばらくして、新郎側の受けつけも衝立の向こうに消え、さすがにざわざわしてきた。

「しまった、乾杯の前に飲み切ってしもーた」

「お前~、飲むなよ~。相変わらず自由だな~」

「だってなかなか始まらないし。どしたんだろ? おかわりもらってこ」

「あ、俺のも頼む」

 大学の同級生側に、天然ぽい人がいて、空のグラスを振りながら、おかわりをもらいに立った。そんなのを見てたら、俺も飲みたくなってきた。

 しばらく待つと、新郎側受けつけがマイクを持って、そのまま二次会司会を始めた。会場の片側に空きテーブルがあるまま。

「新郎新婦入場です、拍手でお迎えください!」

 衝立の向こうから、新郎新婦が現れた。新郎はタキシード、新婦は花冠を頭にのせて、ふわふわの髪をおろし、ウェディングドレスというか、胸のすぐ下にギャザーが寄った、男の目にはネグリジェみたいだなーという感じの白いドレス。その姿を見て、俺の近くから、

「あー、デキ婚か」

 というつぶやきが聞こえた。なるほど、お腹を締めつけないドレスなのか。

 新郎も新婦もなんだか表情が硬い。新婦は泣きそうな顔をしている。友人が来ないなんて、泣きたくもなるだろう。

 乾杯のあと、まずは食事と言われた。ビュッフェスタイルで、てんでに取りに行く。待たされたので、さっさと食事に行く者、高砂席にあいさつにいく者で、人がせわしなく動き始めた。

 新婦側の受けつけの女性がやってきて、

「すみません、欠席者が多くて、料理が余りそうです。遠慮なくおかわりしてください」

 申し訳なさそうに言った。

「新婦友人たちは、みんな欠席なの?」

「……はい」

「え? ドタキャン? みんな?」

「……私にもよく事情はわからないんです。私は会社の同期で、同い年の女子社員は新婦と私だけということで、受けつけを任されたので」

 きまり悪そうに言って、社員たちのほうへ戻っていく。

「新婦友人、来ないんだ……」

 十歳下の女性に期待して来た、と言っていた同級生が残念そうにつぶやく。

「え? やばくない? 新婦、友達全員にドタキャンだよ? なんかやらかして、恨みを買ってるんじゃ? そんな女と結婚して大丈夫?」

 別の男が、疑念を口にするが、みんななんとなく同じようなことを考えたと思う。

「あー、あいつ、引っかかったかなあ?」

 俺の隣りで同級生がぽそっと言った。

 お祝いの席だというのに、一気に空気が冷えた。


 新郎のところに、おめでとうを言いに行った。高校時代すごく真面目で、社会人になってからは何度か一緒に飲んだが、相変わらず真面目で、高校生のころから見た目もあんまり変わっていない感じ。仕事を頑張っていて、早々に課長になったが、年相応に見られないのが悩みだとこぼしていた。ただこめかみに白髪があって、そこだけ年齢が出てる。若々しい顔に似合わない、堅苦しい礼を言われた。結婚式当日なんだから、もっとテンションが高くてもいいと思うのだが、彼の場合、元々落ち着いているのでこうなのか、新婦が友人全員からドタキャンされたという状況でテンションが低いのか、判断がつかなかった。

 新婦は可愛い顔をしてるんだけど、目が赤くて、裏でちょっと泣いてたのかもしれない。俺にはぺこんと頭を下げただけで、何も言わなかった。お腹に手を置いているから、やっぱり妊娠してるのかも。

 どうやってこんな若くて可愛い彼女とつきあって、結婚にまで至ったのか、高校時代の同級生を知っているだけに、まったく想像がつかない。

 スタッフがどっさりと皿に盛りつけてくれた料理を手に、テーブルに戻り、レストランウェディングならではの美味しい料理をぱくつきながら、同級生たちと近況を報告しあう。既婚と未婚は今のところ半々くらい。

「お前の妹って、ほんとにナースになったの?」

 同級生に訊かれた。

「なったよ」

「よし! 合コンやってくれ! ナースと合コン!」

「やだよ。妹もそんな誘いばっかで嫌になってるっていうし」

「なにを言ってる。独身男にナースを紹介しろ」

 おー、いいな、ナース! とあちこちから声が上がる。大学の同級生側からも、ナース! ナース! とコールが出た。どうして男はこうもナースが好きなんだ。

「いいなー、ナース。結婚してえ! 新婦が十歳年下で可愛い子って聞いたときは、正直うらやましいと思ったよ。俺なんて親にせっつかれても、全然相手が見つからないし。どーしよー、このまま一生独身かも」

 大学の同級生がこぼす。

「でもさー、江戸時代なんて一生独身つうのは結構いたんだぞ。つーか、基本的に、男側に農地とか、家とか、継ぐもんがないと、結婚できないのが普通で、女側の親が許さないもんだし。次男や三男って、独身のまま実家で飼い殺し状態というのが珍しくなかったらしいぞ。農家だと労働力だし、武家だと冷や飯食いだし。独立してる職人は別として、丁稚奉公してそのまんま商店に勤めてるような雇われ人だと、店の二階に住んでて、いわば下宿生活だから結婚できっこない。店主にのれん分けしてもらって自分の店を持つか、出世して番頭になってから外に家を持つ許可をもらって、やっと結婚する頃は五十歳とか、結婚できたらラッキーくらいな。国民皆結婚なんて、ここ百年程度のことだわ。独身が増えるのは元に戻るだけ。結婚しなきゃ、なんて焦ることないない」

 乾杯前にドリンクを飲み干し、おかわりまでもらいに行ってた人が言った。大学の同級生で、名前を知らないので、彼には脳内で勝手に天然さんと呼ぶことにした。ひょろっとした体がスーツの中で泳いでて、滅多にスーツを着ないのが明らかだった。

「そんなこと言って、お前はちゃっかり結婚してるじゃないか」

「俺の場合は、嫁が漢だから。俺の安月給をものともせず結婚してくれたからなー。江戸時代なら俺みたいのは結婚できなくて当たり前。大学に残って、金にならない研究をしてる男とよく結婚してくれたわ」

「学生のころからの仲だもんな」

「損得を考える歳になる前に、たまたま嫁と会ったしなー。嫁のほうが先に就職して、収入あるし、基本、俺が兼業主夫だし。それで、色々言われることもあるけど」

「あー、なるほど。大変なこともあるんだな」

「うん。稼ぎは嫁担当、家事は俺担当で、それでいいじゃんと、俺は思ってるけど、他人の生活に口出しするやつもいるぞー。嫁のパンツを洗うことが、そんなに男のプライドに関わることなのか、俺にはよーわからん。洗濯機に放り込んで終わりなのに。そんなことに口出しするやつに限って、家事なんてボタン一つで楽してるんだから、妻はさぼってるって言うしな」

「でもさ、ヨメのパンツを洗うのは、やっぱビミョーな気になるぞ。ヨメがインフルエンザのときに洗濯したけどさ。子供のパンツを洗うのはそうでもなかったのに」

 左手薬指に指輪がある大学同級生が、眉を八の字にして情けない声で言う。

「そんなもんかね。男のパンツより小さくて、薄くて、すぐ乾くし」

「パンツの大きさでよしあしを語るお前には、気にならないだろうな」

 天然さんは苦笑されてそれで終わりらしい。

「あと、うちの場合、俺の実家が遠いのがよかったな。多分、近くに親がいたら、安月給の俺を情けないと言い、俺より収入の多い嫁を可愛くないと言い、面倒くさいことになってたろーし。飛行機の距離だから、二、三年に一度、顔を出せばいいほう。そもそも大学進学で家を出てから、ほとんど帰省できなかったからな。親も俺をあきらめただろ。ほぼ、いないもの扱いだな。昔の考えの人間には、安月給の男って価値ないから。それも六年も大学に通って。嫁の実家は思うところあるだろうけど、俺には何も言わないでいてくれるし。近くだけど別居だし」

「あー、そうだな。双方の親がからむと面倒くさくなる。お前、ラッキーだな」

「うん。あ、でも子供を作るときは、出産で何があるかわからないから、もし嫁が働けなくなったら、俺は会社員になってくれって、嫁に言われた。そうだな、って思った。それで子供を作って、幸い何もなかったけど、もし嫁が体を壊してたら、会社員になってたよ。生まれたら、子供が可愛いから、やっぱ父親としてもっとましな収入を得るべきか迷ったけど、研究者で知的な父親っていうのもいいじゃないって嫁が言ってくれた。漢だわー」

「漢だなー」

「まあ、実際は俺に会社員なんか務まらないって思ってるんだろうな」

「そだな」

「うん。自覚ある」

 本人も周りも、笑った。



「玉ねぎのマリネ」

 玉ねぎ  一個

 酢    コップ半分くらい

 サラダ油 コップ四分の三くらい

 塩    耳かき三杯分くらい

 こしょう 一、二振り

(マリネ液を分離させたくないとき)マスタード カレースプーン一杯分くらい



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