鍋
今日は冷たい雨が降って、肌寒かったので、今シーズン最初の鍋にする。仕事帰りにスーパーに寄って、材料を買い込んだ。
カセットコンロはないので、普通のコンロで調理する。
白菜は洗って、厚みのある白い部分と、ひらひらの葉っぱ部分に分け、それぞれ二、三センチ幅に切っておく。人参は三ミリ厚さくらいの輪切り、しいたけは石づきの硬い部分を落として、軸は長さを半分にしてから裂く。軸が硬い場合はみじん切りにする。傘の部分は、二つか四つの食べやすい大きさに切る。豆腐は三つ組で売られている小さいやつを、洗って四つに切った。
鍋に水と粉末昆布だし、しいたけの軸を入れて、沸いたところで、タラの切り身、人参、しいたけ、白菜の白い部分を先に少し煮る。ある程度火が入ったところで、白菜の白い部分、春菊の茎の部分と豆腐、そのあと十秒くらい加熱してから春菊の葉っぱの部分を入れ、火を止める。
妹がどこかへ旅行したときにくれたタイルの鍋敷きは、綺麗なので普段はインテリアとして飾っているが、実用にもしてる。男の一人暮らしだと雑誌が鍋敷きになることもあるが、うちには雑誌がない。古新聞もないので、ちゃんとした鍋敷きが必要なんだ。
皿にポン酢と味噌、マヨネーズを、一対一対一の割合で混ぜる。これは春菊用。くせがあるので、ちょっと強い味つけのほうが美味しい。
茶碗にポン酢を入れて、春菊以外はこっちで食べる。
鍋から春菊の葉っぱ部分を先に、皿に取る。加熱しすぎると色が悪くなって、ふにゃふにゃになるからだ。
ポン酢を入れた茶碗に、タラ、豆腐、白菜の葉っぱの部分を取って、食べだした。
寒くなってくると、やっぱ鍋だな。あったまる。
ポン酢でさっぱり食べたあと、春菊を強い味つけで。かわりばんこに食べていると、味に変化があって飽きない。
〆に雑炊を作ることもあるが、今夜はもうお腹いっぱいで、明日の朝食にすることにして、鍋に煮汁をそのまま残した。魚と野菜からだしが出てるから、捨てるなんてもったいない。
片づけをしようとしたら、電話が鳴った。
『彼女から電話があった! 電話があった!』
元同僚から大興奮の声だった。
『結婚してくれますかって言われた。もちろんです! って答えた!』
「よかったなあ」
日本語とは思えない歓声をあげてて、電話越しだとさっぱり意味不明だが、大喜びしてるのだけは伝わった。
『四十男を断ったときに、外見についてひどいことを言われたみたい。でも、若いから我慢してやってるんだ、なのに断るなんて生意気だって。だから、年寄りになっても一緒に犬の散歩がしたいって、俺が手紙に書いてたのが嬉しかったって。若い以外に取り柄がないみたいな扱いを受けたあとだったから余計に。だから、俺と結婚したいって』
「よかったなあ」
『うん。俺がプロポーズしたあとに、彼女のおばあちゃんがすごく喜んでくれてたんだって。おばあちゃんは可愛がってくれて、でも厳しくしつけてくれた人で、器量が悪いんだから、あ、俺が言ったんじゃないぞ、彼女のおばあちゃんがそう言ったんだぞ、まあ、容姿のことを…、なんだ、ってことで、立ち居振る舞いは綺麗にしなさい、勉強して資格を取りなさいって、子供のころに言われたんだって。そのとおりにして、結婚が決まったから、嬉しかったし、おばあちゃんが喜んでくれたのが嬉しかったって。もしかしたら、おばあちゃんに報告したあとじゃなければ、結婚をやめるとか言われてたのかも。俺、首の皮一枚でつながってたんだなーって気がする』
「いい人だな。子供のころに外見のことをはっきり言われて、へこんだろうに、おばあちゃんのアドバイスを素直に聞いたんだ」
『そうだよなあ。箸使いとかはおばあちゃんに厳しくしつけられたって。彼女の箸の持ち方を、子供の手本にさせたいなって思ったときに、あ、俺、彼女との子供を考えてる、結婚したいんだ、って気づいた』
「お前、彼女に言ったか? それって、結婚を決めた瞬間だろ」
『え? 言ってないよ』
「言え。そういうのを言われると女の人は喜ぶ」
『えー、恥ずかしいなあ。あれか、わたしのどこが好きで結婚しようと思ったの? って訊かれるようなやつか』
「そうそう。女の人はいちいち言葉にしてもらうのを喜ぶ。彼女は訊くタイプじゃなさそうだから、こっちから言ってあげろよ」
『うー、頑張ってみる。でも、いつ言うんだ? 電話してそんなことをいきなり言うのも変だし』
「次に一緒にごはんを食べたときでいいだろ。食べ方が綺麗だってほめてから、言え」
『……お前が取引先で女にメアドをもらえる理由がわかったよ』
「仕事中にそんなこと言わないぞ。大体、俺には彼女がいないだろ」
『今はな。前は彼女がいたじゃん。でも、お前に結婚願望がないから、女がしびれを切らして別れちゃうんだよ』
「あー、そうだったんだろうな」
『俺が結婚相談所に行ったとき、三十四歳前によくぞ来てくれました、って言われたぞ。男は何歳になっても結婚できると思ってるのがいるけど、実際は三十五になると、途端に女の側から申し込みがなくなるって。子供が大学を卒業するまで現役で働けるか逆算すると、三十五あたりがボーダーみたい。それに、男も歳とったら精子が劣化するってよ。特に女は出産のことを考えると年齢を気にするしさ。結婚なしのつきあいってできなくなるだろ。この先どんどん彼女ができにくくなるぞ』
「結婚が決まった途端、上から目線」
茶化すと、変な叫び声が聞こえた。
『だって、嬉しいんだよ! 今だけ上から目線でも許してくれ! いっぱい相談にのってくれて、ありがとー! 結婚するぞー!』
「うん、うん、よかったな」
電話を切って、ふとテーブルの上に目が行った。
一人鍋してる俺って。
「鍋」
タラ切り身 一枚
豆腐(小パック) 一パック
しいたけ 三、四枚
白菜 二、三枚(八分の一くらい)
人参 二センチ分くらい
春菊 二分の一袋
昆布粉末だし 耳かき二杯分くらい
水 コップ四分の一くらい




