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ズボラめし  作者: 小出 花
23/34

ホワイトソース煮

 「落ち着いたから、新居に遊びに来いよ」と元先輩から誘いがあって、仕事帰りに妹と行くことになった。最寄りのバス停まで先輩が迎えに来てくれた。やや郊外で、車がないとちょっと不便な感じだが、アパートには二台分の駐車スペースが用意されていて、若い夫婦向けらしく、同じ建物に住んでいる人は似たような年齢の夫婦や、小さな子供がいる家族ばかりだそうだ。ペット可なので、どの家庭も犬か猫を飼っている。

「さすがに猫が五匹もいるのはうちだけだ」

 アパートに向かって歩きながら、先輩が苦笑した。

「犬も可愛いな。うちの下の部屋が柴のミックスを飼ってて、会ったときに撫でさせてもらった。防音がしっかりしてるから、声が聞こえないのかと思ったら、無駄吠えしない子なんだって。えらいなあ。犬を飼うと散歩が必要だから、面倒だと思ったけど、散歩で色んな人に会うから、すぐにご近所づきあいができたって言ってた。そういうのはいいな」


 玄関まで出迎えに来た奥さんを見て、びっくりした。

 自宅にいるときの、いつものファストファッション、カットソーとデニム姿なんだが、髪を切ってた。それもベリーショート。頭の形まんまくらいの、ベリーベリーショート。

「わあ、格好いい! その髪型!」

 唖然として言葉が出ない俺をよそに、妹はにこにこと褒めた。

「ほんと? 一度、思いっきり短くしてみたかったんだけど、さすがに切りすぎたかなあと」

「頭の形がいいから、その長さでも大丈夫です」

 女性たちはおしゃれの話をしてるが、俺は思わず先輩を見てしまった。目が合うと、

「うちの奥さん、格好いいだろう」

 にやってされた。そんなこと言われたら、頷くしかない。

 ふくよか猫のゴン造が猫ドアを絞りぬけ、先輩に突進してきて、抱き上げられた。促されて部屋に入る。

 先輩の家では料理は先輩と俺担当だが、お茶の支度は奥さんと妹でしてくれるので、二人はキッチンスペースに行った。髪の話がまだ続いている。シャンプーがラクとか、ドライヤーの時間が減ったとか、寝癖にびっくりとか、ショートへア同士のあるある。

 超シャイなサビ猫以外はリビングにいて、三本足だけど元気いっぱいの白猫が、挨拶に寄ってきた。

「猫たちも落ち着いたんですね」

 白猫のシオたん(塩タンではない。名づけたのはもちろん奥さん)を撫でてやり、ソファの、猫のいない場所に座る。

「ようやく。猫には引っ越しってほんとストレスなんだな。何日かはクローゼットが猫の家だったよ。平気だったのはゴンくらい」

「ゴン造は先輩さえいればよしって感じですもんね」

 今も先輩の膝にのっているキジ白の重そうな体を見た。

「猫ドアって最初からついてたんですか?」

「ああ。ペットと住む賃貸をうたってるだけあって、玄関以外のドアには最初からついてた。普通体形の猫と小型犬には便利だよな。ま、ゴン造はお腹が窮屈そうだ。あと、洗面所とか…」

 言いながら立ち上がり、洗面所を見せてくれる。ゴン造はもちろん先輩のあとをついてきた。

「シンク下が普通は戸棚だろ。でも、このアパートのは戸がないただのスペースで、猫トイレが置けるようになってるんだ」

「へえ」

 枠があるだけのシンク下に、実際に猫トイレが置いてある。洗面所に入るドアにも猫ドアがあるから、猫は好きなときにトイレに行ける。

「まあ、うちは五匹もいるから、他にも猫トイレを置かなきゃいけないけど。それに、壁紙は防臭効果のあるやつだそうだ」

「色々工夫されてるんですね」

「最初からペットと一緒に暮すために建てられたアパートだから、行き届いてるよ」

 洗面所から続くお風呂のドアには猫ドアはない。湯船に落っこちて溺れたら困るからだそうだ。お風呂が好きな猫や犬は滅多にいないから、元々いらないんだろうけど。

 リビングに戻ると、お茶とお菓子が用意されていて、妹は白猫の相手をしていたが、俺たちと入れ替わりに、奥さんと洗面所を見に行った。

「アパートを探してて思ったんだけど、ペット可の物件ってファミリー用はそれなりにあるんだが、単身者用はほとんどないな。いや、一応ペット可ではあるんだけど、元々普通のアパートだったのを、単にペットを飼ってもオッケーってだけで、ペットを飼うための工夫は何もない部屋がほとんどで」

 ソファに座って、お茶を飲みながら先輩が言った。

「ああ、そうかもしれませんね。ペットを飼うための設備がついている賃貸住宅が出てきたのって、最近ですし」

 妹から猫じゃらし係を受け継いで、白猫相手に振ってやる。

「奥さんの持ちアパートに、築年数がたって、入居率が下がってるのがあるから、猫飼育可物件としてリフォームしようかって言ってるんだ。単身者用だから、お前が住まないか? 猫が飼えるぞ」

「えっ? いや、俺は帰りが遅いから、猫が可哀想ですよ」

「そうか。じゃ、リフォームがすんだら知らせるから、周りに猫を飼いたい単身者がいたら、訊いてみてくれ」

「はい」

「え? なんですか? 猫を飼いたい単身者って、ナースにいますけど」

 奥さんと一緒に戻ってきた妹が、話に入ってきた。先輩が笑う。

「そうだな。ナースさんにはいそうだ。宣伝しておいて。半年もあれば今の入居者に説明して、リフォームがすむだろうから」

「このアパートみたいになるんですか?」

「うーん、ワンルームだから、防音と、壁紙の交換、爪とぎされないような腰板を貼るとか、そういうのかな。ロフトがついているから、猫が登れるようにスロープっぽいのをつけれたらいいなって言ってる」

「そうなの。前にテレビで見たことがあるのよ、猫のぼい、とかいうの。猫用のスロープ。ああいうのがあったら、猫の運動にもなるし」

 奥さんが言う。犬にはいらない設備だから、完全に猫飼い専用アパートっぽい。

「ロフトの右端と左端に二つついてたら、キャットウォークっぽくなりますね」

「まあ、それ、すてきね。ここは猫専用じゃないから、キャットウォークはないの。勝手につけるわけにもいかないし」

 白猫がおもちゃ入れに走っていって、新たな猫じゃらしを咥え、妹の足元に走り寄った。一番遊んでくれるのが誰だかわかってる。

「シオたん、ちょっとバタバタしてませんか?」

 猫じゃらしを動かしながら、妹が言った。一番若くて一歳なので、元々遊び好きだが、以前はここまで遊びを催促しなかった。

「そうなの。引っ越しで猫たちがクローゼットに閉じこもってなかなか出てこなくて、シオたんが一番最初に出てきたんだけど、ゴン造はシオたんと遊ぶのは面倒がるし、運動不足みたい」

 猫連れの引っ越しって色々大変なんだなあ。


 お茶を飲んで、しばらく猫の話をしてから、先輩と俺は台所に立った。

「ホワイトソース煮を作るぞ」

 と言いながら、先輩が冷蔵庫から肉を出す。

「グラタンとオムライスのリピートは終わったんですか?」

 人参を渡されたので、洗って切り始める。

「終わった。でもホワイトソース煮はグラタンじゃないからな」

「似たようなものですよ」

 そもそもホワイトソース煮は妹のレシピで、グラタンを作るのが面倒な時に、それっぽい感じで作ったのが始まりだ。バターで肉と野菜を炒めて、小麦粉をからめて、牛乳を入れて煮ていると、ホワイトソースっぽい状態になる。グラタンだと、ホワイトソースを鍋で作って、肉と野菜はそれぞれ軽く熱を通して、グラタン皿に入れて…、とやっているうちに、洗い物がどんどん増えるのだ。ホワイトソース煮は、基本的に鍋一個ですむ。ホワイトソース煮というか、シチューとも言う、かもしれない。うちでは別物扱い。シチューとの違いは、市販のシチュールゥを使うかどうか、というだけだ。

「グラタンより洗い物が少ないのは助かるわ。ここ、食洗機がついてないから、小さいのを買ったんだよ」

「ああ、なるほど」

 前はビルトインの食洗機があったが、賃貸にはそんなものはない。料理は先輩担当、後片づけは奥さん担当で、洗い物が少ないにこしたことはない。

「あと、残ったのをグラタン皿に入れて、チーズかけて、オーブントースターで焼けばグラタンになるのも便利だ」

「やっぱりグラタンを食べてるんじゃないですか」

 ちなみに、残ったのを、茹でたパスタにかけて食べるのも美味しい。もちろんドリアでもいい。

 人参は細い部分は五ミリくらいの輪切り、太い部分は縦四つ切りのあと、同じ厚さに切る。玉ねぎは縦に二つに切った後、五ミリ厚さくらいに横切り。玉ねぎの真ん中のあたりは長さが半分になるよう、切り目を入れてもいい。マッシュルームは小さめだったので、半分に切った。先輩んちだと、奥さんが好きだという理由でマッシュルームだが、うちではしめじかマイタケを使うことが多い。奥さんの実家ではマッシュルームは出なかったそうだ。

 牛肉でも豚肉でも、薄切りを使う。鶏肉の場合は、一口大に切って、他のものより先に炒めて、ある程度火を通しておく。野菜も炒めて、水煮大豆を加え、塩コショウ、粉末コンソメで味をつけ、小麦粉をからめてから、牛乳を注ぐ。

 煮ている間に、先輩はサラダの用意をしていた。レタスとベビーリーフを洗い、水切り器のハンドルを回して、水を切る。水切り器がないうちの場合、ざるに上げて、大きさが同じボウルをかぶせて、人力で水を切る。ちゃんと持ってないと中身をばらまいてしまう。安全策として、野菜を大きなふきんで包んで、大きなビニール袋に入れて、振る、という手もある。ミニトマトも洗って添えた。

 フランスパンの薄切りをオーブントースターで焼いて、オリーブオイルを塗ったものと一緒に、食卓に出した。

「男の人二人が料理してるところを眺めるのって、すてき」

 奥さんがにこにこしながら言った。

「ですねー」

 妹も笑ってる。奥さんはともかく、妹は人に料理をしてもらう機会が少ないから、嬉しいみたいだ。

 アパートの台所に男二人だと、もうそれ以上人が入れるスペースはないので、食器を女性たちに手渡しして、セッティングは任せる。

 ホワイトソース煮の仕上げに、切ったキヌサヤを散らして、軽く火を通した。緑の彩りとしてキヌサヤを入れたが、加熱しすぎると色が悪くなるから、一番最後に。キヌサヤじゃなくて、スナップエンドウとかサヤインゲンとかでもいい。

 以前に比べたら、ずいぶんくだけたメニューだが、四人でいただきますをした。奥さんのお母さんの口出しがなくなって、先輩たちは気が楽になったんだろう。食事中に電話がかかってくることもなかった。


 帰りは先輩が車で送ってくれて、

「奥さんの髪形、びっくりしただろ」

 俺が気になっていたのを知っていたように、話してくれた。

「今まで一度もショートヘアにしたことがなかったんだって。だからってあそこまで一気に短くするとは思わなかったけど」

「切らせてもらえなかったんですか?」

「ああ。女の子は長い黒髪が一番、って。これからは好きな髪形にするそうだ。ちょっと伸ばしたら、色を入れたり、パーマをかけたりしてみたいって」

 後部座席で妹がため息ついた。奥さんの実家の大体の事情は知っている。

「奥さん、本当に窮屈な生活をしてたんですねえ」

「俺と結婚してよかったーってさ」

「「ごちそうさまです」」

 妹と声が合った。



「ホワイトソース煮」二皿分くらい

 薄切り肉(牛でも豚でも) 200グラムくらい

 玉ねぎ     一個

 人参      二分の一個

 マッシュルーム 7~8個くらい

 水煮大豆パウチタイプ 一パック

 バター    カレースプーン一杯分くらい

 小麦粉    カレースプーン二杯分くらい

 牛乳     コップ一杯半くらい

 塩      耳かき二杯分くらい

 コショウ   一、二振り

 粉末コンソメ 耳かき二杯分くらい 

 キヌサヤ(なくても可) 三、四枚  



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