表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ズボラめし  作者: 小出 花
22/34

イワシの缶詰と温野菜

 以前に俺が教育係をした中途採用の人が、突然辞めたそうだ。それも、客先でミスを叱られている最中に、何も言わずに帰り、客が苦情の電話を入れ、内勤の人が営業所の駐車場を見たら、彼が乗っていた社用車が鍵つきのまま放置され、ダッシュボードに「やめる」と書かれたメモがあり、彼が通勤に使っている自家用車が消えてた、所長が電話してもつながらなくてそのまま、という顛末らしい。

 それを、俺の教育が悪いせいだと所長に叱責されたんだが、俺のせいか?

 指導し始めて五分で、なんか、話が通じない人だなあと思ったんだ。採用面接をした所長はそんなこと気づいていたろうに、人手不足だからって、それでも採用したんだ。

 内勤のパート女性が、

「でも、あの人、変でしたよ。ちっともこちらの話を聞いていないっていうか」

 と庇ってくれた。

「仕事のフォローをしてもらっても、お礼も言わないし。自分の車をいつも駐車場の同じ場所に停めたいって、他の人に文句つけたり。僕のルールがあるんですって。僕が、僕が、って主張ばかりで、だいたい、社会人が僕、っていうのもおかしいでしょう。入ってきたすぐのときから、変でしたよ。誰かが指導してどうこうじゃないです」

 それで所長がもごもごしながら、でも引き下がれないのか、以後気をつけるように、みたいなことをぼそぼそ言って、終わりになった。

 俺がパート女性に頭を下げると、「気にすることないですよ」と彼女は小さな声で言った。


 カルシウム!

 カルシウム、摂るぞ! イライラしたときは、カルシウム! 効くはずだ、効くはずだ!

 仕事帰りのスーパーで、イワシの缶詰を買った。帰宅して、まず牛乳を一気飲みして息をつく。

 パートさんがフォローしてくれたけど、所長に責任転嫁されたのはかわりないので、モヤモヤしたまんま仕事を終えた。

 ので、カルシウムなのだ。

 自己暗示でもいい、イライラしたらカルシウムで対策する。

 イワシは細い細い骨が身の中まで入り込んでいて、カルシウムいっぱいだ。頭と内臓を取った状態で売ってるやつを洗って、塩を振って十分待って、キッチンペーパーで水分をふき取って、オーブントースターで焼くことはたまにある。自分でさばくのはさすがに面倒だ。缶詰なら骨ごと食べられるので、他の魚缶でもいい。

 人参を三センチ分くらい、三、四ミリ厚さに輪切りにする。チンゲン菜を洗って、茎と葉っぱに分ける。それぞれ三、四センチの長さに切る。根元は十字に切って分ける。鍋底をようやく覆うくらいの水を入れて、人参とチンゲン菜の根元を入れ、強火で加熱。沸騰してきたら、残りの茎も入れて二十秒くらい、その後、葉っぱを入れて、十秒加熱してから火を止めて、余熱一分で火を通す。お湯を切って、ミニどんぶりに入れ、上からイワシ缶をかけ、酢を一たらし。缶詰は味が濃いので、いつも温野菜の上からかける。それに、ビタミンCや酢を加えると、カルシウムの吸収がよくなる。温野菜にするのは青菜が多いが、白菜でももやしでもいい。


 元同僚から電話がかかってきた。

『彼女が電話に出てくれないので、手紙を書いた』

「そうか」

『うん。すんごく考えて書いた。人生でこんなに考えたことないくらい、頑張って考えて書いた。最初に申し込みがあったとき、写真を見て、断ろうかと迷ったことや、遊園地デートに行ったときも、すごく気を使われてて、うまくいかないような気がしてたことも書いた。外見についてひどいことを思ってたのは事実だし、謝った。でも、ドッグランに行って、すごく楽しかったし、また一緒に行きたいと思ったし、優しい人だと思った。ごはんの食べ方がきれいで、いいなと思った。どんどん好きになったし、結婚したいと思った。笑った顔が好きだし、好きになった人だから、可愛いと思うことも、年寄りになっても一緒に犬の散歩がしたい人だということも書いた』

 電話越し、ため息が聞こえた。

『そういう手紙を書いたけど、彼女が読んでくれないかもしれないし、読んでも許してくれないかもしれないんだな。お前から、許してもらおうと思って謝るのはダメだって言われて、俺、ほんと甘かったんだなと思った』

「女の人の容姿のコンプレックスって、男にはわからないほど強いことがあるからな」

 俺だって、妹がコンプレックスを持ってることに気づいてなかった。

『もう婚活やめるわ。結婚したいほど好きになった人を傷つけてしまったし、俺、結婚する資格ないんだと思う』

「え? いや、そこまで思いつめなくても…」

『だって、また傷つけたら、って思うもん。俺の考えなしにものを言う性格を、そんなに簡単に直せるわけないんだから。とりあえず黙ってようと思うけど、一生黙ってるわけにはいかないし、またうっかり言っちゃって、傷つけたら、って思うと怖い』

 ちょっと待て、いきなり婚活をやめるというのも短絡的過ぎる、と説得して、せめて一週間、いや、二週間待つことを納得させた。


「イワシの缶詰と温野菜」

 イワシの缶詰  一個

 チンゲン菜   二株

 人参      三センチくらい

 酢       一たらし


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ