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ズボラめし  作者: 小出 花
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かぼちゃカレー

 妹が可愛い服を着ないのには気づいていたけど、貧乏のせいだと思ってた。ある程度余裕のある生活をするようになっても、シンプルな服ばかり着るのは、単に趣味なのかと。

「この先もずーっと可愛い服を着れないのか?」

「いや、もうこの年だし。今さら。それに、私の顔、可愛い系じゃないから、ひらひらの服は似合わないんだよね」

 俺がしょぼんとしたのに気づいて、妹が慌てた。

「あのね、あのね、言い訳じゃなくて、今はほんとに着たいと思ってないから。あのね、お兄ちゃんの先輩のご実家にご飯を食べに行ったことがあったじゃない」

「あ? うん」

「先輩のお母さんが、女の子が欲しかったからって、私が行ったとき、すごく喜んでくれたでしょ」

 思い出して、頬がゆるんだ。

「先輩のとこ、男ばっかの三兄弟だからな」

 玄関に出迎えてくれた時から、女の子、女の子、こういう子が欲しかったのよ、ってはしゃいでいたっけ。汗臭くなーい、どたばた足音がしなーい、場所とらなーい、とか。

「うん。あれ食べる? これ食べる? 何が好き? 甘いものも用意してあるのよ。とか、大歓迎してくれて、びっくりした。女の子ってだけで、あんなに価値あるものとして扱ってくれるんだって。ご飯の後、お皿を洗うのを手伝おうとしたら、こういうの、あこがれだったのーって言ってくれて、並んでお皿を洗ったり。一緒に買い物に行って、女の子の服を買いたいって言われて、さすがにそれはお断りしたけど」

「まあ、いくらなんでもな」

「田舎にいたときは、女の子って価値がなくて、使える分には使う、みたいな扱いだったし。町の人は違うんだーと思ったけど、よく考えたら、田舎であそこまで女の子を粗末に扱ってたのって、ジジババ他数人くらいだった。おかしいのはジジババだった」

 おかしいのがよりによって血縁者だった。

「お母さんが、私のことを、卵型の顔で美人さんね、って言ってくれて、嬉しかった。可愛くなくてもいいんだって。もう中学生だったから、大人の顔つきに近くなっていたのもあるけど。それで、何日か後に、先輩経由で、カーディガンをくれたの」

「薄い緑色のやつな。うん、覚えてる」

「若草色だよ。透かし模様の入ったきれいなカーディガン。新品で、ぶかぶかじゃなくて、汚れるのが怖くなるような淡い色で、私のためだけに用意してくれたのが、嬉しくて嬉しくて。でも返した方がいいと思ったから、電話したけど、選んでるのが楽しかったの、どうしても買いたくなっちゃったの、もう買っちゃったから返せないの、返さなくていいの、って言われて、実際嬉しかったから、受け取っちゃった」

 実は、妹に内緒で、俺が代金を払いたいと申し出たのも断られた。

「あのカーディガンを着てると、いろんな人に、似あうねって言われた。あとになって、近所の化粧品店に勤めてるお姉さんに、肌色に合ってるって言われて、ピンクより、ああいう色が私に合うんだってわかった。先輩のお母さんが、一度会っただけで、似合う色を見立ててくれてたんだってわかって、やっと、ピンクのひらひらが、どうでもよくなった」

 さっぱりした顔をする。

「以上、可愛い服を着ない理由、終わり」

 こーん、としゃもじで鍋縁を叩いた。


「婚活相手さんにとっての、若草色のカーディガンって、犬かなあって思った。ラブラドールってすごく人懐っこいから。人間の外見で差別しないし。でも、犬ってしゃべれないでしょ。人間に言われたひどい言葉は、人間に取り去ってもらうのがいいと思う」

 あ、そうか。

「彼女のこと、どう思ってるか、ちゃんと言ってあげて。好きなら好きって。可愛いと思ったなら可愛いって。コンプレックスがあると、容姿の褒め言葉は彼女が受け入れにくいのかもしれないけど、好きになった相手を可愛いと思うのは当たり前のことだって」

「うん、そうだな」

 それから妹は、ちょっと顔をしかめた。

「あとね、お兄ちゃん、悪気がないとか、根はいいやつとか、友達をフォローしたいのはわかるけど、無意味だし、かえってよくないから」

「えっ」

「悪意がない人や、根がいい人はそもそも暴言を吐かない」

 ………。

「確かに」

 暴言、って妹は言ったけど、確かに女の人にとっては、失言なんて軽い言葉でごまかされるようなことじゃない。

「悪気なく暴言が吐けるのは、そもそも性格が悪いんです、って言ってるようなものでしょ。ちっともいい人じゃない」

「……ごもっともです」

「思ってることをなんでも口に出しちゃうだけなんです、ってフォローする人もいるけど、そんなの幼稚園児以下のレベルの人間ですって言っているようなものなの。今日びの幼稚園児は、すっごく空気読むから。馬鹿な子もいるけど。頭の中で色々考えるのは誰だってするけど、まともな大人は言っていいことと悪いことの区別はつくの。それができないくせに結婚しようなんて、幼稚園からやり直したらいいの」

 妹は幼い頃から苦労してるし、ナースになってからは、男女年齢色々の人間模様を見てるから、年齢の割に老成してる。

「……ごもっともです」

 妹は笑いだした。

「何よ。お兄ちゃんがそこまで低姿勢になる必要ないわよ」

「いやー。俺よりお前に相談したほうがよかったよな、あいつ」

「やーよ、面倒くさい。お兄ちゃんだから話を聞くけど。ナースってやたら相談されるんだから。どこが痛いとか、気分がすぐれないとか」

「あー、そうか…」

 大変だな、ナースって。

 煮えたよー、と妹が言うので、話を切り上げ、ポットでお湯を沸かし、鍋にジャムの空き瓶と蓋を入れて、熱湯をかけ、消毒した。妹が持ち込んだトングでつかんで、火傷しないように注意しながら、瓶を取り出し、ふきん越しに持つか、作業台に置いて、お玉で熱々のマーマレードを詰める。

 ちなみに、熱湯はそのままシンクに捨ててはいけない。下水管が熱膨張して傷むからだ。洗い桶やバケツなどにあらかじめ入れておいた水と混ぜて、冷ましてから捨てるか、調理器具を洗うのに利用する。なんなら洗濯機に水を入れておいたのに加えて、あとで洗濯に利用するのでもいい。


 マーマレードを煮た鍋をそのまま利用して、カレーを作ることにした。みかんの風味が残るとしても、カレーの包容力でなんとかなる。妹のリクエストでかぼちゃ入り。

 じゃがいもは皮をむいて、三、四センチ角に切る。人参は、乱切り。乱切りとは、包丁を材料に対して六十度の角度で固定し、切るごとに材料を九十度ずつ手前へ傾けることで、切り口がたくさんできて、表面積を増やす切り方だ。味がしみこみやすくなる。人参の細い部分はそのまま乱切り。太い部分は縦に二つ切りにしたものを乱切り。玉ねぎは横切りで半分にした後、縦切りで六分割にする。大きな玉ねぎだと八分割。

 角切り豚肉と、じゃがいも、人参、玉ねぎ、凍ったままの冷凍カボチャ半分を、サラダ油で軽く炒める。いつものカレー作りと違って、マーマレードのシロップの残りがついているので、焦げやすい。ちょっと水を加えて焦げないようにする。なので、炒め方が適当だが、まあ、自宅用だからよしとする。水を加えて中火で煮る。肉と野菜に火が通るころ、かぼちゃの実は煮崩れて形がなくなっている。皮だけ残っているが、気にしない。野菜や果物は皮との境目あたりに栄養が多いと聞くので、多少食感が悪くなっても、なるべく皮ごと食べる。大きい皮はキッチンばさみで切っておく。残りの冷凍かぼちゃを入れて煮えたのを確かめてから、市販のカレールゥを入れる。

 冷凍カボチャが溶け込んで甘くなるので、ルゥは中辛。俺も妹も辛いのが苦手なので、かぼちゃやトマトをたくさん入れたカレーを作ることが多い。だったら、甘口のルゥを使えば、と思うだろうが、なんか、甘口のカレーは味がぼんやりしてると感じるのだ。だからルゥは辛め、代わりに野菜の甘みを加えるというのがうちのカレーだ。ちなみに、かぼちゃのときは豚肉、トマトのときは牛肉を使う。


 夕飯はカレーで、皮をむかれて、因幡の白兎をほうふつとさせるみかんをデザートにした。

 マーマレードの半分と、皮つき、皮なしのみかんをいくつか持って、妹が帰宅した。残りのみかんを食べるときは、あらかじめ皮ごと洗って、残った皮は冷蔵庫で保存しておいてねーと言い置いて。また後日みかんマーマレードを作りに来るそうだ。

 …なんだか、別々に住んでる意味がない気がしてきた。

 一人の休みを満喫してしまう兄と、夜勤明けをマーマレード作りで楽しんでしまう妹。

 俺はともかく、妹が縁遠くてまずい気がする。

 とりあえず、元同僚に妹のアドバイスを電話した。


「かぼちゃカレー」(四皿分)

 角切り豚肉 200gくらい

 じゃがいも 二個

 玉ねぎ   一個

 人参  二分の一本

 冷凍かぼちゃ 二分の一袋くらい

 カレールゥ(中辛) 四個

 水  コップ三杯くらい


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