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ズボラめし  作者: 小出 花
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キャベツと貝ヒモのピクルス

『図書館に行ってくる』

 と、メモを残した。

 眠っているのを起こさないように、静かに家を出た。妹は合鍵を持っているから、目が覚めて、帰りたくなれば帰るだろうし。返却期限は今日だから、そもそも図書館に行く予定だった。

 今日はスーパーでキャベツと厚揚げが特売だったが、本を持っていくのは重い、暑い中、生ものを持って歩くのもマズイ、ということで、図書館、いったん自宅に戻って本を置く、スーパーに行く、ことにした。

 本が入って重いリュックは前かごに入れて、一応ネットをかける。図書館まで自転車で十五分ほど。リュックを背負ったままだと、途中で背中が暑くなってしまう。図書館で冷房対策の綿シャツをとりあえず腰に巻いた。

 本を返し、本棚の間を適当にうろうろして、新たにミステリーを数冊、タイトルが面白そうだったので雑学本、料理本を数冊借りた。料理本のコーナーに女性が二人立っていて、そこに参入する勇気がなかったため、しばらく待って、本を見に行ったので、思っていたより時間がかかってしまった。

 再び重くなったリュックを持って、図書館の駐輪場に行き、ポケットの鍵を探っていると、ちょっと離れたところで、軽い金属音とともに、女の人が「あ」と声を上げた。

「あ、ああ、あー、あ~~」

 こんなにバリエーションのある「あ」を初めて聞いた。

 思わず振り返ると、女の人がしゃがんで側溝をのぞき込んでいる。コンクリートで蓋がされているが、一部、金属格子の蓋があって、その部分に何か落としたようだ。あの蓋は女性の力じゃ上げられないだろうな、と思って近寄った。

「どうかしましたか?」

「あ」

 俺を見上げた女性は、三十六、七歳くらい、ひっつめ髪で、化粧っ気はなく、地味な主婦という風情だった。Tシャツの襟がちょっと伸びてて、デニムはぶかぶかなのをベルトで締めていた。痩せてサイズが合わなくなったのかな。

「何か落としましたか?」

「は、はい、自転車の鍵を…」

「ああ」

 しまった、俺まで「あ」を使ってしまった。

「ちょっとどいてください。蓋を持ち上げます」

「え、あ、はい、すみません」

 わきに寄ってくれたので、金属格子に手をかけて、斜めに引きずりあげた。まともに持ち上げると大変だし、後に戻すのもこの方が楽だ。

 溝には申し訳程度に溜まった土に雑草が少し生えていて、なんともたくましい。あとは葉っぱが落ちているだけで、自転車の鍵はすぐに見つかった。

「これですか?」

「は、はい。ありがとうございます」

 鍵を手渡してから、格子蓋を元に戻したが、腰に巻いていた綿シャツの袖がひっかかって、ボタンが飛んだ。

「あ」「あ」

 同時に言ってしまった。

 転がっていくボタンを、女性が慌てて追いかけ、拾ってくれた。

「すみません」

 受け取ろうと手を出すと、女性は抱えていた布バッグを探り、小さなケースを出した。

「つけます。あの、ボタン」

「え?」

 ケースを開けると、裁縫道具が出てきた。

 びっくりした。裁縫セットを持っている女の人なんて、都市伝説クラスの話だと思っていたよ。目の前にいた。

「いえ、巻いているだけですから、ボタンが取れてても大丈夫です。家でつけます」

「でも、私のせいで、取れちゃったので、申し訳ないです」

 悪いですから、いえ、こちらこそ悪いですから、というやり取り数回の後、結局ボタンをつけてもらうことになった。自分が逆の立場なら、やっぱりボタンをつけさせてくれと言うだろうと思ったから。いや、俺のボタンつけの技術だと、申し訳なくて言わないかも。

 腰からシャツを取って渡すと、彼女は布バッグを自分の自転車の籠に入れて、両手を空けると、ボタンをつけ始めた。自転車には子供椅子がついていて、布バッグが手作りだというのに気づいた。手縫いで、縫い目が不揃いだったんだ。クマ柄のキルトの布で縫われた、丈夫そうなバッグで、図書館の本を入れるのに便利そうだ。子供のためのものも縫っているんだろうか。いいお母さんなんだろうな。あっという間にボタンをつけ終えて、

「はい、できました」

 と、渡してくれた。

「ありがとうございます」

「いいえ。私のせいでボタンが取れちゃったんですから。蓋を上げていただいて助かりました」

「いいえ、かえって気を使わせてしまって、申し訳なかったです」

「とんでもない、もとはと言えば私が鍵を落としたからで…」

 不毛なやりとりに気づいて、お互いに無言になった。

「あ、あの、じゃあ、これで。ボタンをありがとうございました」

「はい。こちらこそ、ありがとうございました」

 何度も頭を下げながら、自転車に乗ると、その場を後にした。

 親切にしたつもりが、面倒をかけてしまった。俺って、決まらない男だなあ。


 本を置きに一旦帰宅すると、台所に妹が立っていた。キャベツを刻んでいて、鍋で何かが煮えている。

「おかえりー」

「あ、起きたのか」

「うん、ごめんねー、お腹いっぱいになったら眠くなっちゃって。毛布ありがと」

「いや。あれ? 買い物行ったのか?」

 床に妹のマイバッグがある。いつもスーパーの買い物で使うやつだ。

「今日、キャベツ安かったよ。あと、厚揚げが安かった。煮ものにすると、好きでしょ」

「おう」

 こういうところは、さすが妹。買おうと思っていたものはしっかり買っておいてくれる。

「いくらだった?」

「レシートはテーブルに置いてある」

「ああ」

 買い物をしてもらったとき、全部俺が出してもいいんだが、もう働いているから、と妹が言うので、半分よりちょっと多めに渡してる。

「キャベツは貝ひもとピクルスにしてる。買い置きの貝ひもを使ったよ」

「足りたか? 前に買ったのはいつだったか覚えてない」

「足りた。でもこれでなくなったから、また買っておいて」

「わかった」

 キャベツと貝ひものピクルスは、簡単だが、キャベツが一気に食べられて、野菜補給にぴったりだ。

 妹は速く漬かるように、小さめに切っているが、自分で切るときは二、三センチ角くらいにざくざく切る。貝ひもは一、二センチの長さに切る。乾物なので、キッチンばさみの方が楽だ。

 大き目のビニール袋に入れて、麹黒酢と穀物酢、しょうゆを入れて軽く揉む。空気をなるべく抜いてビニール袋をきっちり締め、念のためもう一枚ビニール袋で包んで、冷蔵庫に入れて放置してるうちに漬かる。麹黒酢がなければ普通の酢だけでもいいが、麹黒酢の甘みがない分、砂糖を加える。穀物酢を小皿にとって、レンチンして、とんがった感じを取ると、酸っぱいものが苦手でも食べやすい。貝ひもに塩気があるので、しょうゆは控えめ。貝ひもでなく、さきイカやイカくんでもいける。買い置きの乾きものでいいのが便利だ。ちなみに妹が寮の先輩にレシピを教えたそうだが、その人は、乾きものに日本酒をかけて、レンチンしてから使ったら、ぐっと味がよくなったそうだ。

 キャベツ半分を使ったピクルスの袋は二つあり、一つは妹の分。残りのキャベツは四分の一ずつに切って、うちの冷蔵庫の野菜室に片方、もう片方は妹のエコバックに戻ってる。

 厚揚げの煮物はチンゲン菜と人参を入れてあった。蓋を開けて粗熱を取り、半分をタッパーに分けて妹の持ち帰り用にしてる。

 妹と買い物を半分こしたときは、いつもこんな感じだ。料理は妹がすることが多くて悪いと思っているが、「ここなら、他の人を気にしないで料理できるしー」と妹が言う。妹が住んでいる寮は、台所共用で、時間によっては順番待ちをするらしい。順番待ちが先輩だったりすると、かなりのプレッシャーなので、うちでのんびり料理できるのが、気楽なんだそうだ。

「でも、やっぱIHよかガスがいいかなー。慣れてるし。あと、コンロが二つあるといいのに」とは言っている。以前一緒に住んでいたアパートは古かったが、その分広くて、台所には二口のガスコンロがあった。

 軽い音がして、台所の床を、ボタンが転がった。白いプラスチックのボタン。腰に巻いたままだったシャツに目を落とすと、糸が下がっているだけの袖があった。


『キャベツと貝ヒモのピクルス』

 キャベツ  1/4個

 貝ヒモ  15gくらい

 麹黒酢 コーヒースプーン1杯

 (麹黒酢がない場合、穀物酢コーヒースプーン1杯と、砂糖コーヒースプーンすりきり1/2杯)

 穀物酢 コーヒースプーン1杯

 しょうゆ 一たらし



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