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ズボラめし  作者: 小出 花
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豚小間ともやしの炒めもの

 結婚してください、って申し込んだら、彼女が四十男を断ってくれた、とデレデレした様子で元同僚から電話がかかってきて、その後は順調に進んでいるようだった。


 もやしを炒めると水分が出る。自然の摂理だ。春に桜の花が咲くように、秋に葉が赤くなるように、自然の摂理だ。大きな中華鍋とプロパンの強い火力がない一般人には、もやしの水分という自然の摂理に抵抗できない。

 ただ、べちゃっとした炒め物は嫌なので、出てしまう水分をどうにかする。

 その一。あらかじめもやしを少量のお湯で蒸し煮にして、ざるにあけ、水分を切っておく。レンチンでもいい。それから肉を炒めたものに加える。難点。面倒くさい。

 その二。出た水分をなんとかする。スープ用の糸寒天を、肉ともやしを炒めたあと、火を止めてから加える。難点。時々糸寒天の戻しがうまくいかない。

 その三。冬におすすめの方法として、少量の水で溶いた片栗粉を入れて、あんかけだ、これは炒め物ではなく、あんかけだ、と思いながら食べる。難点。夏はどうする。

 秋なので、どうとでもしてよいので、まず豚小間を弱い火で炒め始める。肉から脂が出るので、フライパンに油をひく必要はない。塩昆布を五、六本入れる。豚肉と昆布の相性のよさときたら、ベストカップルと言ってもいい。脂が出たら火を強めて、豚小間が八割がた火が入ったところで、もやしを加える。可能な限り火を強める。器用な人は鍋振りをする。俺はできないので菜ばしに頼る。仕上げにしょうゆを入れる。そのころには水分が出てるので、火を止めてから具材を片側に寄せて、水分のところに糸寒天を入れて吸わせる。出た水分を見て、糸寒天の量を調整する。慣れないうちは少しずつ入れる。

 塩昆布としょうゆの味付けが定番だが、しょうゆのかわりに味噌や、シソふりかけを入れても美味しい。ドレッシングや、細かく刻んだカリカリ梅でもいい。なめたけの残りを使うという手もある。使いかけのなめたけはカビやすいから、さっさと使い切るに限る。七味や一味をちょい足しでもいい。なんとなく買ってしまった豆板醤とかオイスターソースとかをちょい足しして、使い切っていくのもいい。

 もやしは家計のお助け食材なので、生活が苦しかったころは、すごくお世話になった。週に三回食卓に出た時には、安月給の兄でスマン、と心の中で妹に謝った。


 ここんとこ、読書友達の彼女からメールが来ない。

 本の感想がなければメールの間があくのは変ではない。友達とちょっとメールの間隔があくくらい普通なんだ。こっちからしつこくメールするのもなんだし。

 でも、二週間に一度図書館に通って本を読んでいる者同士なので、本の感想がまるでないということはないはずなんだ。

 どうして彼女からメールが来ないんだろう。息子さんの具合が悪いのかな。よく熱を出すって言ってたし。

 そもそも、彼女がシングルマザーなのは、どういう事情なのかも知らなかった。独身で産んだのか、結婚したけど死別なのか離婚なのか、そんなことさえ知らないんだ。自分が祖父母宅で育ったという事情から、他の人の事情にも立ち入らないようにしてきた。訊かれて嫌な気持ちになることもあるんだから。


“どうして祖父母と暮してるんだ?”

“まあ、ご両親は離婚したの。なのにどちらもあなたたちを引き取らなかったの?”

“養育費くらいは親から送られてくるんだろ? え? こない? ひどい話だなあ”

“お祖父さんたち、ご苦労をなさってるでしょう。あなた、もう高校生でしょ。バイトくらいしてるの? してるの。お祖父さんたちにちゃんとバイト代を渡してる? 年を取ってから二人も子供を育てるのって、大変よ”

“親と連絡は取っているのか? 取ってないって。一体親は何をしてるんだ”

“何も言ってこないの? 子供のことが気にならないのかしら。薄情ねえ”

“そういや、祖父さんたちは、前は息子夫婦と住んでただろう。どこへ行ったんだ?”

“あら、そうなの? あなたたちが来たせいで出ていったのかしら”

“息子の嫁は子供がいなかっただろう”

“まあ…。そりゃあ、自分の子供でもないのに、世話をさせられたら、息子さん夫婦だって嫌よねえ”

 自分たちの興味を満たしたいだけで、他人の私的な部分にずかずか入り込んでくる人たち。最初のころは馬鹿正直に返事をしていたが、そのうちに、適当に誤魔化すことを覚えた。だって、訊いた方は何を知ったところで、何をしてくれるわけじゃない。ただ無責任に他人の事情を訊き出して、ひどいとか、大変とか、さも同情してるふうに言うだけなんだ。訊かれたほうは、思い出したくもないことを答えさせられているのに。

 だから俺は人の事情をあれこれ訊かない。

 ただ、彼女のメールがないのは気になってた。


 彼女の両親に会って、「娘さんと結婚させてください!」とあいさつしたんだー、という報告を聞いた翌週、元同僚の電話の声は暗かった。

『だめだ、かあちゃんとはうまくいかん。初対面で、やっぱり岩じゃないの、とか言いやがった。彼女が硬直してた。親との顔合わせは、ほとんど会話がないまま、飯食って終わった』

「あー、やってしまったな」

『全くだよ』

 おい、他人事みたいに、ため息ついてる場合か。

「お前がだよ」

『え? 俺? やっちまったのはかあちゃんだよ』

「やっぱり、って前から彼女の容姿について知ってたってことだろ。相談所の写真を見てたというのはあるかもしれないが、それならお前のお母さんが岩発言してたのを、お前が放置してたことになるだろ。でなければ、彼女とお母さんの接点はお前だけなんだから、お前から、彼女の容姿を岩だって聞いてたってことじゃないか。お母さんが初対面で、岩だと思ったんならお母さんと彼女の問題だけど、彼女は、お、ま、え、が、自分を岩だと言ったと思ってるぞ。っていうか、実際言ってたし。それがばれちゃったってことだよ」

『あー、そういうことか! うわああ、俺の電話を無視してるのって、俺に怒ってるの? あのかあちゃんの息子だからってことじゃなくて?」

「傷ついてると思う」

『え、え、どうしよう…。もう岩なんて思ってないよ。思ってたら、結婚しようなんて言わない』

 弱々しい声になる。

「前に、男は収入が、女の人は容姿が婚活でポイントの一つになるって言ってたじゃないか。お前は転職したてで給料が少ないのがコンプレックスだろ。彼女は容姿がコンプレックスなんじゃないの? 女の子は小さいうちから容姿をあれこれ言われることが多いしさ。彼女は美人と言える人ではないんだろうし、気にしてないわけないと思うよ。今は岩だと思わなくても、以前は、岩、岩、って言ってたじゃないか。彼女からしたら、結婚を考えている相手から、過去にそう思われていたら、十分傷つくんじゃないか。もう、岩発言はばれちゃったんだから、正直に謝れ。過去にそう言ったことはあるけど、今はそんなこと思ってない。会って、話して、好きになったから、結婚したいと思ったって」

『あー……。昔そう思ったってことでもダメなのか』

「お前は昔のことって思ってるけど、彼女は今それを知ったんだから、今、なんだよ。今は思ってないけど、昔はお前が安月給だから、結婚なんてないよなーって思ってた、とか言われたら、傷つくだろ?」

『俺が安月給なのは本当だよ』

「でも、これから昇給していく、増えるよう頑張るって言えるだろう」

『あー、そうか顔は変わらないか』

「本人の努力でどうこうできないことで非難されたら辛いだろ」

『うん…。でも、今は本当に岩なんて思ってないんだよ。笑うといい感じだし、性格の良さが顔に出てるっていうか。可愛いって思うこともあって、俺、惚れてんだなあって。こんなことを言ったら馬鹿みたいだけど』

「そう彼女に言えよ。言わないほうが馬鹿だよ」

『うん…。岩なんて思ってて、悪かったな。俺、本当に馬鹿だった』

 しょんぼりした。

 男同士だと一つ一つの言葉でどうこう、ってならないんだろうけど、女の人は言葉をすごく重要に捉えるような気がする。たった一言で、喜んだり悲しんだりする。言葉のコミュニケーションを大事にするんだと思う。俺は妹がいるから、こういうことに気づけた。元同僚は失言はあるが、気遣いが下手なだけで、悪気はないし、根はいいやつなんだ。


「豚小間ともやしの炒めもの」

 豚小間切れ肉 100~150グラムくらい

 もやし  一袋

 塩昆布  五、六本 

 しょうゆ コーヒースプーン三分の一くらい

 スープ用糸寒天 こぶし三分の一くらい


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