表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ズボラめし  作者: 小出 花
15/34

きのこ雑炊


『夫がそちらに伺ってませんか?』

 先輩の奥さんから、焦った声で電話があった。

「え? 奥さんを迎えに行ったんじゃないんですか?」

『……はい。迎えに来てくれたんですが、そのあとでちょっと』

 よく事情は分からないものの、

「うちには来てませんよ。一緒にラーメンを食べて、別れて、それきりです」

『そうですか…。もし、夫から連絡があったら、教えてください。私が電話しても、つながらなくて…。電源を切っているみたいです』

「俺のところより、先輩のご実家とか、ご兄弟のところとかは?」

『そちらにも電話をしたんですが…。伺ってないみたいです

「あのう、どうかしたんですか?」

 詮索してはいけないんだろうけど、さすがに訊いた。奥さんがため息ついた。

『…私が悪いんです』

 喧嘩したのかな。じゃあ、あんまり事情を訊くのもよくないかな。

「ええと…、じゃあ、先輩に連絡してみます」

『はい、お願いします』

 一旦電話を切って、先輩にメールした。「ラーメンごちそうさまでした」って感じで。しばらく待っても返事がなかったが、このくらいは男同士だとあることなんで、迷いながら、「奥さんから電話がありましたよ」と更にメールした。

 三十分くらいあとに、先輩から電話があった。

『すまん、奥さんが電話したのか。迷惑かけたな』

「いえ。迷惑ってほどじゃ。どうしたんですか?」

『あー、お義母さんについに我慢ならなくなってな』

「ああ、ついに、ですか」

『今から考えると、あれくらい流せばよかったんだけどな。妻を放っておいて、外食に行くなんて、とかぐちぐち言われて、それを言い訳に奥さんを実家に呼びつけておいて、迎えに来させて、頭を下げろとか言われたんで、もう我慢ならなくなってな』

 …義母さん、メチャクチャだな。

「それは、我慢できなくても仕方ないですよ。毎晩出歩いてるとかならともかく、たまにのことで」

『いつもは俺一人のときに嫌味を言うんだけど、義母も注意を怠ったのか、聞かせてもいいと思ったのか、奥さんが近くにいたんだ。で、奥さんに、どう思うか訊いたら、義母をうかがうように見て、黙って答えなかったので、なんか、もういいや、という気になってだな。俺の妻であることより、お義母さんの娘であることを優先するなら、結婚するのは早かったんだな、と言って、そのまんま帰ってきた。あー、猫はどっちが引き取ることになるかな。義母は猫が嫌いだから、俺が引き取れると思うけど』

「いやいや、そんな先走った話じゃないでしょう」

『うーん、どうかな。正直、このまんま離婚もあるかもって思う。今まで義母が悪いんだと思ってたけど、奥さんが義母の嫌味を知っても、言い返さなかったのがこたえたわ』

 ああ、それはショックだ。

「ええと、今どこですか? 家に帰りたくないなら、うちに来ますか? 家飲みしながら話をしませんか?」

『いや、やめとく。奥さんがお前んとこに電話したんだから、またかかってくるだろ。で、お前は嘘が下手だし、大体嘘つかせたくないからな』

「え? 別に、言わないでいいなら言わないですが」

『やー、お前は嘘がホント下手だからな。そんで、めっちゃ嘘つきたくないってのが、あからさまだからなー』

「なんですか。そんなことないですよ」

『いやー、お前の嘘はバレバレだぞ。うわっ!!』

 電話の向こうで、叫び声と、がしゃん、という激しい音がした。

「どうしたんですか? 先輩?」

 叫び声が続いて、そのあと、怒声がした。こら、逃げるな、こいつ、とか。でも先輩の声じゃない。

「先輩? 先輩?」

 知らない、知らない、というやや甲高い声。お前がひいたんだろう、見てたぞという怒鳴り声。救急車、警察呼べ、という声も聞こえる。電話越しで状況がよくわからないのと、先輩が心配でたまらなかった。スマホがつながってるぞ、という声のあと、

『もしもし、このスマホの持ち主の友達か?』

 知らない声が電話口に出た。

「はい。どうしたんですか? 先輩は無事ですか?」

『高校生のチャリにひかれた。後ろからだったから、ノーガードで転んで、頭を打ってる。意識はあるけど、もうろうとしてるから、救急車を呼んだ。ながらスマホの高校生も捕まえてあるから、警察が来たら引き渡すよ』

「え? ありがとうございます。俺、すぐ行きますから。どこですか?」

『駅前の、正面口の方の、郵便局に行く途中のコンビニの駐車場。どれくらいで来れるの? 救急車のほうが早いんじゃないか?』

 それならうちから大してかからない。

「行きます。ええと、十分か、十五分くらいかも」

『そうか。救急車のほうが早かったら、救急車の人にこのスマホを渡しとくよ』

「ありがとうございます。先輩の家族に連絡するために一度切らせてください」

『おお、そうしてくれ』

 俺はアパートを飛び出して、大通りでタクシーを拾った。運転手さんに緊急だからと断って、携帯で奥さんに電話する。

「もしもし、さっき先輩と電話がつながったんですが、話してる最中に、自転車にひかれたそうです。頭を打っているので、周囲の人が救急車を呼んでくれました。俺は今その場所に向かってますけど、救急車のほうが先に着くと思いますので、俺が行く頃は先輩は運ばれているかもしれません。スマホを救急隊の人に渡しておいてくれるそうなので、スマホにかけてみて下さい。奥さんは病院に直接向かうほうがいいかもしれません」

『ええっ! 夫は大丈夫なんですか?』

「意識はあるそうです。でも、もうろうとしてるみたいで、それで救急車を呼んでくれたんだと思います」

『ど、どうしよう…。わたしのせいだわ…。わたしが喧嘩なんかしたから…』

「そういうことは関係ないと思います。奥さんから先輩のスマホにかけてみてください。周囲の人か、救急隊の人が出てくれると思います」

 駅近くになって、ライトを回したパトカーが、タクシーを追い越していった。

「俺はもう着きますので、一旦電話を切ります」

『は、はい…』

 震える声が気の毒だったが、今は奥さんより先輩が心配だった。コンビニに着くや、運転手さんに千円札を渡して、おつりはいいです!と叫んで車を飛び降りた。

 コンビニの駐車場にパトカーはあったが、救急車はなかった。人だかりに近づいて、

「ここで人が自転車にひかれたと聞いたんですが、もう病院に運ばれましたか?」

 声をかけた。

「お、あんた、さっき電話してた人かな」

 中から、俺よりいくらか年上の、いかにも仕事帰りの作業着姿の男性がこっちを向いた。周囲に同じ格好の同僚らしい人が二人いて、警官と話している。

「先輩のスマホで話をしてくださった方ですか?」

「そうそう。先輩はもう救急車が運んでったよ」

「あ、あ、よかった」

 急に足の力が抜けた気がしたが、ふらつかないよう踏ん張った。

「スマホを救急車の人に渡しておいたから、かけてみ。どこの病院に運んだか教えてくれるだろうから」

「ありがとうございます。さっき奥さんに知らせたたので、多分、奥さんが電話してると思います」

「そうか。ひいた高校生のほうは、ほら、あっち」

 と、パトカーを指さす。後部座席に警官と一緒に座って、うなだれている制服姿の少年が見えた。

「ひかれた方のお知合いですか?」

 警官が俺のところへやってきた。

「はい」

 先輩の身元を訊かれて、話している間に、作業着の人が帰ろうとしたので、慌てて電話番号の交換をお願いした。あとで絶対お礼に行かなきゃ。

 警官との話を終えて、先輩の搬送先を訊こうと電話したら、病院の人が出て、場所を教えてくれた。奥さんも向かっているところらしい。じゃあ、病院に行こうと駐車場を出ようとしたら、さっき乗ってきたタクシーの運転手さんが立っていて、

「はい、おつりです。電話の内容が聞こえたので、気になってしまって。今度は病院まで行きますか? よければ乗ってください」

 小銭を渡してくれた。

「あ、ありがとうございます」

 大変なことになったけど、親切な人がいっぱいいる。


 病院に着いて、受付の人に訊いたら、先輩は念のために入院することになっていた。頭を打っていて、吐いて、そのままでは心配なので、開いているベッドにとりあえず寝かせて、一晩様子をみるらしい。

 先輩のところに行くと、すでに奥さんが来ていて、ベッドわきに座っていた。

「あ、ありがとうございます。連絡してくださって」

 俺を見て、立ち上がり、おじぎした。青白い顔で、涙が浮かんでいる。いつものファストファッションじゃなくて、ブラウスと膝丈のスカート姿だった。髪が後頭部でお団子みたいになってて、つやのあるリボンの髪飾りがついている。ザ・若奥様という感じ。なんでこんな服装なのかと考えたが、もしかして、実家に行くときはこういう服装じゃないとダメなのか? と思いついた。

「いえ、たまたま電話してたところで、親切な方が状況を教えて下さったので。先輩の具合はどうですか?」

「今は寝てしまって…。多分、大丈夫だろうとお医者さんが言っているのですが、朝一番に検査をしてもらうことにしました」

「それならよかった…」

 無言のまま、奥さんを椅子に促し、俺はベッドの脇に座る。

 しばらくして起きた先輩は、吐いたチャーシュー麺のことを何度も残念がった。

「ちくしょー、せっかくの旨いチャーシュー麺がー」

 同じことを繰り返すので、頭を打った影響なんだろうなと思った。

「また食べに行きましょう」

「ああ。そうだな。チャーシュー麺が、チャーシュー麺が…」

 同じやり取りを何度か繰り返した。

 先輩のご両親に連絡しようとしたら、

「そんな大げさなもんじゃないだろう」

 と、先輩が言うので、奥さんが着替えを取りに行っている間、俺が先輩についていた。吐いたせいで、服が汚れて、検査着みたいなやつを着てたから。奥さんが帰ってくると、

「明日も仕事でしょう。あ、もう今日ですね…。本当にお世話になりました」

 と、言われて、寝に帰った。

 何時間か、仮眠みたいな感じだったけど、寝て、目が覚めたら、胃の調子がおかしかった。そりゃ、色々あったし、仕方ないか。携帯を見たら、「落ち着いてますが、それでも念のため、検査はしてもらうことにしました」と先輩の奥さんからメールが来てたので、ほっとした。

 食欲はないけど、何も食べずに仕事に行くわけにはいかないから、冷凍してあったごはんと、きのこミックスで雑炊を作った。

 一膳分のごはんと、きのこミックスをカレースプーン二杯分くらい、水マグカップ二分の一くらいを鍋に入れ、煮る。解凍されて、二、三分煮てから、卵一個を落として混ぜ、しょうゆコーヒースプーン三分の一くらい入れておしまい。きのこミックスにえのきやしいたけが含まれていると、出汁いらずなので、ラク。甘いのが好きな人はめんつゆで味をつけてもいいし、しょうゆを減らして、その分おかかふりかけで旨みを足してもいい。

 ストレスで、今いちな胃にきのこ雑炊を流し込んで、仕事に行った。

 


「きのこ雑炊」

 ごはん  一膳分

 きのこミックス コーヒースプーン二杯分くらい

 卵    一個

 しょうゆ  コーヒースプーン三分の一くらい

 水    マグカップ二分の一くらい



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ