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ズボラめし  作者: 小出 花
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カリカリじゃこのトッピング

 今日はいくつもトラブルがあって、疲れた。割と気の長いほうだと自覚してるのだが、ちょっとイラついた。中途採用の人の指導係をしてるのだが、これが大変だ。うちは中途採用の人が結構いて、以前も指導をしたことはあるが、最近、普通に話しているのに、話が通じないと感じるような人がちょくちょくいる。

 イラついているときは、カルシウムか。

 科学的根拠はないという話はあるが、カルシウムを摂ったという自己暗示で、イラつきがおさまる気がする。


 仕事帰りに寄ったスーパーで、じゃこがおつとめ価格になっていたので買った。これをカリカリに焼いて、トッピングにすると旨い。豆腐と小松菜も買った。

 帰宅するなり、まず牛乳を飲んで一息ついた。よし、カルシウムを摂ったぞ。これで落ち着くはずだ。あとでじゃこを食べて、更にカルシウムだ。

 じゃこにオリーブオイルかサラダ油をかけ、全体に油が回るよう混ぜる。オーブントースターの受け皿にオーブンシートを敷き、じゃこを平たく広げる。三、四分くらい焼くが、あっという間に焦げるので、時々様子を見て、軽くきつね色になったらすぐオーブントースターを消し、余熱で火が入りすぎないよう、受け皿を外に出す。本来はじゃこを油で揚げるのだが、一人暮らしで揚げ物をするのは面倒なので、簡易版で。

 小松菜を洗って、三、四センチくらいに切る。茎と葉っぱに分ける。茎の根元の太いところは、十字の切れ目を入れる。コップ五分の一くらいの水を鍋に入れ、沸騰したら茎の太い部分をまず入れる。十秒ほどしてから残りの茎を全部入れて、二十秒ほどしてから、葉を入れ、蓋をして五秒ほど強火で加熱。葉にも熱が伝わるように軽く全体を混ぜる。火を止めて、一分ほど余熱でゆでる。水が少ないと、青菜からビタミンが溶けださない。アクの強い野菜には向かないが、今日びの野菜はほとんどアクがないので、あまり影響がない。鍋の蓋をずらして、お湯を切り、蓋を開けて、湯気の水分を飛ばす。夏は水で一度冷やすが、もう暑い時期じゃないので、そのまま。菜ばしで押さえて、軽く絞ってから、皿に盛ってカリカリのじゃこをのせ、しょうゆを一たらし。じゃこに塩気があるので、あまりたくさんかける必要はない。

 冷ややっこにもカリカリのじゃこをのせた。こっちはしょうゆじゃなくて、わかめふりかけと、ポン酢をちょっとかけた。じゃこの塩気の分を考えて、量を調整する。

 わかめふりかけをかけるのは、豆腐の凝固剤成分を海藻が排出してくれるから。こういうのは妹のナース仲間経由で教えられた健康知識だ。豆腐を食べるときに一緒に海藻を摂ればいいだけなので、小松菜のおひたしに乾燥わかめをお湯でもどして混ぜてもいい。今日は面倒くさかったので、わかめふりかけに頼った。

 カリカリのじゃこは納豆に混ぜても旨いし、ふりかけ代わりにごはんにのせてもいい。残りを小さなタッパーに入れて、明日の納豆に使うことにする。


 元同僚から電話があった。ものすごくマメに婚活の進捗状況を報告してくれる。俺、独身なんだけど。すでに結婚した人、つまり婚活に成功した人に相談したほうがいいんじゃないだろうか、とは思う。

『居酒屋だけど、仕切りがあって、個室っぽいとこに行った。相談所の人にも訊いてみたら、それなら婚活で行くのもありって言われたし。普通の居酒屋はやっぱまずいみたい。女によっては、怒って、即お断りになることもあるらしい』

「だろうな」

 そういや、俺の今日の夕飯はなんだか居酒屋っぽい。食べながらうなずいた。

『他の客の目がないのはやっぱよかったわ。ドッグカフェのときに、周りにちらちら見られたの、気になったし。向こうも人目がないのがよかったのか、結構話をしてくれた。相変わらず犬の話中心だったけど。あ、ホッケはきれいに食べてた』

「好印象だろ」

『うん。そう思う。なんかうまくいきそうな気がしてきた』

「よかったな」

 今日の電話では、一度も、「岩」という言葉は出てこなかった。

「ところで、その後、米は研いだのか?」

『あ! 忘れてた。いや、今日はもう遅いから、明日にするわ。もう、かーちゃんが研いでしまってるし』

 …絶対、やらないな。

 笑ってたら、今日の仕事のトラブルはどうでもよくなった。


 先輩がラーメンをおごってくれた。厚切りチャーシュー麺。コーヒーや果物を読書友達におごった話はしてあった。すでにかつ丼をごちそうになっているので、チャーシュー麺までおごってもらう必要はないのだが、先輩も食べたかったらしい。かつ丼にしろ、ラーメンにしろ、健康を気にする人には、つまり先輩の姑さんのような人には、悪の食べ物なんだろうが、旨いものは旨いのだ。薄味和食は確かに体にいいのかもしれないが、かつ丼やラーメンが必要なときがあるのだ。どんぶりを横切るように鎮座した厚切りのチャーシューは、脂身でごましたようなやつじゃない、かぶりつくと、肉の旨みがじゅわーっと口の中に広がって、肉を食ってる幸福感に満たされる。千切りのきくらげがのっている他、野菜といったらネギくらい。この、背徳の旨さがたまらん。

 カウンターに座って、ウマウマとラーメンを頬張り、至福のひとときを堪能していると、

「その友達、シングルマザーなのか?」

 先輩が訊いた。

「そうみたいです。あ、二歳の子供って、一日中、イヤ、イヤって言うって知ってましたか? びっくりしました。本当に、イヤ、イヤばっかり言ってました。お母さんて大変ですね」

 うーん、と先輩が箸を止めた。

「なあ」

「はい」

「いや、ええと、…子持ちとつきあうのは難しいぞ」

「はい? いや、そんなんじゃないです。友達ですよ」

 俺も箸を止めて、隣りに座った先輩を見る。

「いや、余計なお世話なんだろうけど、お前、優しいから」

「……え?」

「ほだされるなよ」

 思わず顔をあわせたまま無言になる。

「……ほんとに、そんなんじゃないです」

 先輩は息をついて、ラーメンに戻る。

「ならいいけど」

「あと、俺は別に優しくないです」

 この間、妹に聞いた話のこともあって。なんで俺は優しいことになってるんだろう。

「いや、お前は優しいぞ。いつも猫の貰い手探しを手伝ってくれてありがとう」

 先輩が笑いながら言う。

「…なんですか、ほめても何も出ませんよ」

 先輩はこういうふうに、さらっとほめてくるから、ちょっと恥ずかしい。でも、大人になると、ほめられることがなくなるから、嬉しいのも事実だ。先輩が結婚して、奥さんと仲良くしている理由はこういうところにあるんだろうな。先輩のところは、奥さんもほめ上手だし。

 そして、先輩には言えなかったが、実は昨日のうちに妹に訊いて、病児保育のことを彼女にメールしていた。病気の子供を預けられるサービスで、前に妹の同僚が利用していたのを聞いたことがあったから。これってほだされたことになるんだろうか。友達なら、困ってるときに手を差し伸べるものだ。うん、そうだ。

 食べ終わって店を出たところで、先輩のスマホにLINEが来た。

「うあv」

「どうしたんですか?」

「あー…、奥さんが、実家にいるらしい。迎えに来てくれって」

「え? 先輩が夕飯を外食しただけで、実家に?」

「お義母さんが呼びつけたんだろうな。しゃーない、迎えにいくわー」

「た、大変ですね」

「おう。またな」

 夫婦がうまくいってても、結婚って、大変だな。



「カリカリじゃこのトッピング」


 じゃこ   50gくらい

 オリーブオイル(サラダ油でも可) カレースプーン一、二杯分くらい


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