グルグル悪意輪廻を止めるための、牛の歩み
よく耳にすることばを思う
地獄があるから、極楽の良さがより分かる
世の中が極楽だけだったなら、いいのにと
思うこともあるけれど
立場のちがう、ひととしゃべれる機会は
実の付き合いはとても大切
ネガティブな話や感情やを
その場で聞いて、話して
相手のグルグル悪意輪廻を
ほんのちょっとを流れる小川のような
ポジティブな言葉をもって
相手を否定せず、肯定もせず
聞いたうえで、事実誤認をそっと伝えて
今ここの事実、を伝えていく
そのことで、グルグル悪意輪廻を止める
それがネットで出来れば良いけれど
短い文字のやりとりで
意思疎通をはかるには
結局、日常のオンラインでないところの付き合いが
きちんとできていないと、無理
善と悪でもなく
光と影でもなく
陰と陽、と思うとなんとなくしっくりくるのは
やっぱり私も東洋のひとだから?
ネガティブな言葉には、それなりの
相手に変化してほしい望みがあるから
きつくなるわけで
だけど、それをいちいち気にしていたらメンタルがどうにかなるし
第一、きつく言う人間ほど
自分のことが聖人でもなんでもない、ひとに言えない堕落を持っていたりもする
優しい人は、自分の至らなさ、無知さを心得ているから言わない
けど、言わなさ過ぎても相手が増長することもあるから
それこそ不動明王さまのように
ガツンと怒った様子を見せる必要が発生するときもあるし
それでも、人間関係が壊れないためには、身内としてのかなりの年数が必要になる
ぜんぶをいっぺんに変える、なんていうのは到底、無理
目の前に現れたあらゆるひと・もの・ことに慈しみと愛を、と
想ってみてひとつづつ、ちょっとづつ行動するのみ、なのです