浦島雄太郎
浦島太郎をモチーフに、パロディ風に書いてみました。ストーリーの展開に工夫をしている内に、楽しくなって、ほとんどひと息に書ききりました。人が恋することをテーマにしています。
男の曽祖父は、かの有名な浦島太郎だった。太郎は浜の漁師で、ある日、子供らにいじめられていたアカウミガメを助けてやったところ、そのお礼に竜宮城へ招待されたことを知らぬ者はいない。そこで夢のような毎日を過ごした。美しい乙姫にぞっこんとなり、帰るにも帰れなくなったというのが実情である。やはり男は優しい美女には弱いもの。鯛やヒラメの舞いなどどうでもよかった。乙姫がそばにいることが決定的だった。好きな女と一緒にいるだけでアンチエイジングが図られる。いつまでも男は若さを保つことができるのだ。夢は、いつかは覚めるもので、太郎にも別れの時がやってきた。おそらく、いつまでも若いままでのエネルギーが実年齢をはるかに凌ぐことに耐えられなくなったのではないかと思われる。無理が続かなくなったという訳だ。乙姫は、永遠の美を保障されているので歳を取ることはなかった。太郎が、そのギャップに耐えられなくなったことに気付き、そろそろ地上へ戻す時期が来たと判断したのだろう。太郎を実年齢に戻すために玉手箱を渡したことは幼い子供でも知っている。
現在の太郎、つまり、浦島雄太郎も漁師をしている。曽祖父とちがって、自分の船を持ち、その船を操って魚を追っている。浦島伝説はもちろん知っていて、自分も曽祖父を惑わせた乙姫に会いたいものだと常々思っていたが、雄太郎が漁をしている海域にはアカウミガメが生息しておらず、また、子供が海で自由に遊ぶことも危険性を考慮した大人たちが禁止していたので、竜宮城への道筋は途絶えていた。ああ、子孫の俺には曽祖父が体験した夢のような時間はやって来ないのか。と残念でならなかった。乙姫のようないい女と付き合えるなら、玉手箱など怖くはない。
ところが、である。雄太郎は地上で乙姫に出会ったのだ。ほれぼれするようないい女で、まさに聞きしに勝ると言ったほうがふさわしい。しかも、雄太郎とは相性が合っていたようだったから、もうたまらない。寝ても覚めても雄太郎は乙姫のことを想うようになった。これで、尊敬する伝説の曽祖父に近づけるのではないかと思った。曽祖父とちがっていたのは、乙姫と過ごす時間が短かったことだ。竜宮城で毎日乙姫のそばにいたというようなことはできなかった。月に二度か三度会っていたくらいだった。
乙姫は、実は、太郎と別れたのちも、ずっと太郎のことが気になっていたらしい。他にも何人、いや、何十人と竜宮城に招待したのだが、どういう訳か、太郎のことだけがいつまでも忘れられなかったという。めったに怒ることのない穏やかで優しい性格が気に入ったのではないかと思われる。そこで、海の神に願い出て、地上に派遣されることを許された。時代は、太郎の頃とは著しく変化し、平穏な竜宮城とは決定的とも言える落差が生じていた。白砂青松はほとんど消え去り、わずかに残っているビーチには高層ホテルが立ち並んでいた。いつまでも美しい乙姫だったが、悲しい顔をしながら、太郎の姿を探しながら歩いていた。そんな時、ふと防波堤から海を見つめていると、漁から戻ってくる白い船が目に止まり、操船している雄太郎に、太郎の面影を見たのだった。
かくして、雄太郎と乙姫との交際は始まった。地上ではさすがの乙姫も精力を余分に使ってしまうらしく、海の神からは、人間の男と会う回数を厳しく限定するように言われていた。疲れてやつれ果てたのでは、竜宮城へ戻ってからの仕事から外される可能性がある。世界の海には乙姫の地位を狙っている人魚などが大勢いたのである。そのことはもちろん乙姫の口から雄太郎に伝えられた。雄太郎は毎日でも会いたかったのだが、乙姫の事情は優先的に考慮する必要があった。雄太郎のせいで竜宮城主席接待役の座を奪われるようなことがあってはならないのだ。
二人は、会うたびにお互いを見つめ合った。いや、正確に言うと、雄太郎ばかりが乙姫の愛らしい瞳に釘付けとなっていたほうが正しいのかも知れない。これほどチャーミングな女は、地上では見たこともない。素直で包み込むような母性もあって、雄太郎はとろけるような感触を何度となく味わっていた。曽祖父の太郎が体験した夢のような世界とは、まさしく、このことではなかったかと、雄太郎は確信したのである。ようやく、尊敬する曽祖父に近づくことができたのではないかと思った。時間はひどく短かったが、短いがゆえに、夢は凝縮され、会っていない時も、何度も何度も繰り返し、乙姫の数多くの魅力をひとつひとつ噛みしめることができるのだった。太郎のようにいつもいつもそばに居たのでは、ひょっとすると、あり得ない話ではあるだろうが、「飽き」が僅かに忍び寄ってくるという危険性も完全に否定することはできない。しかし、不思議なことに、雄太郎にはその可能性はまったく見られることはなかった。それだけ、乙姫の女としての魅力は、最大限のものだったということであろう。
「姫、『玉手箱』はいつ僕がもらうことになるのですか?」
雄太郎はおそるおそる乙姫に尋ねた。
「それは、まだ分かりません。あなた次第です。」
「僕次第って?どういうことですか。」
「あなたが私に会いたいと思わなくなる時です。」
雄太郎は、驚いて腰を抜かしそうになった。自分に果たしてそのような時が来るのだろうか。時の流れは物事を変えるものだが、乙姫に会いたいと思わなくなる時が来ることなどあり得ないのではないかと思っていた。
「では、いつまでも会うことができるというのですか?」
「ええ、あなたさえよければ、・・・。」
雄太郎は、天にも上るような幸福を感じていた。そして、俺はいつまでも、この美しい乙姫を支えていこうと強く決心したのであった。
十数年が過ぎた。雄太郎は、ベッドの上で乙姫のことを考えていた。寝たきりとなり、身体を起こすこともままならない状態となっていた。乙姫との別れは雄太郎から切り出した。
「長い間、ほんとうにありがとう。姫のおかげで、僕は心から幸せと思えることができました。もう、こんな身体になってしまったので、僕はもう姫を楽しませてあげることができなくなりました。潔く身を引きたいと思います。」
そう言うと、目から一筋の涙が流れ落ちた。乙姫は、絹の袋から何かを取り出して、雄太郎に手渡した。
「ついに、これを渡す時が来ました。でも、私は悲しいこととは思いません。あなたとこれからも、ずっと一緒ですから。」
と言って、あの「玉手箱」を枕元に置いた。
「その時がせまったら、この箱を開けてくださいね。」
そう言って、乙姫は病室を後にした。
いよいよ、その時が来た。雄太郎は、乙姫との楽しかった日々を思い出していた。こんなにも美しい女と一緒に過ごせたのだから、これほど幸せな男はいないだろう。ついに、曽祖父の浦島太郎を乗り越えたのだと思っていた。やがて、臨終の時が訪れようとしていた。雄太郎は、最後の力を振り絞って、箱の紐をほどき、ふたを開けた。白い香りの良い煙が病室一杯に広がった。雄太郎は、自分の体から別の体が抜け出して、どこかへ連れて行かれるような気がした。どこへ連れて行かれるのだろうか。不安はなかった。自分にはいつでも乙姫がいる。ぼんやりした意識のなかでも、そのことだけははっきりと思うことができていた。
雄太郎は、いつしか、竜宮城で暮らしていた。下働きの男ことして、乙姫に仕えていたのである。海の神が、雄太郎の乙姫への思いが本物で、変わることがないことに感心し、「玉手箱」の特別版を作って乙姫に渡していたのだった。それは、地上から竜宮城への片道切符だった。乙姫とは、地上のように付き合うことはできないが、雄太郎はじゅうぶんに満足していた。乙姫のためにせっせと働き、彼女を支えることができることを思うと、もう何も要らないのだ。相手に与え続けて見返りを期待しない、ギブ&ギブの精神は、雄太郎が竜宮城の住人になってからも続いた。
心遣いのある乙姫は、そのことをよく分かっていて、たまに誰も見ていないところで、雄太郎とこっそり接吻を交わした。海の神だけが、そのことを知っていたのだが、それを咎めるような野暮な神ではなかった。雄太郎の献身的な仕事ぶりに、さすがの海の神も心を動かされたということであろうか。そして、乙姫は、相変わらずの美しさで、竜宮城に輝きを放っていた。いつまでもいつまでも美しく素敵な乙姫だった。
パロディはかなり好きで、ときどき書きます。つじつまを合わせながら、機知とユーモアを練りこむ作業が楽しいですね。




