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嫌な奴

作者: Kesuke

 私は彼――雨宮タツルが嫌いだ。

 何故あいつが嫌いかというと何を考えているのか分からないし、授業は寝ているし、校舎の3階からプールに飛び込んだりしていた時なんて本当に何がしたいのか分からなかった。

 一度、階段の上から踊り場まで助走つけてジャンプしたりしていた時はむしろ怪我して欲しいとさえ思った。

 遅刻も毎日のようにするし、簡潔に言うとアホ丸だしって感じなのだ。

 先生にもよく怒られたりしていたけど、それでも先生と仲が良いのもよく分からない。

 クラスの男子生徒達の中でも一際おかしい奴だと思う。

 女子生徒からは一番関わりあいたくない奴、なんて言われてるけどあいつ自身はそんなことどうでもいいみたい。


 そんなあいつが、席替えの時に私の隣になった。

 私はクラスの人気者でかっこいい男子の隣が良かったからこの時は心底自分のくじ運の無さを恨んだものだ。


 「俺、女子と隣になんの初めてなんだよな、とりあえずヨロシク」


 彼の言葉に、私はあの時無視したことを覚えてる。


 その時から彼は用事がある時以外は私には話しかけなかったし、私も自分から話しかけることは無かった。

 

 でも、世界史の授業の最中どうしても気になって、寝ている彼が一度時間を確認する為に起きたときに訪ねてみた。


 「ねぇ、なんであんたっていっつも寝てんの?」

 「なんでって、眠いからだよ」

 「だったら学校に来なければいいのに」

 「まぁ俺がいなきゃ机を広く使えるもんなぁ」

 「あんたの机なんか使わないわよ、汚そうだし」


 彼はそうだなぁとか言いながら、渋々黒板に書かれていることをノートに写し始めた。

 殆ど何も書いてないノートの隅には、下手くそな羊の落書きがやたらと存在感を出している。

 後ろの席の友達がクスクス笑っていたけれど、私としては何が面白いのか分からなかった。


 次に話した時は進路についてで、内容は後ろの席と隣の席でグループを組んで将来について話し合うという内容だった。

 季節はもう夏も陰り始めていて、話し合いといっても受験とかの雑談がほとんどだったけれど。


 「ねぇ、雨宮って大学とか行くの?」


 後ろの席の友達が興味津々、と言った風に訪ねた。


 「いや、就職するよ。 金もないし」


 私はそれを聞いて、吹き出してしまった。

 私自身は近くにある偏差値の高い大学へ行くから、見下していたというのもあるかもしれない。


 「あんたって将来の事考えてるの?」

 「考えてるって程じゃないけどなぁ、なるようになるだろ」

 「馬鹿の典型って感じ」

 「おいおい、高卒馬鹿にすんなよ」

 「馬鹿だから大学行かないんでしょ」

 「じゃあ、吉見はどうなんだよ?」

 

 流石にその言葉にはカチンと来たのか、あいつは口にこそ出さなかったけれど、非難めいた口調で聞き返してきた。


 「私はあんたと違って頭を使う価値のある仕事につくの」

 

 

 まぁまぁ、と雨宮の隣に座っていた野球部の男子が割って入ってきた。


 「でもとりあえず今の時代大学には行っておかねぇと、なぁ?」

 「まぁ、そうだね」


 隣の友達が相槌を打つ。


 ところで、と野球部の男子と友達が二人で話す中に、無理矢理私も入っていった。

 雨宮はその間ずっと、終業のチャイムが鳴るまでずっと黙って何も言わなかった。


 次の日の朝、雨宮が入院した事を私は知った。

 何でも車に轢かれて両足を骨折したらしい。

 そんなこと私にとっては極めてどうでも良かったし、目障りなあいつがいなくなって清々していたのだけど、最悪だったのは私が学校のプリントと生徒の寄せ書きを持っていくことになったことだ。

 いやです、と断る私を先生は家が近い、だとか入院先も近い、おまけに席も隣とかいう理由を挙げて一蹴した。

 家が近いなんて、その時に初めて知ったくらいに仲が悪いのに。


 病院先の雨宮は、意外にも大人しく本を読んでいた。

 両足にギプスが巻かれて、動けないように固定されているせいだろうけど。

 雨宮の奴は私がプリントを持ってきた事に、心底驚いた顔をしていた。


 「誰かと思ったら吉見かよ」

 「これ渡しに来ただけだから」


 私は、雨宮の手元にプリントと寄せ書きを投げ落として、さっさと帰ろうとした。

 バサリ、と何枚かのプリントが床へと滑り落ちたけれど、嫌いだったしどうでも良かった。


 「結構ヒデー奴だな、お前」

 「何?」


 滑り落ちたプリントを見つめたまま零した雨宮の言葉に、帰ろうとした足が止まる。

 カチンと来たけど、確かに今のは酷すぎたかなとも少しだけ思う。

 それに雨宮がお前、なんて言葉を使ったのを初めて聞いたから、それがちょっと怖いのかもしれない。


 「吉見が俺の事嫌いなのは分かったけど、俺が何かしたかよ?」


 私はなんて答えようか迷った。

 迷ってる間に、雨宮がさらに追い打ちをかけてきた。


 「まぁ、嫌いなもんは嫌いってのは分かるよ。 だけど俺がなんか迷惑かけたか?」

 「...かけてないけど」


 本当は嘘だ。 迷惑というより、疎ましい。

 授業中に隣で寝られるだけで、なんだか私の努力を否定されてる気がして腹立たしい。


 「なら俺のこと見下してるんだろ、今だってどうせ俺が馬鹿な事やって事故ったと思ってる」

 「だって...実際そうでしょ」

 「自分が理解できなきゃ何でも馬鹿らしい事に思えるんだな」

 「そうは言ってない、あんたのやってる事が馬鹿だと思ってるだけだし」


 いつの間にか、雨宮の隣の入院患者が目をパチパチさせながら私と雨宮の事を交互に見つめていた。

 私は急に恥ずかしくなって、床に落ちていたプリントを乱暴に纏めてベッドに置き直した。


 「じゃあ、あんたがやってる事が馬鹿じゃない理由を説明してよ、遅刻とか、勉強しないこととかが馬鹿にされないだけの理由を」

 「あー、いや...ごめん。 それは俺の頭が悪くてだらしないだけだわ」

 「は?」


 予想外の謝罪に、私は呆れた。

 雨宮はやっぱり、何も考えていないだけだ。


 「でもよぉ、やっぱり俺は頭ワリーけどよ、いろいろ後悔しないようにって、考えてんだぜ?」

 「勉強しない方がよっぽど後悔すると思うけど」

 「まぁ、確かにその点は褒められた人間じゃねぇよな」

 「だったら努力すれば?」


 雨宮が肩を落としたのが見えたけど、私は構わずに病室を出た。

 時間の無駄だったって、この時は心から思った。


 次の日先生から、雨宮は飛び出した子供を助ける為に飛び出したって話を聞いた。

 学校に子供の親から連絡があって初めて分かったらしく、全校生徒の前で表彰するとかなんとかって先生は話していた。

 何も知らなかったとはいえ、馬鹿だと言ってしまったのは流石に申し訳なく思う。

 でも、それならそうと言ってくれればいいのに。

 そこから3週間程して雨宮がやっと登校してきた時、クラスの皆は雨宮を出迎えた。

 まるで英雄みたいに。

 私はというと、皆が雨宮を囲んで持て囃すものだから、

たった一言の謝罪すら言うタイミングを失ってしまった。

 一度、雨宮と私は目があったのだけれどクラスメイトに阻まれて遠くにいた私はすぐに目を逸らしてしまった。

 たったそれだけの事なのに、私は何か胸に大きなしこりを残してしまった気がする。

 負けたとか悔しいというよりも苦々しくて嫌な、染みついて取れなくなったカーペットの染みのような。


 結局、私はなんだかんだで一言も謝れず、あんな別れ方をしたものだから雨宮も私とは一切口を利かず、そうこうしてる内もやもやしたまま12月も半ばになってしまっていた。

 病室へ行く前と表面上は同じままなのに、それでも一片の曇りも無く嫌いだった頃に比べて、やっぱり私と雨宮の関係は変わっていた。

 というよりも一言言えば済むと自分でも分かっているのに。

 時間が経てば経つほど謝りづらい理由付けーー言い訳だけどーーは増えて行くし、それでもやっぱりもやもやは消せない。

 しかもそのせいで勉強に集中できていないのは完全に自業自得な状況だと自分でも分かってるせいで、余計に

もやもやいらいらしてしまう。

 勉強しなければいけないのに。

 今まで勉強できているのが当たり前だったせいか、勉強できない事が信じられなくて集中の仕方が思い出せない。

 模試も自己テストも、散々だった。

 というか今まで勉強してきた知識の大半は何処へ行ってしまったのだろう?

 後一ヶ月もすれば、もう本番だというのに。


 私は、さっきまで壁に向かって投げつけていた枕を放り投げて玄関まで歩き出していた。

 後ろで、枕が何かに当たってがしゃんと音を立てた。

 この数週間は似たようなことを散々していたから、家族はもう何も言ってこない。


 コートを羽織って、夜空を見ながら近所を宛てもなく歩いてみる。

 このもやもやとした気持ちも、勉強しなきゃという焦りも何も感じたくなかった。

 夜空ではオリオン座がきらきらと光っていた。

 頑張ればおうし座くらいは見つかりそうだけど、道路からにょっきり生えるビルのせいで見つかりそうで、見つからない。

 私は、星座でも探そうかな、なんて手近なマンションへと入って屋上へと声を殺して上っていった。


 不用心というか、子供への配慮が足りていないのか屋上まで鍵はおろかドアすら付いていなかった。

 っていうか、屋上の癖に腰あたりまでの手すりしかついてないのが意外、っていうか考えられない。

 苦情とか来ても良さそうなのに、なんなら私が入れてやろうかな、なんて事を思いながら手すりにそっと手をついて星空を眺めた。


 牡牛座、うさぎ座と手で星座をなぞっていく。

 星座の名前を呟く度に白い息がふわふわと舞って、幻想的だった。

 おおいぬ座を描く最後の一片をなぞろうとした時、視界が大きく揺れた。


 「バカヤロッ!」


 怒声と一緒に視界が揺れた。 っていうか揺れたじゃすまない。

 下手すれば首がムチウチ症になるかと思った。

 何がなんだか分からないまま頭と腰を抱えられつつ地面に引きずり倒されてから、やっと頭が状況を理解して全力で暴れた。


 「ヤメテ! 離して! 変態!」

 「へ、ヘンタイじゃねぇよ!」

 「人として恥ずかしい! 死んじゃえ! ヘンタイ!」


 ひとしきり叫んだ後、拘束は既に解かれていて一人で暴れていたことに気付いた。

 そして、目の前にいたのは変態じゃなくて雨宮だった。

 いや、変態じゃないとは言いきれないけど、とりあえずは雨宮だった。


 「てか誰かと思ったら吉見かよ」

 「アンタ、なんでここにいるの」

 「あ?」

 「もしかして、アンタ強姦魔なの? それともストーカー?」

 「あのな、ココ、俺んちのマンション」


 呆れたように雨宮が一語ずつ切ってから下の階を指さした。


 「で、なんでお前ココにいるわけ」

 「なんでって歩いてたら急に星座見ようと思って、つい」


 私は正直に言ったつもりだったけど、雨宮は半信半疑といった表情だった。


 「んじゃ、自殺しようと思ってここにいたわけじゃない?」

 「なんで自殺なんかしないといけないのよ」

 「いや、最近その手の事件多いし、受験シーズンだし」


 雨宮はそう言いながら、雲一つない夜空を仰ぎ見た。


 「まぁ確かに、夜空は綺麗だな」


 二人して空を見つめたまま、それ以上何も言わなかった。

 謝るなら今しかないのだけど、恥ずかしくてとても言いづらい。


 「えっと...なんていうか、あの時はごめん」


 とても言いづらくて、口ごもってしまったけど、言ってしまった。


 「あー...何が?」

 「病室でのコト、っていうかあの時は何も知らなくて」


 我ながらに言い訳がましい。

 それでも、雨宮は空を見たまましばらく何も言わなかった。


 「あー、馬鹿なことやっててまるで生きる価値なし男とかって言ってたアレ?」

 「そこまで言ってないし」

 「確かに」


 雨宮は空を見ながらニヤニヤ笑っていた。

 拳骨を飛ばしたい気持ちというか殺意すら芽生えたけれど、我慢して雨宮の次の言葉を待った。


 「まぁ、でも吉見が言うのは一理あるよ」

 「何が?」

 「俺は吉見が思う以上に人としての価値がないってこと」

 「何言って――」


 言葉が途切れた。

 雨宮は相変わらずニヤニヤしてたけれど、声は笑っていないのに気付いたから。


 「なんていうかさ、まぁ勉強できないのもあるけど、やっぱいろんな人がいて、俺よりもスゲー人って一杯いるじゃん」

 「うん」

 「で、やっぱりそういう人達がいてそういう人達にお世話になるだろ?」

 「まぁ...」

 「でさ、俺、そういう人達の為に死にたいんだよね」

 「ちょ、ちょっと! 話飛躍しすぎ」


 思わずしてしまった私の突っ込みに、雨宮はケラケラと笑った。

 ただ、何がツボに入ったのかは分からない。


 「別に本当に死ぬ気はないんだけどな」

 「当たり前でしょ」

 「でも生死がかかってるようないざって時に動けない方が猛烈にダサいだろ?」

 「いや、それは人それぞれじゃないの」


 私は猛烈に呆れてしまった。

 雨宮は私の勘違いでもなんでもなく、正真正銘の阿呆だった。


 「そ、俺自身がそう思ってるってだけの話なんだけどな、でも自分がそんな猛烈にダサい感じになるのは嫌なんだよ。 だから、危ないことしてたのは全部度胸をつける為」

「周りからどう思われてるとか、そういうこと気にならないの?」

「気にしてたら何もできなくねぇ?」

 「うーん、まぁ、あんたが後悔しないように生きてるってことだけは分かった気がする...かな」


 雨宮は阿呆で馬鹿だけど、理由を知っただけで少しはかっこ良く見えた。


 「ちなみに俺、受かったんだぜ、消防士」

 「へぇ...すごいじゃん」


 消防士、と聞いたからかは分からないけれど、私は正直にすごいと思った。


 「でもまぁ、正直、好きな人にまでボロクソ言われた時は結構傷ついたけどな」

 「へぇ、って、えっ?」


 雨宮は相変わらずニヤニヤ笑ったまま、立ち上がってぱんぱんと埃を払った。


 「受験組は試験近いんだろ? 帰って勉強しないとな」

 「...なんていうかごめん、後、ありがと」

 「まぁ、お互い頑張ろうぜ」


 マンションから出るまでの間、雨宮は一緒に降りてきてくれた。

 屋上での言葉は、告白と捉えていいものなのかどうか分からずどぎまぎしていたのもあって、雨宮の後ろをくっついていくことしか出来なかったのだけれど。


 「イライラしても放火とかするなよ」

 「それくらいの分別はついてるつもりなんだけど」


 茶化した雨宮の言葉に、私は答えて、そして初めて自分から笑った。

 道路を曲がって雨宮の姿が見えなくなると、コートを羽織りなおしてからため息をついた。

 

 「さて、勉強しなくちゃっ!」


 私は、満点の星空の下を駆け抜けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公がまさに”嫌な奴”だなぁ、と思って読み進めていました(失礼!)。しかし雨宮君の彼女に対する恋心が判明し、そこで吉見さんへの見方が180度変わりました。雨宮君も惹かれる彼女の良さというの…
[良い点] 学生社会特有の、これから社会に巣立とうとしている 世代の純粋さ、そしてそこから起因するある種の残酷 さとの対比に唸らされました。 [一言] 吉見さんが雨宮君に抱いていた感情…言葉は悪いです…
2015/02/23 21:33 退会済み
管理
[一言] 嫌い、からの吉見さんの心情の変化がとても細かく描かれていて、素晴らしいなぁ、と思いました。 病室でプリントを投げ置いたところなんかは、本当に嫌いなんだなというのが滲み出ていて、雨宮くんじゃな…
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