リーズ提督7話
「ボクらの最後の意地、見たか」
周囲は自らの火計により、燃えていた。
「副長…、やったな。 ボクらファラス水軍の意地をウェンデスに見せてやることができたよな」
リーズの横で横たわっている副長に問いかけた。
艦衝突の際、でかい破片がリーズに襲い掛かり、副長はリーズを突き飛ばして自らがその破片の餌食になったのだった。
「副長、ボクみたいな無能な艦長の補佐ご苦労様。 もうすぐボクもそっちに行くからな」
アロー提督…。
バセ副提督…。
向こうで堂々と顔を会わせる事ができますね。
「ゴホ、ゴホ…」
煙が気管支に入る。
窒息死か、それともこの艦が沈んで溺死か…。
「海に生きるものとして、海で死ねるは本望とかいうが、まさにそのとおりだな」
衝突の衝撃によって肋骨を何本かやっているな、こりゃ…。
「しかし、な」
少し解せぬ事があった。
「向こうはなんで火計に見事に嵌まったんだ。 新白衆の多恵は知っているはずだが……」
「報告はしましたが、ファラスにリーズ殿程度の仕掛けなどたがが知れていると判断をされたのですよ」
「………なにやってるんだ。 お前は?」
リーズの前に立つ多恵を見て呟いた。
「結果、ウェンデス海軍旗艦の轟沈」
ボクは顔をにやけた。
「この海戦は、引き分けだな。 ざまあみろってんだ」
「さて、行きましょうか」
「どこに?」
「フメレオン陛下のところにです」
「……………ほっといてもボクはここで死ぬぞ」
「確かにここにいれば死にますね」
「………なるほど、ボクを自らの手で裁きたいのか」
ボクはくっくっくっくっと笑う。
「いいよ、行こう。 ボクは満足している。 殺されても文句はない。 冥土の土産にフメレオンの面を拝むのも一興だ」
多恵に連れられて、ウェンデス王都、ジブルタスに着いた。
「あれが王城か」
「です」
ジブルタスはすごくでかい街だった。
「凱旋パレードか」
ボクの目に映る機械兵や騎兵団らの行進。
民衆はウェンデス国旗を振り、紙吹雪を舞わせ騎兵団の凱旋に熱狂していた。
「………ファラスは堕ちたようだな」
「ええ。 王族を捕らえてきたんですよ」
「故国が滅びたんだな」
「さて、王城に参りましょうか」
やがて、王城の中庭に連れていかれた。
そこには、よく知った方がいたのである。
「………シャアプル殿」
ボクはボソッと呟いた。
シャアプルはボクに気付いた様子はなく、下を俯いていた。
「国王陛下、フメレオン様のおなーりー!」
衛兵が叫んだ。
あれがフメレオンか。
まだ30台と聞いていたが、なるほど…。
若い…。
だがそれ以上に王者の風格がある。
ファラスの臣下としてこんなこと思うのは恐れ多いが、我が主君と器がちがう。
「陛下、こちらがファラス騎士団団長シャアプルです」
「そちがシャアプルか」
「……………」
「ふむ」
フメレオンはシャアプルを一瞥し、興味を失せたかのようにボクを見た。
「で、こやつは?」
ボクの方を見た。
シャアプルも今始めてボクの存在に気付く。
「この者は、我が海軍旗艦を沈めたファラス5番艦の艦長、リーズでございます」
「なに?」
フメレオンがボクを睨みつける。
ボクは不敵に笑っていた。
だってそうだろう?
ウェンデスの完全勝利を壊してやったんだ。
これほど痛快なことはない。
「リーズとやら」
「処刑したけりゃとっととしなよ。 冥土の土産に貴様らの面を拝めたんだからもう悔いはない」
「ほう」
フメレオンがこっちにやってくる。
そしてボクの顔を掴み、じっくりと観察した。
「リーズといったか……。 貴公の階級はなんだ?」
「ファラス水軍中夫だ」
「そちの家柄は?」
「…………」
「………ファラス有力商人の次男坊であります。 陛下」
フメレオンの側近が答えた。
「…………………」
「余は、驚いている」
なにが?
「ファラスにはろくな人材がいないと聞いておった。 だが、現実はどうだ…。 我が海軍の旗艦が沈められたという」
「しかもこっちの手の内がわかっていながらの結末だ。 知っていたんだろう、ボクの火計を」
「うむ、知っておった。 だが、実際に実行できる裁量がファラスにあるとも思えなんだから捨ておいておった」
「ファラス水軍を舐めるからの結末だよ、フメレオン陛下…」
「余は、おぬしを取り巻く周囲の環境を知っておった。 おぬしを開戦からいの1番で注視しておったからな」
ボクを注視?
「我が艦隊が海賊行為を行い、おぬしの艦と遭遇しておるな」
「…………」
「あの時、おぬしは我が艦隻とそちの艦の船足を瞬時に理解し、重量を下げて見事に撤退した」
「ふん」
「それを聞いた時、余はおぬしに注視した。 ファラス攻略の障害になるであろうと」
「そいつは光栄で…」
「だが、おぬしの献策はおぬしの身分によって退けられさらに謹慎させられた」
「……………」
「それでも火計の準備をしていたのは知っておった。 だが、おぬしがあがいたところで対した被害はでないと踏んだ。 そして結果がこのザマだ」
フメレオンは自嘲気味に笑う。
「余は甘かった…」
「近づけられる前に旗艦を沈めれば、終わるはずだった。 ファラスにまさか、単体で突撃してくるような気骨のある将がいるとは思っても見なかった」
フメレオンがシャアプルを見据える。
「この男を知り、ファラスの程度を舐めてしまった」
そうか…。
シャアプルはまずい戦略をした上、あっさり降伏したんだったな。
ファラス軍部の重鎮の中の重鎮が…。
「さて、本題に入ろう」
「そうだな、さっさと殺せ」
「確かにおぬしを殺せという意見もある。 だかな、余は有能な将を好む」
「殺しな」
「畏れながら!」
シャアプルがいきなり叫ぶ。
何を考えている、こいつは…。
「我は30余年、騎士団としてファラスに仕えて来ました! 畏れながら陛下は有能な将を好むと聞き及んでおります! 是非末席に加えて戴ければこのシャアプル。 命をとしてお仕えすることを誓いまする!」
正気か、シャアプル。
何今言ったか、わかっているのか?
「……ほう」
フメレオンはシャアプルを見た。
「確かに余は有能な将は好きだ。 ではおぬしが余に役立つという証はあるのか?」
「証?」
「うむ」
「我は、ファラス軍で最も発言力をもっておりました。 我の統率に関して自信を持っておりま……」
「もういい。 黙れ、ゲス」
「……は?」
「ファラスにおいてのおぬしの地位はおぬしの先祖の功績。 おぬしはただそれを享受しただけの存在であることは知っておる。 それにおぬしは余の軍団と対峙し、どのような結末になったかも当然知っておる」
「し、しかし勝敗は兵家の常。 なれば……」
「黙れと申した。」
「……い、いや。 その」
「確かに勝敗は兵家の常だ。 しかしな、あの程度の策でいとも簡単に翻弄されるおぬしを余が欲すると思うたか?」
「い、いや。 その…」
「我が身の保身のために我が方にいとも簡単に降伏したおぬしを余が欲すると思うたか!」
「……我が身の保身?」
ボクの呟きにフメレオンは反応した。
「そちは知らぬのか。 こやつが我が陣営に送りよこしてきた使者のことを」
「………」
「こやつはな、旗色が悪くなると降伏と助命の嘆願をしてきたのじゃ」
「………は?」
ボクは呆れ果てていた。
「王都までの道を記した地図と、王都の地図。王城の見取り図。 確かにそちのおかげでファラス攻略はたやすくことをなせた」
「あ、あんた…」
ボクはシャアプルを睨みつけた。
「あんた、祖国を…、我が主君を売ったのか?」
言われてみれば早過ぎる陥落だ。
だがそれは多恵ら忍びがもたらした情報だと思っていた。
「報われない。 これじゃ、ボクの部下たちが報われないぞ……」
気が変になりそうだ。
こんな奴が我らの軍の重鎮だった?
ファラス軍部は腐っているとは思っていたがここまで腐敗していたのか?
「シャアプル! てめぇ! それでも、それでも騎士のつもりか!」
「リーズ! なんだ、その口のききかたは!」
「シャアプルよ」
フメレオンが言った。
「おぬし、妙なことを言うな。 おぬしの所属するファラスはもうないのだぞ? 無い所での上下関係が今でも成立すると思っておるのか?」
シャアプルは口をつぐむ。
「リーズよ。 おぬしは報われぬな」
フメレオンは同情の目で言った。
うるさい!
貴様に同情されるいわれはない!
「リーズ、余に仕えよ」
「ふん、殺せ!」
「忠臣は二君に仕えぬ……か。 立派だ。 その忠誠、余に向けよ」
「拒否する」
「今、余は有能な人材を欲するのだ。 我が大望のためにな」
フメレオンをゆっくりと語り出した。
「この二つの大陸は、病んでいる。 何故か? 二つの大陸全ての地で、無能な権力者が民衆をないがしろにし、苦しめている。 ファラスもそうであっただろう?」
ファラスか。
ファラスも封建社会。
上流階級がいい想いをしている反面、下級層はただ搾取されるだけの存在だ。
ボクも上流階級であったため、下級層の立場を見ていない。
「余はな、この王やその上流階級のみ富み、下級が飢えるこの世界に疑問を持っている。 下級がいかに努力しても王にはなれぬ。 するとどうなると思う?」
「………………」
「腐敗だ」
「……………」
「将軍の子供は将軍、商人の子供は商人、コジキの子供はコジキ……。 これでは誰も努力はすまい。 結果、堕落、腐敗する」
言っていることはわかる。
ましてボクは次男だから実家の商家を継ぐことは有り得なく、仕方なく軍に入った。
兄は正直、無能だと思っている。
毎日酒や女に溺れ、いつか譲られる家督を待つだけの怠惰な日々。
そんな兄をボクは軽蔑している。
ボクが軍に入った動機は、兄のような怠惰な男に成り果てたくないという想いからである。
兄を反面教師とし、ボクは軍学を学んだ。
だが、軍もしょせんファラスだった。
家の階級によってのみ出世でき、能力があろうとなかろうと関係ないのだ。
ボクはその社会に絶望を覚えた。
「余は政権を取るとすぐ改革を断行した。 封建社会の撤廃だ。そして、努力に応じ階級を上げ怠ける者は降格。 反発はでかかったが、賛同もいた。 結果、生まれたのが機械騎兵に長距離大砲。 そしてそちも見たはずだ。 我が国の活気を」
確かに見た。
ファラスと比べものにならない程の発展したあの街の活気。
ボクの理想の国であることは認める。
だがそれとこれと話は別だ。
「王よ、ボクはファラス水軍中夫リーズだ。最後までね…。」
ボクは部下を、仲間を大勢失った。
そんなボクがのうのうとしかも仇に媚びるわけにはいかない。
「さあ、殺せ」
「するとおぬしはファラスの民を見捨てるわけだな?」
「……は?」
何を言っているんだ?
「今日より、ファラス領はウェンデス領となる。 だがファラス出自のものは今の所だれもいない。 つまり、怠けているためファラス旧民は降格する事になる」
「降格だと?」
「わかりやすく言うなら自由民から奴隷に降格するという意味だ。 敗戦国の末路とはこんなものであろう?」
敗戦したいじょう当然の成り行きだ。
「さらにいうなら、我が旗艦を沈めたという功績…、おぬしが死ねばただの徒労となるであろう」
「なんだと?」
「ただの犬死に」
「……………」
確かにそうだな。
旗艦を沈めた………。 だが、結局祖国は滅びた。
ボクらがやったことはファラスにとって無意味なことだったことになる。
確かに犬死にだな。
「しかし余は敵ながらその件を高く評価している。 だからこその仕官の奨めだ」
「………………」
「それでは死んだおぬしの部下も報われまい。 そうであろう?」
「詭弁だな」
「勝てば官軍。 負ければ賊軍。 そういうことだ」
「…………………」
そうか…。
負けた以上…、旗艦を沈没させた事実をもっていようとも……
部下や仲間は犬死にだ。
「ずるいな、フメレオン王…」
「有能な人材を手に入れるためにはどのような手段でも使う。 それが余である」
「……………ボクの負けです。 陛下」
フメレオンはボクに握手を求めてきた。
「余はそちを得て嬉しく思う。 余の大望のためにそちの力をいかんなく発揮してくれ」
「微少な私ではありますが、陛下の大望のため、持てる力を全て捧げます」
ボクは陛下と手を握った。
「リーズ! てめぇもなんだかんだいって売国奴じゃないか! 見損なったぞ!」
シャアプルがわめいている。
「…………」
自分のことを棚にあげよく言えたものだ。
呆れを通り越して笑いがこみあげてきた。
「シャアプルよ」
陛下がシャアプルに向かい
「余はそちとの約束は守ろう。 命は助けてやる」
そうか。 シャアプルは自らの助命を条件に白旗をあげたのだった。
「だが、これ以上見苦しくわめくならば…」
フメレオンは剣を抜く。
「ひぃ!」
無言の圧力というわけか。 シャアプルと陛下では器から違う。
「殺す価値もない、去れ」
「お待ちください。 陛下」
「なんだ、車児仙」
「まさかとは思いますが、そのまま解放するおつもりですか?」
「む? そのつもりだが?」
「なりませぬ。 いらぬ戦乱の種をまくようなものです」
確かに…。
シャアプルはファラスの重鎮だった男。
シャアプルを放てば、ファラス王家を擁立する旗にされるのは目に見えて明らかだ。
「しかし車児仙。 余はこやつの降伏の際、約束している。 助命のな。 もしそれを破れば余の大義に傷がつく」
「ならば殺す必要はないでしょう。 ですが、解放はいけません」
なるほど。
「永久に牢に繋ぐのか」
「はい、それなら約定を破ることにはなりませぬ」
「い、いやだ!」
「ではシャアプル卿、あなたに選択肢を与えます。 自害と永久幽閉…。いずれなりや?」
車児仙はシャアプルに向かって言った。
シャアプルの選んだ選択は……。
永久幽閉であった。
やっと、やっとファラスが終わりました。
7話も続けるつもりはなかったんですがうまく短くまとめることができずにこんなに長くなってしまって深く反省ですね。(>_<)
さて、キリもいいしここで一旦終わるか、続きを書くか迷い中(´Д`)
書いてるぶんには楽しいんですが読む人にとってこれは面白いのかと(-。-;)
厳しいご意見でも大歓迎です。率直な意見を教えてくださいm(_ _)m