リーズ提督47話
「提督、新型戦艦が納入されてきました……」
リファイルが、書類仕事に追われているリーズにそう言った。
「は? 寝耳に水なんだけど……」
書類仕事から目を離し、リーズはリファイルを見る。
リファイルは、肩をすくめた。
ウェンデス海軍の最早トップであるリーズの耳にも入っていなかった新型戦艦の納入……。
リーズは、ただ黙って受け取る性格ではなかった。
必ず裏がある……。
そう確信したリーズは多恵を呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、なんでも海軍工廠から新型艦の納入があるそうだ……。 多恵は何か知っていたかい?」
「海軍工廠……ですか? 今はトップスリーのメンテナンス中のはずですが……」
「では、海軍工廠では……ない?」
「ええ……。 新型艦を建造している情報は入ってきておりません……」
「……というと、今から納入されるとかいう新型艦って何だ?」
「申し訳ありません。 私たち新白衆でも把握できていない事態です」
「提督、これは?」
リファイルは眉を吊り上げて怪訝そうな顔をした。
彼も何かきな臭い雰囲気を感じ取っている。
リファイルはファイルから書類を取り出して、リーズに見せた。
リーズはそれを一読し、ため息をついた。
「陛下のサインがあるな……。 しかし、戦艦一隻の建造がどれくらいの費用がかかるか陛下は知っているはず……。 現状、戦艦の戦力増強を進言しなかったのは国庫の都合を考えてだったのだがな……」
ウェンデス王国という国は、決して豊かな国ではなかった。
今でこそ、同盟国となっているヴィンセント帝国より軍資金を得てはいる。
しかし、戦艦を建造するより、ウェンデス-ヴィンセント間に置ける鉄道の設置が重要なことであり、それを差し置いてまで戦艦を作るメリットというのがわからない。
「王城に行くか……」
リーズは、席を立ち上がろうとする。
「待ってください」
多恵がそれを制した。
「どうした?」
「たった今、入った情報があります……」
「?」
「……郁美と連絡が取れなくなりました」
「……なんだって?」
「今朝の提示連絡が途絶えております……」
「……それは、つまり……。 何を意味する?」
「郁美に、何かあったということになります」
「……」
これは、つまりどういう意味がある?
決まっている……。
王城で何かあった。
それ以外に何がある……。
だが、何があったかが問題だ……。
ボクが想定する最悪の事態……。
陛下が暗殺されるというパターン……。
いや、それはない。
そんな事態を迎えていたら、悠長に新型戦艦が納入されてくるなんて報告より、陛下崩御の報告が来るはずだ……。
となると、後に考えられる事……。
郁美が排除されたということか……。
何のため?
決まっている。
邪魔だからだ……。
なんで邪魔なのか?
陛下暗殺の為……。
しかし、陛下の近辺に郁美を配置した事実は、ボクと新白衆しか知らないはずだ。
陛下すら知らせていない。
では、誰が排除する?
陛下の近衛?
無いな……、それは。
陛下の近衛が忍に気づける技能を持ち合わせているのならわざわざボクが改めて新白衆の者を配置しない。
それに、ボクが新白衆を雇っていることはウェンデス軍部内ではもはや知らないものはいまい。
越権行為として、ボクに査察が入るはずだ。
その動きは全くといって無いようだ……。
「多恵……」
「はい?」
「郁美は、新白衆ではかなり上位の忍だったな……。 もし、仮に……。 仮に、誰かに見つかるという事態に陥ったりする可能性は?」
「お言葉ながら、郁美の隠密能力は新白衆の中でも頂点に位置します。 もし、郁美を探り出す技能を持つ物が王城にいるのなら、王城は陥落したも同然です」
「けど、陥落していないな……」
「はい。 遠見の者の報告によると、陛下は朝廷を行っている姿を確認できています……。 陛下の暗殺はあり得ません」
杞憂?
いや、そんなわけは無い……。
現に郁美はいないのだ。
「………貴族の動きは?」
「活発な動きはありません……」
「外国は?」
「城下に内偵こそ潜んでいるものの、城内にはいません」
「……科学省は?」
「科学省……ですか。 申し訳ありません、それはまだ探れていません」
臭うのは科学省か……。
探れていない、というのはあらかた想像のついた話だ。
忍びの情報収集のやり方は大抵、仲間を装って近づく。
もしくは、陰となって収集する。
金銭や、その他の物で買収もあるが……。
おそらく、新白衆も同じ……。
しかし、科学という学問は新しい学問……。
科学を志す学者に扮するには、その科学の学問に対して知識が無ければ忍べない。
また、科学省は少数精鋭。
科学省の内部は皆が顔見知りなのだ。 そんな中、仲間を扮して近づくことなど不可能である。
また、科学省が研究に使用しているスペースは地下部分にあり陰となって潜むこともできない。
金銭による買収など、ボクが疑っているという事を公にしてしまう可能性が高い。
つまり、それをわかりきっているからこそ……。
「考えれば考えるほど臭いな……」
リファイルが、コーヒーを淹れて、リーズに差し出した。
「……!」
「どうかしましたか?」
「副提督……。 今、なんて言った?」
「え?」
「今、さっき……、フェンなら何て言った?」
「フェン元提督ならば、自分の功績評価と言って何の疑問も持たないでしょう……と」
「くっくっくっくっく……。 はっはっはっはっはっは」
笑わずにいられるか。
なんという事だ。
「どうしました? 提督」
リファイルや多恵はキョトンとしていた。
ボクがなぜ笑っているのか皆目検討もついいていないだろう。
「このボクを舐めてくれたものだな……。 科学省は……。 フェンと同格の扱いかよ」
「は?」
「この新型艦が回ってきた経緯……。 大方察しがついた」
「察しがついた?」
「元々、ウェンデスには海軍など無かったはずだよね……。 ファラス時代からの疑問がなんとなく氷解したのさ」
「え?」
「いつの間にか編成されていたウェンデス海軍……。 正直、ボクがこのウェンデス海軍にきてからも腑に落ちなかった点が多かった。 しかし、ボクの仮説だとそれについても説明ができるんだよ」
「仮説?」
「副提督……。 この前、聞いたよね。 どんな手段を使って、これだけの軍備を短期間でまとめたのかって……。 もう一回言ってくれないか?」
「……はぁ。 ファラス攻略の半月前に海軍が成立し、私は、与えられた船に載ったのですが……。 いつの間にか、船が揃えられていて経緯も何もわからないと……申しました」
「陛下も驚いていた……とも言っていたね?」
「はい」
「つまり、誰もこんなでかい艦を建造している事実を知らなかったわけだ」
「……はい」
「くそ……。 なんでボクはこんな重要なことに気づかなかったかな」
悪態を吐くボクを、ポカンと見つめるリファイルと多恵。
「気づく機会は幾ばくとあった。 それを気づこうとしていなかったのは何でだ……。 決まっている。 ボクが青いからか」
「あの?」
「ああ、すまない……。 自己完結してしまったな。 つまりは……」
科学省は、ウェンデス王国以外にも出資者がいるというわけだ。
科学省と名前を冠している以上、国営で無ければならない。
が、科学者どもはどこかの誰かの力に頼った。
それは、陛下への裏切りでもある……。 そもそも、ボクみたいな新参では科学者と陛下の繋がりを知ることはできない。
ただ、言える事は、科学者もボクと同じく外国人ということだ。
ボクはファラス攻略戦で、陛下の目に留まった。
陛下は言っていた。
実力ある者を好む……、と。
戦艦やら、機械兵を見せれば陛下の信用を得ることは可能だ。
しかし、戦艦やら機械兵を個人で製作できるわけがない。
つまり科学者にはでかい出資者がついているというわけだ。
これが何者かは、残念ながら見当はつかない。
ただわかる事は、ウェンデスが強くなることで何かを得ることができる存在というわけだ。
何者か……。
これを、仮にXとしよう。
このXは、ボクの認知している諸外国ではない。
ウェンデスはヴィンセント帝国と同盟を結ぶまで、すべての国家と敵対していた。
敵対国家を強くさせることによって得になるわけがないということだ。
じゃあ、誰だ?
Xとは誰だ?
パワーバランスを壊す兵器を需給しているXは何者?
ボクみたいな凡人では、Xの正体を暴く力は無い。
しかし、Xはウェンデスが強大になればなんらかのメリットがあるということは推察される。
そうなると、つまりは科学者はウェンデスに忠誠など誓ってはいない。
Xに忠誠を誓っているのだ。
となると、この新造戦艦も説明がつく。
これは、ウェンデスの為の戦艦ではない。
Xの為の戦艦だ。
Xがどこかで造った戦艦なのだ。
新型戦艦を海軍に支給することで、Xは何を得る?
この新型戦艦の扱い方に慣れるため、余計な事を考えさせないため。
では、なぜこのタイミングで?
ボクが新白衆の忍び、郁美を陛下の護衛のために配備していたからだ。
その郁美が戻らない報告を、多恵からボクはいずれ受ける。
となると、ボクがさらに探り出す。
Xについて不利なことを。
そう、させない為の新造艦。
言うなら飴だ。
なめるなよ……。
ボクはフェンとは違う。
理屈に合わない飴の需給は、疑ってかかる。
無造作に与えられた飴を一心不乱に舐めたりはしない。
ボクという男を計り損なったというより、ボクが今、内部に疑いを持っていることを科学者を始めとするXも気づいていない。
「徹底的に調べてやるよ……。 お前らのどす黒い暗部とやらを……」
「……………………………………」
「……………………………………」
リファイルと多恵は閉口していた。
「どうした?」
「いえ……。 郁美の不明と、新造艦の受注だけでよくそこまでの仮説を立てられるものだな……っと」
多恵は、思ったまま口にした。
「少し頭を捻れば考え付かないか?」
「そこまでは……。 さすがに」
リファイルはそう告げた。
「まあ、Xの存在……。 これがあれば、大体の事は説明つくんだよ」
「はい……。 確かに」
「まあ、ここには妙な機械は設置されていないから、ここだけの話をするよ」
「妙な機械?」
「ん? 王城のあちらこちらに取り付けてあるやつだよ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
リファイルはリーズに聞く。
妙な機械の事を。
「ああ、音を遠方に運ぶ機械ですね。 あれはいいものですね。 46時中、人を派遣せずに盗聴できますから」
多恵は納得していった。
「盗聴? な、何のことですか?」
「まあ、王城での内緒話は、誰かさんには筒抜けというわけだよ……。 その事実を報告してくれたのは他でもない郁美なんだがな」
「ここには、ない?」
「本来、司令室になるはずだった場所。 会議室。 あと、数箇所に設置されている」
「な!?」
「だから、こんな辺鄙な場所を司令室にしているんだよ。 言ってなかったっけ?」
「初耳です」
「まあ、最初は確証がなかったけどね……。 なんか嫌な予感はしていたんだ」
「だから、フェン元提督が使っていた最上階の司令室を使わず、こんな地下倉庫で新たに司令室にしたわけですか……。 私はてっきり、フェン元提督と同じ部屋は嫌だからかとおもっておりました」
「それが、対外的ないい訳だな。 正直、ボクがそれを言って不思議ではない立場だったからね。 まあ、話が進まないので、この話はこれまでだ」
リーズはまだ何か言いたそうなリファイルをピシャリと止めて言った。
「Xの正体を探ろう……。 秘密裏に」
「はい、わかりました」
多恵がそう言ったが、リーズは首を横に振る。
「え?」
「今回は新白衆で調べない。 さっきも言ったとおり、ボクと新白衆の繋がりは周知過ぎる」
「では?」
「うちの実家と繋がりのある忍びを使うさ」
「エンセンツ商会と繋がっているって……、まさか?」
「さすが、多恵。 知ってるんだ」
「商売敵ですから……、そりゃあ」
「話が見えませんぞ、提督?」
「黒一門という忍び集団がうちの実家と繋がっているんだよ」
「ですが、提督の実家と繋がっている事を知られているんじゃ、新白衆を使うのと何も変わらないと思いますが?」
「うちの実家は黒一門にとって、顧客の一つでしかない。 大口の顧客はナストリーニ王国さ」
「ナ、ナストリーニ!?」
「ボクも多恵に聞くまで知りもしなかった情報だ。 仮に最悪……連中は、ボクではなくナストリーニが嗅ぎまわっているという風に疑うだろうね。 発覚した場合は」
「は……ははは………」
リファイルは目の前の青年に畏怖していた。
彼が敵だと恐ろしい。
敵ではなくて、良かった。
策を一つ立てるのに、全てのパターンを想定し、自分が不利にならないように綿密に立案する。
そんなことができる人間が、この大陸に何人いるだろうか……。
自分の二回りも年が下のこの上司が恐ろしくもあり、頼もしい……。
私では、この男には勝てないだろう……。
「さて、副提督。 王城に上がろうか」
「え?」
「新型戦艦のお礼口上を陛下に述べに行くんだよ」
「?」
「陛下までも騙すようで悪いが、これはもはや海軍と科学省の戦争だ。 科学省の連中には大いに油断してもらおう。 フェン元提督のように、自分に多大なる評価を頂き、感激であります。 とかなんとか言いに行くことによって、自分らの張った策が成ったと思わせるんだ。 策が成ったと思えば、大抵付け込む隙が出てくる。 その隙とやらを作らないとな……」
「はは!」
リファイルは敬礼をする。
リーズは、通信機をONにした。
「こちら本部。 応答願う」
「こちら、上陸司令室」
「まもなく始まるであろう、対ナストリーニ戦に向け、上陸部隊の上陸作戦が全ての作戦のキーになる。 徹底的に訓練しておいてくれ」
「任務、了解。 復唱。 上陸部隊はこれより上級訓練に移行します」
「ああ、もう、海賊如きに白兵戦で負けるなんて情けないことを言う事はないようにしっかり頼むぞ」
「了解」
リーズは通信機をOFFにした。
リファイルが通信を終えたリーズに伝えた。
「馬車の準備は完了しました。 さあ、行きましょう!」
「ああ、行こうか」
パソコン投稿は楽ですね。
こんばんわ、おひさしぶりです。ふじぱんです。
今日は久しぶりにネカフェに立て篭もって執筆しました。
携帯に比べ、入力速度が速い速い……。
キーボードっていいですね。
さて、この前メールでご感想を頂きました。
この場を借りてお礼申し上げます。
大変励みになりました。