46話
「連中、だんだんと露骨になって来ましたね。 まるで、我々の存在に気付いたように」
「そうと決め付けるのは早計だ……。 我々にたいしての警告かもしれない。 だが、その確証を得る証拠もない。 我々は動けない……」
「我々は隠密は先方ほど技能を持ち合わせていませんからね……。 我々に大義なく戦争に突入させる事ができる……という訳ですか……」
「まあ……な」
男はコーヒーカップに入ったコーヒーを飲む。
「やれやれ、この仕事が終わるまでくそマジィコーヒーをすするしかできないのかよ」
男は悪態をつきながら、先程から話している知的な女性に言った。
「決行が来年とも、来月とも、来週とも……、そして一秒後とも定かではありません。 お好きなお酒は当分禁酒せよと……上からの達しではなかったですか?」
女性はクスクスと笑った。
男は葉巻を加えて火を付ける。
「ったくよぉ……、しばらくはどうせ傍観者だ。 下の部隊は何か嗅ぎ付けたか?」
「嗅ぎ付けたらすぐに提督に連絡があるはずですよ、パパ?」
「お前にパパと言われる筋合いねぇよ……。 まあ、あいつらならなんらかの情報を手遅れになるまえに掴んでくれる」
「提督って、やっぱり親バカですね……」
「うっせぇ……。 全く……、こういうとき提督という肩書が煩わしい……。 こんな肩書がなければ俺もあいつらと一緒に下の部隊に混じっていたんだがな」
「提督といえば、あのウェンデスの提督……。 こちらの勧誘を断りました……」
「王自らの説得でもか?」
男は女性をするどく見つめる。
女性は苦笑いをして言った。
「なるようになったまでです」
「なるようになったっということは……、お前さんは想定出来ていたというわけか」
「ええ……、お察しのとおりです」
「ちっ……、駒が足りなさすぎる……。 失敗したら足元すくわれるぞ」
「そもそもお上がただ一言……、突入と言えば、それで片が付くんですけどね」
「その一言がお上の進退に関わる。 失敗したらごめんなさいですまないからな」
「確証を掴めなければ動けないとかまさに宮仕えですね」
「そもそも戦闘特化の艦隊は楽そうでいいな。 突入命令を受けるまで待って突っ込めばおしまいだから」
「ぼやかないで下さいよ……。 我々も突入の権限を有しています。ただ我々が行使する際は提督の全ての責任になりますが……」
「わかっているさ……。 現場判断というわけだな……。 ウェンデスの提督と戦うのも楽しそうだが、結末をみるまえに退場するのもごめん被る」
「私たち艦隊の役割は慎重になりすぎるなんて言葉はありません……。 私たちの本来の任務である情報収集こそが祖国のための利益になるのですから」
「軍人たるもの、祖国の益に死力を尽くすべし……っか。 悪習、悪習……」
「悪習でも、今の提督には抑止効果となっております……。 提督は放っておけば暴走しかねないですからね」
「人の考えを読むんじゃねぇ……」
「まだまだ探りの段階……。 剪定まで至っていないのをゆめゆめお忘れなきよう……」
女性はクスクスと笑う。
肩書は提督の肩書より下の位置にあるはずの女性は、提督と呼ばれた男を威圧していた。
提督と呼ばれた男は、軽くため息をついて自分の不利を認識し、抵抗はしないという意志表現をした。
お上はこれを理解しているからこそ、提督の参謀として彼女を派遣したのだと容易に推察できた。
彼女が横にいる限り、提督と呼ばれた男は暴走しないだろう。
それはまさにお上の意志であり、提督と呼ばれた男の暴走は、彼らのお上の避けたい可能性なのだ。