表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/49

45話

  静かな廊下に一人の足音がこだまする。

  ウェンデス国王フメレオンは、今日の政務を終えて、寝室に向かっていた。

  若干、無理をしすぎたか……。

  少々体調を崩していた。

  しかし、それを家臣に悟られないように今日という一日を過ごしたのである。

  やがて、フメレオンの目に一つの影が認識される。

  侍女……?


  否……。


  そんなものではない。

  やがてそれはフメレオンの目にはっきりと認識した。


  甲冑である。

  違和感……。


  こんな所に甲冑なんかあったか……。

  否……。


  なかったはずである。


  誰がこんな所に甲冑を置いた?

  何の為に……?


  途端、その甲冑が動き出す。

  中に誰か入っていたのか……。

  不覚……。


  フメレオンは、帯刀を抜いた。


「どこの刺客か?」


「………………」


  甲冑は何も答えず、自身の腰にある剣を抜いた。


  こいつは、どこの誰の差し金か知らぬが……、よくここまで入って来たものだ。


  仮にも王城。

  警備は万全のはずであった。

「答えよ……。 どこのどいつの差し金か!」

 

  甲冑は何も答えず、剣をフメレオンめがけて振る。

  フメレオンは、自身の剣でその剣を弾いた。


  フメレオンの手が、その剣撃に痺れた。


「つ……」


  ただ者ではない。

  剣に何の感情も読み取れない。

  ただ、殺すだけ……。

  かといって一辺の殺意も感じられない……。


  暗殺を糧にする一族のもの?


  そもそも、甲冑の為ではなく、息を……、呼吸を読めないのである。


  やがて、その甲冑の首が吹き飛んだ。


「いつつつつ……」


  若い女の声が甲冑の傍らで聞こえた。


「誰だ?」


  フメレオンは女に向かって問う。

  新白衆の多恵と同じ装束……。


「新白衆の郁美といいます、陛下……」


「こいつの首を吹っ飛ばしたのは主か?」


「恥ずかしながら……」


「解せぬな……。 新白衆に武道派の忍びはいないはずだが?」


「緊急事態ですので……。 出来ればご内密にしていただけるとありがたいのですが」


「ほう?」


  途端、甲冑が動き出す。


  郁美はすぐさま臨戦体制を取る。


「首を斬ったのに動くなんて……」


  首を斬られて動ける生物なんて郁美の知る知識の中にいなかった。

  郁美は、手の平サイズの球を甲冑めがけて投げる。


  その球は甲冑に接触した瞬間、音を立てずに破裂する。


  球は四散し、中より濃硫酸が甲冑を溶かす。

  硫酸の独特ともいえる、鉄を溶かす臭いが辺り一面に広がる。

  その瞬間、郁美は遥か自身の後方の存在に気付く。


  さっき溶かした甲冑と同じ甲冑が、何体も近づいてきたのである。


「何者なの、あなたたち?」


  溶けた甲冑の中身はなかった。

  つまり、甲冑の中には人外なもの……。

  その甲冑が、5体接近して来ていた。

  とてもではないが今ある装備では勝ち目はない。

  仲間の忍びでも、この城の親衛隊でもいい……。

  誰かこれに気付いてもらうために、郁美は言った。


「陛下、耳を塞いで下さい」



パーーーーーーーーーーーン


  爆発音とも取れる、でかい音が鳴る。

  郁美が音が鳴るだけの道具で鳴らした音である。

  これで、誰か来るはずである。

  鳴った場所が王城の王室前。

  それもこんな夜中だ。


  不審に思った親衛隊が駆け付けてくる。

  この城に潜んでいる仲間も気付いてくれるはずだ。

  それまで陛下を守りながら抵抗するしかない。

  郁美は短刀を抜き、近付いてくる甲冑を睨む。

  相変わらず殺気すら感じない。

郁美はふと口にする。


「私は何と戦っているのだろう?」


  やがて甲冑が郁美の射程内に入った。

  郁美は、有無言わず飛び掛かり甲冑の首を吹っ飛ばす。


  とりあえず一体……。

  と、言いたいが、首の無くなった甲冑は何ごともなかったかのように前進してきた。


「卑怯だよね……」


  ボソッと独白する。

  陛下は剣を構える。


「陛下!?」


「余とて、武芸の嗜みはある。 足手まといにはならぬよ……」


「ですが陛下は体調を崩されております……。 ご自愛くださいませ」


「うむ……。 だが、援軍は望めないだろう……。 信じたくはないがこれは外国や貴族どもの刺客ではない……。 そんな気がする」


「……え?」


「科学者どもめ……。 余に拾われた恩をこういう形で返すか……」


「!」


「余とて、一国を束ねる者……。 それくらい察する事が出来ずに一国を束ねる事が出来ようか……」


「援軍が望めないというのは?」


「結界が張られている……」


「結界……。 迂闊でした。 用意周到ですね、敵は……」


「うむ」


  こちらの援軍は望めない……。

  敵は無尽蔵に援軍を送る事ができる……。

  もはや、チェックメイト……。

  ゲームなら、ここで投了出来るけど、今投了するということはできない。


「やるだけやるしかないかな」


  郁美は苦笑する。

  死は、忍びになった時に覚悟はしていた。

  だけど、こんな策に嵌まる死は許容できない。

  それが、忍びの……、郁美のプライドだった。


  陛下護衛の任務を、リーズ提督から承った時は心が踊った。

  要人警護は、忍びでもトップクラスにしか任されない重要な任務。

  元々、新白衆は特定の主君を持ったことはなかった。

  要人警護とはいっても今まで商家の輸送護衛等はあったが要人を守るなんて任務は新白衆はしたことがない。

  自分たちの主であるリーズ提督は、護衛を必要としない変わった主である。

  ある時、新白衆の頭首、多恵様を通じてリーズ提督に呼ばれた事があった。


  第二次シュネイデ海戦前夜のあの日……。

  私は緊張して、リーズ提督の前にやってきた。


「呼び立てして悪いね」


「いえ、主命とあらば……」


  初めて、リーズ提督を見た。

  私とたいして歳は変わらない若者で、驚いていた。

  これが私たちの主か。


「頼みたい事がある」


「はい」


「フメレオン陛下の護衛なんだが……」


  私はギョッとする。

  それは頭首の多恵様も同じであった。

  多恵様はリーズ提督に向かって言った。


「て、提督……。 私たちは武道派の忍びとは違うんですが」


「うん、そう聞いたね」


  リーズはにこやかに笑って言った。


「確かにこの乱世、戦場に忍びの軍勢がいれば心強いと思う。 だけどそれが故に数少ない忍びが戦場で散る。 そうなることで里の人間が減る……。 それは里として好ましくない事であるからあえて武道派であるけとを伏せる……といったところかな」


  多恵様は愕然としていた。

  まさにそのとおりだったのだ。


「ボクは忍びを戦場まで連れて行く気はないし、ボク自身を護衛してもらう気もない……。 だけど、君らにボクという主がいるようにボクにも陛下という主がいる……。 さすがにボクが王城に常に詰めているわけではない。 だからボクや車児仙らが王城に詰めていない間、何が起こるかわからないため不安なんだよね」


「つまり、提督は守らなくてもいいから、陛下を守ってくれと?」


「理解頂き、有り難いことこのうえない」


  変な人だと思った……。


「冗談はさておき、あの王城……、結構外敵が侵入しやすいんだ……。 陛下にその旨、進言してはいるんだけど予算とかの関係があるわけで流れてしまったんだよ」


  つまり……。


「陛下は、ご自分の身はご自分で守ると言っていたが、陛下はご自分の立場というものを理解していないんだよ……。 陛下にもしものことがあったら、陛下の思想もそこで終焉してしまう……。 それはすなわち、ボクの夢も終わるというわけだ」


「夢?」



「陛下の掲げる夢さ……。 貴族主義の撤廃……。 陛下ならやり遂げる資質はある。 あるけど、それは陛下しかこの国では出来ない事だ。 陛下の思想はボクの夢でもある。 こんな甘美な夢を終わらせるのはつまんないからね」


  大人と子供の考えをごっちゃにした人だなっ……、と思った。

  だけど、好感の持てる人だった。


「わかりました……。 その任務、お受け致します」


「ありがとう」


「郁美……」


  多恵様は、私の目の前まできてゆっくりと私を抱擁した。


「あなたなら大丈夫だと思う……。 あなたなら任務を全うできると思う……。 だけど、無理しないでね……」


「……はい」



  守らなければいけない……。

  何があっても……。

  リーズ提督が忠誠を誓うこの方を……。


「陛下……。 結界を抜ける方法はご存知ですか?」


  陛下は首を横に振った。


「結界とはいってもこれは魔力の結界ではない……。 科学による結界だ」


「科学……」


「余はこれを破る術すら知らぬ……」


「………………」


  甲冑が斧を振り回す。

  郁美は、斧を自身の短剣で受け止める。



「つ…………」


  受け止めはしたが、すごい力だったため、手が痺れる。


「大丈夫か!」


  陛下は、郁美の事を案じたが、陛下の後ろにも甲冑がやってきた。

  郁美は、右足で甲冑を蹴り、陛下の後ろに迫って来ている甲冑目掛けて跳躍する。


  甲冑の持つ槍を摺り抜けて、甲冑の首を吹き飛ばす。

  本来なら、これで決着なのだが、首を失った甲冑は何事もなかったように、槍を郁美に向けて突き出す。

  斧を持った甲冑も、それに合わせて斧を振り上げていた。


「たあああああああ!」


  槍を辛うじて回避し、槍の甲冑の背後に回り込んだ。

  胴体と足の繋ぎ目めがけて短剣を突き刺す。


  違和感……。



  甲冑の中が空洞なのだ……。

  肉を突き刺した感覚ではなく、空を切る感覚。


「完全に機能を止めるにはバラバラにするしかないのかな……」


  そう、結論づけたが、郁美にとってそれは至難の業であった。

  郁美は元々、力任せな戦いには圧倒的に不利である。

  郁美の本領は、いかに上手く敵の防御を崩し、息の根を素早く止めることにある。

  本来なら、甲冑の首を吹き飛ばした時点で、終わっていなければならないのだ。


  一瞬、郁美の背中が熱くなる。


「………不覚」


  郁美の背中に矢がはえた。


  殺気を発する事なく、矢を無音で放って来た、新たな甲冑を見据える。

  本来、矢を受けるようなヘマはしない郁美だったのだが、殺気や音を出さずに放って来た矢に、自身に命中するまでその存在に気付けなかった。


「大丈夫か!」


  陛下が駆け寄ると共に、槍と斧がこちらに向かって突き出されてくる。


  ドスっと、槍が肉を突き刺す音が聞こえた。


「おい!」


  槍は深々と、郁美の腹部を貫通していた。


  朦朧とする郁美の意識……。

  陛下に槍が刺さる前に、陛下を突き飛ばしていなければ、この槍は陛下に刺さっていた。

  陛下の安否を確認した郁美は


「ご……めんな……さい……守れ……そう……に」


  そう言って、郁美の意識は深く沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ