エルゼ回想37話
リーズとエルゼはよき仲間というような感じで、付き合っていっていた。
エルゼじたい、リーズにほのかに芽生えている感情がある。
だが、それをリーズにはばれないように努めていた。
この居心地の良い関係を壊したくない。
それに私なんかが、リーズに恋愛感情を持ってもリーズにとって迷惑しかないだろう。
私はリーズにとって女のダチの一人でいい。
そんなおり、リーズがいつものように道場に入って来た。
「おはよう、リーズ」
「おはよう」
リーズは笑顔で返して来た。
あれ?
何かリーズ、今日はいつもと違う。
いつもリーズは表情をわざと読みにくくさせているのか、笑顔一辺倒なのだが、今日の笑顔はわざとらしさがあった。
「ね、リーズ……」
「ん?」
「なんかあった?」
「いや、何も?」
「嘘だね」
私が言い切ると、リーズは私をじっと見る。
「嘘……か。 そうかもね」
「話したら意外と楽になるかもよ」
「意外と……ね」
「一人で抱え込んでも結局は解決しないしさ。 私はリーズの大事なダチのつもりだよ? ダチが何か抱え込んでるの気付いて放置なんか器用なマネ、私にはできないしさ」
「そうだよな……。 聞いてもらうだけ聞いてもらおうかな……」
リーズはゆっくりと話だした。
リーズの話はこうだった。
むかーし、むかし……、あるところにおじいさんとおばあさんがおったそうじゃ。
おじいさんは山に芝刈りに……。
おばあさんは川に洗濯にいっていたそうじゃ……。
おばあさんが川で洗濯していると、川の上流から大きな桃がどんぶらこっこ、どんぶらこっこと流れてきたそうな。
おばあさんは大きな桃を見て、上流の桃農家の品種改良によってあんな桃ができたんじゃろう。
とりあえず、まずそうじゃな……。
そういえば、じいさんめ。
ワシを娶る時、苦労はさせないぜ、ベイビィとかいっておきながら会社を定年退職してそれから一向に定職を探そうとせん。
結局はワシが苦労しているではないか。
男のプロポーズの言葉なぞ、所詮口だけとか言うが、まさにそのとおりじゃ……。
こうなれば熟年離婚を致し方ない。
しかし問題は、じいさんのやつめ……。
不景気とかいうやつで、退職金をほんの少ししかもらって来なかったということじゃ……。
あんなはした金を裁判で勝ち取っても意味ないしの……。
そんな俗物根性丸出しのことを考えていたおばあさんを尻目に、桃がおばあさんの目の前にどういうわけか流れて来た。
まるで、ああ美味しそうじゃ、もって帰ってじいさんと食べようと言ってほしいようなかすかな自己主張が見える桃。
川の流れに逆らっておばあさんの目の前に停滞している桃。
おばあさんは無視して、洗濯を続けていたそうじゃ……。
やがておばあさんは立ち上がり、桃を残して帰路に着く。
残された桃は、哀愁漂うかのように夕日に照らされていた。
「………って」
「ん?」
「黙って聞いていれば何よ、そのくだらない二次創作は……」
「ここは笑ってほしいところなんだけど……」
「そんなに私じゃ信用できない?」
「あ、いや……。 そんなつもりじゃなかったんだけど……。 なんていうか、この暗い雰囲気に一花咲かせようと、一計を案じたんだよ」
「で、本題は?」
リーズは目をつぶり、
「誰にも言わないでくれよ……」
「わかってるって」
リーズは私の顔を見て、何かを決心したような顔をしてぽつり、ぽつりと話始めた。
むかーし、むかし……。
あるところに……。
「怒るよ?」
「繰り返しは笑いの極意の一つですぜ?」
私はリーズを冷ややかな目で見る。
「わ、悪かった……。 もうしない」
「で、本題……」
「まあ、たいしたことじゃないんだけどさ……」
リーズが昨日、帰宅すると珍しく父親が帰って来ていた。
リーズの実家は貿易商を営んでおり、社長である父親が在宅とは珍しい。
父親はリーズの帰宅に気付くとリーズを自分の前に呼び寄せた。
「珍しいね、父さんが帰って来てるなんて……」
皮肉たっぷりとリーズは父親に言った。
父親はリーズを一瞥し、一言言った。
「おまえはいつ軍に入る?」
「まだ軍に入る適性年齢に達してないから……」
「ファラスはいつから軍に入れるんだったか?」
「18からだ」
「じゃあ後3年はタダ飯を喰らうわけだな」
「……………」
「次男なぞ、ファラスにおいては軍に入る意外使い道がない。 それをよく心得ておけ」
お前が軍に入ればわが家の国家貢献度があがり、ファラス国相手に商売しやすくなるしな。
と、父親は付け加えた。
リーズは苦虫を噛むかのような顔をするが父親は言いたい事を言ったのでリーズに興味を失せて、書類に目を通す。
「でなきゃ次男なぞ育てないわ……。 お前が女ならまだ政略結婚という使い道もあったものを」
父親はまるで独り言をいうかのように呟いていた。
いや、独り言ではなく思っていた事がつい口にでた。
そんなかんじだった。
よく活劇や小説で、アットホームを題材とした物語がある。
父親は子供を心配し、親身になって子供に起きた問題を相談に乗る。
父親は子供を叱咤激励し、子供は父親の存在感に安心する。
リーズは、それを冷ややかに見ていて、所詮物語。
物語というのは、現実にはないことを取り上げるから物語である……。
という結論に達した。
だが、どこか……。
どこかに、そんな世界に憧れている自分がいたのであった。
だが、現実はこうである。
リーズにとっての不幸はこの家に生まれて来たこと……。
それも次男として。
自分の兄が早世しないかぎり、父親にとって次男リーズは役にたたないタダ飯喰らいなのだ。
リーズには兄が一人。
妹が二人いる。
兄は家督を継ぐ大事な後継者として……。
妹は家同士の結び付きを強固にするための大事な橋渡し役として……。
つまるところ、リーズだけが家にとって厄介者なのである。
養子になり出してくれれば、ここまで惨めな想いもすることはなかったであろう。
だが、この国はファラスなのだ。
国家貢献度というものが存在し、次男以降は軍にいれることで家の面目を保つ制度がある。
特に商家は国家貢献度をもっとも気にする家柄である。
国との取引はファラス商家にとって繁栄への登竜門なのである。
ファラス王国という国は商家との取引を実績で見るのではなく、国家貢献度から選定する。
父親はふとリーズを見る。
「なんだ、まだいたのか?」
さっさと失せろと言わんばかりの目でリーズを見ている。
リーズは部屋を退室しようとした。
すると妹が部屋に入って来た。
「お父さん、お帰りなさい〜」
父親は妹を見て、機嫌をよくした。
「おう、ただいま」
「お父さん、お土産は?」
妹はうまく父親の心を掴む術を心得ているのか、無邪気な笑顔でお土産をねだっていた。
「ちゃんと用意してあるぞ。 今回はユハリーンに行ってきてな……」
父親はユハリーンの民族衣装らしき服を取り出す。
「ありがとう、お父さん」
妹はさも嬉しそうに父親に抱き着く。
父親はニコニコとしていた。
リーズはこれ以上見るのに堪えれず、自室に戻って行った。
部屋に戻る途中、兄とすれ違う。
「リーズ、待てよ」
「なんです、兄さん」
「お前、剣の他にも軍学も習っているそうだな?」
「ええ、ボクはいずれ軍隊に入る身なので」
「馬鹿か、お前は」
兄は意地悪そうな顔をして言い放った。
「馬鹿……と言いますと?」
「剣なんて、軍隊で使う機会もない。 軍学なんかもっての他……。 お前のやっていることは時間の浪費っていうんだよ」
兄はタバコに火を付ける。
時間の浪費とは、また恐れ入る言葉だ。
じゃあ、兄の生活はなんだというのだ……。
酒、女に溺れるだけの怠惰な生活。
父親がいずれ引退するその日まで、ただ遊んで暮らしている兄……。
そんな兄から時間の浪費とまで言われて、言い返すことのできないこの立場にいるリーズ。
「そうですね……」
「とっとと軍に入ったらどうだ?」
「年齢がまだ足りておりませんので……」
「んなもん、偽装すりゃいいじゃないの。 ちった考えろや」
お、今オレすごい名案を言ったぞ。
と、つぶやく兄。
我が兄ながら、なんというかここまでどうしようもない馬鹿なのか……。
年齢を偽るなど、不可能に近い。
そんなことできるならあの父親は否応なくリーズを軍に入れている。
当然、発覚した時の事を兄の頭には入ってもいない。
年齢詐称で軍に入ったとしよう……。
で、発覚した場合国家貢献度とやらが極端に下がる。
当事者であるリーズはもとより、連名で父親にも罪はくる。
罪状は国家侮辱罪。
こともあろうに国をペテンにかけたのだ。
それを笑って許すお国柄ではない。
烈火の如く国は怒り、最悪御家断絶。
そんな事も知らないのか、この愚兄は……。
「まあ、あれだ……。 親父のやつも言っていたがお前なんかこの家に巣くう害虫のようなもんなんだから立場をわきまえるんだな」
言いたい事を言い終えた兄は笑っていた。
そして、不機嫌な顔になり
「どっか行ったら? お前がオレの視界に入るなんて100年早いんだよ」
「はい……、失礼します」
そう言ってリーズはその場を離れた。
やがて自室に入る。
そこはとても質素な部屋で他の兄弟の部屋とは遠く掛け離れていた。
リーズも幼い頃は、兄弟の格差に反発もしたものだが、父親の分をわきまえろという発言から全てを諦めていた。
ふと気付く。
自分の質素な布団に寝ている存在を……。
「おいおい……」
自分の布団を占拠しているのはもう一人の妹だった。
リーズは妹を揺すって起こした。
妹は起き上がる。
「何してるの、こんな寒い部屋で……」
「おかえり、リーズ兄」
「ただいま」
この妹は唯一リーズの味方であった。
親や兄の前ではあまりリーズに近づかないが、こうしてしょっちゅうリーズの部屋に訪ねてくる妹だった。
「どうしたんだ、今日は……」
「うん、リーズ兄にお別れを言いに……」
「お別れ?」
「明日父さんと、ユハリーンに行くの……」
「!」
つまり、ユハリーンに政略結婚として行く……。
そう、この妹は言っているのである。
「父さんの取引先の御曹子だって」
「急だな……」
「本当に……。 私もさっき聞かされた」
「それで今日、珍しく父さんがいるわけか……」
「いつかは来ることだと思っていたけどね……」
妹は苦笑いをする。
「せめて、幸せになれよ」
「どうかなぁ……」
「ん?」
「私ってどうやら14人目の妻らしいのよ」
「……は?」
「私の旦那様……、私より20も上らしいのよ」
「一夫多妻……」
「そうそう、それ」
それでいいのか、お前は……。
と言いたくなるのをぐっと飲み込む。
いいわけがない。
本人もそう思っているのはたやすく想像できる。
が、妹に拒否権などあるわけがないのである。
辛くなったらいつでも帰って来ていいんだぞ……とも言えない立場のリーズ。
無力だった。
「リーズ兄は私にとって味方だったからね。 だから言わないで行くことはできなかったし」
「そっか……」
「もう、リーズ兄がそんな暗くなることないじゃない……。 でも、そんなリーズ兄だから私はリーズ兄の味方なんだけどね」
妹は立ち上がる。
「お互い、苦労するね」
「全くだな」
「今日でリーズ兄と会うのは最後かな……」
「里帰りとか、できないの?」
「できるわけないじゃん。 そんなの父さんが許すと思う?」
許すわけない……。
そうか……。
これが最後なのか。
「リーズ兄……。 私の頼み、聞いてくれる?」
「なんだ?」
「顔をよくみせて」
「は?」
妹はリーズの顔をじっと見る。
「リーズ兄ってほんっと綺麗な顔立ちしているよね……。 モテるでしょ?」
「モテるわきゃないだろ、次男だぜ?」
「そっかぁ……、大変ね」
「何がよ」
「リーズ兄……」
「ん?」
「リーズ兄って軍隊に入るんだよね?」
「ああ」
「辞めることはできないの?」
「…………なんで?」
「今は戦争していないけど、何処かと戦争になったら軍人さんって死んでしまうじゃない……。 リーズ兄には死んでほしくないんだよ」
「まあ……、戦争が始まってしまえば戦地に行くのは軍人だしな」
「だから、辞めて」
「…………」
それは無理な願いというのは妹も分かって言っているのだ。
決して叶う事はない願い。
リーズが妹に結婚を辞める事を願うのと同等の……。
実現不可な願いであった。
頷いてあげたい。
だけど、それはできないのだ。
「なんてね……」
妹は微笑む。
「こうやってリーズ兄の困った顔を見るのは最後か……」
妹の目に涙がたまっている。
辛い。
何も出来ずにただそれを眺めるしかできない事に……。
この妹とは、今日で今生の別れとなる。
妹は、リーズの机に置いてあった本を取る。
倭国で有名な小説、桃太郎侍という本……。
桃からでてきた桃太郎という侍が養父母のじいさんばあさんに育てられ、やがて独り立ちし、犬、猿、雉を連れて鬼を退治にいくという有名な小説だった。
「これ、貸して」
「うん……」
「こういう約束……。 こういう約束が、またリーズ兄と会う事ができる可能性のある……」
妹はそういってうつむく。
「リーズ兄……、いつか会いに来てくれるよね?」
「ああ、絶対行くから」
「うん……」
妹はボロボロ涙を流していた。
リーズはそっと妹を抱き寄せる。
妹の鳴咽が、いつまでも聞こえていた。
リーズは語り終えた。
「………………」
私は何も言えなかった。
「そんなわけで、少しね……」
リーズは寂しく笑っていた。
正直、私はリーズの現在の境遇に驚きと戸惑いを隠せない。
なんだ、その崩壊した家族……。
私の家は、私がじゃじゃ馬であることを咎めるくらいの平和な家庭であると認識した。
そりゃ、違和感あるわな……。
異常すぎるリーズの家において、リーズの唯一の味方である妹が嫁入りする。
そんなことがあれば、どんな人間だって動揺するのは当然だよね。
「あんまりいい話じゃないだろ?」
「いや、そんな問題じゃないから……」
私はリーズを見据えて言った。
「あなた、それでいいの?」
「ボクに何ができる?」
「何ができる、できないじゃないでしょ? やるか、やらないかだよ」
「え?」
リーズは私をマジマジと見返した。
「出来ないと決め付けるのはやった人の権利。 しないで決め付けるのは、臆病者の理屈」
「…………………」
「リーズ……、あなたは剣を握れば信じられない決断力に迷いが一辺もない凄腕の剣士なのになんでこういう大事な事は戸惑うの? ……なんで諦めちゃうの?」
「…………」
「妹さんはもうファラスを発ったの?」
リーズは何も言わず首を縦に振った。
「もう……、発ったの」
もう、どうしようもない。
その事実だけだった。
酷い父親だ。
自分の子供を道具としか思っていないのか。
それが商家というのなら、そんなの間違えている。
「ありがとな、エルゼ」
「え?」
私はキョトンとした。
いきなり心辺りのない感謝の言葉をかけられたのだ。
「そこまで真剣に考えてくれるとは思わなかった……」
「当然じゃない……。 貴方は私の大事なダチだからね」
大事な好きな人だからね……。
「ダチ……か。 ボク、始めてかもしれない……、こんなに心晴れたのは」
「私でよかったらいつでも相談に乗るから」
私はリーズの背中をバンバン叩く。
しかし、もう少しかわいい事出来ないのか、私は……。
望んでない……といえば嘘になるけど、せめて私が女の子らしければ、こういうとき同情して泣いてみたりするんだろう。
でも私のやってることは、激しく憤怒し、力強く励ます……とか。
もはや、諦めてますね。私……。
どうせ私はファラス一のジャジャ馬娘ですから。
暴姫ですから……。
リーズは、私に背中を叩かれむせていた。
貴方の側にいられるならダチでいい。
だから、この沸き上がる感情は忘れなきゃ……。
リーズにとって今、必要なのはきっと恋人ではなく、ダチなのだから……。
リーズに言っておきながら自分がやらずに諦めている臆病者なのは承知している。
でも、言えない。
いや、言ってはいけない。
私がリーズのダチを続けるため。
リーズの理解者であるためには……。
…………あれ?
いつになったら過去の回想が終わるんだ?
と思ったより長くなってしまったリーズ過去物語。
私の性か、脱線が原因だと軽く推察できますが。(´Д`;)
というより、恋愛な文を書くのを苦手とする私が何故恋愛ものを書いちゃっているのか。
そもそもこれは戦記もののはず……。
読者さまの貴重なお時間を戴きながらこのような文章にお付き合い頂き、有り難いとおもいつつも、申し訳なさ一杯でありますが……。
お目汚し大変失礼致しました。