エルゼ回想35話
エルゼは、女ながらに剣を師事していた。
男なんかに負けたくない。
それがエルゼの幼い子供心を閉めていた剣を師事する理由であった。
エルゼの剣の師は、才能さえあれば男女隔てることなく自分の剣を教える者であったため、エルゼにも男同様に剣を教えていた。
ファラスでは珍しい光景である。
ファラスの女性は良妻賢母を美徳とされ、剣や軍学を習う女をはしたないとして括り、エルゼは親や友人からも非難の目を向けられていたのだが、エルゼはそれをむしろバネに剣の腕を磨いていった。
エルゼの父は言った。
「お前が男ならなあ……」
エルゼの兄弟は長男を除いてみな女で、嫁に嫁がせるしかないのであった。
ファラス軍も女子の入隊は認めておらず、いくらエルゼが剣を極めようとも、軍に入ることは叶わない。
軍に入るということは、その家名が国への貢献度を意味し、次男以降の男子は貴族、平民問わず軍に入れていた。
だが、エルゼはいくら努力しようとも、軍に入れないのだ。
自分より弱いやつがノウノウと入り、私はただ自分しか評価していない剣の腕を磨くだけ。
ただ虚しい日々であった。
自分が女に生まれたことが悔しくて悔しくて、たまらない。
そんな事を思う日々がエルゼをすまさせていった。
しかし間もなく、自分の師事する師に新たな弟子が入門してくる。
何でもファラス有数の商人の次男坊。
なんの努力もなく、軍に入れるボンボンである。
エルゼの嫌いなタイプの男であった。
エルゼはその男に会うなり言った。
「あんたも剣士の端くれなら立ち会いなさい」
男はいきなりそんな事を言い出した姉弟子を見つめ吹き出した。
「な、なによ……」
「ボクは弱いから勝負になりませんよ……」
確かにその男はもやしみたいに貧弱であった。
「姉弟子としてあんたの実力がみたいのよ。 尋常に立ち会いなさい!」
「では姉弟子に問いますが、剣は己のストレスを晴らすためにあるのですか?」
「剣は、私の誇り……。 生き甲斐なのよ! その誇りを示すために私は剣を握っている!」
「そうですか。 ボクは剣は人を生かすためにあるものだと思っています。 姉弟子と剣の道を違えますのでやはり勝負を受けることはかないません」
「え〜い! 御託を並べてないで剣をとりなさい!」
「嫌です……。 断固拒否します」
「あなた、逃げる気!?」
「だから遠回しにそうだといっております」
「は?」
代わった男だ。
たいていの男はここまで挑発すれば
「女の癖に生意気だ……」
とかいって挑発に乗ってくるものを……。
この男は私の挑発をことくごとくかわしていく。
こんな弱虫初めてだ。
正直いうならダサい。
エルゼは興が削がれた。
こんな小物を相手するだけ時間の無駄だ。
エルゼは素振りを始めた。
「たく……、エルゼのやつ、男なめすぎじゃね?」
「あのすかした態度マジムカつくんだけどさ」
「同感……。 一発男の偉大さ見せてやらなきゃな」
「けど、どうやってだ? あんな暴姫誰が大人しくさせるんだよ?」
「そんなの簡単だべ。 だってさ、所詮人間だし」
「何かわるいこと考えてるね、さては」
「知恵っていってほしいね、ふふふ」
エルゼは、お茶を飲む。
運動した後の水分補給は快感である。
しかし、突然エルゼにめまいが走る。
「え?」
足がガクガクして、もはやたつことができない。
「よう、姫さん」
同じ師の師弟がエルゼを囲んでいた。
「な、何が目的よ、あんたたち……」
「いやね、暴姫さまに男の偉大さを教えてやろうと思ってね…」
「!?」
げひた笑いを浮かべにじりよる男達。
薬の影響でエルゼはたつこともままなからなかたった。
「ひ、卑怯者!」
「なんとでも言え。 これから暴姫さんは俺らきいたぶられるんだから」
「いくら顔がよくてもそんな男勝りじゃ、いつまでたっても男はよりつかねえ。 だから俺らが立候補してやろうとしてるわけさ……」
はっはっはっはっは……。
「あんたたち、最低。 最低よ……」
エルゼは泣きじゃくる。
「これだから男って……。 こんなことを平気で出来るんだから……」
「確かにこいつら最低だな。 でも男全てがこいつらと同類ってのはいただけないな」
いきなり違う男の声が聞こえた。
「て、てめぇ!」
「確か、リーズとかいう新入り!?」
「どうも、兄弟子のみなさん」
「なんだ、てめぇも混ざりにきたか?」
「いや、ゲスなことをする集団に混じりたくないというのが本音」
「てめぇ……。 だれがゲスだ」
「今の現状を見て、ゲスでないと断言できるやつがいるのかな?」
「おい、てめえ! いいかげん黙りやがれ!」
「黙らせたければボクを倒せばいいじゃん」
リーズは木刀を手にとった。
「おいおい、聞いたかよ。 リーズくん、なんか凛々しいよ?」
男達はゲラゲラ笑う。
「集団で群れなければ何も出来ないくせに」
「なんだと、コラ!」
「だから集団でかかっておいで。 君達みたいな弱虫に負ける剣、ボクは持っていない」
「上等だよ、クソガキ」
男たちは木刀を構えた。
クズとはいえ、剣の師事を受けているだけはある。
みな、隙のない構えだった。
リーズは全く構えない。
男たちは笑う。
「なんだ、大口叩いておじげづいたのかよ」
だが、エルゼはそのリーズの全く構えをとらない型に見覚えがあった。
「無形の位……」
東方倭国にいる侍のなかでさらに武を琢いた侍は、剣聖と呼ばれている。
その剣聖が究極の構えでいきついた型が無形の位であった。
飛び掛かる男……。
リーズは木刀を向かってくる男の腹部に叩き込んだ。
「ぐえ!!」
木刀を叩き込まれた男はその場でのたうち回る。
それを見た他の男たちがリーズを警戒した。
「お前……、なんだよ……」
「前の師のところ、破門されたって聞いてりゃ……」
「うん、だからここでは大人しくしていたかったんだけどね……。 なのにこんな事してくれちゃって……」
「じゃあ、口を挟まなければいいじゃねぇかよ!!」
「そんな性格なら前のところも破門されてないって」
「おい、ちょっと位腕がたつとはいえ、一人だ。全員でかかれば……」
男たちがリーズを距離をもって囲む。
リーズが正面の男に向かって走り出した。
正面の男はそのまま腕を強打されるまで何がおこったかわからなかった。
「ほ、骨が……、骨が!」
リーズは側面の男達に付きを食らわせる。
側面の男達も悶え苦しんでいた。
この一連の動きは一瞬であった。
強い……。
リーズは背後にいる男を一瞥し、睨む。
「一人でくる?」
背後の男は、怯えた目をして逃げ出した。
リーズはふぅっとため息をついて、エルゼを見る。
「大丈夫?」
「う、うん……」
「薬盛られてるの位、気付こうよ……」
「う、うるさいな!」
「しかし、暴姫って……、変なあだ名をもらったものだね」
リーズは笑いながら、エルゼを介抱する。
「どれ飲んだ?」
エルゼはちらっと自分の水筒を見る。
リーズはその水筒を取り、においをかぐ。
「……………」
小指に水筒の水をつけ、舐める。
「ああ、こいつか」
「わかるの?」
「こうみえてボクは商人の息子でね。 ある程度知識はあるさ」
普通、商人の息子とはいってもその道の薬に詳しいっていうのも変な話だと思うけど……。
と、エルゼは思ったがあえて口に出さなかった。
「まあ、強くなくてよかったね。 これ、分量間違えたら普通に死ぬから」
「………え?」
「2、3日は、頭痛、目眩、吐き気に襲われるから医者にいったほうがいいね」
リーズはエルゼをお姫様だっこで抱える。
「ちょ……、やめて!」
「はいはい、病人は黙ってなさい」
リーズはその態勢で夕暮れとはいえ人通りのある道を病院まで歩いていった。
医師から解毒剤をもらった後、待合室で待つリーズがやってきた。
「気分はどお?」
「最低……」
「まあ、あれだ。 男すべてがああじゃないから、誤解しないでほしんだけど……」
ああ、彼はその事を言っていたのか……。
私は解毒剤の副作用に朦朧としていてその事を思い出す余裕すらなかった……。
「ところで……、どこが弱いのよ……。 反則的に強いじゃない」
「反則的って……。 ボクは自己の感情を抑えきれない未熟者だよ」
「感情を抑えきれない?」
「さっき兄弟子たちがいってたとおり、ボクは自己の感情を抑えきれず、前の師から破門されてるしね」
「……前、なにしたの?」
「…………まあ、大乱闘」
「なんで?」
「ちょっと自分の意見をいってしまって……。 それで同じ師弟たちに反感をかってしまってね」
「何言ったの?」
「剣を志す人にとって侮辱した事だから、君も怒るのがわかっているから言わない」
「怒らないから教えて」
「本当に怒らない?」
「うん……」
「しょせん、剣は個人を対するものであって軍のような集団には勝ち目がないから、剣を磨いたところでたがが知れてる……って言ってしまったんだよ」
「………それは、確かに剣の道を進むものにとって侮辱だわ」
「うん、全くだ……。 不用意な事を言ってしまって今に至るというわけだ」
リーズは渇いた笑いをしていた。
「ならあなたは、何故剣を学ぶの?」
「自己の精神を鍛えるため……かな?」
「ね……」
「うん?」
エルゼは興味津々で言った。
「私と、一回立ち会わない?」
「だから、弱いと……」
「それはあなたの精神がでしょ? ……私はあなたの剣の腕と勝負したい」
「う〜ん……。 わかったよ。 ……そこまでいうなら……」
「ところでいまさらなんだけど名前を聞いてなかったよね。 ……私はエルゼ。 ……あなたは?」
「リーズ」
リーズは恥ずかしそうに自分の名前を言った。
「リーズはやっぱり軍隊に入るの?」
「う〜ん……。 おそらくそうなるんじゃないかな」
「おそらく?」
「ファラスの伝統というのか、長男でない男子は軍隊に入るのが習慣でしょ……。 だからボクも例外なく入れられるだろうね」
「リーズは、長男じゃないんだ……」
「どの家も長男でないものは長男の厄介ものでしかないからね。 自分の食いぶちを稼ぐにはやっぱり軍に入るしかないでしょ……」
「ふ〜ん……。 じゃあ、末は騎士団?」
「騎士団……ねぇ」
リーズは頭をぼりぼりとかく。
煮えきれない顔をして言った。
「騎士団は、出来たら避けたいな」
「なんで? 武を志すファラスの民にとって、騎士団に入るのは終着じゃない」
「あそこってただ、言ってしまえば遊んでるだけでしょ……。 人間、最後まで上昇思考でなければ、生きている価値はないと思う……。 だからボクが騎士団に入るのはありえないね」
「騎士団って、そうなの?」
「うん」
断言するリーズ。
「はっきり言うのね」
エルゼははっきりと権力を否定するリーズに好感を覚えた。
「さて……と、ボクはそろそろ行くよ」
「どこに?」
「軍学の師のところ」
「軍学? あなた、軍学まで師事しているの?」
「うん」
リーズは淡泊に答えた。
やがて、時は流れる……。