リーズ提督28話
シュネイデ海戦の敗報はすぐにヴィンセント帝国帝都にいるボクの元に届いた。
「馬鹿な……」
愕然とするボクに多恵は続けて言った。
「戦艦ノブィスの艦長トマス大佐は、ノブィスと共にシュネイデの海に散ったそうです」
「トマスが……、逝ったか」
「はい」
「これで完全にユハリーンは敵となったな。 覚えておけよ……、ユハリーン第6艦隊提督ムハンマド……。 貴様はボクが必ず海に沈めてやる……」
ボクは静かに闘志を燃やした。
「提督」
「ん?」
「ノブィスは砲弾を合計89発を食らうまで沈みませんでした……」
「…………」
「それによりユハリーン海軍は、本来の予定であったシュネイデの制海権奪取を断念しました」
「そうか……」
ウェンデス海軍の戦艦の底力を見せた海戦だった。
だがたった一隻で一艦隊と戦う事は厳しすぎる。
その中で、トマス大佐は戦って散ったのだ。
ボクは静かにトマス大佐に敬礼をした。
「議会の方は、まだまだかかりそうだな」
帝都に滞在して3日が経過していた。
かなり帝国会議は論争しているらしい。
議題はウェンデスと同盟するか否かという題目だ。
ボクはサレア姫の様子を伺いにサレア姫の部屋に向かった。
「姫様……」
「あ、提督ですか。 いかが致しましたか?」
「いえ、特に用事は……。 姫様が暇しているのではないかと……」
ボクは鞄からチョコレートを取り出す。
「珍しい食べ物を見つけましたのでどうかと」
「これは?」
「チョコレートという食べ物らしいです」
「チョコレート?」
「文献でしか読んだことないんですが、甘いらしいです」
「甘い?」
「らしいです。 せっかくヴィンセント帝国帝都まできたのですから、何か食べないと勿体ないですからね」
帝都は世界中の珍味が集まると言われている。
別名食の都と言われている。
余談だが、帝都は魔法学術研究都市とも呼ばれている。
豊かな街なのである。
平和な世の中ならば世界中から人が訪れる街なのだ。
ボクは軍人だから戦争否定などする気はない。
だが、戦争によって生まれる悲劇も心得ているつもりだ。
ボクはチョコレートをサレア姫に差し出した。
サレア姫はチョコレートをマジマジと見つめる。
この少女は王家に生まれたばかりにこんな重圧のある責務をこの歳でしなければならないのだ。
本来、普通の家に生まれれば甘い物を食べて友達と仲良く語らっている……、そんな歳なのだ。
ボクはほぼ自ら軍人という道に入った。
自らが望んで入った道だからどのような結末を辿ろうと悔いはない。
が、目の前の少女はそうではない。
生まれたのが王家であり、自らの父や兄は、肉親同士で殺し合う王家に生まれたのだ。
常に明るく振る舞うが心の底では、深く傷を負っている。
「うえ……」
「え? どうしました?」
サレア姫がチョコレートを一口かじっていた。
「これ、信じられない位苦いですよ?」
「そんな馬鹿な……。 チョコレートという食べ物は甘味の代名詞とボクの読んだ文献ではそう書かれていたのですが……」
「なら食べて見てくださいよ」
サレア姫はチョコレートを差し出す。
ボクは半信半疑で、チョコレートを口に入れてみた。
「………………」
なんだ、これは?
苦い。
だが、後味引く味だな。
ボクは好きかもしれない。
「バカモノが……。 それはビターチョコレートだ!」
急にトーンの低い声が聞こえ、声のするほうを振り向く。
「チューイ君?」
なぜこいつがここにいる?
「なんだ、リーズ。 その顔は? あぁ〜ん!?」
「い、いや……。 なんでお前がここに?」
「ボクか!? ボクはこの町に魔法の書物を買いにきただけだ!」
「いや、密航?」
「細かい事は気にするな!」
「というか……、細かいというよりかなり重要なことだと思うが?」
「ばれなきゃいいのだ、ばれなきゃ!」
「いや、ボクらにばれてる時点で……」
「なんだ、貴様! 告げ口などする気か!? あぁ〜ん?」
「いや、それも面白そうで一理ありが……」
「貴様! 脅す気か!!」
「まあ、ともかく……、よくここまで一人でこれたなと感心しているんだよ」
「ボクはこうみえて世界有数の魔法使いだ」
「魔法使い? ほうきで空飛んで来たの? それとも魔法のジュウタンで?」
「貴様! 魔法というものをバカにしすぎておる!」
チューイは激昂した。
「いや、魔法なんて難しい学問、理解できるほうが頭ぶっとんでるよ」
魔法学というのはいうなれば物理と古典を組み合わせた学問である。
他にも生物、地学、天文、地理、歴史、古語学も必要で一般市民からしたら難解な学問の一種であった。
ボクが使える魔法、ヒールとスリープの二つの習得に学生時代(士官学校)の大半を要し、とてもじゃないが新たな魔法を習得する気にはなれない。
空を飛ぶ魔法もあるにはあるが、重力逆転の理論なる術式を理解せねばならず、さらにそれを使った応用が必要らしい。
ま、ボクは理屈は知っていても意味をよく知らない部類に入り、ここで偉そうなウンチクを垂れることじたいおこがましい行為であると、魔法使いさん達は口を揃えていうだろう。
いってしまえば小学生が偉そうに大学レベルの物理を講釈しているものだと、彼ら(魔法使い)は言うだろう。
どうでもいいけどね。
元来、畑が違うし。
「その天才魔法使いさんは、如何様にして帝都までこられたのですか?」
「ふん、無知で愚かたる愚民にも学問の興味というものがあるか。 よかろう、ボクの偉大なる功績とでもいうべき、道標をとくと拝聴するがよい!」
「魔法使いの共通点。 自己の功績を認めてもらいたい顕示欲。 これが人並み以上に高い。 まあ、学者という人種はそんなものだろう。 そしてなにより偉そうである。 魔法使いの条件は人を見下すことが出来るか否かというところが才能の有無の違いであるだろうとボクはひそかに思っている」
「ぶ」
サレア姫がボクを見て吹き出した。
「貴様!! 魔法使いをそのように考えておったか!!」
「おや?」
「おや? ……じゃないわ!!」
「独白のつもりが喋っておりましたか。 ……失敗、失敗」
「わざとであろうが!?」
「いやあ、失敬な。 君ごときに口論する気はさらさらないのですが」
「貴様! そこに座れ! 説教してやる!」
「いや、姫の御前だから臣家がまったりとくつろいで座るわけにはいかないでしょう?」
サレア姫は腹を抱えて苦しんでいた。
「誰がまったりとくつろぐために座れと言ったか! 説教してやるんだ。 大人しく背筋を正してだな、こういう風に!」
チューイは背筋を正して正座する。
ボクは
「うむ、チューイ君。 以後気をつけるように」
「ぐ! この、貴様! ……もういい! 貴様と話していると神経がおかしくなりそうだ!」
「じゃあ、話を戻すとして、どうやって帝都まで? 道は敵国に塞がれているだろうし……」
「ふん、ボクはこうみえて空間転位上級陣の解析を修了し、それを自在に操る事が可能であるのだ!」
どうだ! っと言わんばかりにボクに自慢げに語る。
「つまり、テレポートを習得している……、というわけだね?」
「テレポートではない! そんな中級魔法ではなく、要はその場の空間を別の場所に転位する魔法だ」
「それがテレポートでは?」
「違うわ! 全く、理解能力に乏しい奴め!」
サレア姫が補足するように語った。
「チューイ君が習得しているのは簡単にいうならテレポートの上位級魔法で、一般に知られているテレポートは術者単体を短距離でしか運べないのですが、チューイ君のは、術者以外も一緒に長距離でも転位できるのですよ」
「あ、なるほど」
「やっと、理解したか、凡人め!」
「うん、理解できた。 まあ、チューイの説明では一生理解できなかったと思うけど」
「どういう意味だ!」
「説明能力の欠如だね。 簡単に言うなら」
「貴様! ボクを挑発しているのか!?」
「挑発なんて、そんな。 からかって遊んでいるだけですよ、チューイ君」
「なんだと!?」
「ところで、何を買いに帝都まで?」
「あ……、うむ。 この本だ」
チューイは紙袋から分厚い本を取り出す。
表紙には髑髏が描かれておりまっとうな本でないことは容易に想像できる。
「え〜と、あ…く…と…く…し…ょ…う…ほ…う…の…す…す…め?」
ボクの知らない文字で題名が書かれていた。
それをサレアは解読しながら読んでいた。
博識な娘だな。
「って、なにこれ?」
ん?
「読んで字の如くだ」
「古代のそんなものに興味があるの?」
話が見えない。
「まあ、興味はある。 古代文明で蔓延していた人間の腹黒い一面を知るのも現在を生きるボクらにとっておおいなるヒントになるであろう」
サレア姫が苦笑いでボクの方を見る。
「ん? どうしました?」
「これ、ロクでもない本だよ」
「ロクでもない本?」
「題名が、悪徳商法の奨め……だって」
「…………そんなくだらない本を買いにわざわざ帝都まで?」
「くだらないとはなんだ? 学術的好奇心である」
「古代の悪徳商法を使って一儲けでもする気か?」
「そんな低俗な理由でこの本を買ったのではない!」
「内容はすごくくだらないと思うのだが?」
「ふん、それが俗物というものだ。 いいか? この本、例えば……」
チューイはパラパラとページを開いていく。
「ここを読んでみろ!」
見せられたページにはなんというか、見たこともない字の羅列と妙な挿絵が入っていた。
挿絵には、何か悪魔と思われる者が妙な物体を持って老婆らしき人に話し掛けている。
「悪魔がこの物体を老婆に売り付けているシーンか?」
「貴様! 読めないなら読めないと言え!」
「読めないって……」
「これはだな。 悪人が一人暮らしのお年寄りに息子、ないしは孫を偽ってだな……、高級なものを破壊してしまい、弁償しなければならぬといって金を騙しとろうとしている図だ」
「ほう? オレオレ詐欺じゃないか」
「うむ……。 ってなんでこの斬新な手口の名称を知っておるのか?」
「ああ、ファラスで昔流行った詐欺の手口だ」
「なんだと!?」
「親心、爺婆心を巧みについた手法だな。 まさか古代でも同じ手法があったとは」
「ならばこれはどうだ」
チューイはパラパラとページをめくって行く。
見せられたページを見るかぎり、ピラミッドの頂上にふくよかなおっさんが立っていてピラミッドの下部にガリガリの亡者らしき物が多数書かれていた。
それを見てピンと閃いた。
「ネズミ商法?」
「な!?」
「これもファラスにあったな。 ネズミ算に会員を増やす事で利益を分配する無限連鎖講だよね?(ウィキペディア参照)」
「む……」
「今はただお金のみを乗せるのはまずいので商品が乗っかった商法が今でもファラスにあるなあ。 こっちはぶっちゃげ合法だし」
「貴様の祖国はロクでもないな……」
「否定はしない」
チューイは懲りずにパラパラとページをめくる。
おそらくボクの知らない商法を懸命に探しているのだろう。
言っては悪いがたまたま知っていただけだ。
今回は揚げ足を取る気などサラサラない。
中途半端に終わってる理由…。
本来、28話と29話は小説家になろうの結合なるシステムを試しに使ってみようという野望のなれはてでございます。
ホントは同一話にしたかったんですが、なぜかうまくいきません。
やむえず分けて投稿するはめに…。
携帯って不便ですね。
私が活用できないだけですけど(°д°;)