シュネイデ海戦27話
両軍にとってこれは全くの偶然であった。
ユハリーン第6艦隊と、ウェンデス戦艦ノブィスが遭遇してしまった。
ノブィスの艦長、トマスはユハリーン艦隊を見渡す。
「さすが海洋国家……。 ハンパない布陣だ」
「いかが致します?」
「さて、どうするかな」
「向こう次第ですか?」
「うむ。 まだユハリーンと事を構える大義名分もないし、正直にいうと戦闘になった時勝てる見込みはない」
「こちらの科学技術がユハリーンに劣るとは思えませんが?」
「確かにこちらの科学技術は優っている。 だがな、こっちはたがが一隻だ」
一方、ユハリーン第6艦隊旗艦のブリッヂ。
「間違えなく、ウェンデスの軍艦なのだな?」
ムハンマド提督は、部下の報告に長いヒゲを触る。
「いずれ敵対する国の戦力は削いでおいた方がいい。 出るぞ」
「お待ちください。 まだウェンデスを攻撃する正当な理由がありません!」
部下がムハンマドをたしなめる。
「だがな、いずれ戦う国だ」
「ですが、今我が艦隊は作戦行動中です!」
ユハリーン第6艦隊は今、ヴィンセント帝国の持つ制海権をさらに奪取するために侵軍していたのである。
一方、ウェンデス戦艦ノブィスは、この近海に出没する海賊への牽制のため、巡回していた。
全くの偶然であった。
お互いの航路がたまたま交錯してしまった。
それだけの偶然が今の対峙に繋がっているのだ。
「全艦に通達。 敵艦を攻撃する」
「提督!」
「くどい……。 いずれが今になっただけだ。 後々の災厄になる、ならば今は狩る。 それだけだ」
場所は変わってウェンデス戦艦ノブィス。
「敵艦隊、反転! こちらを敵と定めたようです!」
「く……、逃がしてはくれぬか。 総員第一戦闘配備だ!」
「了解! 第一戦闘配備!!」
「主砲準備!」
「了解! 主砲準備!!」
「敵艦隊に照準合わせ!」
「敵艦隊に照準合わせ!」
「主砲、撃て!」
ドカーーーーーーン!!
「砲弾、敵艦隊側面に着水!」
「外れたか……」
「敵艦、なおも接近!」
「機関射撃、始め! せめて一隻でも道連れにしてやるんだ!」
「了解! 機関射撃始め!」
ノブィスに装備されている機関銃が掃射を始める。
その機関銃の嵐の盾になるように小型艇が旗艦を囲む。
「小型艇が邪魔だな」
「これが第6艦隊提督、ムハンマドの戦略です」
「いらやしい手口だ」
「敵艦隊、なおも接近!」
「く……、魚雷の発射だ!」
トマスは搭載量が少ない魚雷の発射を命じた。
今回ノブィスに与えられた任務は海賊の牽制。
主砲の実弾装備はしていたものの対艦装備ではない。
この鉢合わせは、ウェンデス側に取って最悪なのだ。
それにリファイル副提督からはユハリーン側を刺激してはならぬと厳命もおりている。
そんなわけでノブィスには最低限の武装しかしていないのが現状であった。
「魚雷……、て!!」
バシューーーーン
魚雷が水中に白い線を引いて敵艦隊に向かっていく。
魚雷が命中し、爆発する。
ユハリーン艦隊の一隻が水上に沈んでいった。
「あれがウェンデスの御家芸の科学兵器か……」
沈む遼艦を見て、ムハンマドは呟いた。
「なるほど……、怖いな、これは」
だがムハンマドはほくそ笑む。
「主砲といい、機関銃といい、さきほどの攻撃といい、全く恐ろしい装備だが……、全ての艦を沈めることはできんよ……」
ムハンマドは主砲発射と言った。
ユハリーン艦隊全艦が、ノブィスに砲を向ける。
そして集中砲火を浴びせた。
「ぐぅ!」
「うわああああああ!」
砲撃の嵐をノブィスは受けていた。
「損害の報告を!」
トマスは、副官に訪ねる。
副官は各部に聞く。
「た、大変です!」
「どうした?」
「主砲が大破……、船倉に浸水……、火薬庫炎上……、沈没します!」
「舵はきくか?」
「舵はききますがエンジンにも被弾していま……」
「動くのか、動かないのか聞いている!」
「動きます!」
「ようし、やられっぱなしではウェンデス海軍の恥……、沈没する前にリーズ提督と同じことしてやろう」
「突貫ですか?」
「勝ち目は薄いがな。 だが、海軍軍人として海で死ぬは本望!」
「お付き合い致します」
「黄泉で会おう」
「これより本艦は敵砲撃をくぐり抜け、敵艦隊に突撃を敢行する! これは我がウェンデス王国の栄えある先陣である。 諸君の奮励に期待する!」
トマスはぶら下げていたネックレスをいじる。
トマスの息子が、トマスの誕生日に贈ってくれたトマスの宝物である。
このネックレスの御礼に息子の誕生日には何か買う約束があった。
「すまんな、父ちゃん……、約束守れそうにないや」
トマスの心に息子の笑顔が浮かぶ。
「機関最大! 敵艦隊に直進!」
「了解! 機関最大!」
一方、ユハリーン艦隊旗艦ではムハンマドがノブィスを見て言った。
「さすがだ……。 この集中砲火を浴びてもまだ動けるか」
「提督、この戦いで作戦が続行不可能となりました」
「これだけの砲弾を使えばそうなるだろうな」
「敵艦、こちらに向かってきます」
「体当たりか……。 最後の意地というやつだな」
「感心していないで指示を!」
「全艦、砲撃をしつつ回避運動」
「は!」
突撃してきたノブィスを回避した。
やがてノブィスは音をたてて沈んでいく。
「全艦乗組員に告げる。 戦友のご帰還だ…、最大級の敬礼で送れ…」
そういってノブィスに迎ってムハンマドは敬礼をした。
ユハリーン艦隊合奏隊は葬送曲を演奏する。
例え敵とはいえど、海で死に行く者を送るのはユハリーン海軍の風習だった。
「……いい曲だ」
トマスは沈みゆく自分の艦と友に葬送曲を聞きながら呟いた。
このノブィスの沈没は、ウェンデスにとって衝撃が走った。
まずユハリーン海軍の攻撃によりウェンデスとユハリーンの間に戦端が開いてしまったこと。
堅固な戦艦が敵の砲撃によって沈んでしまったという事実。
科学を過信していたウェンデスにとってこれは根底から考えを覆させられる悲劇であった。
ヴィンセント帝国と同盟交渉中、一隻の艦がユハリーン海軍によって沈没しました。
ウェンデス王国にとってフメレオン政権にとって始めての敗北です。
この後、話が急展開します。