リーズ提督22話
ボクらは陸路をとり、ヴィンセント帝国帝都ケルサルに向かっていた。
出発じたい、陛下しか知らないというほど、細心の注意を払っての出発だった。
恐らく、ボクらの行動は対ヴィンセント同盟側に察知されているはずである。
となれば、同盟側から見てボクらの行動は無視できない。
必ず妨害のための刺客団を派遣するだろう。
だから大々的に出発するのは危険という判断だ。
「ここからが忍び道でございます」
「ああ、なるほど。 これは確かに忍び道だ」
多恵が指差す方向。
注視しなければ気付かないほどの獣道だった。
ボクはサレア姫を見る。
その目は好奇心旺盛な目だ。
サレア姫がこんな姫で良かった。
ボクはしみじみと思った。
まず、目立たないためにとサレア姫を含め、一行は旅人風の服装に着替えている。
この服装を提案したボクが言うのもなんだが、サレア姫は興味津々にこの服を見て喜んで着ているのだった。
こんな機会でもなければ着る事ないし、こういうコソコソするのってワクワクしない?
一国の姫君の発言としてはどうかと思うが今回ばかりは駄々をこねられずに助かった。
ボクが検証したルートで最も安全なルートはこれしかないのだ。
「それでは行きましょうか?」
多恵は忍び道を先導していく。
ボクらもそれに続いていった。
見事なほど獣道だ。
足場も悪く快適とはいいがたい旅である。
街道を通れるならばこんな苦労もせずにすむものを…。
やはりボクは陸は嫌いだ。
「リーズ提督、大丈夫?」
ケロッとした顔でサレア姫は問いかけてくる。
この姫には脱帽だ。
王宮育ちなのになんでこんなに身軽なんだろう。
「大丈夫でございますよ。 これしき……」
カッター訓練など、海軍の訓練はきついものもある。
たがが山登りだ。
そう、たかが山登りだ。
「リーズ提督、荷物が重いんだよ。 私がもとうか?」
それはありがたい……。 じゃない。
そんな事をサレア姫にさせられる訳がない。
「いえ、気にせずに……」
そう言うしかなかった。
しかし、この山……。
きついな……。
何を弱音を吐いているんだ、ボクは…。
「リーズ様。 少し早いですが休憩しますか」
多恵はついにボクを見兼ねてそう言った。
情けない。
「仕方ないですよ。 リーズ様は船の上は慣れていても、山登りじたい初めてなんですよね?」
確かに初めてだ。
ファラスには山というものがなく山を登るという概念がない。
だからといってこれは醜態としか言えない。
最近、知謀ばかり働かせていて身体を動かしていなかった末路がこれか。
多恵は苦悩するボクをほっといて、おにぎりを配り出した。
おにぎりを受け取り、ボクはそれをかぶりつく。
あ、なかなかうまい。
「姫様はなかなか身軽でいらっしゃいますね。 私のご主人はヘトヘトでございますのに」
多恵はサレア姫にもおにぎりを渡しながら言った。
「私、山登りは得意ですから」
サレア姫はそういいながらボクを見る。
「陸に上がった河童ですよ、どうせボクは……」
空しい反論だった。
「とりあえずだ。 ……君らは山登りなどお茶の子歳々だろ?」
ボクは海軍から用意した護衛の二人に声をかけた。
元、車児仙貴下のものだったというのは前述したとおり。
何を血迷ってかボクの下に進んで来たという変わり者たちだ。
一人はヒュネスというガタイのいい男。
背中に大剣を常に背負い、タンクトップで真冬でも過ごしているような恐持ての雰囲気を持つ男だ。
一見、岩を彷彿させる筋肉に浅黒い色をした皮膚が印象に残る。
なにより、ヒュネスの存在感を強調するのはスキンヘッドの頭部。
ある程度博識がある者ならだれでも知っている古代ヴィンセント文字でそのスキンヘッドの頂上に【狂】と刻まれていた。
これで黙ってれば寡黙な岩男と定番なのだが、よく舌の回る男である。
「いやはや、私としましても、元々山岳騎兵団出身なもので、この程度の山道は慣れているんですよ。 そもそも、リーズ提督は海では鬼神のような方ですが、陸ではただの足手まとい……、おっと、失言。 陸ではただの人であることを親しみを感じるしだいでございます」
こいつは、一言多い性格というか、嘘のつけない男なんだろう。
独断偏見から見て神経質そうな車児仙はヒュネスとソリがあわなさそうだ。
だから放出に関して何もいわないどころか、ボクに押し付けたといってもいいのかもしれない。
「ところでリーズ提督。 このたびの陸路を選択した件、やはり同盟側の刺客を警戒したと推察しますが、よもやこのルートを選んだリーズ提督が山が苦手というのはやはり滑稽……、失礼。 やはり意外でございましたな。 ぬわっはっはっは……」
まあ、ボク自身……。
礼儀知らずな男だ。
ここまでひどくはないが、自分もやっている事である。
だからとりあえずは我慢もしておこう。
例えそれが事実ありのままの耳が痛い発言としてもだ。
「ところで多恵、今日宿泊する予定の里までどれくらい距離があるのか?」
「そうですね。 このペースですと夕刻までには到着するかと」
「夕刻……」
もう一人の護衛、ミレがため息をつく。
ヒュネスと違い、無口な女である。
ヒュネスが喋りすぎというのもあるが、ミレから一言の声を聞いていない。
ミレの武器は細身の小剣。
泣きぼくろが印象的な女であった。
肌の色はヒュネスと一緒の浅黒い色。
おそらく同郷なのであろう。
「リーズ提督」
サレア姫は声をかけてくる。
「はい、なんでしょう?」
「すみません、私のために」
「………いえ、陸路を進むよう立案したのはボクですから、姫様が気に病むことではありません」
「そうですよ、姫様。 リーズ提督の今の苦境は言うならば自分で仕掛けたものでありますよって、リーズ提督が苦しむのは自業自得……、おっと失礼。 苦しむのは自分の蒔いた種ですって、ぬははははは」
ヒュネスは笑いながらボクの意見に後押しする。
まあ、そのとおりなのだが、自業自得と自分で蒔いた種って、あんまりフォローになってないと思うのはボクだけか。
「……………」
「……………」
多恵とヒュネスはいきなり黙り込んだ。
それに気付き、ボクも周囲を見渡す。
なんだ、この言い知れぬ違和感は…。
「そこにいるのは、だれです?」
多恵が、道の先にある大木に向かって言った。
その大木の陰から、黒い流しを着た男が出て来る。
若い男だった。
歳はボクと似たようなものか。
黒い髪の黒い瞳。
車児仙と同じ色の黄色い肌。
車児仙と同族……。
いや、違う。
あの風体、聞いたことがある。
遥か大陸の東方の島国、倭と呼ばれる国の戦闘職、サムライ。
その戦闘力は熟練の騎士とも引けをとらず、彼らの持つ武器、刀の殺傷力は近接武器最強。
カミソリの切れ味とナタの頑丈さを兼揃えるという恐ろしい武器の使い手。
「………ナオト=ヒイラギ」
多恵が冷や汗を垂らしていた。
ナオト=ヒイラギ……だと?
彼の勇名は海の将であるボクでも知っているくらい轟いている。
現ユハリーン王国の前身の義勇軍時代、そこの傭兵であったナオトは、たった一人で、ユハリーン王朝時代の堅城に乗り込み、千人の兵を斬り捨てたという。
この噂が過剰に伝わってきた逸話かもしれないがかなりの腕を持つものだということは間違いない。
「ウェンデス王の妹君、サレア姫……、そしてウェンデス海軍提督、リーズ殿とお見受け致す。 恨みはないがここでお命を頂戴致す」
ナオトは刀を抜く。
「と、言いたい所ではあるが、俺は女、子供を斬る刀は持ち合わせておらぬ。 サレア姫にはぜひこのまま帰国していただきたいものです」
そしてナオトはボクの方を見る。
「あなたが、リーズ提督でございますか。 ご高名はかねがね……。 サレア姫はともかく、あなたの命はぜひとも頂戴致します。 あなたを生かしておいては我々カルザール軍の障害になるのは目に見えて明らかですから」
なるほど。
サレア姫は逃がすがボクを逃がす気はサラサラないというわけか。
そういえばナオトは客将としてカルザールにいるのだったな。
厄介なやつが目の前に立ち塞がったものだ。
「ナオト殿、一つ聞きたい」
「なにか?」
「何故ボクらがこの道を通る事を予測できたんだ?」
「………勘の要素が大きいが、俺ならこの道を辿る。 そう予測したまでだ」
「この忍び道は、地図にも乗らない道。 まして、知っているのは忍びの職にあるものだけのはずだがな」
「リーズ殿の配下に新白衆が着いているという情報から導き出した勘。 この先に新白衆の里があることからも一国の姫を野宿させることをよしとしないリーズ殿は最初の宿泊先に向かうと、推察したまで」
あいたたたたたた。
正確に読まれてる。
だが、ナオトほどの男がたった一人でここにいる理由。
それはすなわち。
「ナオト殿……。 貴方の今の行動、独断ですな。 あの甘ちゃんのエリカ王女が刺客としてあなたをここに差し向けるわけがない。 いいのですか? このような独断行為」
「ふむ。 やはり、恐ろしい男という認識に誤りはないな。 この情況下で冷静に判断できる能力、称賛に値する」
「おい、多恵……」
ボクは小声で多恵に呼び掛ける。
「姫を連れて離れろ。 狙いはボクのようだ」
「ですが……」
「ボクを信じろ」
「………御意」
サレア姫と多恵はその場から離れていく。
「見逃せよ。 うちの姫を斬る気はないんだろ?」
「わかった。 サレア姫は見逃そう」
「すまんな。 姫に流血を見せるのはまだ早い」
「うん、そうだな。 あの若さで修羅を見せるのは忍びない」
「助かるよ、理解のある刺客で」
「まだ正式な敵ではないウェンデス王家の者をカルザールの客将が斬ったとすると外交問題に発展するからな。 サレア姫はまだあなたは斬ることはできないよな」
「確かにな。 俺はまだカルザールを離れるわけにはいかない理由がある」
「その理由を知りたいところだけどな」
「今から死に行くものが知る必要ないだろう?」
ふぅ……。
神経を使う。
これが刺客を本職とする暗殺者類ならボクはもう死んでいる。
ボクが剣を抜く前に…。
だがありがたい事に剣を抜いていないボクをまだ斬る対象としていないことだ。
聞きかじり程度の情報だが、サムライとやらは正々堂々を重んじる。
剣を抜かずこうして対峙している以上、斬りつけてくることはない………はずだ。
まあ、逃げるそぶりを見せたら、容赦なく斬られるだろうが。
「ボクを斬った所で、いずれは同盟を結ぶんだけどね。 ウェンデスとヴィンセントは……。君がここで妨害しても結局はかわらないのくらい気付いてるよね?」
「だろうな。 だが、リーズ提督という存在がいるいないではまた話がかわってくる」
「まるでボクが大物のような錯覚に陥るよ」
「あなたは十分大物だよ」
ボクはポリポリと頭をかく。
「まあ、いいさ。 剣を抜け」
「嫌だといったら?」
「斬る」
「ああ、戦って死ぬか、逃げながら死ぬか選ばせてくれるというわけですか」
「どっちをとるかご自由に」
「なら、戦う方で」
ボクは帯刀している剣に手を置いた。
「かろうじて、今回はボクが一枚上手だったようだね。 ナオト殿」
「なに?」
ボクの視界は一瞬ブラックアウトし、再び視界は元に戻る。
ボクの目の前にナオトの姿はなく、ただ山道が広がる。
「今回は向こうの情報収集の甘さがボクの生死をわけたね」
ボクは剣の柄を見る。
そこにはひび割れた真珠大の青い珠がある。
魔力のないものでも一回だけ、高位魔法
「テレポート」が使える魔法道具である。
使う事はないと思っていたが、思わぬ所で使う羽目になるとは……。
ボクはその魔法道具の珠を剣の柄からはずし、投げ捨てた。
まさに九死に一生。
ボクは、その場に座り込んだ。
さて、姫たちはもうすぐ来るかな?
ここは新白衆の里の側である。
地図で位置をまえもって聞いていたので転移先を思い描くのはたやすかった。
問題は、ナオトだ。
ボクの喪失を確認した後、どのような行動にうつるかだが。
もはや、賭けだな。
姫らを追い、姫らを斬るか、人質にしボクをおびき出すネタにする。
だが、ボクが見たところ、ボクと違いそこまで愚劣な策を用いる男ではなさそうだ。
それに明らかにやつの狙いはボクのみだ。
そして今回の逃亡劇でボクがどんな男か理解しただろう。
しかし、ボクが万一のために仕掛けて置いた策が発動するまえに行動してきた俊敏さは敵ながらすごいの一言だ。
次にあの男と対峙するのは戦場だろう。
楽はさせてくれないだろうな……。
うーん…。
序盤の反省はリーズの陸に上がった河童っぷりを表現したかったのですが、ただのヘタレになってしまいました。
文章表現力がほしいですね。
ちなみに前話の???さんの視点はナオトです。
ホントは今話で読者様に気付いてもらいたかったという意図があったのですが、どうも私の表現力では(-。-;)
厳しいご感想、ご意見お待ちしております