リーズ提督13話
経済……と言われてもなんと表現していいやら。
ファラスの経済はウェンデスにはどうあがいても勝てない。
民は重税に喘んでいた。
今、ウェンデスの植民地に収まっていながらもウェンデスから見て重めの税率で減税されたと喜んでいると聞く。
平民にとってファラス王国の瓦解は喜ばしいことと言っている者も少なくないらしい。
そういったことを説明すると……。
「なぜ、そのような重税をかけていたのかね!?」
なぜって……。
恥ずかしい話、賄賂が横行していた。
その賄賂の額を吊り上げる為、貴族は平民から重い税率をかけていた。
ボクの実家もかなりの税金を払っていながらボクの軍にいれるため多額の賄賂が支払われているはずだ。
「なるほど……。 よくそんな腐った環境からお前のような男が発生したものだ」
チューイは熱いお茶をズズズ……、と飲みながら感想を述べた。
「で、最も聞きたかったことだが、何故旗艦が沈没したにもかかわらずお前はウェンデス旗艦に突撃してきた!?」
「一言でいうと……意地ですね」
チューイは眉を動かしながら
「意地だと!?」
と、身を乗り出して聞いてきた。
「そのような自己犠牲ともとれる無意味な行為により、貴様は突貫したというのか!?」
「自己犠牲とかかっこいいものではないです。 ただやられっぱなしは悔しかった…。 せめて一矢報いたかった。 それだけです」
旗艦を沈めた所でファラスの敗北は揺るぎ無かった。
それをただ指をくわえて見ているのはボクの性にあわない。
「なるほど……。 子供じみた発想だな」
確かにそのとおりだが、このクソガキにいわれるとなんか釈然としない。
「ボクは、ウェンデス海軍によって多くの同胞を失ったんです。 仕返しする隙があるのを見つけておいて、しないのは男ではないと思いますが」
「それが我が命を賭けてもか!?」
「はい」
「リーズ殿! お前に妻などはおらんのか!」
「は?」
「は? ではない! いるのかいないのか聞いている!」
「ボクは未婚ですが」
「そうか、なるほど! お前には守るべき対象が国しかないということなのだな!」
「そうなる……のですかね」
「お前が死んで泣くものはいないと思っているのだろう、貴様は!」
事実、ボクが死んだ所で泣いてくれる人などいないだろう。
兄弟は多くいるし、次男のボクが死んだところで家族からしてみたら家を継ぐ候補が一人減った程度の認識だろうし。
友人というのもいた記憶がない。
貴族の子供からは平民風情が…という侮蔑を。
平民の子供からは金持ちの癖にという嫉妬を受けていた。
友人なんかできる環境じゃなかったな、今思えば…。
「下らん。 友というものは作るものでない、自然に出来るものだ!」
「?」
「利害関係でくっつくのは友情とは言わん。 ただの利用しあい。 立場の同格から生まれるのは傷の舐めあい。 貴様はそんな事も知らんのか?」
「…………………」
「お前と友になり得るものがお前の周りにいなかっただけだ。 お前はこの地で見つけるがいい。 貴様の友となるべきものをな!」
このクソガキは、本当にボクより年下なのだろうか?
まさか、友情論を年下のガキに諭されるとは。
「………また脱線しているぞ!」
自分で脱線させておきながら言う台詞じゃないと思うのはボクだけか?
「さて、貴様には妻はいないという話だったな!」
「……そんな話でしたっけ?」
「で? 貴様には好きな女の一人や二人いないのか!」
一人はともかく二人いたらただの優柔不断だと思うが…。
「ボクは軍人だから、いつか戦場で散る身です。 そんなものを作る気はないのですが…」
「貴様! 今年で何歳になる!?」
「今年で21ですが?」
そういうお前は何歳だよと、言いたい。
「21にもなって、何くだらん戯言をほざいている!! 女一人愛せないやつがこの世界を渡っていけるわけないだろうが、このバカチンが!!」
よくわからない理屈だが、そろそろ帰りたくなってきたので下手な反論をして長引かせる真似は愚かしいので相槌をうっていた。
「リーズさんって恋人はいないんですね」
サレア姫は、チューイの怒涛の話のために一言も発言することなく黙って聞いていたのだが、今、初めて口を開いた。
「恋人もなにもボクはずっと軍で生きていこうとした男です。 恋だなんだと言って腑抜けになった男もいますからね」
「その男は、自制が足りなかっただけだ! 仕事は仕事。 プライベートはプライベートと分けるのがどの世界でも肝要なことだと心せよ!」
だから作る気はないと言っている。
そんなに恋人を作らせたいのか、このガキは。
「……前向きに検討させていただきます」
「貴様!! いつから小汚い政治屋と同じ物言いになった! 何が前向きに検討させていただきますだ!! そんな白とも黒とも取れる言い方をするのはカスのすることだ!」
だいたいファラスの事を聞きたいとか言っておきながらいつのまにかボクの事を聞こうとしているこの空気はなんだ?
このクソガキ、酔っ払って……。
ズズズ……。
「女将!! おかわり!!」
お茶で酔っ払うわけはないか。
「ファラスには大きな金鉱があり、その金鉱はファラス王家直轄の…」
「何をしれっと話を変えている!?」
「いや、元々ファラスの話をしにここに来たのでしょう? 話を本来の筋に戻しただけですが?」
「そうだが……。 しかし貴様、なかなか食えない男だ!! そんなことではロクな人間にならんぞ!!」
「ロクな人間でないからこそ、外国のウェンデスに仕官しているんだと思いますが」
まあ、真っ当な人間なら祖国を滅ぼした国なんぞに仕官はしないだろうしな。
「リーズとかいったな! 貴様の事はよく覚えておこう!」
「忘れてもいいですよ、別に…」
「そこに座れ!! 説教してやる!!」
「いや、座ってますから」
「貴様という男は! 貴様のようなちゃらんぽらんな男が、現代ウェンデスを腐敗させているのだ! そもそも!」
「あーはっはっはっはっは!! ひぃ〜、おかしい」
突然、サレア姫が笑い出した。
「な、なんだ。 サレア!?」
「いや、チューイ君とリーズ殿っていいコンビだと思って」
「いや、サレア姫。 こんなクソガキといいコンビとか、それは侮辱です」
「そうだぞ、サレア!! こんなチャランポランな男と同列にするのはボクにとって侮辱……というか、貴様!! 誰がクソガキだ!! あぁ〜ん?」
しまった。
つい失言を…。
「いや、やっぱりいいコンビだよ」
サレア姫は断言してしまった。
「だってね、兄上たちですら黙らせるチューイ君の正論攻撃にも怯まず、対等に渡り合えてるのってリーズ殿くらいだよ。 しかも、さらっと流すんだから。 聞いてて面白かった」
「ボクは、漫才師ではない!」
「まあまあ、チューイくん。 リーズ殿のことを心の中では骨のあるやつだと思っているでしょう?」
「確かに思ってはいる。 だがしかし!! こいつのチャランポランな思想をボクは矯正してやらなければならん!!」
余計なお世話だ。
「おい、貴様!! なんだ、その死ぬほど嫌そうな顔は…!」
嫌に決まっている。
「誠心誠意感謝しろ!」
嫌だ。
何が悲しくてこんなクソガキに感謝しなければならない。
この厚かましくも、慇懃無礼なこのクソガキをどうしてくれよう。
「さあさあ、チューイ殿。 良い子はおねむの時間ですよ。 とっとと帰って寝やがってください」
「確かにボクの就寝時間は過ぎている! しかし!! 貴様の説教が終わっていない!」
ボクはヤレヤレと、ファラス軍人時代に覚えた数少ない魔法、スリープを唱えた。
「ぐ! き、貴様!! 不意打ちか! お、おのれ!」
そういいながらチューイはぐでっと、寝入った。
「リーズ殿、すごいですね」
サレア姫は、一連のやりとりを見て言った。
「え? 何がですか?」
「一応、チューイくんはこうみえて魔法に精通している若き天才魔術師なんですよ。 スリープみたいな簡単な魔法でチューイくんを眠らせるなんて……」
「ああ、恥ずかしい話……ボクはスリープの魔法だけは得意なんですよ。 スリープの魔法だけならばファラス一でしたから」
「他の魔法は?」
「まあ、ボクは魔法軍ではなく水軍ですから」
「…………」
ボクは寝入ったチューイをおぶさり
「さて、姫。 お城に帰りますか」
居酒屋をでて、チューイの寝顔を見る。
「黙ってれば美少年なのに……でしょ?」
サレア姫がクスクスと笑う。
「全く、そのとおりですね」
あ、そういえば
「姫……」
「うん?」
「どうか、お許しを……。 一臣下の身でありながら姫に評定の間まで案内させた件、不敬罪にあたります」
「ああ、そのこと? 気にしない、気にしない」
「ですが…」
「私は気にしないって言いましたよ。 だからこの話はおしまい。 わかりました?」
「はい」
「リーズ殿……」
「はい?」
「また、話を聞かせてくださいね。 チューイくんと一緒に」
金輪際、このクソガキとは関わりたくないのですが…。
「あ、今露骨に嫌そうな顔をした……」
「い、いえ。 滅相もございません」
「リーズ殿、顔が引き攣っておりますよ」
食えない姫様だ。
やがて城前につく。
ボクは門番にチューイを託した。
「それでは、わざわざ城まで送っていただきありがとうございました」
「いえ、誘ったのはボクですから」
正確にはこのクソガキの着いてこい発言からだが。
「楽しかったです。 それではおやすみなさい」
「はい、おやすみなさいませ」
サレア姫は、そういって城の中へ入っていった。
サレア姫を見送って、フランクな姫だなっと思った。
ファラス王家にも姫君はいたが、かなり高飛車でわがままな姫であったのを思い出す。
一度、ファラス王宮の晩餐会でお目通りしたことがあるが、王族もしくは大貴族以外は虫けらを見るような感じで冷たい印象を持ったのを覚えている。
ファラスの姫君とウェンデスの姫君……。
同じ姫君でもこうも違うものなのかと、改めて思っていた。
どうでもいい補足説明を簡単に…。
ファラス水軍に入るためには最低限必須な魔法習得というのがあります。
キュア……治癒補助魔法。理由は、傷ついた戦友もしくは自身に応急処置をするため
スリープ……睡眠促進魔法。理由は、船というものに泊まったことある方ならわかると思いますが、慣れない人は揺れで寝付けないものです。軍人は、常時健康でなければ任務遂行に支障をきたします。
また、寝ることは傷、病の回復促進になるのはご存知のとおりです。
以上二つが必須です。
魔法の名前がなんの捻りもなく英語なのは作者のボキャブラリーのなさですね。(-。-;)