【競演】 ひらひら、しんしん。
SMD様主催【競演】に参加させて頂きました。
童話調の短編です。
ひらひら、しんしん。
ひらひら、しんしん……
雪のまたたく、こんな空、
坊やは興味しんしん、知りたがり。
初めてばかりで知りたがり。
なんでも知ってるお母さんに聞きました。
「ママ、あのお空にあるのはなーに?」
元気な坊やのきらきら笑顔。
大きなお空にキラキラ笑顔。
お母さんは心あかるく言いました。
「かわいい坊や、あれは雲よ」
はじめて坊やは知りたがり。
見上げる空はまっしろ色で。
「どうしてボクたちは雲とおなじ色をしているの?」
「坊やもママもあそこから来たからよ」
初めて空は、真っ白絵の具。
ほくほく笑顔の、雪絵の具。
ふたりはとっても満足そう。
ひらひら、しんしん。
ひらひら、しんしん……
花びらみたいに、ゆっくりゆっくり、落ちていく。
雪のきらめく、こんな空、
坊やの目に止まったのは、突き抜けるような青い鳥の群れ。
「ママ、あれはなあに?」
空に絵を描く、鳥の群れ。
坊やはとってもきれいな鳥たちに興味しんしん。
物知りお母さんは言いました。
「あれはオオルリさんたちよ」
雪の坊やはご挨拶。
すてきな笑顔でご挨拶。
「こんにちは。オオルリさんたち」
「こんにちは。雪の坊やと雪のママ」
「オオルリさんたちはどこかへいくの?」
「これから遠い南の国へ行くんだよ」
はじめて坊やはふしぎ顔。
どうしていくの? と、ふしぎ顔。
先頭にいた真っ青な背中のお兄さんが微笑みながら言いました。
「僕たちオオルリはね。冬が近づくといつも想い焦がれるところがあるんだ。そしてそこへ行かなくちゃいけないんだよ」
「それはお兄さんたちにとって大切なところ?」
「そうだね。僕たちにとって、そこは大切で、忘れてはいけないところだ。坊やにはそういう場所はあるかい?」
たずねられた坊やは考えました。
お兄さんの言う、大切で忘れてはいけないところがないか考えました。
でも残念ながら坊やには思いつきませんでした。
「ううん、分からない。ごめんなさいお兄さん」
坊やは少し、しょんぼりしました。
オオルリのお兄さんは、そんな沈んだ坊やを見て言いました。
「大丈夫だよ、雪の坊や。すぐにきみにも見つかるさ。そうだ、出会った記念に君に何か歌を歌ってあげよう」
お兄さんの優しい笑顔がぽわぽわとあったかくて、坊やは途端に嬉しくなりました。
ピーピー、チチチ。
先頭のお兄さんが歌い始めると、後にいたたくさんのオオルリたちも声をそろえて歌い始めました。
白いお空の紙の下。
雪とオオルリ、空模様。
青いオオルリ、ピーピーチチチ、
綺麗な声でさえずって、
冬がくる、冬がくる、眠りのときよ。
彼方から、知らせてくれる、旅立ちのとき。
雪にうもれる、こだちも野辺も
調べをかなでて、風にのり
南へ、南へ、みのりの丘へ。
かの地へ、かの地へ、いざ旅立たん。
坊やも一緒に歌って踊る。
みんなで一緒に歌って踊る。
けれどどんなに楽しい時間でも、お別れはかならずやってきてしまいます。
なぜならオオルリたちは、ここよりもずっと遠い場所まで飛んで行かなければならないからです。
坊やは残念そうに言いました。
「元気でね。オオルリのお兄さん」
「ああ、坊やも元気でな」
「また会える?」
「きっとまたどこかで会えるよ。さようなら、坊や。それと……ありがとう」
飛びさる青いオオルリの群れは、まるでお空の中に川が浮かんでいるようでした。
その光景を目に焼き付けるように、
坊やはオオルリたちの姿が遠い彼方に見えなくなるまで、ずっと目を離しませんでした。
そして坊やはお母さんに聞きました。
「ママ、ボクにもオオルリのお兄さんたちみたいに見つかるかな?」
遠い空を見つめながら、ぽつりとつぶやきました。
ゆらゆら、しんしん。
ゆらゆら、しんしん……
雪のひらめく、こんな空、
白いきらめき、落ちていく。
右に左に、ふわふわ、ゆらゆら。
そしてだんだん見えてくる。
はじめて坊やはびっくり仰天。
だから何でも知ってるお母さんに聞いてみることにしました。
「ママ、あれはなに?」
「あれは山のおじいさんと、木のおばあさんよ」
それは高い山と、そのてっぺんにぽつんと1本だけ生える大きな木でした。
坊やは元気にご挨拶。
にこにこ笑顔でご挨拶。
「はじめまして。山のおじいさん、木のおばあさん」
「おやおや、なんともいいご挨拶じゃないか。はじめまして、雪の坊やに雪のママ」
「まあまあ、元気なお子だねえ。はじめまして、雪の坊やに雪のママ」
「おじいさんとおばあさんはここで何をしているの?」
坊やがたずねると、山のおじいさんと木のおばあさんは顔を見合わせて困ったような顔をしました。
「おやおや。おばあさん、私たちはいったい何をしていたのかな?」
「まあまあ。おじいさん、私たちはいったい何をしていたのでしょう」
「おじいさんたち、忘れちゃったの?」
「困ったねえ。何か大切なことだったのは憶えているのだけれど」
「困りましたねえ。大切なことだったのに思い出せないわ」
長い時間をたたずむうちに、おじいさんとおばあさんはここで何をしていたのか忘れてしまったようでした。
ウンウンとうなりながら悩み始めたおじいさんとおばあさん。
何でも知っているお母さんでも、おじいさんたちが何をしていたのかは分かりませんでした。
「そっか。ならボクが思い出すのをてつだってあげるよ。いいよね、ママ?」
「ええ、それはいい考えね。ぜひそうしてあげなさい」
「それは助かるねえ。ありがとう、雪の坊や」
「ほんとうに優しい子だねえ」
それから坊やとおじいさんとおばあさんは、一緒になってウンウンうなって考えました。
でもちっとも答えは出てきません。
坊やは聞きました。
「おじいさんとおばあさんは、いつからここにいるの?」
「わたしたちは坊やのママのママの、そのまたママよりも昔からここにいるんだよ」
そんな昔なんて、坊やにはとても想像できませんでした。
「それに今ではさびしくなったけれど、以前はここにも坊やみたいな子供がたくさん遊びに来てくれたんですよ」
おやおや、まあまあ、
なんとも昔を懐かしむように、
おじいさんとおばあさんは笑いました。
「ふもとに村があってね。そこに住む人の子たちが良く遊びに来てくれたものだよ」
「今は来てくれないの?」
「いつからか、とんと来なくなりましたねえ、おじいさん」
「いつだか、さっぱり見なくなったねえ、おばあさん」
どうしてかな? と、坊やはぐるりと山を見渡してみますが、どういうわけかおじいさんの言うような人の住む村なんてどこにも見当りません。
「ママ、村なんてどこにもないよ?」
するとお母さんが坊やにだけ聞こえる小さな声で言いました。
「ここは昔、鉱山だったのでしょうね」
「こうざんってなに?」
「人が山の中から石を取っていたのよ。でも廃坑になって、いつしか誰も住まなくなってしまったのでしょう」
「じゃあ……もう誰もここへ来ないの? もう誰もおじいさんとおばあさんに会いに来ないの?」
坊やにはそれは、とても寂しいことに思えました。
なんだかもやもや、もどかしくて、
でもどうしたらいいか分かりません。
だからせめて、おじいさんたちの大切な何かを思い出すお手伝いをしたいと思いました。
「おじいさん、おばあさん。何か思い出せない? それまでボク、ずっと待ってるから」
「ありがとうねえ坊や、こんな枯れた山と枯れた木に気を遣ってくれて、ほんとうにありがとうねえ」
するとおじいさんがハッとして、何か思い出したように言いました。
「おやおや。待ってると言えば、おばあさん、わたしたちも待っているのではなかったかな?」
「まあまあ、まあまあ。そうですよそうですよ、おじいさん」
「思い出したの!?」
「坊や、わたしの幹に傷があるのだけれど、分かる?」
言われた通り、坊やはおばあさんのザラザラにささくれた幹を探しました。
すると明らかに自然についたものではない傷がついていました。
――なんだろう、これ。誰かの名前かな?
坊やは文字を読めませんでしたが、なんとなくそこには誰かの名前が彫ってあるように思えたのです。
「おじいさんたちはもしかして、誰かを待っているの?」
「そうだ。わたしたちは約束したんだよ」
「そうですよ。わたしたちは約束したんですよ」
「約束?」
おやおや、まあまあ。思い出す。
懐かしそうに話し出す。
それは再会の約束。
まだこの山に人が残っていたときのこと。
廃坑が決まって、ここに最後まで残っていた人たちの移住も目前に迫った頃。
『また会おうね』
木の下で人の子供たちは互いに再会の約束をしました。
そして誓いに木に自分たちの名前を彫りました。
だからおじいさんとおばあさんは待っています。
誰も来なくなった山のてっぺんで、
月日が過ぎても、季節が流れても、
山のおじいさんと木のおばあさんは、彼らの約束が果たされる日を待ち続けます。
坊やは聞きました。
「おじいさんとおばあさんは、それで幸せなの?」
ふたりは声を揃えて答えます。
「とっても幸せだよ」
おやおや、まあまあ。
山のおじいさんと、木のおばあさん。
ふたりの笑顔はほんのりとあったかくて、
思い出せたことが心から嬉しそう。
「良かったね、おじいさん、おばあさん」
「思い出せて嬉しいよ。ありがとう、坊や」
「坊やのおかげだねえ、ありがとうねえ」
ゆらゆら、しんしん。
ゆらゆら、しんしん……
白い光が、ふわふわゆらゆら、過ぎていく。
雪のひらめく、こんな空、
坊やもみんなも満足そう。
ほっこりほっこり笑いあう。
「そうだ。お礼に坊やの願い事をひとつ聞いてあげよう」
「良い子の坊やにぜひお礼をさせてちょうだい」
突然そんなことを言われても、と坊やは困ってしまいました。
いったい何をお願いしたらよいかぜんぜん思いつきません。
「ママ、どうしよう」
「坊やの好きなことをお願いしなさい」
坊やは「うーん」と、考える。
そうそう、坊やは知りたがり、
知りたいことがたくさんあって。
だからお願いごとを決めました。
「……ボク」
「おやおや。なんだい?」
「まあまあ。遠慮せずに言ってごらんなさい?」
「人に会ってみたい」
「おやおや。坊やは人に会ってみたいのかい?」
「うん!」
はじめて坊やが知りたいことは、
人っていったいなんだろう。
おじいさんとおばあさんのお話に、でてきた人って……なんだろう。
興味しんしん、会ってみたい。
だって、なんだかとても素敵なもののように思えたからです。
「それならお安いごようだよ」
おじいさんは大きな体を揺らして笑いました。
「それじゃあおばあさん、彼女を呼ぼうか」
「呼びましょう、そうしましょう」
おじいさんとおばあさんは深く息を吸いこむと、坊やがびっくりして耳をふさぐほど大きな声を張り上げました。
「おーーーーい。風やーーい、風やーーい」
するとどこからか突然、竜巻のような強い風が吹いてきました。
あまりに強い風だったので、坊やは飛ばされないように必死にお母さんにしがみつきました。
「ほら、来たようだよ?」
ぱったり風が止むと、坊やたちの前に若い女性があらわれました。
「こんにちは。山のおじいさん、木のおばあさん」
「おやおや。久しぶりだね、風の精霊さん」
「まあまあ。お元気でした?」
「ごぶさたしています。おふたりからお呼びがかかるなんて、お珍しい。いったいどうされたのですか?」
「風の精霊さん。すまないが、この雪の坊やとお母さんを人の住むところまで連れて行ってはいただけないかね」
「人のですか?」
「そうなんじゃよ。実は……」と、おじいさんとおばあさんは風の精霊に事情を説明しました。
それを聞いた風の精霊は坊やに優しく微笑みかけました。
「なるほど、お礼を……ですか。お話は分かりました。ではわたしが坊やとお母さんを人の住むところまで連れて行ってさしあげますね」
と言って、そっと手を差し伸べました。
坊やは風の精霊をぼーっと見つめました。
「坊や、どうかしたの?」
「ううん。お姉さんの目がすごくキレイだったから」
「あら。それはどうもありがとう、嬉しいわ。でも、あなただってとてもきれいなのよ?」
風の精霊、銀の髪。
きらきら光る、碧の目。
流れるそよ風、ポカポカしてて、
優しい優しい、精霊さん。
話す口調もやわらかで、坊やは本当のお姉さんができたようで嬉しく感じました。
お母さん、山のおじいさんと木のおばあさん、風の精霊さん。
みんなとっても優しくて、
一緒になって笑いあう。
でもそんな楽しい時間はすぐに終わってしまいます。
なぜなら坊やたちはこれから、とっても遠いところまで行かなければならないからです。
寂しいけれど、坊やはおじいさんとおばあさんにお別れをします。
「おじいさん、おばあさん。行ってくるね」
「おやおや。坊や、元気で頑張るんだよ」
「まあまあ。会えて嬉しかったわ」
「ボクもとっても嬉しかった。ぜったいまた会いに来るから、それまで元気でね」
ふわふわ、しんしん。
ふわふわ、しんしん……
おじいさんとおばあさんに手を振って。
残るふたりは優しい笑顔でお見送り。
寂しいけれど、少しのお別れ。
バイバイ、きっといつかまた。
それまでどうか、お元気で。
「坊や、お母さん。ふたりとも、わたしにしっかり捕まってください。さあ……出発しますよ」
「おじいさん、おばあさん。ばいばい、またね!」
「おやおや。坊や、元気でなあ」
「まあまあ。坊や、元気でねえ」
そして体がひゅ~っと浮いたと思うと、
あっという間に景色が流れて、おじいさんたちはすぐにかすんで見えなくなってしまいました。
雪がながれる、こんな空。
流れるように飛んでいく。
のぞむ景色は冬支度。
野を越え、山越え、ぐんぐん進む。
「うわー、すごいすごい!」
風に乗って、どんどん進む。
地上を走る動物たちも、空を飛ぶ鳥たちも、
坊やの目には、全部が全部、新しい。
流れて巡る風景は、どこもかしこもはじめてだらけ。
あれなに、これなに、興味しんしん。
坊やはママとお姉さんにたくさん聞きました。
いろんなお話を聞きました。
木や草たちはどう生きているのか。
鳥や動物たちはどう暮らしているか。
空はどうやってできたのか、地上はどうやってできたのか。
風のお姉さんが話してくれる遠い国や世界の出来事は、坊やにとってどんなお菓子よりも甘くて、ワクワクでいっぱいでした。
海というところがあるとお姉さんは言いました。
世界は海におおわれていて、その中に広大な大地があると知りました。
そして空の青さは海とつながっているのだと、だからこの世界にあるものはすべてひとつなぎに繋がっているのだと知りました。
空を見た事がない坊やは、お姉さんにお願いしました。
「お姉さん、ボク、雲の上にも行ってみたい! もっといろんなものが見てみたい!」
坊やはもうわくわくが抑えられません。
「いいわよ」
そんな坊やに風の精霊はにっこり微笑むと、一気に雲の上まで舞い上がりました。
「うわー! うわー!」
真っ白な雲を突き抜けると、そこには茜色に染まる大きな空が広がっていました。
「ママ、雲がまっ赤だよ!」
燃える夕陽が、雲のキャンパスにゆらゆらと影をのばして、夕陽の赤と空の青が溶けて混ざり合い、それはそれは不思議な模様を描いていました。
「ママ、お姉さん。キレイだね……ほんとに、キレイだね!!」
ふわふわ、しんしん。
ふわふわ、しんしん……
空と雲の境界線、沈む夕陽は茜色。
またたきはじめる星たちは、夢物語の贈り物。
落ちるとばりは鮮やかで、空の広さに息を呑む。
そうして完全に日が沈んだ頃、風の精霊が言いました。
「坊や、お母さん。もうすぐ到着よ」
そう告げて再び雲の下に抜けました。
そして坊やに申し訳なさそうに言いました。
「あのね、坊や。わたしが連れてこられるのはここまでなの」
「え、そうなの?」
「わたしは南風だから、冬の間はずっと南の方にいるのよ。北風はちょっと気難しい性格だから、わたしがいつまでもここに残っていると機嫌を悪くしてしまうの、ごめんね」
どうやら風の精霊ともここでお別れのようです。
坊やは心から残念に思いました。
もっと一緒にいて、たくさんお話ししたい。
でも坊やは我慢しました。だってお姉さんにも行かなければならないところがあるのです。
「そっか、残念だけど……でも、ここまで連れてきてくれてありがとう、お姉さん」
「いいのよ気にしないで。坊や、ありがとね」
「どうしてお姉さんがボクにお礼を言うの?」
お礼を言うのはボクの方じゃないかな? と思った坊やは聞きました。するとお姉さんはこう答えました。
「それはね、あなたが贈り物を運んでくれたからよ」
「贈り物?」
「そう、あなたは出会う皆に贈り物を届けているのよ?」
「でもお姉さん、ボク、何もあげてないよ?」
「そうね。目に見えるものではないから、坊やにはまだ分からないかもしれないね。でもいつか分かるから大丈夫。坊や、あなたに会えて良かったわ」
坊やにはお姉さんのいうことがよく分かりませんでした。
でもお姉さんはいつか分かると言います。ならきっとそうなんだろうとそれ以上は聞きませんでした。
「ボクもお姉さんに会えて嬉しかった。ねえ、また会える?」
「ええ、もちろんよ。いつかまた、きっと会えるわ」
「お姉さん。元気でね、バイバイ!」
「坊やも元気でね。お母さんを大切にするのよ」
「うん、分かった!」
そして坊やたちは、日が落ちて暗くなった雲の下で再会の約束をして別れました。
南へと旅立っていく風は暖かくて、坊やは遠ざかるお姉さんの姿が見えなくなるまで見送りました。
「ねえ、ママ」
「なあに?」
「お別れって、さびしいね」
「そうね。……寂しいわね」
ひらひら、しんしん。
ひらひら、しんしん……
雪のまたたく、こんな空、
夜空の中を、坊やとママは落ちていく。
ゆらゆら、ふわふわ、寄り添って。
ゆらゆら、ふわふわ、手を取って。
はじめて坊やはふしぎ顔。
そこは坊やが今まで見てきた景色とはまったく違っていたからです。
どこもかしこも光り輝いて、地上は一面、星の海。
ちかちか満天、散りばめられた宝石みたい。
坊やは興味しんしん。お母さんに聞きました。
「ママ、夜なのにどうしてこんなに明るいの?」
なんでも知ってるお母さんは言いました。
「人が住んでいるからよ」
「ママ、あのデコボコいっぱいある背の高い箱はなに?」
「あれは人が住むおうちよ」
「あそこで動いてるのは?」
「あれは乗り物よ」
「すごいすごい! あんなに速ければ、きっとあれに乗ったらすぐみんなに会いに行けるね」
空から見下ろす人の住む世界は、坊やが胸に想い描いていたものとは似ても似つかない、ただただもう驚くことで溢れていました。
おうちはどれも山のおじいさんや木のおばあさんみたいにグンと高くて、その間をたくさんの車や電車が、まるでオオルリのお兄さんや風のお姉さんみたいにピュウピュウと風を切るように走っていました。
街灯や街路樹はどれも色とりどりの電飾で飾られていて、夜の地上を明るく照らし出しています。
坊やはママにつかまりながら、ゆっくりゆっくり降りていきました。
「ねえママ。もしかしてあれが人?」
目にとまったのは、ビルの谷間を歩く人たち。
「ええそうよ、あれが人よ」
坊やの顔がパッと明るくなりました。
行き交う人々、人模様。
おじいさんとおばあさんの話に聞いたとおりです。
そして坊やは思いました。
――みんなどこへ行くのかな?
――どうしてみんな嬉しそうに笑ってるのかな?
――なにか良いことあったのかな?
地上が近づいてくるにつれて、今度は下から楽しそうな音楽が聴こえてきました。
お祭りでもやっているのか、どこも大勢の人でにぎわっています。
坊やもそれにつられてうきうきしてきました。
何もかもが色鮮やかで、坊やはまるでおとぎの国に来たみたいだと思いました。
そうして流れる人混みを眺めていたとき、
坊やは導かれるように、ひとりの小さな女の子を見つけました。
お父さんとお母さんと手をつないで歩く、赤いマフラーの女の子。
そのとき、坊やがぎゅっと強く、とても強くお母さんをつかみました。
お母さんはすべてを分かっていて、そんな坊やを優しく撫でて待ちました。
やがて坊やはお母さんからそっと手を離して、決心したように言いました。
「ママ」
「どうしたの?」
「あのね……あのね……。……ボク、行かなくちゃ」
「……そうね。坊やはもう立派な雪だものね」
「うん」
「ちゃんとひとりでもできるものね?」
「うん。ほんとは、まだ怖いけど」
「坊やはママの子だから、大丈夫よ」
「うん」
「ちゃんとご挨拶するのよ?」
「はい。……ねえママ」
「なあに?」
「こんどはいつ会えるかな?」
お母さんはただ黙って坊やの頭を愛おしそうになでました。
「さあ、行ってらっしゃい。気をつけるのよ」
「はい。行ってきます」
ひらひら、しんしん。
ひらひら、しんしん……
「わたしのかわいい坊や。大好きな坊や。あなたはママの宝物。きっとまたどこかで」
お母さんは坊やの背中を見送りながら、どこか嬉しそうに、でもやっぱり寂しそうにつぶやきました。
ひらひら、しんしん。
ひらひら、しんしん……
雪のまたたく、こんな空、
はじめて坊やは歩き出す。
はじめてひとりで、歩き出す。
遠い空から、届けるために。
僕たちは贈り物。キミに伝えるメッセージ。
―――はじめまして。ボクね、ずっとキミを探してたんだ。キミに会うために来たんだ。
ひらひら、しんしん。
ひらひら、しんしん……
女の子は、ふわりと手のひらの上に降りてきたひと粒の雪を見て言いました。
―――パパ、ママ、見て。雪が降ってきたよ。
見上げる空は、雪の空。
雪のまたたく、こんな空。
白い欠片は、空を踊る夢の羽。
キミに届けと、降り注ぐ。
ひらひら、しんしん。
ひらひら、しんしん……しん。
作者より
この度は ひらひら、しんしん。 を読んで頂きまして、誠にありがとうございます。
作品についての感想、または評価などを頂戴できますと嬉しく思います。