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第3話

 学長との話が終わった後。

昇降口で時計を確認してみると、式が始まるまで40分以上ある。

体育館に入るのも早すぎるよな。

それにしても……眠い。

覚醒してからというもの、朝にめっきり弱くなった。

時間が余っているため、一眠りすることにした。

数メートル先に、他よりも一回り大きい桜の木があるのが見える。

ちょうどいい。

その木に登って、幹に背中を預ける。



 目を閉じて少し経った頃、

俺の嗅覚が何かを捉えた。

甘い……?

匂いが近づいてくるほど、胸の中が掻き回されるように苦しくなる。

甘い香りの中に、微かに人間の匂い?がする。

ザァァァー

突風が吹いた。

空気が一気に甘い香り一色に染まる。

目を開いて地上に視線を動かすと……

女の子がこちらを見上げていた。

漆黒のセミロングの髪に、意思の強そうな目。

何より気になるあの甘い香りは、彼女から漂っている。

香りで頭がぼーっとする。


食ベチャイタイナ……


はっと我に返る。

俺は今、何を考えた?

そんな考えが伝わったのか?

彼女はジリジリっと数歩下がる。

その様子を見ていた俺はふっと溜息を吐く。

落ち着け、ひとまずどこか別の所へ移動しよう。

そして木から飛び降りた。

どうしても耐えられなくて、これだけは言ってしまった。

「おまえ、臭い」

そのまま方向も確かめず、その場から立ち去った。

香りが届かない所まで移動し、足を止める。

校舎のガラスに写っている俺の目は……

不気味な銀色に輝いていた。



 クラス内はまるで地獄だった。

甘い香りの彼女が赤城華音だったらしい。

教室に入って来た時、人間の匂いは消えていた。

人間の匂いはもしかしたら、俺の気のせいだったかもしれない。

彼女の席は俺の斜め前。

お蔭で四六時中、甘い香りが教室中に漂っている。

だが、そう感じていたのは俺だけらしい。

他の男子は、

「赤城さん?ああ、近くに寄ると微かにするね。でも、そんなに匂うか?」

つまり、俺だけが過剰反応しているようだ。

彼女と目をあわせる程度の冷静さも持てない。

今日は上弦の三日月。

人狼は月の満ち欠けに応じて強くなったり弱くなったりする。

ということは、これから2週間程度かけて俺の中の人狼が強くなっていくわけだ。

俺、耐えれるのか?

本気で自分の血と学長を呪った。



 「へ~。大変だね」

帰り道、鞍馬透はクスクス笑いながらこう言った。

「笑い事じゃねえよ。大変なんだぞ、我慢するの」

「なんか、言い方エロいよ?」

によによしながら煽ってくる。

「だから、そういうこと言うのやめろ」

気心知れているからこそのやり取りだ。

透は、同じ中学校出身。

ちょっとしたトラブルがあって、お互いのことを知った。

それ以来、なんだかんだでつるんでいる。

祖父が天狗で、隔世遺伝したらしい。

「で、お前はどうだった?Cクラス」

「まあまあかな。Cクラスは人間との混血ばっかで気楽だよ」

「羨ましい……。おれもそっちに行きたい」

「ダメダメ。王子様はAクラスで頑張ってね。大体、隠してるんでしょ、人間のハーフってこと。ま、応援してるよ」

完全に他人事だ。

「相談には乗るからさ」

でもなんだかんだでいいやつだ。



 それから2週間、俺は耐えに耐えた。

徐々に慣れるだろう……

と考えていた俺の甘い予想(希望でもあったが)は見事に外れた。

月が満ちていくほど、香りに意識が強く引き付けられる。

授業に集中しようとしても、彼女は斜め前。

いつでも視界に入る。

頼むからせめて早く席替えをして欲しい。



 そして、丁度満月の日。

夕暮れ時、丁度回ってきた学級日誌をもう一人の日直と仕上げていた。

「終わったー」

「俺が職員室に持っていくから」

「本当?ありがとう!じゃ、お疲れ」

そう言うと、先に帰って行った。

職員室へ行ったが。肝心の紺野先生がいない。

仕方がない。

机に置いて教室へ戻る。

誰もいない教室で1人ボヤく。

「ああ……。疲れた」

この2週間、本当に大変だった。

でも、乗り切った。

あとは月の欠け具合と共に楽になっていくだろう。

そう思ったところで、机に伏した。

途端に眠くなる。

まあ、いいや。

少し休憩しよう。

ん?誰かの荷物が残ってたか?

確認する前に意識が落ちた。



 「何してんだ!」

我に返る。

目の前には赤城。

俺の両手は彼女の手首を掴んで壁に押し付けている。

状況把握もできないまま、養護教諭らしき人に突き飛ばされた。

「大丈夫か?食われてない?手はある。足もある。出血も……ないな。手首のあざだけか」

養護教諭は、赤城に抱き付いて色々と確認している。

赤城の両手首を見ると、赤く跡がついているのが見えた。

でも、じわじわと消えている。

「こういう時、ヴァンパイアの治癒能力が高くて安心するよ」

ここで養護教諭は俺の方を向いて

「あんたは今から学長室へいくぞ。マコ……じゃなかった、学長に全部報告しろよ。」

途端に自分が何をしたか思い出す。

声を掛けられて、腕を掴んで、そのまま壁に追いつめて……

ヤバい。

やらかした!

「ほら、行くぞ。華音は先に帰れ!」

そう言うと、俺は引きずられながら教室を後にした。



 「やっぱり我慢出来ませんでしたか」

学長は落ち着いている。

「やっぱりじゃなーい!こいつは危険だよ、危険。せめてさっさと華音とは別のクラスに移すんだ。」

「おやおや……、久瀬先生は赤城家を贔屓して、神白家を差別しますか。いやはや……教育者としてそれはどうですかね?」

「うっ……」

「まあ、神白君にも少し時間を差し上げましょう」

そう言うと、机から封筒を取り出した。

「初任務です。明日から他2人のメンバーと共に、任務へ向かいなさい。2人には、明日の朝伝える予定です。内容も明日伝えます。なお、任務内容、および任務に向かうことは他言無用です」

「えっと……」

「任務遂行時間は3日間です。その間は赤城さんとの接触はありませんよ」

学長は笑っている。

俺は即答した。

「行きます」

あの香りから逃れられるなら、どこへでも。


読んでいただきありがとうございました。


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