第1話
この作品は「ホーンテッド・スクールへようこそ」の関連作品です。
神白陸視点で話が進みます。
こちらだけでも楽しめるよう書いていますが、舞台設定等は上記作品に書かれていますので、そちらもよろしくお願いします。
「陸、いってきます!」
母のことで思い出すのは、綺麗だったこと、優しかったこと、いつも忙しそうだったことの三つだ。
母は1人で俺を生んだ。
父は誰だか知らなかった。
母に聞いても
「優しい、でも寂しそうな人」
としか教えてくれない。
何処にいるのか聞いても
「普通だったら会える人じゃないの」
と寂しそうに笑う。
一度だけ、こっそり古いアルバムの中に一枚だけある写真を見た。
今より若い母の姿と、その隣には中年で身長の高い男。
顔は若そうだが、銀の髪と鋭い目が特徴的だ。
俺はそのアルバムをそっと閉じた。
それ以来、一度も開けたことはない。
6帖1間の小さなアパートが、5歳までの俺のすべてだった。
母は女手一つで俺を育ててくれた。
贅沢なんて出来なかったけど、それでも父に頼ることはしなかった。
俺は小さいながらも母の苦労は分かっていたし、大きくなったら少しでも楽にさせてあげられたらいいなんて思っていた。
でも、そんな日々は5歳で終わりを告げた。
昼夜問わず働いていた母が倒れた。
そのまま病院に運ばれ、眠るように息を引き取った。
葬式の手配は幼かった俺の代わりにアパートの大家さんが仕切ってくれた。
葬式が終わったところで、大家さんから
「坊や、親戚は?」
俺は黙って首を横に振った。
母方の親戚は誰も知らない。
父方も同じだ。
「困ったね……じゃあ、坊やは施設で暮らすことに……」
「ちょっと待ってください」
後ろから男性の声。
視線をそちらに向けると、あの写真の中の人物が、寸分違わぬ姿で立っていた。
「この子は私が引き取ります」
「あなたは……」
困惑する大家さんに男性は言う。
「この子の父親です」
部屋に上がり込んだ男性は、母の写真をじっと見ると。
「残念だ。なんと人の命は儚いことよ」
つっと涙を流した。
「君が陸だね。陽子にそっくりだ」
俺は黙っている。
「なぜ私が父親だってすぐに信じた?」
押入れの奥からアルバムを出し、あの写真を見せる。
「ああ、懐かしい。まるで昨日のことのようだ」
どう考えても5年以上前の写真だろう。
でも、改めて写真と実物を見比べてみても、変化がない。
「おじさん、年取ってない」
男性は驚いた顔で、
「気づいたか。私は人間じゃないからな」
やっぱりそうか。
「人よりゆっくり年をとるんだ。そして陸、お前にもその血が流れている。お前は人狼だ。」
こうして俺の普通の生活は終わった。
父に連れられて向かった先は、多くの召使いを抱える大きな屋敷だった。
「今日からここで生活しなさい。必要なものはすべて揃えてやろう」
俺に与えられた部屋は、母と使っていた部屋の2倍ほどの広さだった。
ふかふかのベッドに勉強机、ソファやテレビも揃っていた。
食事には今まで食べたことのないほど豪勢な料理が並ぶ。
家族全員で集まって食べることになっていた。
新しい家族は、父と継母、そしてその2人の間に生まれた長男、次男、長女、三男、そして自分。
こんな家族構成の中で、自分が浮かないわけがなかった。
そして現実を知った。
父は異形を束ねる四王の内の1人だ。
俺はそんな父の浮気によって出来た子だ。
当然嫌悪感は継母の態度に出る。
無視は当たり前だったが、まあ耐えることが出来た。
問題は兄たちだった。
長男とは40歳も離れており、三男でも15歳離れている。
まあ、人狼の一族だから、長男も三男も人間としての見た目(精神年齢も)は20代前半だ。
最初、三人の兄たちは俺を無視するだけだった。
だが、父の俺に対する溺愛ぶりで、嫉妬心に火がついたらしい。
そんな態度が変化したのは、12歳の時だった。
俺の中の人狼が覚醒した。
それも、銀の瞳に、本性に戻った時の毛皮の色が銀という「王の資格」も発現してしまった。
不幸なことに、三人の兄たちには王の資格がない。
その日を境に、兄たちの暴力は日常化した。
そして、父はますます俺を可愛がる。
そして兄たちは嫉妬で暴力がエスカレートする。
こんな悪循環が繰り返された。
たった一人の姉は、俺の事を可愛がってくれたが、流石に兄たちの暴力を止めることは出来ない。
「りっくん、ごめんね……」
いつも泣きながら傷の手当をしてくれた。
転機がきたのは15歳の冬だった。
三男から背中に大きな傷跡を付けられたことにより、暴力が父に知られた。
そんな時、姉がこの家から出る機会を作ってくれた。
「りっくん!ここへ入学しない?学長さんには話をしてきたから」
封筒を見ると、日下部学園の文字。
どうやら異形のスパイを育成する学校らしい。
「ここなら下宿生活になるから、この家から出られるわ。困ったら、同じ仲間に助けてもらえるし、ここなら兄たちも父も納得するはず」
案の定、両方とも納得した。
兄たちの考えは読めている。
あわよくば任務で死んでくれってことだろう。
まあ、いい。
こうして、俺は自由な高校生活を手に入れた。