8
夕食の時間。
食卓を囲んでいるのは、僕と母さんと雫と泉の四人のいつものメンバーだ。
夕食といってもレトルトカレーを食わされているだけ。
今日は父さんから電話があって買い物に行きそびれたからというよくわからない理由で、母さんが手抜きをしたのだ。
まあこれはちょいちょいあることなので僕はいちいち不満を口にしたりはしないが、隣の雫はスプーンを動かしながらしばらく文句をたれていた。
「あのさ、部屋に鍵つけて欲しいんだけど」
夕食が始まってしばらくして、僕は母さんにそう進言した。
「はんた~い」
即座に反対意見が上がる。雫だ。
僕は無視して話を続ける。
「ねえ、母さん」
「う~ん? そうねぇ、今度電話でパパに聞いてみましょ」
またそれか。なんでも父さん父さんって……。
せめて理由ぐらい聞いて欲しかったんだけど。
「あっ、でももうすぐパパおうちに帰ってくるから、その時がいいかしらね。うん、そうね。それがいいわ」
勝手に一人で納得してるし。
といってもこんなのは母さんの平常運転だから、やっぱりなって感じだ。
母さんは父さんのことを異常なまでに信頼している。いや、依存っていうのかこういうのは。
だけどその肝心の父さんは仕事で家をあけることが多い。
仕事はなにをしているのかと言うと、あっちこっちでうさんくさげな自己啓発セミナーとかを開いたり、カウンセリング的なことをしたりしてるそうだ。
自称心理カウンセラーとか言ってるが実際のところどうなのかはよくわからない。
よく心理学のうんちくなんかを語ってくる事はあるけど、僕は父さんが働いているところを直接見たことがないし。
でも稼ぎはそこそこいいらしく、今はそれ系の勉強をもっとするためこっちと海外を行ったり来たりしてるって話だ。
最後に会ったのは……去年の年末か。
その時も帰ってきたと思ったらまたすぐにいなくなったんだっけ。
そんなわけで、今の話はすぐに流れた。
まあ僕も本気で言ってるわけじゃなく、ここで言う事によって妹達に対して少しでもけん制になれば、ってぐらいのつもりだったからしつこく念を押したりはしない。
今はそれよりちょっと気になる事がある。
さっきから泉が一言もしゃべっていない。
いつもならこんな時、多少母さんをたしなめるような発言をするのだが、もくもくとご飯を口に運んでいるだけで会話に加わる気配がない。
さっきからっていうか、正確には僕が櫻井と別れて帰宅した時からこんななんだけど。
何か話題を振ってあげようかと迷っていると、泉は早々に席を立ち上がり食器を持って流しへ。
そしてその足で、リビングを出て行こうとする。
さすがに不審に思ったのか母さんが声をかけた。
「あら、泉ちゃん早いのね」
「……うん、今日宿題多いから、やらないと」
テレビの音と雫のバカ笑いにかき消されそうな声でそう返事をした泉は、そのままリビングを出て二階に上がっていってしまった。
◆ ◇
夕食後しばらくして、僕は泉の部屋の前にやって来た。
コンコン、とノックをする。しかしいつになっても返事がない。
「泉?」
呼んでみても何の反応もない。中にいるのは間違いないはずなんだけど。
本当はよくないのでやめようかと思ったが、やっぱり気になるのでこのままドアを開けることにした。
勝手に部屋に入るのはお互い様だと自分を納得させる。
中をうかがうようにしながら、ひねったドアノブをゆっくり押していく。万が一予期せぬ光景が飛び込んできたら、すぐ閉められるように。
ドアの隙間から、すぐに泉の姿が見えた。
泉は部屋中央にあるテーブルの上に上半身を突っ伏している。どうやら寝ているようだ。
テーブルの上には教科書や問題集、ノートが広げられていた。
宿題やってたら寝ちゃったのかな。どれどれ、今どんなのやってるんだろう。
部屋に入り、近づいてそっとテーブルの上を覗きこむ。
ノートに同じワードが何度も書き連ねてある。英単語の練習か。僕からすれば簡単すぎる単語ばっかりだ。
……ん? なんだこれ、最後のところ、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんって書いて……。
するとその時、ピクっと泉の体が動いた。
と同時に、いきなり泉ががばっと起き上がり、机の上で開いていたノートをすごい勢いでバンっと閉じて腕に抱きかかえる。
すさまじい早業。
ていうかビックリした……。
「に、兄さん? な、なんで、どうしてここに……」
本当にあなたがこの事件の犯人だったの? みたいな顔してる……。
相当うろたえているようだ。
まあ、確かに起きたら兄弟が目と鼻の先にいて驚くのも無理はない。僕は慣れてるけど。
「あ、勝手入ってゴメン。ただ、さっきちょっと元気なさそうだったから」
「……別にそんなことないです」
「そう? なんかあったんなら言ってみなよ」
泉は雫と違ってなにかあったら結構引きずるタイプだからなぁ。
しばらく沈黙があった後、泉は顔をうつむかせ今にも消え入りそうな声で聞いてきた。
「……さっき、しずくちゃんとどこ行ってたんですか?」
……やっぱりそのことだったか。多少なりとも嫌な予感はしてたんだ。
「公園だよ、すぐそこの」
「なに……してたんですか?」
「ちょっと友達に会わせに」
「ウソですね」
泉は急に声の調子を変え、きっぱりと言い放った。
そしてかすかな動揺も見逃さないといわんばかりに、まっすぐ僕の顔を見すえてくる。
いや、普通にウソじゃないんだけど……。
全然ウソじゃないんだけど、でもなぜかこんな風にやられると気圧されてしまう。
「な、なにを根拠にそんな……」
「さっきしずくちゃん帰ってきた時、『お兄ちゃんったらすごく大胆で興奮した』って言ってたんですけど」
あいつ……。
さっき公園ですごく大胆な態度を取ったのはむしろ雫の方だ。僕は興奮どころかヒヤヒヤしたけど。
「いや、それはアレだよいつもの」
「アレってなんですか? ごまかさないでください」
「だからまたあいつがふざけて……」
「ふざけないで!」
いきなり大声を出されて思わずビクっと背筋が伸びた。
いやいや、ふざけてるのは雫であって決して僕ではないのだが。
でもこれはちょっと……、マズイ。勝手にどんどんヒートアップしてる。
ていうか目つきがめちゃくちゃ怖い。僕の目を見ているようで見ていないような……。
ここからは一歩言葉を間違えると、えらいことになりそうだ。
う~ん、なんて言えばいいだろうか……。
必死に頭を回転させるがうまい言葉が見つかりそうにない。
いや、やっぱここは正直に謝ればいい。そしてあとは態度で示せば。
いくら考えても僕の頭じゃどうせうまく口でわからせることなんてできないし。
口下手なら非言語コミュニケーションをうまく使え、なんて父さんに言われた事もある。
いつの間にか正座になっていた僕は、一回立ち上がって今度は泉のすぐ隣に腰を下ろした。
すかさず泉はちょっと腰をずらして僕との距離をとってくる。
……やっぱ警戒されてる。