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 数分後。

 僕たち四人は、二対二に別れて、リビングで向かい合っていた。

 まあ、実際は二対一のようなものだ。僕は実体化させてもらえない、というかしないほうがいいのではとすら思った。

 だがこの張り詰めた空気は……一体なにが始まるんです? 伊織さん、僕はこんなことになるなんて聞いてないんですが。

 しばしの沈黙の後、やはり最初に口火を切ったのは伊織だった。

 

「聞かせてもらえる? なにが嫌なのか」


 無駄な前置きはいらねえとばかりに、いきなりぶっこんでいった。

 これ以上簡潔な問いかけが果たしてあるだろうか。

 色々省かれてはいるが、それでも十分通じたようで、二人は聞き返すことはせずに黙りこくっている。

 もはやふざけて茶化してどうにかなるとは思ってないらしい。

 数秒の間があった後、口を開いたのは泉だった。


「……だって、兄さんが取られちゃうし」


 一気に空気が重たくなる、沈んだ声。

 雫も声にこそ出さないが、それに同調するように少し目線を落とす。

 これには強気だった伊織もややたじろいだ様子だった。

 

 しかしそんな中、約一名テンションの上がっている人物がいた。

 僕だ。僕はそんな雰囲気の中一人、思わず顔がにやけそうになるのをこらえていた。


 いやぁ参ったね、こうも愛されているなんて。

 これは言うなれば、もう僕の取り合い合戦なわけだから。

 だがダメだ。いかん、こらえろここで笑ったらダメだ。

 やめろ、お前笑うな。そういう場面じゃないだろう。

 ていうか違うんだ、僕じゃないんだ。

 また出てきやがったんだ、僕だけど僕ではない誰かが。


「取られるっていうけど、別にとって食うわけじゃないわよ」


 伊織はそう返すが、それで納得させられるような相手ではない。

 なにか必要なんだ。決め手となるものが。

 妹達を納得させる、強力な説得力を持たせる何かが。

 

 ……そうだ、実は昔もあったんだ、こんなことが。

 そしてその時の僕は、この問題を一発で解決した。

 ことこの状況に至って、今、僕はそのことを思い出した。

 奴が現れて、僕の頭にささやいたんだ。

 まさに思い……出した! 状態。

 そう、当時の僕が出した、その素晴らしい解決案とは……。

 

 ここでやらねばお兄ちゃんがすたるというもの。

 暗く落ち込んだ場の空気を、僕の言葉が切り裂いた。

 

「そう、取られないよ。僕の中で三人は平等だ。僕は誰のものにもならない。つまり、伊織も含めみんな僕の妹なら問題ない……」

「ちょっと黙ってて」 


 ……え? 

 伊織にすげえ睨まれて怖かったから黙っちゃったけど、これおかしいでしょ。

 思い出した、からの覚醒でクソ長い説教してその幻想をぶち壊して一件落着じゃないの?

 色々混ざってるけどそんな感じじゃん。

 でも黙ってろって言われたら黙るしかないじゃん? 怖いじゃん?

 まあね、逆に僕を黙らせてまで伊織がなにを言うのか、お手並み拝見させてもらおうじゃないか。

 ふっ、どうせ説得できずに、また僕にお鉢が回ってくるのは目に見えてるけどね。

 伊織は僕の存在を全く無視して話を進めた。


「だいたいそんな、兄妹で恋愛感情とかはおかしいでしょ」


 いやいやそこまでおかしくはないでしょう。

 広い世の中にはね、そういうことがあってもいいと思うんだよ。

 妹達もそれは、きっと同じ気持ちだろう。二人とも、はっきり言ってやってくれ。

 するとそれまで黙秘状態だった雫が、さもおかしそうに吹き出した。


「恋愛感情……ぷっ、そんなのあるわけないじゃん」


 ……ん?

 ……んん? 

 まあまあ、そう言うよね。表向きはね。

 

「あ、そうよね、なんか私が勝手に勘違いしてたわ。でもそれにしてはちょっと度がすぎない?」

「だって、お父さんはあんまり家にいないし、お母さんはあんなんだし。それにお父さん帰ってきても、お母さんに取られちゃうし」


 あー確かになあ。ろくに相手してもらえないからなぁ。

 ……いやいや、納得しかけたけどそんなバカな。それは雫が勝手に言っていることであって。

 ほら泉。泉はちゃんと素直に言えるよね。

 僕は期待のまなざしを泉に送る。


「恋愛感情って、かまってくれてかわいがってくれるのとなにか違うんですか?」

「う~ん、泉ちゃんもなんか勘違いしてるんじゃない?」

「そうなんですか? でもお父さんもお母さんも、ってなると、消去法で兄さんしかいないですからね」


 し、消去法……? 泉がそんな難しい言葉を……、じゃなくて。

 泉まで、なにを言ってるんだ一体。キミたち、そんな照れ隠しはやめなさい。

 本当はお兄ちゃんが大好きだと正直に言っていいんだよ。


「なるほどね。まあ、ちょっとやり過ぎな感じはあるけど……」

「だって、やるからには、泉には負けたくないし?」

「わたしもしずくちゃんには負けませんよ」


 どっちが僕の気を引けるかっていうこと?

 お互い張り合ってたらやりすぎちゃったってか?

 それはゲームですか? ゲーム感覚ですか?


「だいたいね、伊織ちゃんが悪いんだよ! 伊織ちゃんだって妹だったはずなのに、お姉ちゃんの役割を放棄して一人だけ抜け駆けして!」

「そう、条約違反!」

「そんな条約なんて知らないわよ……。勝手にこのバカが言ってたことでしょ?」


 このバカってどのバカですか? ああ、僕ですか。僕ですね。

 そう、かつて伊織は僕の妹で、平等和親条約を結んでいたのだ。僕が勝手に、一方的に。

 だがいつからか、伊織が急に色気づいてきてしまって、その均衡が崩れた。

 要するに伊織が一足先に思春期に入ったのだろう。それで僕もちょっとひいきしてしまったかな、という時期はある。

 まあそれは僕が悪いかもしれないが、伊織のほうにだって非があるのではないか。

 そういえばそのころからだ、伊織が嫌われだしたのは。


「だから、バランスが崩れるから! 伊織ちゃんとお兄ちゃんが仲良くなって付き合ったりすると、あたしたちのことなんて眼中になくなってほったらかしにするでしょ?」

「そんな極端なことにはならないでしょ。少なくとも私は……」

「じゃあ、伊織ちゃんがかまってくれますか?」

「ええ」

「雫と遊んでくれる?」

「いいわよ」

「わたしに勉強教えてくれますか?」

「もちろん」

「かわいがってくれる?」

「え、ええ……」

「なでなでしてくれますか?」

「まあ……」


 ガタっと立ち上がった二人に詰め寄られる伊織。

 いやいやちょっと待ってくれ。勝手にOKを出しているようだが、それは僕の役割じゃないのか。

 それは僕にしか勤まらない唯一無二の役割であって……。


「やったぁ!」

「ホントですか? うれしい!」

 

 なにか二人とも喜んでますが……?

 ……ヤバイ、このままだとなんか知らんが僕がバカってことで解決してしまいそうだ。

 その上わけのわからん出口に出てしまう。

 ていうか僕の覚醒タイムはどうなった。おかしい、やっぱそんなのおかしいやないけ。


「ちょちょっ、ちょ待った! い、伊織はお兄ちゃんじゃないよ? お兄ちゃんじゃないんだけど、そこんとこ大丈夫なわけ?」


 我ながらテンパりすぎてかなりキモい感じになっている。

 いやテンパるどうこう以前に素でキモい。

 しかし、もはやなりふり構っていられないのだ。このままだと僕のアイデンティティが崩壊する。


「え? べつに相手してくれるなら、お姉ちゃんでもお兄ちゃんでもどっちでもいいです」

「そうそう、もともとお兄ちゃんが選ばれたのは、洗脳が楽だったからっていうだけだし」

「よそに目がいかないように、兄さんを実の妹に興奮する変態に育てていけばいいだけですし」

「ちょっと本気で演技したらカンタンにひっかかるしね~」


 ……は?

 それはあれか、伊織から僕を奪うのは簡単だけど、その逆は無理だから僕を選んだってこと?

 こいつだったら騙すのチョロいわってこと?

 チョロインならぬチョロ男? 聞いたことないわそんなん。


 つまり僕は父さんと妹たちからダブルで洗脳まがいのことを受けてたってことか?

 父さんが引き剥がそうとする一方で、妹達が引き寄せようとしていたのか。

 だが残念だったな、僕が実の妹に興奮する変態なのは元からだ。

    

「ていうかわたし、本当はお姉ちゃんがほしかったんです」


 いやお前お姉ちゃんいるだろ。

 しずくちゃんはお姉ちゃんじゃないってか。


「あー、あたしもあたしもー! だってお兄ちゃんはからかうと面白いけど、たまに目がガチなときあるから怖いし」


 ええ? 実の妹にガチってる人がいるんですかあ? 怖いお兄ちゃんですねえ。

 ……まあガチってますが何か? 何か問題でも?


 いや、やっぱりダメだダメだ! 話にならんこの妹達は! なにもわかっちゃいない!

 お兄ちゃんというものの偉大さが、聖域が。

 ここは伊織先生から冷静かつ客観的な意見をいただこう。


「い、伊織さん、この子ら勝手に色々言ってますけど、なんとか言ってやって……」

「……私、お姉ちゃんみたいなお姉ちゃんになりたかったの」

「はい?」


 ちょっと言ってる意味わかんないですけど。香織さんみたいになりたかったということか? 

 それは絶対やめたほうがいいと思うぞ。

 百歩ゆずって今の香織さんならともかく、昔の香織さんを目指しているなら全力で阻止せねばならない。

 ていうか伊織のシスコンっぷりもなかなかのもんだと僕は思う。

 どんだけお姉ちゃん好きなんだよ。


「やった伊織お姉ちゃんだ! あっ、じゃあ今日、これから三人で出かけよっか!」

「賛成です!」


 妹達が伊織の手を取って立ち上がらせてはしゃぐ。

 三人? 三人言いました今?

 伊織だけハブられてかわいそうだなぁ、なんてボケている余裕はすでにない。


「ちょ、ふ、二人とも、お兄ちゃん! お兄ちゃんのこと忘れてるよ!?」

「兄さん? ああ、お姉ちゃんがいるんでもういいです」

「そうそう、やっぱり時代はお姉ちゃんだよね~」

「えっ、ちょっ……」


 二人はもはや僕のことなど眼中にないとばかりに、伊織にまとわりついていく。

 

「お兄ちゃんはほっといて行こ行こ~。伊織ちゃんのそれ、なんか古臭くてダサいから洋服選んであげるね」

「だ、ダサイって、これおさがりだから」

「お姉ちゃん、お金わたすから、わたしの選んで買ってください」

「うそ、なんでこんなにお金持ってるの?」


 僕は完全に蚊帳の外で、楽しそうに盛り上がっている。

 これは僕がイエーイって無理やり混じろうとしてもスルーされる雰囲気だ。


 ……え? ちょっと待ってこれって……?

 これ……ハーレムエンドじゃなかったんかい!!

 ハーレムどころかこんなもん寝取られバッドエンドじゃないか!

 なんだこのクソゲーは、ア○ゾンのレビューも炎上間違いなしだぞ。

 どういうことだ、一体どこで間違えたんだ。

 とにかく一旦リセットしてロードだ、鬼ロードだ。

 

「じゃあね~お兄ちゃんはもう用なしだから。まあどうしてもっていうなら相手してあげてもいいけど」

「兄さんはこんど気がむいたら遊んであげます」


 伊織の背中を押しながら、雫と泉は僕にひらひらと手を振ってリビングを出て行こうとする。

 まさかの置いてけぼり。一瞬にして立場が逆転してしまった。


 今度から僕がお願いして構ってもらわなければらないだと……?

 くそ、なんて生意気な……だがそんな妹達も、やはりかわいい。

 なにを言おうがかわいいものはかわいい。

 かわいいは正義。万事オッケー。

 よって妹達は悪くない。

 そう、悪いのは……。

 僕はギリっと伊織を睨みつける。

 

 伊織は少し戸惑いを見せながらも、笑顔で二人を受け入れている。

 僕のすさんだ視線に気づくと、伊織はこっちにもくすっと微笑みかけてきた。

 ……くっそ、こっちもクソかわいい!

 思わず僕もお姉ちゃ~んってやってしまいそうな勢いだ。

 よって正義。圧倒的正義。


 なるほど、となるとこの中で悪いのは僕か。

 僕が諸悪の根源。悪の源流。

 ……ふっ、ならとことん悪になってやろうじゃないか。

 ブラコンだろうがシスコンだろうがなんでもこい。

 僕は妹達を取り戻し、伊織もわが手中に収める。

 どんな手段を使ってでもだ。これは楽しくなって来たぞ……。

  

 とかやってたら、いつの間にかリビングには誰もいなくなっていた。

 マジで放置とは、なんて容赦ない。まさかの水樹闇落ちエンド。これでは僕も本当にダークサイドに落ちざるをえない。

 僕がテーブルに突っ伏して頭を抱えていると、誰かが戻ってくる足音がして、伊織のあきれた声が上から降ってきた。

 

「ほら水樹、ボケっとしてないで行くわよ」

「伊織。……僕は……まだあきらめてはいない。むしろこれからが……」

「いいからさっさとしろ」

「はい」


 小悪党以下の返事をして、僕は力なく立ち上がり伊織につき従う。

 玄関では雫と泉が待っていて、僕の姿を見るなり不満そうな顔をした。


「え~お兄ちゃんも来るの~? おとなしく家でアニメでも見てなよ」

「ちょっと、お姉ちゃんのとなりジャマです」

「二人ともすぐに気づくよ。やっぱりお兄ちゃんが必要だったということにね」

「そうよね、荷物持ちが必要だもんね」


 くすくすと笑う伊織。勝者の余裕か。

 一度決まった序列はなかなか覆せない。これでは妹を取り返すなど夢のまた夢。

 こんな調子ではダメだ。これからの時代は悪だ。ダークだ。バイオレンスだ。下克上だ。

 だから僕はいきなり伊織に抱きついてやった。


「きゃあっ、なに!?」

「ちょっ、お兄ちゃんいきなりなにやってんの!」

「お姉ちゃんから離れてこの変態!」

「僕は伊織と付き合ってるんだから何やってもいいんだよ! どうだうらやましいだろう!」


 などと叫んでみたが、あっという間に二人に引き剥がされ転がされて蹴られた。

 あと結構強めに踏まれた。

 

「もう、お姉ちゃんに近づかないでください」

「ねえ危険だからやっぱ置いてこうよ」

「ちょっと、水樹大丈夫なの?」

「「いいから!」」


 二人が伊織を引っ張って出て行ってしまった。玄関の扉ががちゃんと閉まる。

 こんなのも案外悪くない。が、これで終わりじゃない。むしろこれからが始まり。

 これはバッドエンドなんかではなく、俺たちの戦いはこれからだエンドなんだ。

 そうこれから、トゥルーエンド、すなわち妹三人ハーレムエンドへの長い戦いが始まる……。


 ……なんてね。これから一体どうなることやら。また面倒なことにならなきゃいいけど。

 僕はゆっくり立ち上がると、ふぅ、と一度大きく息をつき、三人の後を追って外に出た。

とりあえずこれで完結です。

初回投稿日を見たら2013年の1月っていつから書いてんだよって感じですが、なんとか完結しました。

それでもここまでお付き合いいただいた方、感想、評価等下さった方々にはただただ感謝です。

途中予定外の話を入れてムダに分量が増えましたが、大筋は予定通りできておおむね満足です。

無事完結までこぎつけられたのも、読者の方あってのことですね。

どうもありがとうございました。


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