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雫とともに公園までやってきた。
夕陽のさす公園は、輪になって談笑するおばさん達や、ベンチで携帯ゲーム機をつき合わせている子供が数人いるぐらいで人影はあんまりない。
僕はあたりを見回しながら公園内を歩き櫻井の姿を探す。
なかなか見つからないので電話しようかと思った矢先、隅っこの方にしゃがみこんで草むらのしげみをのぞき込んでいる櫻井を発見した。
「なにやってんの……?」
「おう、来たか。ネコだよ、ネコがいたんだよ」
「あっそう……、このへん野良猫多いからね……。で、連れてきたんだけど」
「ご苦労。やっと子ネコちゃんが来たか」
なにそのオヤジくさい言い回し……。
櫻井はズボンのすそに変な草をくっつけたまま立ち上がり、僕の少し後ろをついてきていた雫に体をむけた。
どうだ、間近で見たらあまりのブサイクさかげんにやっぱり怖気づいたか?
という意味を込めてちらっと櫻井に視線を送ったが、返ってきたのはよくやったと言わんばかりの満足顔。
にわかには信じがたいけど本当に見た目だけで、あの雫が気に入られたらしい。
よかったな雫……。これならきっと……。
「じゃ雫、紹介するよ、クラスメイトの櫻井」
「どうも~、親友の櫻井勇一でーす」
いつから親友になったんだ……。
なんかこういうシチュエーションって経験ないからわからないけど、こんな軽い感じでいくものなのか。
でもこれぐらいのほうがお互いやりやすいのかも。雫も固いのは苦手なタイプだろうし。
がしかし、肝心の雫は。
櫻井があいさつしたにもかかわらず全くの無反応。
それどころかおもちゃを取り上げられた子供のように顔をうなだれ、うらめしげに何にもない地面をにらみつけている。
なにやってるんだ雫、愛想良くしろって……!
その様子を見てさすがに不安になったのか、櫻井がこそこそと耳打ちしてきた。
「……おい、なんか怒ってないか?」
「い、いや、そんなことないさ、たぶん緊張してるんじゃないかな~、いつもはあんなんじゃないんだけど」
「ならいいんだが……。気のせいかさっきからずっと地面の石にガン付けてない?」
ヤバイ。緊張どころかあれは相当キレてる顔だ。
雫のやつ、ついさっきまでウキウキだったのに公園にやってきたぐらいから急に無口になった。
たぶん僕と二人でどこかに行くのだと思ってたんだろう。それでいきなり知らない人と合流したから不機嫌になってるに違いない。
「ほ、ほら、雫もなんとか言え」
内心あせりながら雫にあいさつをうながす。
少し間があった後、雫はうつむいたままぼそっと一言。
「……妹デス」
それはわかってるよ……。
なにその必要最小限の自己紹介。幼稚園児だってもっとなんか言うだろうに。
しかしそれでも一応言葉を発したことに安心したのか、櫻井が場の沈黙を破って一気にしゃべりだした。
「いや~、ごめんね、なんかいきなり。オレ昨日駅前で雫ちゃんのこと見かけてさ、かわいいねって言ってたら、このお兄さんが会わせてやるっていうもんだからノリで来ちゃいました」
櫻井が言い終わると、雫はなにか返事をするでもなくただジロリと僕をにらみつけてきた。
あれ、なんか僕が全部発端みたくなってる? まあよく考えたら僕が勝手に熱くなったのが悪いのか……?
僕は妹に会わせてやる、としか言ってないけど、勝手に櫻井が拡大解釈しただけだし。
でも僕は雫が櫻井と付き合うことになってもいいかなと思い始めてきている。
雫にしてみたら余計なお世話なのかもしれないけど、雫もちょっとは自分の顔と相談して生き方を考えるべきだと思う。
僕がそうしたように。
「雫ちゃんって北中なんだよね? 今二年生っしょ?」
「……別に」
「趣味とかは? あ、なんか部活やってる?」
「別にぃ」
「あ~、じゃあ好きなタイプは? たとえば芸能人で言うとどんなのがタイプ?」
「べっつにぃ~」
お前はエリカ様か。
別に、だけで乗り切ろうとしてるのか知らないけど、さっきからそれで通る質問じゃないぞ。全然成立してない。
こりゃやっぱダメか。まさか雫がこんな態度を取るなんて……。
僕は普段の雫を知ってるからいいものの、初対面の人にとってはブサイクの上さらに性格まで悪い最悪な子にしか見えない。
でも雫がこんななのも、あらかじめ僕がきちんと説明しなかったのが悪いのか……。いや、いくらなんでもこのなめた態度は……。
これではさすがのブス専櫻井も音を上げるかと思いきや、意外にしつこく食い下がっている。
「いや~、でもこんなかわいいのに雫ちゃんて彼氏いないの?」
いるわけないだろ……、察しなよ……。
というかそれはすでに学校で話したはず……。あ、そうか。
彼氏いるの? →いないよ→じゃあもしかして今募集中だったり? みたいな流れにするつもりか。
なかなかの高等テクだけど、それがわかる僕もまだまだ捨てたもんじゃないな。
僕もこんな外見じゃなかったらもっとこう……。
フラグとかもバンバン立てて即回収してってやったりできるんだけどね。アニメとかでも鈍感な主人公見てるとイライラしてくるタイプだから。
今彼氏募集中だったり? といわれて雫がどう返すのだろうかと一歩先の展開を考えていると、
「いるよ」
「えっ?」
櫻井より早く僕が変な声を上げてしまった。
まさか雫のヤツ……? 僕も100パーセント彼女の事を把握してるってわけじゃないし……。
「雫、お前彼氏いたのか……?」
「ね?」
雫は僕のそばに近づいてぴとっとくっつくと、上目遣いにこちらを見上げてきた。
とりあえず両肩をつかんでずい、と引き離す。そして代わりに僕が櫻井に答えてやった。
「いないよ」
「あ、マジで! じゃあメルアドでも交換しようぜ!」
なんかいきなり櫻井が雑になった。じゃあ、の意味がよくわからないしワンクッション飛んでる気がする。
雫がふざけてるからそれに乗っかってノリでいけると思ったのかな。確かに声のタイミングはバッチリだ。
多少強引に行く方がいいというのも聞いたことあるし。
「死んでもヤダ」
「バ、バカッ! お前なんてことを……」
なんていう暴言を……。雫のやつなに考えてるんだ……!
もしかしてこいつも、櫻井がイタズラでやってると思ってるのか……?
「そこをなんとか! 死んで一度生き返った体で!」
「うっわ、なにそれ寒ぅ~」
いい加減腹立つわこのブサイク。一体何様のつもりで……。
……あ、いけないいけない。なにを考えてるんだ僕は。僕がそんなんじゃダメだ。
これはもう櫻井がキレる、と思ったけど全然そんなことなかった。
こんなブサイクに、しかも今のところ態度も最悪のヤツにこれだけ媚びて一体なにがあるというんだ。
そうまでして雫のことを……。このままじゃいくらなんでもかわいそうだ。
「雫、別にいいじゃないかメルアドぐらい」
そう櫻井に助け舟を出してやると、雫は今日一番ブサイクな顔……じゃなくて怒った顔で、
「お兄ちゃんのバァーカ!!!」
そう僕を怒鳴りつけると、だっ、といきなり身を翻し走り出した。
まさか逃げるとは思っていなかったので、引き止める間もない。あっという間に公園から出て行ってしまった。
終わったな……。初対面で最悪な印象しか残らないなんて。もう二度目はないだろうな……。
文句の一つでも言われるかと思いちらりと櫻井の顔をうかがうと、櫻井は遠ざかっていく雫の後姿をじっと眺めていた。
「やっぱ雫ちゃんかわいい……。それにあのわがままっぽい感じがたまらん」
うわ、こいつブス専の上にドMかよ……。
……あ、いや、じゃなくて人を見た目で判断しない、それに暴言を吐かれても怒らない優しい奴なんだな。
僕はあれだけ頑張ってくれた櫻井に対して、なんだか申し訳ない気持ちになった。
「ごめん、まさかこんなはずじゃ……」
「うん? なんで謝るんだよ。まあこんなもんだろ、そもそも初対面で付き合ってくれとかって普通は絶対無理だからな。メルアドゲットできなかったのはちょっと痛いが」
やっぱりいいやつだ。今回のことで僕は櫻井のことをすっかり見直した。
「なあ、雫ちゃんなんかすげー怒ってたけど、お前フォローしに行かなくていいのか? オレはいいから行ってやれよ」
「いや、いいんだよ。あいつさっきはホントかわいくなかったし。それより僕、櫻井のこと誤解してたよ。実はけっこういいやつだなって思って……」
「……は? どのへんで? オレ的にはいきなり妹紹介しろとかけっこうムチャなことやったと思ってんだけど」
「ふふっ、そんなことないって」
「なんだよ気持ち悪いな……。しかしお前、あれをかわいくないって言えるのはどうかと……、…………はっ、お、お前もしかして、まさか……」
「ん、なに?」
「あっ、もうこんな時間じゃん! 早く帰って、あー、し、宿題やんないと! オ、オレもう帰るわ!」
「そう? じゃバス停まで送るよ」
「い、いや! いいよいいよ、見送りとかいらないから! 帰りもわかるし! じゃな!」
そうして櫻井はそそくさと僕の前から去っていった。
途中なにもないところでコケそうになってるし、なにをそんなにあわててるんだか。
それにもうこんな時間って、まだ日も暮れてないのにヘンな奴。
僕は不思議に思いながらも、曲がり角で見えなくなるまで櫻井の後姿を見守っていた。




