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 こうして僕は伊織と付き合うことになった。

 と言っても、実のところこれまでとたいして変わらない気もする。

 朝一緒に登校して、学校へ。

 校舎に入って別れてそれぞれの教室へ、その後は偶然すれ違うとかがない限り、次に会うのは放課後だ。

 

 昨日のように一緒にお昼を、ということはやらない。

 お互いクラスの友達との付き合いもあるだろうからと。

 まあ、僕にそんなものはないんですけどね。絡まれるのはあるけど僕が望んでいることではない。

 それに昼も伊織と一緒に、とかやってたら確実に櫻井あたりに茶化されてめんどくさいことになるのは目に見えている。

 

 必死になって隠すつもりはないけども、自分からオープンにすることもないだろう、ぐらいなノリで行こうとは思っている。

 一緒に登下校ぐらいは前からやってたわけだから、そこまで怪しまれないかもという淡い希望もある。

  

 伊織は何か言いそうだったがそれで納得したようだった。

 昨日のあれはイレギュラーな出来事であって、毎日あんなことをやる度胸などない。

 もしそこを追求されたら、暗示がどうたらこうたらという話までしなければならなくなりそうだった所だ。

 僕が極度のシスコンなため変な暗示をかけられた、などという恥さらしな事実を自分から告白するとかひどい罰ゲームだ。

 それに関しては、いずれ笑い話にできる時が来るだろう。

 ただ今はまだ、僕の中でもシャレにならないというか、そんな感じだ。


 だけどその分、携帯で連絡をする回数が爆発的に増えた。

 最近の酷使のされ方に、僕のニート携帯もビックリしているだろう。


 授業が終わって、放課後。

 櫻井がまた僕の席にやってきて、二宮さんにちょっかいを出したりしていたが、とばっちりを食う前にこっそりと離脱。

 櫻井もそうだが、二宮さんのほうが実は危険で、今日朝一で「昨日さ、水樹くんも牧野さんもちょっと感じ違かったよね? どしたの? なんかあったんじゃないの~」とか言われる始末だった。

 こういうのはやはり女子のほうが鋭いのか。昨日は、帰りに伊織が教室に乗り込んできたのがでかい。

 思い返すとそんなことは今まで一度もなかったから。


 伊織とは校舎の外で待ち合わせをして、一緒に下校。

 これまでではたまたま会ったら一緒に帰る、ぐらいの距離感だったのでこれは新鮮だ。

 向こうも同じことを思ったのか、「なんか変な感じするね」と笑いあう。

 ――うっ、なんだこの胸の高鳴りは、わけもなくどきりと胸が……。

 くそ、ここはくやしい……でも感じちゃうでごまかせ。


 帰り道では、授業がどうとか今度の中間テストがどうとか、当たり障りのない話題が取りとめもなく続く。

 その間も伊織の笑顔はいつもの五割り増しで、ニコっとされるたびにまたくやしいビクンビクンですよ。

 さらに一緒に勉強しようねなんて言われて、もうくっ、殺せ! 状態だ。


 そしてそろそろ家も近い、駅からのバスの中。

 少し会話が途切れた沈黙の中、伊織が思い出したように口を開いた。


「そうそう、明日からまた三連休じゃない」

「うん、そうだね」

「それでさあ……ね?」


 そこで止めて、伊織はわかるでしょ? とでも言いたげな視線を送ってくる。

 僕がまごついていると、伊織はもうしょうがないな、という顔をして二の句を継いだ。


「明日デートしよっか」

「で、で、デートっすか」

「そうだけど、なにその反応」


 恐れ多くも僕が彼女とデートなどというリア充イベントを?

 いや待てよ、彼女がいるということは、すでに僕はリア充になったということなのか? 

 しかしそんな実感はない。


「あ、ごめんなんか用事あった?」

 

 明日と言えば、すでに妹達から激しい誘いを受けていたのを思い出した。

 まあでも、僕はそれに対してオッケーを出した覚えはないから、問題はないと言えば問題はない。


「いや、ない……かな。大丈夫」

「そ、よかった。どうする? どっか行きたいとこある?」


 いきなり言われても、思いつかん。なにも思いつかんぞ。

 休日は家でゲームアニメがルーチンワークの僕に、そんなものあると思ったら大間違いだ。 


「もしかして出かける気分じゃない?」

「あー、いやそういうわけでは……」

「べつに水樹の家、とかでもいいよ。一緒にいれればどこでも」


 自分で言ってちょっと恥ずかしかったのか、伊織は照れ隠しにふふっと笑う。

 ……ヤバイ、クッソかわいい。

 僕は自然と唇の端が上がってしまう。凄まじい反重力パワーだ。

 だがのんきにニヤニヤしてる場合ではない。

 家とか、確実に妹達との核戦争が勃発するだろう。

 

「いえ、出かけましょう。どこか遠くへ」

「じゃどうする? 映画とか? まあべつにその時のノリでもいいけど」

「ああ、えーと、じゃあとりあえず駅前に……」

「……なんで現地集合しようとしてるわけ? とりあえず水樹の家に行くからそれでいいでしょ」

「い、家ですか。家だとほら……い、妹達とかいるし」

「それがなに? なにか問題?」


 妹とか関係ねえだろこのグズがって言われている気がする。

 間違いない、伊織氏は真っ向勝負を挑む気だ。敵の本拠地に乗り込んでラストバトルを……。

 だけどそれはまだちょっと早いというか……レベル上げが足りないと思う。主に僕の。

 僕が戦うわけでなくても、流れ弾で死んでしまう。

 

「あ、ああ、いやべつに……僕が伊織の家に迎えに行こうかなぁと」

「いいけど、こっちはこっちでたぶんお姉ちゃん帰ってきてるわよ?」

「やっぱウチでお願いします」


 大丈夫だ、妹達に見つからないようにパパっと家を出れば。

 大丈夫、問題ない。きっと。

 僕はそう自分に言い聞かせた。





 伊織と約束をして別れた、その日の夕飯時。

 僕はいつもよりはるかに豪勢な料理の並んだ食卓を、妹達と母さんの四人で囲んでいた。

 母さんは普段の三倍近く時間をかけて作った料理を見て、ため息を吐く。


「はぁーあ。がっつり作っちゃったわぁ」


 いやいつも作れよ。

 という突っ込みは、ご飯と一緒に飲み込んだ。

 本当はこの場に、父さんの姿がないとおかしいのだが、それがない。

 父さんは急遽仕事関係の付き合いで外に食事に行ったらしい。

 それでこんな気合の入った料理を作ってしまったという。

 

 母さんはせっかく用意した料理をふいにされて不機嫌かと思いきや、意外にも穏やかな調子だ。

 テレビがCMになったタイミングで、僕らに向かって微笑を向けた。


「前から言ってたとおり、明日からパパと出かけるからよろしくね」


 などとのたまっているが、僕は今まで一度も聞いてないわけだが。

 妹達には話がいっているのかと思ったが、二人ともそろって不満を口にしだした。

 

「出た、またそうやって自分たちだけ」

「そんなの聞いてないですけど」

「あら? 言わなかったかしら」


 素なのかとぼけているのかすらわからない。

 しかも一泊二日らしいが……普通そういうのは家族で行くもんだろう。


「でもねぇ、三人とも予定があるでしょうから」


 その一言に、謎の沈黙がおこる。

 雫と泉の中では、僕は明日一緒に出かけることが確定しているのだろうか?

 僕は帰宅してから夕飯まで部屋にこもっていたし、妹達は部活で帰りが遅かったようなのでなにも話してはいないが……。

 

「だって明日は、二人はほら、部活とか? あるでしょ?」

「ないよ」

「ないです」

「ふーん」


 ふーんで流した。すげえな、やっぱこいつすげえわ。


「水樹は? また伊織ちゃんとデート?」

「ぶっ!」


 思わず食べ物を吹きこぼした。

 いつかの時と同様、冗談で言ってるんだろうが、今はシャレにならない。

 

「いいわよねぇ~若いって。あっ、なら二人とも、一緒に遊んでもらえばいいんじゃない? 昔はよく、伊織おねえちゃ~んってうるさかったじゃないの」


 おいやめろババア。

 僕は戦慄を覚えながらも、ちらり、と妹達の反応を盗み見る。

 

「……ふっ、じゃ遊んでもらおうかなぁ?」

「……久々に、それもいいですねぇ」


 二人とも、なにやら不敵な笑みを浮かべている。

「……ふっ、少し遊んでやるか」「……クク、久方ぶりに本気を出すか」と、ラスボス感漂うセリフに脳内変換された。

 

 それにしてもまずい。これは色々と問題が……。

 明日は、父さんが母さんと共に朝一で家を出てしまう。朝六時には車で出発するらしい。

 つまり、これまでのように父さんが現れてうまいこと二人を追い払ってくれる、という展開は望めない。

 やはり一度僕の家に集まるっていう予定は変えないとダメだ。

  

「ちゃんとみんなにお小遣いおいてくからね」

「「いってらっしゃい」」


 いい返事をする雫と泉。

 最後は金で解決した。

 二人とも、この臨時の小遣いがかなりでかいことを知っている。


「水樹も、デート代弾んであげるわよ」

「……はは、どうも」


 もはや否定する気力すらわかない。

 デートだというのは実際当たっているわけだし。

 妹達の突き刺さるような視線が怖くて、顔が上げられない。

 僕は茶碗に目線を落としたまま、ひたすら黙って箸を動かした。

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