表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/70

67


「朝からなんですかー? 誰ですかぁー?」

「どなたか知りませんがお引取りください」


 急いで玄関に出て行くと、案の定の光景が繰り広げられていた。

 開いた扉の先には困惑顔の伊織。

 妹達が玄関入り口を鉄壁の守りで固めて、伊織を追い返そうとしていた。


「宗教の勧誘ですか? うち、壷は間に合ってますけど」

 

 間に合ってるってなんだよ、すでに他で買わされてるのか、怖いわ。

   

「だから水樹は……」

「みずきぃ? ウチにみずきなんていう人はいませんけどぉ? かわりにあずきでも出しましょうかあ?」


 いや水樹はいるだろ……。

 僕は一体誰なんだよ。

 見かねて出て行こうとすると、背後の気配に気づいた二人は、こっちに振り返って通せんぼしてきた。

 

「こっから先は危険です! 魔物がおしよせてきてます!」

「ここはわたしたちに任せて! ぜったい守るから!」

 

 なんなんだ、その玄関の敷居を守ってどうするんだ。

 妹達がこっちに押し寄せてくる頭越しに、伊織と視線があう。

 

「あっ、水樹……」

「伊織、ご、ごめん昨日は……」

「ちょっとっ」

「させるかっ」


 泉が伊織に、雫が僕の前に立ちふさがり、バレーのブロックよろしく、腕を上げて手でさえぎってくる。

 二人は背中合わせになって、目の前の敵は任せたぜ! とでも言わんばかりのチームワークを発揮していた。

 こういうときだけやたら息が合う。それだけに地味に邪魔。

 こうなったらもう力づくで押しのけるしかない。

 

「やぁだちょっとどこ触ってんのっ」


 そしたらこれだよ。

 触ったのひじ、とかですけど、どこだったら触ってもいいんでしょうかね……。

 僕がぎゃあぎゃあ騒ぐ雫に手がつけられなくなっている一方で、伊織は伊織で泉に妨害を受けているようだ。

 というか見たら泉は伊織の胸元にがばっと抱きついていた。

 完全に動きを封じてはいるが……なんで抱きついてるんだあいつは。あのまま自爆でもしそうな勢いだ。


 なにかカオスな状況になってしまった。

 しかしなるほど、そういうことか……。

 こうするために、二人は朝からスタンバっていたわけだ。

 おそらく伊織がまた迎えに来るのではないかと当たりをつけていたのだろう。


 僕は伊織が来てくれるなんて思ってなかったので、正直驚いている。

 そしてなんだこの胸の高まりは。ちょっと目が合っただけなのにヤバイぞ。

 うそ、やだ伊織クン来てくれたんだ……。

 ……ってなんで僕のほうが少女マンガのヒロインみたくなってるんだよ、アホか。

 

 だけど妹達にここまで激しい抵抗を受けるとは。

 これは伊織と一緒に、というのは無理くさいな。

 とりあえず先に行っててもらって、途中で合流するようにしたほうがいい。

 僕がなんとか伊織にアイコンタクトを送ろうとしていると、外のほうから第三者の声が聞こえた。


「おーなんだ? 朝っぱらからなにを玄関前で騒いでるんだ」


 のそっと伊織の背後に、ジャージ姿の父さんが現れた。

 やはり父さんはすでに起きていて、朝から外を走っていたらしい。

 その人影を認めるや、雫と泉はぱーっと蜘蛛の子を散らすようにして家の中に戻っていった。

 父さんは妹たちの逃げっぷりを見て一瞬ヘコんだ顔を見せたが、すぐにキリっと顔を作る。

 

「おっ、もしかして君は伊織ちゃんか。大きくなったなぁ」

「は、はい、どうもご無沙汰してます」

「あぁ、どのぐらいぶりかわからんぐらいご無沙汰だねぇ。しかし美人になったなぁ。まあ俺は伊織ちゃんが子供の時からそうなると思ってたけど」

「そ、それは……あ、ありがとうございます」


 たどたどしく頭を下げる伊織。

 父さんはフレンドリーに物知り顔をしているが、伊織と父さんが直接会っているのってほとんど見た記憶がないし、そんな親しい感じでもないだろう。

 本当に小さい時ちょろっと見たぐらいじゃないのか?

 それで伊織もどう接するべきか、距離感がわからないのではないだろうか。


 だが本人は細かいことは気にしないとばかりに、無遠慮な視線を伊織の全身に投げかけている。

 「ほーう」とか感心したような声を上げているが、あまり見ているとこれは事案になるのではないか。

 しばらくそうした後、ちょっと失礼、と伊織をのけて玄関の中に入ってくると、父さんは立ちつくす僕と伊織の顔を交互に見た。

 それでなにか察したのだろう、にやり、と意味ありげな笑みをこちらに浮かべてきた。


「いやー俺はお前を信じてたよ、信じてた信じてた」


 ばんばん、と肩をたたいてくる。

 きっと昨日の僕の言い分のことだろう。

 伊織が今ここにいることで、僕の話に一気に信憑性が生まれたわけだ。

 信じてた、というが本当に最初から信じてくれていたのかは非常に疑わしい。

 

「まあいろいろあったが、結果オーライだな。ちょっと待ってろ」


 そう言って家に上がると、どんどんと階段を登っていってしまった。

 なんだろうと思って待っていると、父さんはすぐに階段を下りてきた。

 その手には、昨日没収した僕の携帯が握られていた。


「疑って悪かったな。ほら」

 

 携帯を手渡された。

 意外にもすんなり返って来てしまった。昨日の僕の葛藤は一体。

 父さんは、そのやりとりを不思議な顔をして見ていた伊織にむかって言う。

 

「まあ、できたらこれからも仲良くしてやってくれるとありがたい」

「はい」

「そろそろ出ないと遅れるか? じゃ、いってらっしゃい」


 そういい残して、父さんはリビングへと入っていった。

 これから妹達に説教でもを始めてまた失敗するのだろうか。


 なにはともあれ、こうしてやっと伊織と二人だけになることができた。

 すぐ話したいことはあったが、思いのほか時間を食ってしまい、ここで悠長に話しこんでいる時間はあまりない。

 

「え、ええっと荷物だけ取ってくるから、ちょっと待ってて」


 すでに学校に行く用意は終えている。

 僕は伊織にそう告げて、カバンだけ取りに一度部屋へと引っ込んだ。



◆ ◇



「ごめんお待たせ、じゃ急ごう」


 バスに遅れたらマズイ、ということでお互い同意して、小走りに近い早歩き。

 僕が半歩先を行く形になっているが、その間会話は全くない。


 実はバスに遅れるかも、というのは半分建前で、普通に歩いてもまだ十分間に合う時間だ。

 ならなぜこんな急ぐフリをしているのかというと、いざこうして二人になると変に気まずいということに気づいてしまった。

 本当はさっさと昨日の出来事の確認なり、連絡が取れなかった弁解なりすればいいんだけど、なんというか……なんだこの感じ?

 それは伊織も同じなのか、無言で後についてくる。

 いや、というよりこの変なオーラは伊織のほうが出してきている気すらする。


 そんな感じでバス停についてしまった。

 思ったとおり時間は早く、バスはまだ来ていない。全然余裕だった。

 

「間に合ったか……」

「みたいね……」


 何だこの白々しいセリフは。間に合うに決まってるだろう。

 と自分のセリフに心の中で突っ込んでしまう。

 そして謎の沈黙タイムがやってきた。本当はいろいろと話すことがあるだろうに、なぜかお互い黙ってしまうというこの奇妙な現象。

 伊織も伊織で、なんでなにも言ってこないんだろうか。

 伊織は二、三歩離れた位置に立っていて、変な距離がある。


 沈黙をごまかすように、僕はさっき返してもらった携帯を取り出し電源を入れる。

 やはり伊織からの着信が何度かあり、メールもきていた。

 ヤバイな、これはもしや……、いきなり無視して怒ってるのかなぁ……。

 僕が携帯を取り上げられていたこと、さっきので察してくれていたらいいなあ。

 

 などと別のことを考えながら手を動かしていると、いくつかのメールの中に、一つだけ差出人の違うものを見つけた。

 嫌な予感がするそれを、どうしてか僕は真っ先に開いてしまう。


『さすがみーくん、やっぱやる時はやるね。またまた余計なおせっかいだったかなぁ。じゃ今度からあたしのこと、香織お姉さんって呼んでいいからね。ていうか呼びなさい』


「げっ」


 反射的に変な声を出してしまった。

 沈黙を破る一声がこれとは。

 スルーされると思ったが、伊織はまるで僕が何か言い出すのを待っていたかのように、近寄って顔を覗き込んできた。

 

「どしたの?」

「あ、いや……」


 なんでもない……と返しそうになったがなんでもなくはない。

 この変な感じになっているのを正すチャンスなのに。 

 それにごまかしてもしかたないので、僕は思ったままの疑問を口にした。

 

「……あのさ、香織さんに、なんか言った?」

「え? あ……。あはは……昨日、ちょっと舞い上がっちゃって」


 ご丁寧に、ご報告をしてくれたわけだ。

 これは……うかつな言動をすると、今後全部報告されそうでコワい。

 いろいろと香織さんに筒抜けになると思うと、やりづらいな……。


 だが今のやりとりのおかげで、謎の話しづらい雰囲気が消えた。

 もうここしかない、と僕は意を決して切り出す。

 

「あの……確認なんだけど……、伊織は、その、本当に僕と、……つ、付き合ってくれるの?」


 僕にしてはあまり噛まずに言えたが、内心バクバクだ。

 いきなりそう来ると思ってなかったのか、伊織ははっ、と表情を変えた後、うつむきがちになって答える。


「それは……、私のほうが聞きたいんだけど」


 意外な返しを受けてしまった。

 言われてみると僕はあの時、適当にオッケーを連呼しただけで、きちんと返事をしたわけじゃない。

 

「ぼ、僕は……もちろん、いいよ」

「……本当?」

「ほ、本当」

「うん……」


 伊織は軽くうなづく。

 が、どうも腑に落ちないようで、そのまま視線を地面に落とす。


「本当、かぁ……。うーん……」


 そしてなにか考える風に小さく首をかしげた後、再び聞きなおしてきた。


「それで私のこと、どう思ってる?」


 やっぱそうくるのね。

 てかそれを聞きたかったわけだ。

 告白の返事が、いいよ、本当、だけじゃ納得いかないってことだろう。

 ここで下手を打つと、まだどう転がるかわからない。

 ギャルゲーで言うなら、これは個別ルートに入るか入らないかの瀬戸際の選択肢だ。

 けどさすがの僕もこれだけお膳立てされたら、伊織がなにを求めているのかぐらいはわかる。

 僕は一度咳払いをした後、からからに乾燥した口を開いてその言葉を口にする。

  

「う、うん……、す、好き……だよ」


 とたんに伊織がぱぁっと笑顔になった。

 よかった……。なんて? 聞こえないんだけど? とか言われたらどうしようかと思った。

 でもなんか、よくできましたって感じがして……まあいっか。

 言わされた感はあるが、僕の本心であることに変わりはない。

 第一こんな変な感じになっているのも、僕のヘタレな態度が原因なわけだし。


「よかったぁ。きのう電話してもメールしても、全然、反応がなかったから……」

「ああ、ごめん、昨日ちょっともめてて、父さんに携帯取り上げられちゃってね」

「うん、電話した時雫ちゃんが出て、騒いでたのが聞こえたから、なんかあったんだろうなとは思ってたけど……」


 そういえば雫が勝手に出てた電話があったな。

 あの時ぎゃあぎゃあやってたから、不審に思ってもおかしくないか。

 

「それでその……もう大丈夫なの?」

「え、なにが?」

「その揉め事は」


 全然大丈夫ではない。

 だけど、僕が伊織にとられるのが嫌なんだって、とか自分で言うのもなにか恥ずかしいな。

 

「なわけないわよね……」


 黙っていると、伊織は僕の顔色から言わんとすることを読み取ったようだ。

 さっきのを目の当たりにして、おおよそのことは察しがついたのだろう。


「不思議なんだけど、なんで私、二人にあそこまで嫌われてるのかなぁって」

「ええと、それは……」

「だって昔は仲良かったのよ、知ってるでしょ? 三人で遊んだりもしてたし。それであんたに邪魔されてたぐらいだから」

「えっ、ち、ちょっとそれは記憶にない……」


 それガチで封印されし黒歴史なんじゃないですか?

 いや違う違うそんなわけない、なんで僕が妹達と伊織の邪魔しなければならないんだ。

 まあ、確かに三人は仲良くしてたなっていう印象はあるけど、伊織はなにか記憶違いをしてるんじゃないかな。


「いやいや、むしろ邪魔したのは伊織のほうじゃ」

「してないって。違うでしょ、なに言ってるのよ」

「だって妹達は僕のことが好きでしょうがないわけだから」

「は?」


 は?(威圧)をリアルに見た。

 だってしかたないじゃないか、僕は事実を言ったまでだ。

 そうだこれは厳然たる事実だ。


「昔から思ってたけど、あんたも相当なもんよね」

「そ、相当な?」

「はぁ……。やっぱそこは、避けては通れないか……」


 大きくため息をつく伊織。

 そして難しそうな顔になった伊織に、なにを言えばいいか迷っていると、バスがやってきた。


三日連続で更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ