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「ねえどういうこと? なつみなんてムシしろっていったよね?」
帰宅後早々、僕は妹たちの部屋に引っ張り込まれていた。
なぜか正座させられている僕の前には、腕組みしてふんぞり返った雫。
「いえ、あれは違うんです。乗っ取りです」
「なにそんなくだらないウソついてるの? なつみがまた家に遊びに行くってうるさいんだけど?」
「は、はは……。な、仲いいじゃないか」
「だから違う! もうわかってるでしょ? ……なつみがお兄ちゃんのこと好きなの」
「えぇっ!」
もしやとは思っていたが、まさかのまさかでそんなことになっていたとは。
雫が言うということは、本当に……。
「今ちょっとうれしそうな顔したでしょ! なぁに? あわよくば付き合いたいとか思ってるわけ?」
「い、いやそういうわけでは……」
可愛いとは思うけど、そういうのとは違うなあ。
ていうかうれしそうな顔ぐらいしてもいいだろう。
「あっそう、そういう気はないんだ。ならいいや、言っとくね」
出た鬼畜伝言ゲーム。
なつみちゃんがかわいそうになってきたぞ。
「……はぁ。わたしだけにメッセ送ってきたのかと思ったら、いろんなとこに送ってるみたいだし? どういうつもりか知らないけど」
それは僕も知りたい。ほんとどういうつもりだろうね。
雫はおもむろに自分の携帯を操作して画面を見せてくる。
「この雫に24時間耳元で囁かれたいってなに? さすがにちょっとこれはキモいんだけど」
「僕も全くの同感です。お手数ですが今日のメッセージは全て削除してもらっていいですか」
僕は丁重にそう依頼した。
あんなものが残ってしまっては末代までの恥だ。
だが雫はなにを思ったのか、僕のそばまで近寄ってくると、いきなり耳元で囁いてきた。
「……そんなに雫の声が好きなの?」
思いっきり作った声だ。吐息が耳に軽くかかる。
はふう、脳がとろけるう……。
僕は一瞬にして正常な思考能力を失った。
「はい、最高です」
「ふ~ん、こんなふうにされたかったんだぁ」
「はい、そうです」
「んふ、じゃあ、なつみはブロックしておいてね」
「はい、わかりました」
「あ、雫以外は全員ブロックしてもいいかなぁ」
いかん、体が勝手に雫のいうことを聞こうとする……。
だがこれは逆らえん。
ささやいてくる声に従い、僕はふらふらと携帯を取り出す。
画面を見ると、伊織からなにか連絡が来ているようだ。
「なんか来てるじゃん、見せて」
「あ、はい……」
携帯を献上しようとしたその時、がちゃりと部屋のドアが開いた。
僕はその音ではっと我に返り、慌てて渡しかけた携帯を引っ込める。
入ってきたのは、制服姿の泉だった。
「あ、泉……」
ヤバイ、泉にもさんざんやらかしているために、いきなりなにが飛び出してくるかわからない。
意味深ななでなでを要求されるかもわからん。
と思ったが、泉は死んだような目でちら、と一瞬こちらを見て素通りすると、黙ったまま自分の机にカバンを置いて荷物をかたづけ始めた。
雫もその異様な態度がひっかかったらしく、なにあれ? みたいな目線を送ってくる。
もしや、僕の送ったメッセージがあまりにキモすぎて完全に引かれたか。
ここは先手を打って誤解を解かねば。
「お、おかえり泉。あの、今日送ったやつのことなんだけど」
「……おめでとうございます」
「は?」
いきなり祝福された。
おめでたいことなぞ一つもないというのに。
「そ、それってなに、どうしたのいきなり?」
「兄さん、付き合うんですってね。牧野伊織さんと」
ぼそっと言われたので一瞬なんだかわからなった。
がすぐに、
「「え、えええええ!?」」
僕と雫が同時に叫んだ。
なんでいきなりそんなことを?
いや誰が? あ、僕と伊織か。
どこで? は関係ない。
僕がパニックでわけがわからないでいると、雫が押し倒して馬乗りにならんばかりの勢いでつかみかかってきた。
「ちょっと、お兄ちゃん! どういうことなの!?」
「い、いや僕のほうこそ何の話だかさっぱり……」
「とぼけたってムダです! わたし、見てましたから! さっき公園で、兄さんが告白されて、オッケーするところ!」
いきなりヒステリックな声を上げる泉。
なにを言うとるんだこの子は。またいつもの謎妄想か。
僕はたしかになにかにオッケーはしたが、告白にオッケーをした覚えはない。
というか告白? そもそもなんの告白だ。
「いやいやそれはなんかの間違いだよ、そんな……」
「そんなはずありません。私、帰りに兄さん達が公園に入っていくところを偶然見かけて、こっそりつけてたんです」
……特殊部隊の方ですか?
全く気づかなかった。
「さっきまで公園にいましたよね?」
「いましたけど……」
「好きだって言われてましたよね」
「僕が? 伊織に?」
「そうに決まってるでしょ! 他に誰がいるんですか!」
そういえば確か、好きになっていた、とかなんとか言ってた気もするけど、僕はそれどころじゃなくて完全に聞き流していた。
伊織はやたら過去を振り返っていたから、嫌いだったニンジンがいつのまにか好きになったとかそういうことじゃないのか。
「それで大丈夫大丈夫オッケーオッケーって返してたじゃないですか! ってことは、それはもう付き合うってことですよね!?」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなんですかじゃないです、ふざけないでください!」
どうも敬語が移ってしまう。
鬼すら殺しそうな勢いで睨みつけられている。
こうなってしまうと泉はもう手がつけられない。
ちょっとなんとか言ってやってくれよ雫、と雫に助け舟を求めるように視線を送ると、
「はぁ? なに勝手にオッケーしてんの!? ふざけんな!」
こっちからもブチキレられた。
さっきから二人に連呼されているが、僕は相当ふざけているらしい。
だがちょっと待ってくれ。果たしてそんなにふざけているだろうか。
もし仮にそうだとして、僕が自分の意思でオッケーするのってダメなの?
承認得ないとダメ? 賛成過半数超えないとダメなわけ?
とはいえ僕はまだ泉の言うことを疑っている段階だ。
大体、女の子からの告白を、ろくに聞いてなくて適当に返事した、なんてあるわけないじゃないですか。
この時点で、僕はまだ冷静だった。どうせまた泉の早とちりだろうと。
「ち、ちょっと待ってちょっと待って。やっぱりなんか、泉が勘違いしてるんじゃないかと……」
「勘違いは兄さんでしょう!? じゃあ今、電話して牧野伊織さんに確認してみてください」
さっきからなんでフルネーム呼びなんだよ……、はとりあえず置いといて。
電話か……。
そういえば、あとで電話するからって言われて別れたような。
あれ、そもそもどういう流れでそうなったんだっけ。
僕はさっきのやりとりを少しずつ思い出してみる。
……ん?
今一瞬背筋にひやりとしたものを感じた。
かすかに思い当たらないフシがなかったりしないでもないからだ。
あれがこうで、で、あの反応で……。
……ん? んん?
とりあえず携帯を見て、伊織からのメッセージを確認してみる。
『なんか、いきなりでごめんね。でも、今日がホントに、今日言わないとこれから無理だと思って。朝、迎えに来てくれて、うれしかったから……(照れの絵文字)』
なんだこの意味深なメールは……。
だがこれは……。
急にどっと冷や汗が流れ、ケイタイを持つ手がガクガクと手が震えだす。
まさか、僕が聞いてなかった部分って、もしかしてそういうことなのか?
いやでもああいう流れで、告白とかそういうのされると思ってなかったし……。
僕が重大な過失に気づき始めたとき、横からぱっと雫にセルフバイブレーションしている携帯を奪い取られた。
「あっ」
そして携帯を見た雫の形相が、みるみる鬼人化していく。
ヤバイ、これスーパーアーマー付きで殴ってくるやつだ。
僕が恐怖におそれおののいていると、次の瞬間、どういうわけか雫はぱっと笑顔に戻った。
そしてそのまま僕に密着せんばかりに接近してくる。
何だ今の変化は。逆にスマートになった第三形態か。
僕はあまりの戦闘力の違いに震えて動けなくなっていると、雫が耳元でささやいてきた。
「断って。いますぐ」
「……はっ、」
はい、仰せのままに。と言いそうになるのをなんとかこらえた。
これは悪魔の囁きだ。
正直言うと、うれしくないと言ったら嘘になる。いや、というかすごくうれしい。
だが、うれしさ、驚き戸惑い、妹たちへの恐怖が二・一・五ぐらいの割合になっている。
断って、と言われても、すでにOKを出しているわけだからやっぱりやめた、とかっていうのは無茶だろう。
というか、ちゃんと伊織の告白を聞いていたとしても、グダりながらも僕はきっとOKをしていたと思う。
……そうだ。そうなんだ。
だからここは、僕がきっぱり言ってやらないとダメなところなんだ。
「……僕は、べつに、その、こ、断る気はないよ」
「はあ? 大体お兄ちゃんに彼女なんて百年早いんだよ! おとなしく二次元でハアハアしてればいいの!」
「それは一生彼女を作るなっていうことになるけど……」
「兄さんヒキョウです、二次元にしか興味ないフリをして、そうやって裏でコソコソやってたんですね! 完全にだまされました!」
「それは泉が勝手にだまされてただけでしょう」
ダメだ、ガンガン罵倒が返って来る。
どうやら僕の話を聞く耳を持たないらしい。
「言っとくけど、あの女だけは絶対ダメだから」
「そうです、ダメです」
奇跡の確率で二人の意見が一致する。
なぜそうまでして、伊織を目の敵にするのか。
本当にずっと前から謎だった。
「それは、なんで?」
「そ、それは……え~っと、くそビッチだから」
雫は目を泳がせながら答える。
ここにきてそんなしょうもないことを言うとは、これはきっとウソだな。
「泉は?」
「……く、くそびっち、だからです」
雫のマネをした感がすごい。
実は伊織は裏ではガチのとんでもないビッチだった、なんてことは……あるわけない、はず。
本当は何か別の理由があるんだろう。
やはりそれを言ってくれないことには、こちらとしても再考の余地はない。
「それはちゃんと言ってくれないと僕もわからないからさ。その理由によっては、僕も考えなくもないけど」
話したくないのか、雫は小さくうつむいただけだった。
だが泉は僕のその言葉に活路を見出したのか、少し迷うそぶりを見せた後、ためらいがちに口を開いた。
「……だって、彼女できたら、わたしの相手はもうしてくれないんでしょう? ……ただでさえ雫ちゃんがジャマだっていうのに」
「はぁあ? ジャマなのはそっちでしょ? いちばん下のぶんざいで!」
「下かもしれませんけど、わたし雫ちゃんをお姉ちゃんだと思ったことは一度もないですー」
「な、なんだとぉ!?」
今度は二人で言い争いが始まった。
しかしなるほどわかったぞ。簡単なことだった。
要するに二人は、僕を伊織に取られたくないということなんだろう。
それでこんなに必死になってるわけだ。なんだ、そう考えればかわいいもんじゃないか。
それならこれまでの無茶な命令や暴言も笑って許せるというものだ。
で、こういう場合、彼女と妹どっち取るかっていったら、普通は妹……。
――って違う違う待て待て!
危ない、今ナチュラルに妹を選択しそうだった。
そもそも妹を選択するってなんだよ、ありえないだろう。
「とにかくダメなの! わかったでしょ!? 相手がなつみとかだったら、ふーん楽勝って感じだけど、あの女だけは危険なの!」
なにがどう楽勝なんだよ。倒す気か。
伊織は嫌われているようでいて、逆に認められているということか。
その時、雫が持っている僕の携帯が震えだした。
はっとそちらに目をやると、雫は画面を見るなり、通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
「おかけになった電話番号はげんざい……」
「あっ、なに勝手に出てる……」
「泉ちょっと捕まえてて!」
雫が叫ぶのとほぼ同時に、いきなり後ろから羽交い絞めにされる。
さすがに泉の力に押さえられる僕ではないが、ふと背中に当たる感触に気づくなり急に力が抜けた。
抜いたのではなく抜けた。ここを間違えないでほしい。僕は動け、なぜ動かん、と必死でやっている。
なので抵抗しないのは僕のせいではない。たぶん。
泉が頑張って抱きついているので、やさしいお兄ちゃんの僕は、それを振りほどくなんてひどいことはしないのだ。
いやでもこれは、わざとじゃないか、わざと押し付けてきてるのでは。
いつの間にこんなに大きくなったんだ……? とやっているうちに電話は切れたようだ。
というか雫によって切られた。
雫は、もはや怒りを隠さない最終形態にシフトしていた。
「電話なんてかかってきて、ホントのホントに、そういうことになってるみたいだけど……、これ最初泉に見つかってなかったら、どうするつもりだったわけ? 隠れてこそこそやる気だった?」
「いやっ、僕は思い違いしていて……、そもそも告白されたなんて思ってなくて、」
「そうやってウソをつくのはこの口かなぁ? うん?」
「あーいたい、いたい!」
ぐぃぃっとほっぺたをつねり上げられる。
僕はいぜんとして泉に後ろから変な体勢でホールドされているので抵抗できない。
厳密にはその気になればできるけどできない。
そうして僕が変な性癖に目覚めてしまいそうになっていると、突然ガチャっとドアが開いた。
「おーい、おまえらちょっとうるさい……」
現れたのは父さんだった。
彼は自分の息子が、実の妹に羽交い絞めにされて、いじめられている姿を見た。
そう、彼はその光景を見るなり絶句した。絶句したのです。




