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「ちょっと公園、寄ってかない?」
学校からの帰り。
バスを降りると、伊織は隣を歩く水樹にそう提案をした。
そんなことを言ったのは、少し思うところがあったからだ。
それにお互いの家はもうすぐそこ。
このままだとあと五分もしないうちにお別れになってしまう。まだ一緒にいたい、という気持ちがもちろんある。
授業が終わると、伊織は少し強引に水樹を誘って、一緒に学校から帰ってきた。
これまでは距離をとられている気がして、待ち伏せとか偶然会った風を装ったりとかしていたが、バカらしくなってきたからだ。
それに先輩にいとも簡単に言い当てられてしまい、大胆になったというのもある。
ぐずぐずしていると、他の子に取られちゃうんじゃないの? だとか携帯にメッセージを送ってこられたが本当に余計なお世話だ。
と、思いながらも、それがボディーブローのように地味に効いていた。
結局あの後は、教室で水樹と美歩と共に昼食を取った。
最初に教室に乗り込んできた時点ではどうなることかと思っていたが、水樹は意外におとなしくなっていた。
美歩と話しているところに無理やり割り込んできたりはせず、ちょくちょく携帯を取り出しては難しそうな顔でにらめっこしてばかりいる。
話題を振られない限り自分からは何も話さない。
よせばいいのに美歩がなぜかしつこく話を振っていたが、水樹は二言、三言少し返すだけで終了。
話す気がないのかただのコミュ障か。
それ以外は食う、携帯を見る、それの繰り返し。
こいつ何しに来たんだろう、と伊織が思うころには、昼休み終了五分前。
「しゃあ、そろそろ」とだけ言い残して、水樹は自分のクラスに帰っていった。
本当に不思議な男だ。朝からだんだんとテンションが下がってきている気がする。普通は逆だろうに。
そのころになって、水樹と入れ違いになるように、姿が見当たらなかった茜が戻ってきた。
聞くところによるとさっき絡んできた男とずっと一緒だったらしいが、割とどうでもよかった。
夕暮れの公園はまばらに小学生ぐらいの子供が数人いるぐらいで、閑散としていた。
伊織は先に立って歩きながら、辺りをぐるりとながめつつ、水樹に話しかける。
「昔はこの公園、すごく大きく感じたけど、今はそうでもないわよね」
「ああ、まあ、言われてみれば」
「あそこの砂場とかさ、よく遊んだわよね」
「ああ~そうかも」
「やっぱりなんか、懐かしいわね~」
「はあ……まあ」
伊織はなんとも言えないノスタルジーを感じていい気分だというのに、水樹の態度はそっけない。
朝のアレは本当に別人だったんじゃないかと思うほど、ノリが悪いし歯切れも悪い。
そんなこと言うけどいつも公園の横通ってるやん、とでも言いたそうな空気を水樹から感じたが、きっと気のせいだろう。
水樹の煮え切らない態度に歯がゆく思ったが、でもこいつってこんな感じだよな、と思い返す。
二人きりでいい雰囲気だというのに、それを自ら指摘してぶち壊しにすることもない。
そんなことを考えていると、やっと水樹のほうから話題を振ってきた。
「そういえば、あれ……、朝のあれってどうなったの?」
「あれって?」
「その……こ、告白されて、どうこうっていうの」
「あ、ああ~、あれ? あれは……別に大丈夫になったから。もう終わったし」
「え、そうなの?」
ちょっと焦った。
そういえばあの話、まだ途中だった。
向こうからは全然触れてこなかったし、もう自分の中では解決していたので終わった気でいた。
水樹はまだ不審そうな顔をしているが、無理やりなんでもない風を装う。
似たようなことは今までもあったが、今回はちょっとマジだっただけにぎこちなさが残る。
ごまかすように歩みを進めて、さらに奥に入っていこうとすると、広場の隅っこの、くたびれたベンチが目に留まる。
伊織は、そこで思わず足を止めてしまった。
なぜなら、そのベンチを見たとたん、急に思い出したのだ。
あそこに、ひとりぼっちで座っていた自分の姿を。
――そうだ、あの日は、確かお姉ちゃんとケンカしたんだった。
お姉ちゃんがとても優しくて大好きだった。
一緒なって遊んでくれたり、勉強だって見てくれたり。
お母さんがいつも忙しそうにしていてあまり聞いてくれない分、いつもお姉ちゃんが話を聞いてくれた。
しっかりしていて、いろんなことを知っていて、教えてくれて。
お姉ちゃんは私のあこがれだった。
お姉ちゃんは六つも年上で、そのころの私がするような遊びは、お姉ちゃんにとってはきっとつまらなかっただろう。
私の話を黙って聞くのだって、きっと退屈だったに違いない。
でもそんな素振りは絶対見せなかった。お姉ちゃんはいつも優しかった。
いつも私のことをかわいいかわいいって言ってくれて、少しわがままを言っても、できることなら叶えてくれた。
だから、友達がいなくてもお姉ちゃんがいるからいいって思ってた。
その日も私は、お姉ちゃんが聞いてくれるのをいいことに、好き勝手にしゃべっていたと思う。
そしてそれを、私は何かの拍子に口にした。
「ダメだよ伊織、ちゃんと他の子とも仲良くしないと。そんなこと言うなら、お姉ちゃんだって伊織と遊んであげないからね」
そう言われて、すごくショックを受けたのを覚えている。
だって、お姉ちゃんはずっと私の味方だと思っていたから。
まさかそんなことを言われると思わなかったから、ちょっとケンカみたくなっちゃって、その日はいつも以上に落ち込んでた。
家にはいたくなかった。かといって行くところもなく、結局落ち着いたのは近くの公園。
その時私は、あのベンチに座って、泣いてたと思う。
公園には他にも遊んでいる子がいたけれど、そんな私を誰も気にもとめなかった。
私はそういう扱いだったから、元から誰かに気にかけてもらおうなんて思ってない。
でも本当は、誰かに話しかけてもらいたかった。これでお姉ちゃんからも嫌われたら、私は完全に一人ぼっちだったから。
「ねえきみ、どうしたの?」
頭の上から声がした。私はうつむいていた顔を上げる。
するとそこには見たことのない男の子が、まっすぐ私を見つめていた。
私に、話しかけてきていた。
私はどきりとした。
いきなり話しかけられたこともそうだけど、その男の子の笑顔がとてもまぶしくて、キラキラしていたからだ。
そう、まるで王子様みたいな……。
私は子供ながらに思った。王子様が、一人ぼっちのわたしを迎えに来てくれたんだって。
でも私はひねくれていたから、すぐに思い返した。なんて、そんなことあるわけないよねって。
私は慌てて袖で顔をぬぐうと、いつもの仏頂面で答えた。
「別に、どうもしないけど」
「ふうん、そう。きみ、このへんの子? 僕、さいきん引っこしてきたんだけど」
最近引っ越してきた。その言葉を聞いて、私ははっとした。
引っ越してきたってことは、この子はまだ私のことを知らないんだ。
みんなから嫌われていることも。仲間はずれで、ひとりぼっちなことも。
それだけで、心が軽くなった気がした。いきなり指を差されるような事はないんだと。
私は無理やりちょっといい顔を作って、気取って見せた。
「うん、そう。近くにすんでるの」
「そうなんだ。きみかわいいね。名前は?」
かわいい。
その一言が、一気に私の心を重くさせた。
やっぱり、それかと。
普通なら喜ぶところなんだろうけど、私はその逆だった。
それは、私が今こんなことになっているのも、それが原因なんじゃないかって、子供ながらに思っていたからだ。
自己中で頭も悪いくせに、かわいいだけで男子からもててるとかって、女子の間で陰口を言われているのを知っていた。
お姉ちゃんも私のことをかわいいかわいいって言うけれど、それ以外で私がなにか褒められたっていう記憶がない。
私には中身がないんだ。
だから、いくらいい顔をしたところで、最初はよくても、いずれそれに気づかれてしまうに決まってる。
そう思うと、仲良くなるのが怖くなった。
「ねえ名前は?」
「……なんで教えなきゃいけないの?」
私は元の無愛想な顔に戻って、ぼそりとつぶやいた。
まさかそんな風に返されると思ってなかったのだろう。向こうもあっけにとられた顔をしていた。
少し胸が痛んだ。またやっちゃったなと思った。
「女の子にそんなふうに言われたの初めてだなぁ」
怒って捨て台詞の一つでも吐いてどっかにいくだろう、と思っていたが、なにが面白いのか男の子はにやりと笑顔になった。
そして、いなくなるどころか、身を乗り出すようにして話しかけてきた。
「ねえねえ逆にきくけどさ、なんで教えてくれないの?」
「え、それは……」
予想外の返しに戸惑ってしまう。
「……知らない人には、名前教えちゃいけないから」
「それじゃ一生誰にも教えられなくない? ぼくは、みずきっていうんだけど、これでもう知ってる人でしょう」
「みずたき……」
「かってに鍋にしないでくれる? で、きみは?」
「わ、わたしは……、かおり……」
「ふーん、かおりちゃんっていうのか」
「の、妹」
「なんだよそれ。自分の名前教えないくせに人の名前はかってに教えるなんてひどいね」
そう言って、男の子はけらけら笑っている。
つられて私も笑いそうになったが、我慢した。
「君変わってるね。なんか面白いかも」
そう言われて、不思議な気分になった。
面白い、なんて今まで言われたことなかったから。
いくらかわいいね、と言われても何も思わなくなっていたのに、その一言が私の心を揺さぶった。
「それにかわいいし」
やっぱりそれか。今のは機嫌を取っただけで、また同じ。
そのへんの男子と変わらない。
とりあえずノリで言っただけで大した意味はなかったんだ。
でも次の一言で、私は自分の耳を疑った。
「まあでも、僕の妹の方がかわいいけどね」
は? ときっと私は間抜けな顔だっただろう。
いきなりなにを言い出すんだろう。ふざけているのか、と思った。
だけどそれから妹は笑うとかわいいだの、声がかわいいだの。絵が上手だの、さんざん妹の自慢話が始まった。
私がかわいいから話しかけてきたんだと思っていたのに、しゃべりだしたのはひたすら妹の話。
それきり私のことなんて、全然聞いてこない。それこそ名前だけ。
こっちは無視してるにもかかわらず、一人で延々としゃべっている。
呆れて物もいえなくなっていると、小さい女の子が二人、公園にやってきた。
するとその姿を見るなり、男の子は私のことなんてほっぽってさっさとそっちに行ってしまった。
なにこれ、一体なんだったの?
観察するとどうやら、あれが話の妹らしい。
かわいいって一体どれだけのものか、確かめてやろうと思った。
これでブスだったら大笑いしてやる、なんて意地悪なことを考えていた。
だけど、実際二人を見たら焦った。
それなりに、いやかなり容姿に自信はあったが、あの子たちを見たとき一瞬負けた、と思った。
いやでもそんなことない、ていうか負けてないと思うけど、なんて強がってもいた。
それから、あの子たちには負けられない、と私は勝手に対抗心を燃やしていた。
今となってはよくわからないけど、水樹がうらやましいだろと言わんばかりに自慢しているのが気に食わなかった、というのがことの始まりだと思う。
今もそんなこと思ってるわけじゃない。
……いや、正直言うとちょっとは思ってるけど、そんな対抗心、なんていう言葉は全然そぐわない。
だけど、思い出してあらためて気づいた。
今までずっと踏ん切りがつかなかったのって、そのせいもあったのかなって。
私はベンチから水樹のほうに視線を移動して、尋ねた。
「初めて会った時のこと、覚えてる?」
「え? あー……、覚えてる……、かも」
「やっぱり? お互い結構……インパクトあったよね。私、その時はなにこいつ、頭おかしいんじゃないのって思ってたけど……」
妹に負けたら恥ずかしいとか。
今は私のほうがかわいくなってるんじゃないかとか。
「でも、なんか気づいたら、いつの間にかね」
そういう余計なことを考えるのはもうやめた。
今は単純に、自分に素直になりさえすれば、それでいい。
「好きになってたみたい」
次からやっと水樹に視点が戻ります。




