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昼休みの購買は、なんだかんだで教室を出遅れたのもあって、ちょうど混雑の真っ只中だった。

 普段は購買に来たりはしないので、意外な人の多さに少し辟易する。

 遠目から見た感じでは、種類は少ないがお弁当もあるようだ。だがあくまでパンやサンドイッチなどがメイン。

 悠長に選んでいる暇はなさそうなので、適当に見繕ってさっさと切り上げたいところだ。

 

「混んでるね~、私も、飲み物だけ買おうかな」

「……あれっ? 美歩?」

「え?」


 後ろから美歩の声がしたと思って振り返ったらやはり美歩だった。

 お互い狐につままれた顔で見合う。

 教室を出てすぐゴタゴタがあったせいで、美歩の存在をすっかり忘れていた。

 ずっと後をついてきていたのか。水樹も何も言わないから気づかなかった。


「混んでるし、私ついでに買ってこようか」

「いいの? ありがとう」

「いやそんな、悪いね伊織」

「あんたは自分で買いなさいよ」


 水樹が横からさらりと便乗しようとしてくる。

 なんでこいつの分も私が買ってこなきゃならんのだ。

 まったく、僕が買ってくるよぐらい言えないものか。まあそんな期待は元々していないが。

 

 意を決して混雑の中に飛び込んでいく。

 そこですぐ、なぜか先頭を切っていることに気づく伊織。

 購買の前に来るまでは、水樹が意気揚々と先を進んでいたくせに、いつのまにか前後が交代していた。

 混雑していると見るや、水樹は後ろに回って、要するに人を盾にしやがったわけだ。


 とはいえ文句をたれている余裕もないので、流れに乗ってさっと瞬時の判断でパンをつかんで美歩の分と自分の飲み物も取る。

 さて水樹は、と振り返ると、パンの棚の前で立ち往生してちんたらやっていた。

 まだなにも手にとっていないようなので、近づいてせかす。

 

「早くしなさいよ、もうあれかそれか、そこの三種類しかないでしょ」

「え、伊織の持ってるそれなに? それ最後の一個?」

「知らないわよ、そうなんじゃない?」

 

 いいから早くしろ。見事なまでのこのグダグダっぷり。

 しかもさっきから何回も周りの人にぶつかりそうになってるし。まあ邪魔なんだろう。

 そんな感じでもたついた後やっと決まり、レジに並ぶ。

 大体の金額を計算し、財布からお金を用意して待っていると、後ろに並んでいた水樹がぽつりと一言。


「……あ、サイフ教室に置いてきた」


 ……もうね、アホかとね。

 罵る気すらうせる。


「あーもう、ほら!」


 財布からぴっと千円札を一枚取り出して水樹に押し付ける。

  

「え? あ、あぁ、ありがとう」

「後でちゃんと返してもらうからね?」

「その上ツンデレまで見せてくれるなんて、ありがたや」

「……ふざけたこと言ってると、今すぐ返してもらうわよ?」 


 別に普通だろう。なにがツンデレだというのか。

 ツンデレはまだいいとして、水樹はすぐそういう元ネタ不明な言葉を使いたがるところがある。

 何のアニメとかマンガのセリフだかなんだか知らないが。

 やっとのことで会計をすませ、購買から出て、美歩と合流する。

 

「お待たせ。こいつのせいでちょっと手間取っちゃったけど」

「なにかあったの?」

「それがね、この男サイフ持ってきてなかったのよ」

「えっマジ? えぇー……」

「初歩的なミスだったが……野生のツンデレに助けられた」

「なにかっこつけてんのよ。だからツンデレじゃないっつーの」


 後ろ頭をひっぱたいてやりたかったが、人も多いし目に付きそうなので、出しかけた手を引っ込める。

 くすくすと笑いながら、美歩が口を開いた。


「長瀬くんって、頭いい人っていうイメージだったから、意外だなぁ」

「それは勉強だけで、他はこんなもんよ」

「ふふ。あーでも、もっと意外なのは、牧野さんかも」

「えっ、そ、それってどういうこと?」


 いきなりそんなことを言われて、ちょっとうろたえてしまう。

 

「なんか、いつもの感じと違うから。長瀬くんと仲いいんだね」

「あ、あ~いや、これは仲いいっていうか、まあ腐れ縁みたいなもので。家が近所だから」

「え!? そうだったんだ、それで……。……そういうのうらやましいなぁ」

「ん? なに?」

「ううん、なんでもない」

 

 最後、美歩がなにを言ったのか聞こえなかった。

 もともと声が小さいし、周りががやがやしているからなおさらだ。

 

「じゃあ教室戻ろうか」

 

 さっきの話を濁すように、美歩がそう切り出す。

 買うものは買ったし戻るのはいいんだけど、やっぱりこいつもついて来るんだよね……。

 水樹と一緒に教室で食べるのは、周りの目もあって色々としんどい気がする。

 

「あのさ、たまには別のところで食べない? 休憩室とか食堂でもいいんだけど」

「いいけど、まだ席空いてるかな?」


 美歩の疑問ももっともだ。休憩室なんかはもうほぼ席が埋まっているだろう。

 よく考えると食堂は食堂で人が多いし。


「そっか……でもまあ、どこでもいいんだけどね、外のベンチとかでも」

「休憩室とか外のベンチとかまるでリア充みたいじゃないですかやだ~」

「どっちにしろ私お弁当教室に置いてきちゃったから、一回持ってこないと」

 

 ぶつぶつ言っているバカは無視して、やはり教室に戻るのが現実的か。

 それに茜を放置してきたのを思い出した。このままどこかに行ったら、後で文句を言われそうだ。

 結局教室に戻ることになり、つれ立って一階から教室のある三階への階段へと向かおうとする。


「あれ? 伊織ちゃんじゃん。おっす~」


 購買を離れてすぐ、廊下で声をかけられた。

 伊織はその声に一瞬ぎくっとしたあと、振り返るなり声の主である女子生徒に向かって小さく頭を下げる。


「あ、西野さん、この前はどうも……」

「うんうん。いやー偶然だねー、伊織ちゃんも購買?」

「はい」


 西野は伊織が今ちょっと会いたくない人のうちの一人だ。

 彼女は今回のことの発端となる先輩、なわけだが、今の伊織が置かれている状況からすると、若干気まずい。

 簡単に言うと、伊織に告白した人物を紹介したのが彼女だ。

 

「にしても、もう、なんで伊織ちゃんライン返してくんないの~?」

「あっ、ご、ごめんなさい! わ、忘れてて……」

「あはは、ごめんごめん、そんなビビんなくていいよ、冗談だから」


 西野は伊織の肩をぽんぽんと軽く叩いてくる。

 というのは、おととい遊んだ後、「あいつどうだった?」みたいなメッセージが西野から来ていたが、なんて答えようか迷ってしまい、ほったらかしにしてしまっていたからだ。

 ついさっき顔を見たとたんヤバイ、と思ったが、もうこれ以上それを責めてくる様子はない。


「でもここで会ったが百年目、ちょうどよかった。ちょっとだけ話、いいかな?」

「は、はい」


 とはいえ、やはりこのまま見逃してはもらえないようだ。

 さすがにここで嫌とは言えない。話とは、言われるまでもなく告白の返事のことだろう。

 伊織は頭の中でどうしようどうしようと繰り返しつつも、なんとか水樹と美歩に一言告げる。


「ごめん、二人とも、先に行ってていいから」


 そう言いながらも、無意識に水樹のほうに視線を送ってしまっていた。

 目が合ったが、向こうは特に何を言うでもなく見つめ返してきただけ。

 だけ、とはいっても水樹にしてみたらなんのこっちゃ、という感じだろう。しごく当然の反応だ。

 エスパーでもない限り、伊織の置かれた状況なんてわかるわけがない。

 大体、わかったところでなにをどうしろと言う話でもある。まったく、我ながらおかしなことを言っている。


「あ、えっと、別にちょっとなら……」


 美歩はおどついた顔で、「どうしよう?」と、ちらっと水樹の顔色をうかがった。

 多分二人きりになるのが気まずいのだろう。

 西野はそんな微妙な雰囲気に気づいたのか、二人に向かってにこりと人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「あら、ごめんなさいね~。ちょっと、借りるだけだからね」


 そう言って西野は伊織の肩を寄せて三、四歩、通行のジャマにならない程度に廊下の端に移動する。

 あまり待たせると悪いとでも思っているのか、いきなり本題を切り出してきた。

 

「今日聞いたら青木のやつがさ~、伊織ちゃんから返事がないから、それとなく聞いてみてって。あはは、自分で直接行けないっていう。あいつめっちゃヘタレだよね」


 やっぱりその話だ。

 面と向かって相手と、という最悪な形にはならなかったけど、ここでの返答はダイレクトに本人に伝わるだろう。

 しかしこんな世間話みたいなノリで……、そういうものなんだろうか。

 急に心臓がバクバクいい出して、相槌すらままならないでいると、


「あのー……」


 いきなり横から水樹の声がしてビクリとする。

 いつの間にかそばに来ていた水樹の視線は、伊織ではなく西野のほうに注がれていた。

 伊織は妙な胸騒ぎを覚える。

 今日の感じからすると、水樹はなにか危険な発言をするのかもしれない。

 だけど告白うんぬんの話は、朝からしていたわけだし、もしかすると水樹はさっきの視線の意味を察して……?

 

 一体その口からなにが飛び出すかと、伊織は水樹の横顔に釘付けになってしまう。

 西野は話の腰を折られた形になるが、不快さを表すことなく笑顔のままそれに答えた。

 

「なあに?」

「……あ、いや、やっぱなんでもないです」


 それだけ言うと、水樹はくるりと回れ右して美歩のところに戻っていった。 

 その行動に、伊織はずっこけそうになる。

 なんなんだあいつは、なにがしたいんだ。意味がわからない。

 あきれると同時に、恥ずかしさがこみ上げてくる。

 というか、ここで水樹になにかを期待をした自分が痛い。痛すぎる。

 しかもそのなにか、がそうとう頭お花畑な内容なので、なおさらだ。

 伊織があまりの痛さに頭の中で身悶えている一方で、西野が「うーん」と首をかしげる。

 

「な~んか、どっかで見たことある気がするんだけど、違う子かな?」


 水樹はさっさと引き下がったが、西野のほうは気になったようだ。

 じろじろと品定めをするような目つきで水樹を眺めている。

 同じ中学の後輩なので、どこかでニアミスしていてもなんらおかしくはない。

 だが説明すると話がこじれるし面倒なので黙っておく。

 肝心の水樹は、我関せずとばかりに美歩と楽しそうにおしゃべりをしている。

 

 伊織はなんとなくそんな二人のほうに目がいってしまう。

 よく考えると美歩も後輩なんだっけ……。

 あれ、でも水樹が女子と話してるの、珍しい……。あ、知り合いなんだっけ?

 中学の時、同じクラスだったらしいけど、美歩は覚えていて、水樹は覚えてないって……。

 いやでも、さすがに覚えてないってことはないでしょう、ただの冗談かも……。


「……ま、いっか。でさ、どう? まあヘタレだなんだ言っといてあれだけど、青木も悪いやつじゃないよ~? 顔もそこそこだし、頭もそれなりで。あとサッカーさ、二年でレギュラーらしいし」


 二人とも笑っている。

 なにを話しているんだろう?

 美歩が男子と話しているところもあまり見ないけど、あんな風に笑っているのって初めて見た気がする。

 なにかそんな面白い話あるのかな? あの水樹がそんな面白い話をできるとは思えないし。


「まあ言われたと思うけど、伊織ちゃんのこと中学の時から気になってたらしくて。ぶっちゃけ、あたしもちょっとあいつには借りがあるからさ~……、ってちょっと伊織ちゃん、聞いてる?」

「は、はい?」


 伊織は水樹たちのほうに気を取られていて、西野の話は右から左に抜けていた。

 ……ヤバイ、先輩を無視してなにやってるんだろう。

 

「えと、な、なんでしたっけ?」

「……ふ~ん。かっこいいよね、彼。わりと地味な感じだけど、元がイイのかな」

「え? あ、青木先輩ですか?」

「いやほら、さっきの」

 

 西野は水樹を指差す。

 どうやら伊織の視線の先をたどっていたようだ。

 西野はすました顔のままぽつりと言う。

 

「で、好きなの?」

「な、な、なんですかいきなり!」

「いや、そんな顔真っ赤にしなくてもさ……」


 西野は少し困った表情を見せたが、やがてふぅ、と一つ大きく息を吐くと、にやりと顔をほころばせた。


「ふふっ、そういうこと。なんかやっぱおかしいと思ってたんだよね~、最初から脈はないような気はしてたんだけど。ああ、まあ、無理だわ、こりゃ勝てないわ」

「え、ええっとあの……」

「他に好きな人がいるならいるって、もっと早く言ってくれればよかったのに」


 口を挟む間もなく西野がぺらぺらとしゃべりだすので、なぜか勝手にそういう話になっている。

 だが水樹に聞こえてやしないかとうろたえる一方で、伊織はどこか安堵している自分がいることに気づく。

 変な意地を張らず、最初からこうしておけばよかったんだ、と。


「青木のヤツに言っとくわ。おめえなんてはなから眼中にねえよって。ごめんね、なんか」

「い、いえ、こっちこそ、す、すみません……」

「うわ! 否定しないんだ! へ~そうなんだ~やっぱそうだったんだ」

「えっ、いや、その!」


 どうやら思いっきりカマをかけられていたようだ。

 ……ヤバイ、自分のバカさと恥ずかしさで顔面が爆発しそう。

 いやこれ、マンガだったら絶対ボンって爆発してる。

  

「いいね~その反応。やっぱかわいい~伊織ちゃん。あーもう、あたしも伊織ちゃんと付き合いてぇ~」

「ひ、ひどいですよ先輩、そんな、だますなんて……」

「うはは、なんで~、伊織ちゃんこそ黙ってるのが悪いんだよ。素直に言ってくれれば手伝ってあげたのに~。あ、なんか面白そうだからお膳立てしてあげようか? まだなんでしょ? いろいろと」

「け、結構です!」

「まあ伊織ちゃんならそんな必要ないよね~。うらやまし。……しっかしあたしの勘マジ冴えわたるわ~。ヤっバイ、これ金取れるレベルかも」


 そう言って西野はあごに手をあてて、何事かつぶやき出した。

 結果的に伊織がはっきりしなかったことが原因で迷惑をかけてしまった形になって、なにか文句の一つでも言われるかと思ったが、考え過ぎだったようだ。

 やがて西野は待ち合わせていたらしい他の女子生徒と合流し、満足そうな顔をして去って行った。


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