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「いや~なんかちょっと緊張してきちゃったな」


 バスを降りたところで、全然そんな風には見えない笑顔で櫻井が言った。

 本当に来てしまった。もう少し歩けば、僕の家はすぐそこ。

 

 あれから何度も念を押したが櫻井は平然とした顔で一歩も譲らず、放課後になったら早く行こうぜとせかされあっという間に今の状況。

 雫が家にいるのはすでにメールで確認済み。家庭訪問期間中だとかで学校が早く終わってとっくに家にいるという。

 適当に妹に用ができたとやる手も考えたけど、どの道それは一時しのぎにしかならないし。 

 

「あ、あのさ……、まだ今なら謝れば許してあげてもいいよ」

「は? なにが?」


 最終通告をしても全く聞く耳持たない。

 まだ櫻井の真意をはかりかねている僕は、いろいろ考えすぎて頭が混乱し始めている。

 

 もし仮に……、櫻井が本当にブス専だったとしたら、これは雫にとってはすごくいい話なんじゃないだろうか。

 あの顔ではとうてい男も寄ってこないだろうし、下手するとこれからずっと誰とも縁がないかもしれない。

 もしかするとこれは、神様が雫に与えた千載一遇のチャンスなのかも。

 ならばこの奇跡の男櫻井との間をうまくとりもってやるのが兄としての務めなのでは……。

 

「おい、どうしたんだよ早くお前んち行こうぜ」

「えっ、あ、ああ……そうだ、ちょっと待った。今たぶん父さんもウチにいるからさ、家ん中はちょっと微妙かな~と」

「あ、そうなん? そりゃ確かに気まずいな」


 泉がでてくるとまたややこしいことになりそうなので、家はマズイ。

 電話で雫を呼び出すこともできなくはないが、下手すると泉がついてきてしまう可能性がある。

 それに櫻井に会わせる前に直接雫に話しておきたいこともあるし。

 ちなみに父さんは家にいないどころかもうしばらく顔をあわせてない。


「だからさ、妹だけ連れてくるからそこの公園で待っててよ」


 すぐ近くにはそこそこ広めの公園がある。あそこならちょうどいい。

 昔よく遊んでいた記憶があるが、古びた滑り台にブランコ、あとは小さい砂場ぐらいしかないので今の子供はほとんど寄り付かない。

 

「まーいいけどよ……。すぐ来てくれなきゃ私、さみしくて死んじゃうよ?」

「……あ、うん」

「オイ、素で返すな」


 僕はそこで櫻井といったん別れ、雫を連れ出すべく早足に自宅へと向かった。





「ただいま」

「あらぁ、水樹今日早かったわね」

 

 帰宅してとりあえずリビングに顔を出す。リビングにはテーブルの上の鏡とにらめっこしている母さんが一人だけ。

 どうやら一階には雫の姿はないようだ。ソファにカバンを下ろしながら、母さんに雫の居場所をたずねた。

 

「あれ、ねえ雫は?」

「雫~? 部屋にいるんじゃないの~? ね、そんなことより水樹、今週パパ帰ってくるって」

「ふーんそうなんだ、久しぶりだね」

「そうなの。さっき電話したらね、」

「あ、ごめんちょっとすぐ出かけるからその話はまた」


 父さんの話になると止まらなくなるからな。

 母さんとの会話を切り上げ、すぐに二階の雫の部屋に向かった。

 階段を上りきったところで、ちょうど通路左手の部屋から出てきた雫の姿を発見した。


「あ、雫。ちょっと」


 そう声をかけると、雫はこちらを振り返りにこっと笑顔を作った。


「あっ、お兄ちゃんおかえり☆」

「うん、ただいま。……ねえ今、僕の部屋から出てこなかった?」


 雫はその質問に答えることなく、笑顔のまま自分の部屋に入ろうとする。

 逃すまいと僕はがしっとすかさず雫の腕をつかまえた。


「おかえり☆じゃない、なにごまかそうとしてるんだよ」

「いやぁん」

 

 なんだそのなまめかしい声。

 

「雫ちゃんうっかり部屋間違えちゃったぁ。てへっ」

 

 雫はわざとらしく小首をかしげ、こつんと自分の後頭部を軽く叩く。

 かわいいと思ってやってるのか知らないけどお前がやると逆効果だぞそれ。……とは言わないけど。


 まったく人の部屋でいったいなにやってるんだか。

 でもここでとやかく言ってるヒマはない。泉に見つかる前にさっさと雫を回収してしまおう。

 雫の手をつかんだまま行こうとすると、ころあいを見計らったように突然隣の部屋のドアが開いた。

 隣は泉の部屋だ。


「兄さん、おかえりなさい」


 部屋から顔を出したのは泉。

 見つかってしまったか……。まああれだけ騒げばね。


「うん、ただいま」

「なんか、楽しそうにしてますね」

「いや楽しくはないけど……」

「あの、実はわたしも、さっき兄さんの部屋に入ったんですけど」

「……あ、そう」


 なんなのその堂々とした告白……。

 それになにかを期待するようなまなざし。僕にどうしろというんだか。なに考えてるのかサッパリだ。


「まあいいや、とりあえず雫、ちょっと一緒に来て」

「あ~ん、おしおきされちゃう~、いや~ん」


 ぐいっと雫の手を引く。めちゃくちゃ軽かった。

 口では嫌がってる風だが全く抵抗する気がない。

 

「あっ、兄さん、わたしも……」

「泉は来なくていい。というか絶対ついて来ないでくれ」

「えっ……」


 予想通りくっついてこようとした泉をぴしゃりとさえぎり、雫と一緒にさっさと家を出た。





 雫を伴い櫻井の待つ公園に向かう。

 雫はなにがおかしいのかさっきからずっとにやにやしている。なにやら必死に笑いをこらえているようだ。


「くっくっく、見た見た? さっきのあの泉の顔」


 ああ、そういうことか。

 とっさに絶対ついて来ないでくれ、なんて言ってしまったからなんか勘違いさせたかもなあ。

 後でフォローしておかないと。泉は普段はいいんだけど、なにかあるとどうなるかわからないから怖いんだよな。

 しかし妹の落ち込みようを喜ぶ姉っていうのはどうなんだろう。


「ひどい姉だよほんと……」

「そんなことよりどこ行くの? あっちの裏手の林だったらたぶん人来ないよ?」

「いやそんなとこ行かないから」

「このショートパンツ買ったばっかだからあんまり汚さないでね」

「どこにも汚れる要素ないし」


 いったいなにを想像してるんだ。

 あ、そうだ。櫻井に会わせる前に、一応ある程度話をつけておかないと。


「実はさ、お前と……、その、付き合ってもいいかもっていう奴がいるかもしれなくてさ」

「えっ、それホント!? ホントにっ!?」


 雫はつかみかからんばかりの勢いで身を乗り出してきた。

 すごい食いつきようだ。そりゃそうだよな、そんな奴そうそういるもんじゃないし。

 でもまだ確定ではないから、ぬか喜びはさせたくないのでここは慎重に……。


「う、うん、だけどまだ……」

「やったぁ! お兄ちゃん、ついにわたしと付き合ってくれる気になったんだね!」

「すごいなお前……、自分に都合のいい部分しか聞こえないなんて」

「それにしてもいきなり野外でだなんて、お兄ちゃん意外とダイタン……」

「……もういいや、もう黙ってついてきて」


 まったく、雫はいつも冗談ばっか言ってふざけてばかりで話にならない。

 はしゃぐ雫を横に、うなだれながら公園への道を歩く。


 本当にこのまま連れて行ってもいいものだろうか。

 不安だ……。

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