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 翌日、連休四日目。

 連休に入ったはずなのに、なんだかんだで全く休まる日がなかった。

 恐ろしいことに今日で一旦連休は終わりだ。まあ明日から二日行って二日休みというパターンなので、まだ救いはある。

 今日も父さんと母さんは家にいるようだ。僕は昨日の二の舞を踏むまいと、朝から問答無用で自室にこもった。

 これでやっと平和にとりためたアニメを鑑賞できる……はずだったが、いくら見ても全然内容が頭に入ってこない。

 別に内容がつまらないとかそういうわけではなく、それ以前の問題だ。

 やはり、どうしても気になってしまう。

 伊織は結局、どうするんだろうか。

 

 アニメを横目に流しながら、携帯を取り出す。

 電話、いやメール。……なにをなんといって送ればいいのかわからない。

 そんなものに頼らなくても家は近いんだから、逆に直接会いに行ってしまうことだってできる。もちろん無理だが。

 それなら……もしくはその辺をウロウロしていれば、偶然会うかもしれない。会ってしまいさえすればなんとか……。

 ……もはやただのストーカーだ。

 どの道、昨日逃げてしまった時点でもう無理な気がしてきた。


 あれからずっと僕の頭にとり付いている疑問。

 なんで昨日に限って、伊織は告白されたことを僕に言ってこなかったのか。

 今までは何度か、コクられただのラブレターもらっただのって冗談っぽく言ってきたのに。

 もはや僕は、そういうことには関係のない人間だってことなんだろうか。

 それか今回は冗談にならない、本気だってことなんだろう。その場合僕は蚊帳の外ってわけだ。

 やっぱりそう考えるのが自然だ。伊織はその人と付き合うんだろう。

 

 あっという間に一日が終わった。

 特に何事もなく、誰と話すこともなく。というか僕がずっと部屋にこもっているのだからそりゃなにもない。

 夕食で家族全員そろったが、母さんと父さんがメインで話をするところに軽く相槌を打つ程度。

 妹たちとも特に会話がなかった。前から二人は父さんがいるときはあまり僕にちょっかいを出してこず、おとなしい。

 父さんに茶化されるのが嫌なんだろうけど。

 

 そして夕食を済ませて再び自室へ。

 最高に気が進まないが、明日の授業の予習をやらないと。欝すぎる。

 嫌々ながら机に向かって教科書とノートを開くが、案の定なかなか進まない。

 英語と数学が、特に英語の先生が厳しいので分量も多い。中学の時とは段違いに大変だ。

 伊織も今ごろヒイヒイ言ってるのかな。ははは…………はあ。

 

 と、その時コンコンとドアをノックする音の後に、ガチャっとドアが開く。

 

「おっす」

 

 現れたのは父さんだった。

 完全に不意をつかれたため、警戒した反応になる。

 

「な、なに?」

「いや~別に。ただなんかお前、元気がないと思ってな」


 夕食のときは普通を装っていたつもりだったけど、まあ一日部屋にこもってればなあ。 

 しかしこのタイミングで来られるとなんか面倒だな……。


「どうした、女の子にでも振られたか?」

「……いや別に。……まあ、ある意味そうなのか」

「はは、そうか。でもまあ、自分に気がないってわかっただけいいだろ。あの時告白すればよかった、なんて後で後悔しないで済む」


 残念ながら告白すらしてないんだなこれが。

 もちろんバカ正直にそんなことを話したりはしない。この手の話はあんましたくないしな……。

 放っておくと勝手に恋愛論を垂れはじめそうだ。すでに部屋に入られて、座布団に座り込まれてしまったので、おとなしく出て行ってくれそうにない。

 僕は仕方なくシャーペンを持つ手を止めて、話を逸らすついでに自分でも気になっていることについて聞いてみた。


「……あのさ、子供のときの僕って、どんなだったかな」

「なんだいきなり。あはは、それ自分で覚えてないのかよ。まあ、みんながみんな事細かに覚えてはいないか」

「僕の場合、細かいことまで覚えているわけにはね……、自分で封印したフシもあるし」

「ふはは、どういうことだそれは。まあ、根本はそんなに変わってないと思うが」


 せめてあの時の半分でもずぶとさがあったら。

 なんて、昔の自分だったらこんなときどうするか、どんなだったか少しでもヒントになることが聞ければと思ったけど……。

 

「瞑想をするといいぞ。段階が進むと結構忘れていた過去のことを思い出したりする」

「いや、そういうんじゃなくて……」


 なんか回答がずれてるんだなあ……。

 

「なんだよ、大体なんでそんなことを思い出したいんだ」

「そ、それは……、なんていうか、そのころの僕って根拠のない自信に満ち溢れていたような気がして」

「ははあわかったぞ、お前、俺のあの暗示のせいで自信をなくしただの言いたいんだろ」


 別にもはや責め立てる気もないけど、正直それが一番の原因だと思っている。

 自分がブサイクだと認識していなければずいぶん違ったのではないかと。


「まあまあ、それに関しては俺も責任を感じている。ただどうだろう。改めて言うが、お前の容姿は十分過ぎるぐらい整っていると思うぞ。母さんも言ってたろ? それは誰もが認めるだろう。なら今すぐにでも自信満々になれておかしくないはずだろ? お前に自信がないのは見た目の問題というかセルフイメージの問題だな」

「いやそんなの言われても……よくわからないな」

「要するに思い込みだな。なにか物なり出来事なりあればいいんだが。それか、別に原因があるのかもな」


 自分がブサイクだと思うこと以外に自信を失う要因が?

 それはちょっと考えにくいな。


「とはいえ、お前ぐらい被暗示性が高ければ、俺がちょっと暗示を入れれば楽勝で自信回復するかもな」

「いや、もうそういうのはちょっと……」


 ウソくさい。かなり胡散臭い。

 それにもう僕が意識してしまっているからダメなんじゃないだろうか?

 よく知らないけど。

 

「そうだ、ちょっと待ってろ」


 父さんは急に立ち上がると、部屋を出て行った。

 かと思ったらものの五分もせず戻ってくる。


「毎晩これを流しながら寝てみろ。で、朝起きたらすぐにこれを読む」


 渡されたのはCDと小さい冊子。

 CDはなんとなく予想がつく。おそらく父さんが暗示をやる時にいつも流されていた謎のヒーリング系音楽だろう。

 ただ冊子のほうは……、軽くぱらぱらとめくってみる。

「私は目標を立ててそれに向かって行動します。すぐに実行に移します。最後までやり遂げる自信があります」とか書いてある。

 ……なんかやべえ、やべえやつだこれ。


「……こんなの効果あるの?」

「気休めだよ。効果があったらラッキーだろ」

「そんなもんかな……」


 不安しかなかった。

 

 それで満足したのか、父さんはその怪しいアイテムを置いて出て行った。

 これは……ないな。

 改めてその二つを手に取りながら思った。

 ただこのCDはちょっと使えるかもしれない。

 どういう仕組みかあの音楽を聴いていると、やたら眠くなってくるのだ。

 毎回、結構深い眠りに入っている気がする。

 今日はなかなか寝付けなさそうな予感がすでにしているから、ちょうどいいかも。

 しかし、こんなことやってる場合なのかね……。

 僕は机の上のノートと教科書を眺めて、ため息をついた。



 ◆ ◇



 見なれた景色。少し先に、僕の家が見える。これは、ウチのすぐ前の道だ。

 そこを、ランドセルをしょった男の子が一人歩いている。

 今、僕はその子の後姿を見ている。すぐ背後をついていっているような不思議な感覚。

 すぐにわかった。この子はきっと僕だ。


 これはおそらく学校から家に帰るところだろう。と思ったが、小さい僕は自分の家を素通りした。

 そしてそのまま歩き続け、向かった先。

 そこは伊織の家だった。

 なぜ帰らずに伊織の家に? と疑問を抱いている間に、子供の僕は悠々と伊織の家の敷地をまたぎ、玄関のベルを押した。

 しばらくして出てきたのは女性。伊織の母親だ。

 小さい僕に目線を合わせるようにかがんで、微笑を向けてくる。

 だけど顔が……特に目元が、若干ぼやけている。僕の記憶に残っていないからなのか。

 

「こんにちは」

「こんにちは。あの、」

「はい、ちょっと待っててね」

 

 僕が最後まで言う前に、伊織母は内容を察したようだ。

 一度ドアを開ききって僕を家の中に招き入れると、家の奥に引っ込む。

 立ちつくしたまま待っていると、しばらくして階段を下りる音が聞こえ、代わりに伊織が玄関先に現れた。

 伊織は気まずそうにしていて、なかなかこちらに目をあわせようとしない。

 

 ……そうだ、思い出した。

 この時は、伊織が学校を休んだ日だ。たしか二日三日、続けて休んだ時があった。

 

「ずる休み乙」


 開口一番、僕は容赦ない一言を伊織に浴びせる。

 伊織は小さくビクっとした後、目を泳がせながらそれに答えた。

 

「な、なにが?」

「香織ちゃんに言われたんだけど。伊織がずる休みしてるって」

「ち、ちがう、ず、ずるじゃないし!」

「じゃなに休み?」

「な、なにって…………い、一回休み」

「なにそれすごろく? すごろくしてる人? ていうか一回じゃないじゃん、何回休んでるんだよ」

「…………さ、三回」

「三回休みとか、そんな鬼畜なすごろくないでしょ? もう絶対ビリじゃん。すごいヒマじゃん」

「ふっ、ふりだしに戻るよりいいでしょ!」

「ふりだしってなんだよ、どうなっちゃうんだよ怖いよ。人生やりなおしすんの? まったく……ダメじゃん。ずる休みすんなよー」


 続けて問い詰められて、伊織の顔が曇る。

 自分にも言い分があるんだといわんばかりに。

 

「……だって、だって、男子はちょっかい出してきてうざいし……。それに、わたしのことかげでこそこそ言ってる女子もいるし」

「そうか、どんまい」

「どんまいじゃねえし。……なんか、そういうの気にするのがつかれるから」

「それより今からうちでゲームしようぜ!」

「……話きいてる?」

「えっ、やりたくない?」

「べ、別にいいけど……」

「あ、でも学校休んだひとってゲームやっちゃダメなんだっけ」

「そ、そうなの?」

「ていうか、遊ぶこと自体ダメだよね。伊織、そうやって休んでると遊べなくなっちゃうよ?」


 今度は一転、困った顔になる伊織。

 なにか考えているようだ。必死に。

 ややあって、ぽつりと一言。


「……明日、いくから」

「ん?」

「明日は学校いくから、今日遊んでもいいでしょ?」

「いや、そのりくつはおかしい」

「なんでよ! こういうときは、そういうことにしておけばいいでしょ! なんでそこだけまじめなのよ、自分からさそっておいて」

「しょうがないなぁ、まあ遊んでやってもいいけど、特別だよ?」

「うわ、うざっなにその感じ」


 これはなんだろう、結果オーライなのか……? たまたまじゃないのか……。

 こんなことがあったのはすっかり忘れていた。これは夢みたいだけど、でもやっぱり本当にあったことだ。

 やっぱ相手の事情とか、全く気にしてないな。思ったとおりそんなたいそうなことはしてない。

 だけど今の僕みたいに色々考えたってたいていムダなんだろう、考えるだけで何もしないなら。

 行動あるのみだ。といっても、なにができるんだろうな? 

 このときと今とでは状況が違うし、そもそもなにかすることを求められているわけでもないし。

 いや、必要とされるからするっていうのが、そもそも違うのか。

 自分の好きなようにしてただけ。どうせダメならもう、好き勝手やればいいんだよな。

 ただその好き勝手やるというのがまた難しい。また結局堂々巡りか……もう疲れた。

 

 そうしてかすかに目覚めた僕の意識は、再び眠りの中に落ちていった。

次回あたりから何話か禁断の視点変更が入る予定です。

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