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「全然しょうがなくはないわよ? あなたたち何を言っているの? 大丈夫?」


 それならしょうがないわね、と言ってくれるのを期待していたが、香織さんは冷静につっこんできた。

 まあ僕としてもさっきのは半分冗談だから。

 さわりたいんですかって言われたら、押すなよ押すなよ的なアレで、しょうがなくノってあげたところもある。

 と僕が余裕をかましながら内心舌打ちして、いや違う明らかな余裕を見せつけていると、意外にも泉が反論を始めた。


「ちがうんです。か、かおりさん、兄さんは……」

「香織さん? 香織お姉ちゃんでしょ?」


 と思いきやすぐさま出鼻をくじかれる。

 どういう風に教育したいんだこの人は。


「に、兄さんは病気なんです」

「……え?」


 突然の泉の発言に驚いた様子の香織さんは、あらたまって僕のことを凝視してくる。

 そんな目で見られても目のやり場に困るので、僕もなんとなく自分の体を見下ろした。

 何の病気か知らないけど僕は病人だったのか?

 

「かなりの重病です」


 深刻な顔で泉は言う。

 それに押されて、香織さんも真面目ムードになる。


「それって……どういう?」

「二次元にしか興味を持てない病気です」


 香織さんは地蔵みたいな顔になって固まった。

  

「一瞬マジで心配しちゃったわ……。で、さっきのとそれに何の関係があるのかしら」

「いまの兄さんがさわりたいって言うなんてすごいことですよ。この前だって、寝ているスキだらけのわたしを無視してパソコンの画像のほうに行きましたから」


 香織さんは沈黙、というか絶句して、これちょっとどうなってんの? という視線を僕に送ってきた。

 それは仕方ない。いろいろ突っ込みどころがあるというのはわかる。

 嫌な予感はしていたが、やはり泉を野放しにするべきではなかった。すでに後の祭りだ。

 いやでも待てよ? 本当にそういうことにしておけばお触りできるのではないか?

 リハビリと称して合法的にお触りOK? 少なくとも泉からはOKをもらえているのだ。

 

「まあ、そういう説もありますね」 

「なにそれ、なんでちょっと上からなの? こんな綺麗なお姉さんと一緒でもなんとも思わないって? でも泉ちゃんに会っていきなり触りたいとかおかしくない?」

「いや今になって急に波が来たというか……、安心してください、ちょっとリハビリすれば治る程度のものですから」

「なにバカなこと言ってるの? ああそう、よーくわかったわ。妹大好きなのは全然変わってないわけね? なーにが僕も変わりましたからねよ! さんざんカッコつけて」

「なにか勘違いしているんじゃ? 赤の他人にお触りしたら通報されますが、合意を得た妹ならセーフじゃないですか」

「そんなこと言って妹をだましてやましいことしてるんじゃないでしょうね……」


 勝った。完全に香織さんを論破した。

 真の狙いがバレているようだが、この際それは気にしないでおこう。


「まったく、そんなしょうもないこと言ってるから伊織ともうまくいってないわけ?」

「違います、それはマジで違います」

「それはって、さも今までのが全部ウソみたいな……。あ、待って、じゃあそれあたしでもいいってことよね? 合意さえあれば妹である必要性はないわよね。いいわよほら、好きなところ触って」


 香織さんはどこからでもかかって来いといわんばかりに、ずいっと僕の目と鼻の先に立ちふさがった。

 まさかそう来るとは……。なんだこれ、ただの痴女じゃないか。

 普通ならなんてラッキーな、と思うかもしれないが、相手があの香織さんだからな……。


 おそらく過去のトラウマだろう、この人に自分から触れるのはヤバイと本能に刷り込まれている。

 なにかのはずみで胸を触ってしまい、やだえっち~、からの顔面ビンタされて鼻血が止まらなくなったところに「あっ、ごめん強かった? 軽~くたたいたんだけど」なんて言われたら一発で畏怖の対象になるのも無理からぬことだ。

 他にも抱きつかれて顔を胸で圧迫され窒息死しかけたこと数知れず。

 そういえば一回女の子の格好してみようか、と伊織の服を無理やり着させられそうになったとき、全力であらがったら普通にぶたれたこともある。

 今思うとこの人やっぱギリギリだな。ギリギリアウトだな。

 何が怖いって今もこうして後ずさりする僕を見て、軽く口元がゆがんでいることだ。

 

「あ、あのっ、兄さんは……わたしがなんとかしますから、大丈夫です」

「泉ちゃんはちょっと黙ってなさい。揉むわよ?」

「ひっ」

「水樹くん、泉ちゃんはあたしが代わりに触っておくから、こっちは好きにしなさい? ほらほら」


 間に入ろうとした泉をのけて、迫ってくる。

 こ、この僕が震えて動けないというのか……? 泉を見捨てて逃げるしか……。

 昔の悪夢がフラッシュバックする。似たような光景が脳裏に浮かんできた。

 妹たちを人質に取られ、迷った挙句……僕は逃げた。が結局後でつかまった、みたいなのが。

 一体どうすれば……。

 僕が苦渋の決断を迫られているところに、急に後ろから声をかけられた。


「……あの~すみません、他のお客様のご迷惑になりますので……」


 ◆ ◇


 帰りのバス内。

 僕と香織さんは二人並んで席に座っている。

 泉は一人で自転車で来たらしいので、あのあとそのまま別れた。

 それほどの距離はないので、バスの待ち時間とかを入れると、家までかかる時間は自転車とそんなに変わらないだろう。

 

 僕たち二人は、すっかり事が起こる前のテンションに戻っていた。

 しかし僕としたことが、店内で騒いで店員さんに注意されるというDQN行為をしてしまうなんて。

 よく行っていたお店なのに、今後行きづらいじゃないか……。

 実際騒いだのは僕というよりかは隣に座っている人がメインなんだけど、原因を作ったのは僕でもある。

 香織さんは怒っているのか呆れているのかわからないが、さっきからずっと沈黙を守っているので仕方なく幾度目かの謝罪をする。

 

「……あの、すいませんでした」

「いい、あたしも悪かったし」


 も、っていうけど、僕的にはこの人が七割ぐらい悪いんじゃないかと思っている。

 それは向こうも思ってそうだけど。

  

「にしてもこの頭はなにが詰まってるんでしょうね~」


 僕の頭をべしべし叩いてくる。

 テンションは元通りとはいえ、急激に僕の待遇というか扱いが悪くなった。


「ちょ、ちょっとやめてくださいよ」

「あのさあ……大丈夫なの本当に? うやむやになっちゃったけど……妹と怪しい関係になってるんじゃないでしょうね」

「い、いやっ、それは、もう本当に大丈夫です」


 めちゃくちゃ疑いのまなざしで見られている。

 それも無理はない。確かに無理もないな。

 

「急にそんな素直になったふりしても騙されないわよ? さっきは泉ちゃんがいたら別人みたいにしゃべってたけど」

「い、いやそれが、わからないんです、僕の奥底に秘められた何かが勝手に暴走して……」

「なにその中二病っぽい弁解……」


 どうも泉を見てたらこっちもテンションが上がってしまい、別人にのっとられたかのような言動をしてしまった。

 それこそ自分で何をしゃべったかあまり覚えてないぐらいに。

 我ながらコレは危険だ。


「で、二次元うんぬんっていうのは本気なの?」

「い、いやあ、じ、冗談に決まってるじゃないですか……はは……」

「まあそうよね。つまんないの」


 危ない危ない。

 下手に答えてさっきの続きをされたらシャレにならん。

 つまんないっていうのがものすごいひっかかるし。


「その秘められた力を他に使えないわけ?」

「他に? って……」

「たとえばほら……ね?」


 香織さんは意味ありげないたずらっぽい笑みを浮かべた。

 察しの悪い僕も、何をさしているのか気づいたが、それ以上追及するようなことはしなかった。





 バスが到着して降りると、ようやく日が沈みだした頃合。

 僕はもう家に帰る気満々だったが、香織さんにちょっとお茶でも飲んでく? あたし帰ったら一人だから寂しいのと言われそのまま伊織宅へ。

 いや知らんがなと思ったが、なんというか圧力に逆らえなかった。


「あたし、実は今日ほとんど寝てないのよ。朝電車の中でうとうとした程度で」


 そのくせ家に入ってぱっと軽く着替えを済ませるなり、いきなりそんなことを言い出す。


「ちょっと抱き枕になってもらっていい? それか腕枕とか」

「いや、ムリです」

「なんでケチ。シスコン」


 シスコンは関係ないだろ。

 香織さんはふてくされた顔でばふっとソファに倒れこむようにして横になった。

 お茶でも飲んでくとか言っておいて何も出さないままもう寝る気満々のようだ。

 なんだこれ、僕はどうすればいいんだ。ていうかもはやこの人完全に素じゃないのか。もうちょっと気を遣ってもいいだろう。

 とりあえず一度洗面所とトイレを借りてから、リビングに戻ってくる。

 

「伊織はいつごろ帰ってくるんでしょうかね」


 なんとなく口にしてみたが、何も返事がない。

 見ると香織さんはソファにうずもれるようにして、クッションを抱いたまま微動だにしない。

 どうやらものの五分もしないうちに寝てしまったらしい。

 本当どうしたものか。かといってこのまま勝手に帰るのもどうも気が引ける。


 ソファを一人で占領されてしまったので、とりあえず部屋の奥のほうに移動し、キッチンテーブルの椅子に腰掛ける。

 なんとなく携帯を取り出すと、気づかないうちにメールが来ていた。

 泉からだった。

 今家に着きましたってだけだったけど、メールを見て軽くにやけている自分がいる。

 そういえば泉も結局もう僕のこと怒ってないのかな。さっき別れるときも妙にご機嫌だったし。

 仲直りしようとすると離れて、離れようとするとくっついてくるみたいな感じだ。

 まあ、元からそんなに離れてしまったって言うわけじゃなかったのかもしれないけど。

 僕はテーブルに頬杖をついて、妹たちのことや今日の出来事をぼんやりと考えていた。

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