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それは思いもよらない相手だった。
というか、このままだと前世の因縁がどうとか、超どストライクとか言っていたのを撤回しないとヤバイ。
だが待て。もしかしたら違うかもしれない。
髪形が違うせいかもしれないが、僕の知っているその人とは微妙にいつもと感じが違う。
それにこうしてまじまじ顔を見れば見るほど別人なんじゃないかとすら思えてきた。
このまま勘違いで赤の他人に話しかけるのはかなり恥ずかしい。ナンパとかそういう類のものと間違われるかもしれないし。
なので慎重を期して確認をしてみる。
「い、いや、あの別に怪しいものじゃないんですけど、ちょっと……」
「……ふざけてるんですか?」
確定です。確定しました。
彼女は僕のよく知っている人物だ。僕のよく知っている女子というと相当限られてくるが、名前もちゃんとわかる。
この子の名前は、長瀬泉。なぜ知ってるかと言うと、僕の妹だからだ。
「な、なんだぁ泉か……。ど、ど、どうしたのこんなところで……」
泉はそれには答えず、あわてて手にしていたメモ帳のようなものを投げるようにして棚にもどした。
おい売り物だぞそれ……。
よく見るとここは少年漫画のグッズ系のコーナーだった。
僕が持っていたマンガの影響かなんかわからないけど、泉がちょっと前からそれ系にはまっているのは知っている。
「どっ、どこでなにをしようと、わ、わたしの勝手じゃないですか」
とか言っている割に、しまった、見つかってしまったみたいな反応。
なにかうしろめたいことでもしているのだろうか。やたら長いことさっきのグッズを見て迷っているようだったが。
雫は友達と出かけるから~とかでそのたびにちょくちょく小遣いをせしめているが、泉はそういうのはあまり多くない。
それに一番下なので小遣いは微妙に絞られているため、そうなるのも無理はないか。
「……なんなんですか? なにか用でも?」
「い、いやあ偶然だなぁ……って」
やはり警戒されている。泉の僕に対する不信感はそうとうなものになっているようだ。
雫と違って実は演技でしたなんてことはないだろうし、それに泉の場合はその後色々と墓穴を掘ったからなあ。
家でも基本無視だし、最後に言われたのって変態! っていうワードだった気がする。
「なんかいつもと感じが違うね、服装とか……」
「あっ、こ、これは……」
そう指摘されて、泉は恥ずかしそうに小さく身をよじった。
まるで中年変態オヤジから視姦されているかのようだ。まあ、僕がさっきからガン見してはいるんだけど。
しかしこれはヤバいな……。こんなかわいい子が僕の妹なのか……。
今日一日外をぶらついて、ここにきて超ストライクだとか言ってたら妹だったっていうのはちょっとアレだが……。
だが待てよ? 冷静に考えて……これが妹ってことは、ついおしりをなでなでしちゃってもいいわけだ。思わず足に頬ずりしてしまってもいいわけだ。
こいつは一気に理性が吹き飛びそうだ。なんか急にテンションあがってきたぞ。
「やっぱ妹は最高だね」
「はい?」
にしても、いつもと違うかわいらしい格好でこんなところに来てけしからん……、って一人で来たのかな?
普段から一人でこっちのほうまで来ているとは思えない。
もしや今ちょっと離れているだけで連れがいるのか? しかしそんな気合入った格好をするなんて……まさか彼氏とか? 実は隠れて……。
いやないない。ないわ。もしそんな男いたら即ハイスラでボコるわ……。
ざっと辺りを見回したがそんな感じの奴はいないようだ。
「ようし、せっかくだから、なんか欲しいのあるなら僕が買ってあげるよ」
「えっ、でも……」
「ほら、好きなの選びなよ」
おじさんが好きなの買ってあげようじゃないか。
こっちには朝母さんがよこした一万があるから、金ならあるんだよ。むしろ僕には金しかないんだよ。
てっきり物で懐柔しようなんて甘いみたいなことを言われるかと思ったが、泉は特にそんな様子は見せず素直に棚を物色しだした。
よほど欲しかったものがあるのか、どれにしようかと熱心に選んでいる。
そんな様子をほほえましく見守る僕。久しぶりに兄らしいことをしているなあ。僕はなんていい兄なんだ。
その素晴らしい兄の視界に、ふと妙に気になるものが飛び込んできた。
今日の泉のスカートの丈はひざ上、絶対領域というものを意識したのか、なかなかな短さである。
いつもより三割増しぐらいで短い。泉にしてはかなり頑張ったと言える。
それだけならいいんだけど、泉が棚のやや低い位置にある商品を見ようとすると、少し体が前かがみ気味になる。
要するにそのスカートの裾がちらちらと、この善良なる兄を挑発しているのである。
これは悪い。悪い子だ。
本当に、いやホント、普段僕はこんなことはしない。
このタイミングでいきなりなんなんだコイツって思われるかもしれないけど、いや自分でも思うけど、まるで不思議な魔法でもかけられたかのように泉のスカートが気になる。
ここでしゃがめばあわよくば見えるわけだ。かがんで天をあおぎさえすれば。
ただそれが案外難しい。天をあおぐとか格好良く言ってみたけど、実際はスカートの中をのぞき込むだけの変態行為だ。
まあ僕は紳士なので、そんなモロにのぞき込んだりとか条例に違反しそうなマネはしないけど。
しゃがむだけでいいんだ。スカートの中が見えようが見えまいがこの際関係はない。
覗き込むようなことはしなくても、それだけで角度が変わり世界が変わる。
しゃがむだけならそう難しくはない。いきなりしゃがんだら当然怪しまれるが、要するにしゃがんでも怪しまれない状況を作り出せばいいわけだ。
僕は泉の背後に回るようにこっそり移動する。泉は選ぶのに夢中で、こちらの不審な動きに注意を払う様子はない。
背後を取った僕は、おもむろに後ろのポケットからサイフを取り出した。
そしてそれを無造作にぽとり、とその場に落とす。僕にしては結構な額が入っているのだがためらうことなく投げ捨てた。
「あっと、サイフ落としちゃった(超小声)」
そして僕は思いっきりひざを曲げてかがんだ。
サイフを拾うために。あくまでサイフを拾うために。
「あ、水樹君いた!」
その瞬間、背後から香織さんの声が聞こえた。
床の上のサイフをつかんで、今まさに首をひねり上げようとしていた僕は、その声で我に返った。
今の今まで、僕はまるで邪悪な霊的なものにとりつかれていたようだ。我ながら愚かなことをしている。
その気になれば泉のパンツなんていくらでも見れるだろうに。ん? そういうことじゃない?
両膝に全力をこめてあわてて立ち上がったため、勢いあまって軽くジャンプした。見ようによってはかなりの奇行である。
「もう、急にいなくなって……なに今の?」
「エクストリームサイフ拾いです」
「……なにそれ」
エクストリームスポーツ中の僕になにか難癖をつけてくるかと思ったが、こちらに近寄ってきた香織さんは傍らのもう一人を見るなり、
「うっそ、もしかして泉ちゃん?」
泉も何事かとその声の主のほうへ体を向ける。
すると一瞬のタイムラグがあった後、
「え? あ、……あっ!」
まるで元気玉を食らっても生きていた○リーザでも見たかのようなリアクション。
香織さんと遭遇したとき、昔の泉はさっと僕の背後に隠れていたのだが……。
今回も反射的にやってしまったようだ。すばやく僕の後ろに身を隠し、僕を盾にして縮こまっている。
それを見た香織さんは、んふっと大きな笑みをこぼした。今日一日一緒にいたが、この種類の笑みは見たことがない。
その代わり、過去の記憶が一瞬フラッシュバックする。これはかつての僕が恐れた、すごく不穏な笑みだ。
泉が僕の後ろに隠れた後は、たいてい僕もろともに食われるというパターンだった。
たが今は、体格の関係でそうはならないだろうけど。
などと考えていると、急に泉が僕の背中を押しのけて、前にずいっと出てきた。
体が勝手に動いてしまったとはいえ、今の僕に助けられるのは不本意ということなのだろう。
いや、もう昔のわたしとは違うというアピールか。今の泉には、奴と渡り合う力があるというのだろうか。
ここは余計な邪魔はせず、黙って泉の成長した姿を見届けるべきだろう。
僕はそのまま泉を信じて前に送り出す。しかしその瞬簡、あっという間に捕まった。
「やだ泉ちゃん久しぶり~、ほおらお姉ちゃんがなでなでしたげるからね~」
「あっ、ち、ちょっと……や、やめてください」
どういうわけか一瞬で背後を取られ、後ろから抱きしめられてもみくちゃにされる泉。
まるで成長していない……。
いや、一応抵抗しようとしているだけマシか。昔は完全に恐怖でおびえて無抵抗だったからなあ。
「けっこう大きくなったわね~、このへんとか?」
泉のおしりを軽くなでる香織さん。
おしりをなでる……? なでるだと……。ぼ……僕のだぞッ!
なんてことだ、僕があれだけ小細工してもそこに触れるなんてのは程遠かったと言うのに。
ていうか香織さんだって変わった変わってないとかって格好つけて話をしてたくせに、全然変わってないじゃねえか。
……落ち着け。しかしこれはチャンスでもある。
つまり、どさくさにまぎれてお触りする千載一遇のチャンス。
普通に助けると言う選択肢? ああ大丈夫それは後でロードしてやり直すから。
「香織さん、ちょっとこんなとこでやめてくださいよ」
と口では言いつつ、流れるような動きで僕の手のひらが泉のおしりに吸い込まれていく。
しかしその手が触れるか触れないかの間際、手首を思いっきりつかまれた。
「ちょっと水樹君?」
「はい?」
僕の手首は、香織さんの手によってがっつりつかまれていた。
「今どさくさにまぎれて触ろうとしたでしょ?」
「や、やだなぁ違いますよ、僕は香織さんを止めようとしただけですって」
なぜかわからないが完全に僕の狙いがバレている。
これは本来なら駅員室直行コース。いえ、僕の手は鞄でふさがっていました。
「あたしもそう思ったんだけど、なんか違うのよね。止めるっていうか直接お尻に行ってたわよ今のは」
「いやそれは気のせいっていうか、誤差の範囲じゃないですか。乱数の関係でそんな感じに。再現性のあるバグっていうか」
「言ってる意味がわからないんだけど、ここでそういうことをやると、シャレにならないことになるからね?」
ヤバイ、なにか押されている。このままだと僕はドサクサにまぎれてお触りをしにいった変態になってしまう。
だが大丈夫。僕には絶対負けない理論がある。
「ちょっと待ってください? 仮にそうだとして、そもそも僕、兄ですけど? 実の兄ですけどなにか問題でも?」
「どういうこと? 兄ならいいとかそういうルールないわよ? というか余計タチ悪いわ」
そんな馬鹿な。兄あっての妹だろう。
大体兄がいなかったらただの女になるのではないだろうか。
ていうかただの女ってなんだ? いやどうでもいいわ今そんなことは。
でもこれがダメって言われるといろいろと崩壊する。僕のアイデンティティが。
僕が頭を抱え込みそうになっていると、僕らの間に割り込むようにして泉が一言。
「……えっと、さわりたいんですか?」
もちろんですとも。
しかし食い気味に触りたいと言うとまたごちゃごちゃ言われそう。
ここは興味はないフリをしつつ、触りたいというニュアンスを残すワードを選ぶべきだ。
「ま、多少はね?」
「そ、それならしょうがないですね……」
ほら見ろオッケーじゃないか。
やはり僕が正しかった。
僕は満面のドヤ顔で香織さんを見た。




