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その後僕たちは半ば事務的にプリクラを撮り終えると、そそくさとゲーセンを後にした。
肝心の写真はと言うと、撮る際に香織さんから笑えというプレッシャーを受けそれが逆効果に。
ただでさえテンションダダ下がりだった上に背後の集団の動向が気になってしまい、実際できあがったのはお前これ面接にでも使うのかよっていう顔だった。
伊織たちがちょうどプリクラを撮り始めたタイミングだったので、鉢合わせすることなく抜けられたのが唯一の救いか。
出たあとは、香織さんの少し疲れたから休みましょうという提案を受けて、そこからまたちょっと移動したのち喫茶店に入った。
チェーン店ではあるが、僕は普段こういったところで優雅にコーヒーを飲むなどという習慣はない。
例によってグダっていると、香織さんにまとめて注文されてお金も払われてしまった。
またも混んでいる店内、なんとか見つけた席についたがどうも落ち着かない。僕にしたらこれで休憩になるのかは疑問だ。
「にしてもお昼食べてその辺ブラブラしてゲーセンとか、何の集まりだったのかよくわからないわね、あれ絶対ノープランの集いでしょ」
香織さんはアイスコーヒーの入った容器にガムシロップを入れながら、誰にともなくぶつぶつ言っている。
それはそうなのかもしれないけど、こっちも人のことは言えない。というかそれに関してはこっちのほうがはるかにひどい。
「カラオケとかボーリングとかそういうの行くのかなって思ったけど、遊ぶって言うか集まって話せればいいって感じなのかしらね」
僕に言われてもそんな事情は知らないです。なにしろ孤高のエキスパートですから。
アイスコーヒーなのになぜかスティックシュガーを持ってきてしまった僕は、これをどう始末するか考えていて香織さんの話は右から左に抜けていた。
香織さんは話すのと自分の飲み物の準備で気づいていないようだ。やがて一通り入れ終わってストローに口を付け出した。
「伊織はちやほやされてる感じはあったけど、まあわからないわね~」
僕にはなにがどうわからないのかすらわからない。
ブラックなど飲めたものではないが、いまさら砂糖とガムシロを交換に行くという行動をとるのはなんか恥ずかしい。混雑してるし。
結局僕は開き直ってそのまま砂糖を投入した。なあに堂々としてりゃいい、法律で決まってるわけじゃないし、なにをやったって客の自由なんだよ。
「で、さっきの話なんだけど」
「あっ、いやこれはっ、さ、砂糖なんですよウチはもっぱら」
「は? なにが?」
「え? あ、いや、なんでもないです」
香織さんの声のトーンが急に変わったからバレたかと思ったが、どうやら違ったようだ。
ここはさっきの話とやらをうながしてうまく流そう。
「ええっと、さっきの話とは?」
「それ砂糖だと溶けなくない? ……結局、伊織の話になっちゃうんだけど」
バレてるしね。もういいです。
「子供のときね、まあ今もまだ子供だけど……、もっと小さいとき、ほら、あの子ちょっと問題あったじゃない?」
問題、と漠然と言われただけだが心当たりはある。
香織さんもそれだけで伝わるし細かく言うまでもないと思ったのだろう。
「……まあ、ちょっと変わってましたね。みんなの輪からは外れているような」
伊織がああやってグループの輪に入って遊んでいるのを見た記憶がない。
中学になってからはほとんど接点がなかったのでわからないが、小学生ぐらいの時、一緒によく遊んでいたころはそうだった。
「そうそう。でもまあ変わったわよねー」
「そうですねえ……」
「でさ、それについて聞いた? 伊織から」
「いや、特には聞いてないですけど」
聞いてないしこっちから尋ねるようなこともしなかった。
伊織がはぶられていたのではないか、特に女子に。というのは察していたけど、詳しいことまではわからない。
「なんか仲間はずれにされてましたね、女子から?」
「そうなんだけど……あれね、最初からそうじゃなかったのよ。もともと伊織がすごく人気のある男の子とかから好かれてて、それで他の女の子からやっかみみたいなのを受けるようになっちゃったのね」
なんかありがちな話だけど、初耳だ。
「う~ん。でもすでに伊織のほうも結構すさんでた気もしますが」
「もともと器用に振舞える子じゃなかったしね。それに水樹君ってたしか小学三年か四年生ぐらいのときにこっちに引っ越してきたでしょ? だからその前のことは知らないんじゃないかな」
そういえばそうだった。
小三かな、そのときに父さんの仕事の都合と、家建てたからってことで引っ越してきた。
「それで、あたしもなんとかしてあげたくて、伊織に注意したり、伊織とも遊んであげてねみたいに女の子たちに言ってみたりしたんだけどうまくいかなくて。もう伊織のほうが完全にひねくれちゃってたから」
僕も相当手荒な歓迎を受けた記憶がある。でもまあ僕のほうからちょっかい出していったんだけど。
「でもね、ある日びっくりしたの。あの伊織が、水樹君と、雫ちゃん泉ちゃんと一緒に遊んでいるところを見て」
ああ、あのころはなんだかんだでよかったのかなあ。(遠い目)
ただ、今目の前にいる人が最大の難敵だったのだが。
「伊織もそれから徐々にいいほうに変わってきたし。だからあたし、水樹君にはすごく感謝してるのよね。それにあたし自身空回りしてたなって思う。伊織にもいろいろ言っちゃったりしちゃったから」
そんな裏事情があったのか。当時の僕はそんなこと全く考えなしに好き勝手やってただけだけど。
「しばらく見てて大丈夫そうだなって思ったから、あたしもなるべく余計な口出しはしないようにしようと思って、水樹君たちとも距離を置くようにしたのよね。そのころちょうどあたしも高校卒業だったし」
香織さんがこっちにいたときはまだ中学上がる前で、よく道端で通り魔的に襲われていた。
それが家を出てからは本当にぱったり会わなくなったからなあ。
「そしたら中学になってちょっとしたら、二人とも全然遊ばなくなっちゃったって聞いてたからどうしたのかなーって思ってたんだけど、あたしが水樹君に直接問いただしに会いに行ったりするのもなんか違うじゃない? 変に刺激したくなかったし」
これは、余計な口出ししないと言いつつかなり気になっていたというパターンだ。
なんか微妙にとがめられている気がする。
なんであたしだけ空気読んで距離置いたのにお前らも距離置いてんだよと。
そのころって多分、僕はあの暗示のせいでいろいろヤバいことになっていった時期だろう。
これまで黙って聞いていたけど、これって結局どういう話なんだろう。最終的に僕を責めていく、上げて落とすパターン?
チクチク責められるのもしんどいので、ここらで単刀直入に聞くことにした。
「え、えーっと、それでこの話って結局どういう……」
「あ、ごめんねなんかとっちらかった話になっちゃって。……今、あの子結構参ってるみたいなのよね。何かあったらしいんだけど、何があったのかまでは話してくれないのよね。まあ環境も変わったばかりだし、五月病って言われたらそれまでなんだけど。でもそのまま不登校とかってなるパターンとかあるらしいし」
「いやあでも、こうやって出かけて遊んでるぐらいだし、大丈夫だと思いますけど。楽しそうにやってたじゃないですか?」
参ってるって言われても、伊織にそんなひどい出来事でもあったのだろうか。
そりゃ最近僕が伊織をちょくちょくイラつかせているのは間違いないけど、僕のような雑魚キャラに何をされようが言われようがそこまでダメージを負うってこともないと思うし。
むしろ僕のほうがよっぽど悲惨じゃないか?
変な暗示はかけられるわ、妹たちともよくわからん状態だし、伊織は僕に対して敵意を持っているし。
休みに一緒に遊ぶ友達もいないし、代わりに昨日櫻井から「お前弥生ちゃんと二人っきりになれたんだからメシとかおごれよ」って意味不明のゆすりメールが来てたし。
「楽しそうにねぇ……そう見えた?」
「あ、いや、あまり見てはないかもですけど」
直視することができないんですよね、ああいうリア充の群れは。
香織さんは最初の集合のときとか、お昼のときとか結構観察しているっぽかったけど。
でも、これで察しの悪い僕も香織さんが何を言いたいのかわかった。
「昔みたいにはいかないですよ。僕も、伊織も変わりましたし、今は周りの環境だって違うんですから」
「……うん、それは、わかってる。あたしの記憶にある水樹君と、今の水樹君はやっぱり違ったし、伊織だって変わってきているわけだしね。でも、ちょっとだけ期待しちゃったりして」
そんな、勝手に変な期待をされても困る。
だいたい過大評価だろう。僕が伊織をいい方向に向かわせたように見えるだけで、ただの偶然じゃないだろうか。
別に僕がどうこうしなくても、伊織だって自然にどうにかなってたかもしれないし。
僕は何も意識せず振舞っていただけで、だからどうやったらそうなるのかも考え付かないし、ついたとしても実際行動に移す力もない。
せいぜい伊織を不機嫌にさせるのが関の山だろう。
「あの、ちなみに今日とか……香織さんの記憶にある僕だったら、どうしてたと思いますか?」
あの集団に突撃してたとか? 絶対それは無理だろ。
「ん? ん~そうねえ……読めない子だったから……なんとも言えないけど。でもよく考えると、案外何もしないでにやにやしながら見てるだけかもしれないわね。こういうのもありだな~みたいなこと言いながら。ふふっ。それかバレないようにこっそり邪魔したりとか? でもなにかしら面白いことにはなるかなぁ」
そう言って香織さんは軽く口元をほころばせた。一体どんな光景を思い浮かべているんだろうか。
僕が予想していたのとはちょっと違うみたいだけど。
しかしこっそり邪魔というとなんだろう…………ヤバイ今なんか一瞬遠隔バイブとかそういうワードが頭をよぎった。
やっぱダメだこれはもう腐りきってるわ。
「僕は、もう違うんですよ……今の僕はそんなこと……。それに、伊織だって大丈夫だと思いますよ」
特に根拠はないけども、そう言うしかない。仕方ないことだ。
本当に香織さんの取り越し苦労の可能性だってある。
「あ、うん。そうよね……もうやめましょうこの話は。ごめんね、なんか一人で勝手に変な話しちゃって」
あわてて笑顔を作る香織さん。
口ではそう言っているが、心の中できっと僕に失望していることだろう。
僕もそれ以上は話を広げることはせず、わざとらしく飲み物に口をつけた。
◆ ◇
あれから落ち込んだ雰囲気のまま三十分ぐらいで喫茶店を後にした。
時間的には短いほうだが、体感ではかなり長かった。
「なんか今日はごめんね、無理やり付き合わせた形になっちゃって」
「い、いえそんな、大丈夫です」
店を出たところで、香織さんが再度謝罪の言葉をかけてきた。
夕方とはいえ外はまだまだ明るいが、この感じはそろそろお開きだろうか。特にもう行くところもないし。
でもなんかもう謝られるたびに申し訳なくなってくる。無理やりつき合わせてごめんねなんて、前の香織さんなら絶対に出てくるはずのない言葉だ。
今日はお姉ちゃんと一緒で楽しかったわよね? 楽しかったでしょ? となかば脅迫気味に同意させてくるのがこの人のやり口だった。
「あ、思い出した。そういえば水樹君今日ゲーム買いに行くって言ってたわよね? このままだと悪いし、よければ付き合うわ」
「え、いや、そんないいですよ」
色々お店を見て回ってはいたが何も買わなかったし、収穫と言えば誰得のプリクラのみ。これだと香織さんも僕に悪いと思っているのだろう。
そういえばそんな予定だったけど、今となってはもうどうでもよくなってきていた。
もともと臨時収入があっての思い付きみたいなものだし。それよりもなんか色々と疲れたのでもう帰りたい。
「え~? いやいいっていいって遠慮しないで。ほら、ちょうどあそこにありそうじゃない?」
運がいいのか悪いのか、すぐ近くにオタク系ショップがいくつか入っているビルが。
またもやだが、あそこも昨日行ったばかりだ。そのときは持ち合わせはなかったが、相当な時間をつぶした。
はっきり言って今行くのはかなり微妙。どちらかというとグッズとかフィギュアとかそういうのが多く、ゲームはあまり数がないし全体的に値段も高めだし。
それに香織さんを待たせてゲームを選ぶっていうのもやりにくい。特にこれって決まってるわけじゃないし。
でもそんな事情を知る由もない香織さんは、僕の返事を待たずにそこに向かって歩き出している。
僕は仕方なくその後を追うことになった。
入ってすぐ一階、ここはマンガとかCD、グッズがメインでゲームはほとんどなかった気がする。
僕はマンガは買うけどグッズとかは特に興味はないので、普段からそこまで利用しているわけではない。マンガなら普通の本屋でも買えるし。
またここでも香織さんがずんずん先に行ってしまうので、自然それに遅れてついていくスタイルになっている。
しかし香織さんみたいな人と一緒だと目立つ……かと思いきや。
店内には他にカップルらしき男女が何組かうろうろしている。
こういうところに来るカップルってなんなの? 嫌がらせなの? まあ、うらやましくはないけどね。別に。特にはね。
それにここは意外に女子の比率が多い。だからなんだと言われればそれまでだけど。
案の定香織さんがちょっと迷走しかけたのでやはり僕が案内をしようとすると、一瞬視界に妙に気になるものが目に入った。
気になるもの、というか気になる人なんだけど。思わずそちらに視線を戻して注視してしまう。
というのは、なんか……超かわいい子がいたからだ。
黒いニーソックスにスカート、両サイドの髪を少しだけ束ねてある。体型ははやや華奢だがスタイルはいい。
この時点で僕の好みからほぼ減点なし。
というか似たような格好をしている子は他にもいるんだけど、なんかあの子だけが特別気になる。
ただ、棚があって女の子がいてその後ろに僕がいるので、位置的に後姿しか見えていない。
なのでいざ顔を見ると大変失礼しましたのパターンもありうるが……。
いや、あれはきっとかわいい子に違いない。そうあって欲しい。
……う~んやはり気になる。通りすがるフリをして近寄ってちょろっと顔を確認しようか。
本当に、いやホント、普段僕はこんなことはしない。
このタイミングでいきなりなんなんだコイツって思われるかもしれないけど、いや自分でも思うけど、まるで不思議な魔法でもかけられたかのようにあの女の子が気になる。
これはなにか、前世での因縁とかそういうのがあるのかもしれない。もしくは並行世界で結ばれた相手とか……。
要するにそういう痛々しい妄想がはかどるほど、どストライクということだ。このままスルーするのはきっと後悔する。
いや別に顔を見てどうこうするってわけじゃないしできないけど、単純な好奇心と自己満足のためだ。
意を決した僕は、こっそり香織さんから離れて棚の商品を見るフリをしながら、近づいていく。
標的は先ほどからじっとなにかのグッズを手にとって吟味しているようで、こちらを全く警戒する様子はない。
そしてついに、すれ違う。そのわずかな間に、僕はちらっとその横顔を盗み見た。
「あっ」
思わず声が出てしまった。
すると、それに気づいた向こうも何事かとこちらを見る。
「え?」
そこでお互いの顔を見て、固まってしまった。




