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 そのあとはとにかく微妙だった。

 昼食が終わったあとは、伊織たちの後について駅周辺のショッピングモールをひたすらぶらつくことになった。

 後について、と言ってもものの十分もしないうちに見失い、というか香織さんが尾行に飽きて自分の見たい所を回り始めた。

 なのでもう実質、僕と香織さん二人でデートみたいなものだ。


 伊織のことも気にはなるけど、あのまま尾行するのも確かにしんどいしさすがに無理。

 という提案に僕も同意してのことだからそれはそれでいいんだけど、どうにも空気が重い。

 伊織と一緒に家を出てきたときとはまた違って、どこか気を遣われている感じがする。

 昔の香織さんなんてもう僕の意思は無視で本当に好き勝手やられてたので、そんな風に思ってしまうのかもしれないけど。

 今は全然そんなことはなく、あそこ見ていい? とかどこか見たいところある? といちいち伺いを立ててくる。

 そりゃめちゃくちゃ振り回されても困るけど、これはこれでやりづらい。

 香織さんのことは昔から苦手ではあったけど、こういう種類の苦手とはまた違う。苦手と言いつつもなんだかんだで楽しくやってたのかも。

 けど今は、向こうの出方が違うので、僕もどう接していいかわからなくなってきた。

 

 こうなるとどうしても昼食のときの会話がひっかかる。

 やっぱりあの時香織さんは、お互い変わってないわねって言って僕と接したかったのかもしれない。

 実際のところ、あまりの僕の変わりようにずっと戸惑っていたのだろう。それでこれまで迷っていたけど、さっきの僕の発言で腹を決めたのかもしれない。

 あのあとも妹達は元気かとか学校はどうかとか当たり障りのないものだったし、香織さんの口数自体少なめだった。

 別に香織さんが機嫌を損ねたとか怒っているっていうわけじゃなくむしろ優しいんだけど、なぜかこうして二人でいること自体申し訳なくなってきた。

 だって僕なんかと一緒に出かけたところで何も楽しくないだろうし、こんなさえないのと連れ立って歩いていると香織さんの印象も下がるだろうし。

 

 と、そんなことばかり考えているから、香織さんのこの服がどうとかこの小物がかわいいとかそういう話にもそっけないリアクションになってただろう。

 考えれば考えるほどマイナスになっていくという、完全なる負のスパイラルだ。

 そんな調子で二時間ほどいろんな店をうろついたのだが、僕にとってはそれはもう長い時間に感じた。

 一人では確実に行かないようなところばかりだったし、ほとんど上の空だったのでどこをどう回ったのか後で聞かれても答えられなさそう。

 

「あっ!」


 そうしてもう本当に二人とも言葉少なくなっていたところに、香織さんが急に素っ頓狂な声を上げた。

 僕もびっくりして我に返った感覚で香織さんの視線を追うと、その先にはゲーセン。そしてちょうどそこに入っていく伊織集団を発見した。


「すっごい偶然ね」


 このショッピングセンター自体そこそこに広いので、もう今日は遭遇することもないだろうと思っていたがまさかここで行きあうとは。

 さっきちょっと見えた感じでは、伊織が一人だけ後方をついていくというはぶられプレイをくらっているということはなく、普通に溶け込んでいるように見えた。

 もちろんこちらには気づいていない様子だ。

 

「伊織、普通に楽しそうじゃないですか?」

「んー……」


 なにか思うところがあるのか、香織さんは煮え切らない返事。

 他人にはわからない姉ならではの勘みたいなのがあるのかな。

 香織さんは歩くペースを落としてそのまま何か考えている風だったが、やがて思い出したように、


「あ、プリクラ……」

「プ、プリキュア?」

「ん? ちょうどいいしプリクラとりましょ」

「ああ、プ、プリクラですよね、プリクラね。……って、ぼ、僕とですか?」

「当たり前でしょう? ほら、だからそこは尾行を隠すためのカモフラージュってこと」

 

 尾行とかもうしてなかったと思うんですけど……。

 向こうの人たちはもちろん僕のことを知らないし、香織さんは伊織に気づかれようがもうどうでもよさそうだし。

 ていうかそもそもゲーセンに入らなければいいんじゃないか……。

 疑問はあったが、というか疑問しかなかったが、それまで非常に重かった雰囲気が多少は軽くなったのでそれ以上反論するのはやめた。


 決まるやいなや香織さんが率先してゲーセン内を先に歩いていく。

 その後を、僕は一応伊織を警戒しながらついていく。

 僕はこのゲーセンによく来る。というかぶっちゃけ、昨日も来た。ここらで一番大きいゲーセンだけど、大体の配置は頭に入っている。

 プリクラのコーナーはまず近寄らないけど。


「どこかしらね、二階?」


 どんどん進んでいくから知っているのかと思いきや、香織さんは立ち止まって店内を見回しだした。

 ここでこんなことをやっていると目立つので、もうプリクラ撮るなら撮るでさっさとすませて出たほうがいいな。


「ああ、こっちですよ」


 そう判断した僕は、警戒モードを解いて早足でプリクラがあるところに向かった。

 僕が先陣を切ったのは今日初めてではないだろうか。


 と勇ましく進んだはいいものの、目的地に着くと僕の足はピタリと止まった。

 なんかいろいろあるけど知らんし。機種とかそういうの全く知らんし。 

 付近に漂うリア充オーラに動けなぜ動かん状態。そしてまたも前後入れ替え。

 香織さんがさほど迷う様子もなくさっと手近な台に入っていったので後に続く。

 

 それにしても結局伊織たちはどこに行ったのかついに見当たらなかった。まあ早くことを済ませてこちらが離脱すればいい話だ。

 早く済ませればいいといいつつ、僕は香織さんが手慣れた感じで操作していくのをひたすら見ているだけだった。

 お金ぐらい出したほうがいいのかなと思っているうちにすでに入れられているという。

 

「これどれがいいと思う?」

「あー、えっと……おまかせします」

「あーでも普通のでいいわよねー」


 過去に妹たちととらされたときも全部やられたので、勝手がわからない。

 しかしいまさらながら、本当に僕となんて撮ってどうするつもりなんだか。

 なにか意味あるのかね? う~ん。

 あるとしたら、これ撮っちゃった~とかって後で伊織に見せびらかすぐらいしかないと思うけど……。

 あ、わかったぞ、あれか、もしかして伊織に対抗しようとしているのか? 

 さっき伊織が楽しそうにしている一方、僕と二人きりがあまりにも盛り上がらなかったので形だけでも取りつくろおうと思って。

 そんなイメージはなかったけど、意外に負けず嫌いなのかな? まあつまらないのは僕のせいなんだけどね。

 なんとなくちらっと香織さんの横顔を盗み見るが、それでなにかわかるはずもなく。

 とそのとき、後方から男女の声が聞こえてきた。


「青木、あんた伊織ちゃんと撮りたいんじゃないの~?」

「いやいやみんなで撮るに決まってるだろ~、できたあと俺と牧野さん以外の顔をマジックで塗りつぶせばいいし」

「うわサイアクこいつ~」

「大丈夫大丈夫、目のとこに黒で横線入れるだけだから」

「きゃはは、それじゃ心霊写真みたくなるじゃ~ん」


 一気に動機が激しくなる。

 まさか……背後をとられたというのか。

 本人の声こそ聞こえてこないが間違いなく今伊織って言ったぞ……。牧野さんとも聞こえたし。


「あら、まさかのニアミス」


 香織さんも気づいたようだ。

 だが青ざめる僕とは対照的に、面白くなってきたと言わんばかりの口調だ。


「あっちもとるみたいね。水樹君一緒にとってくれば? どうも、僕が伊織の幼なじみの者ですって言って」 

「はっ、何をバカな」

「なによ冗談でしょ~? もうほんと冷めてるわね~」


 またやらかした。つい反射的に冗談をマジ返ししてしまう。

 この空気の読めなさ、余裕のなさはさすがの香織さんも苦笑いするしかないという……。

 

「なんか一緒に撮ったらヤバそ~」

「ああ、じゃこいつ撮る係にすればいいんじゃね?」

「よし、はいじゃ~撮りますよー前の人は立ち膝で~っていや機械だし、これ撮る人とかいねえし」

「うっわサム~なに今の~」

「うわくっさ~」

「おいそこ! 匂いは関係ないだろ! てかこれいじめじゃね? 保健室登校になっちゃうよ俺? ねえ伊織ちゃんどう思うよこれ」

「ちょっとなに勝手に下の名前でしかもちゃんづけしてんの~? あんた百年早いわよ」


 これは本格的にあかん。背後でなんか始まったぞ……。

 いいからさっさと撮ってどこか行ってくれ。いやこっちがさっさと撮ります。そしてとっとと消えます。

 で香織さん、早く撮りませんかね……そんな聞き耳立ててないで。


「ちょっと水樹君、そんな怖い顔でこっち見ないでよ」

「え、こ、怖い?」


 むしろ怖いのは僕のほうだ。

 顔が引きつっているのが自分でもわかる。

 よく考えると特に僕に実害はないんだけど、こうやって会話が聞こえてくるだけで嫌な感じがしてしょうがない。


「まあわかるわけどね、くそ、俺の伊織を勝手に……みたいなのは」

「いや別に僕のとか、そういうんじゃないですし……」

「ええ? もしかしてあれ? 寝取られとかそういうのに目覚めちゃったわけ?」

「なんすかそれ……そんなわけないじゃないですか」


 くやしい……でも感じちゃう。

 これでいいですかね。これはなんか違うか。


「で、牧野さんはぶっちゃけどうですか? 嫌ですか?」

「ぷっ、なんでちょっと敬語になってるのウケる」

「牧野さん、いいからお前帰れよって言ってやっていいよ」

「よし、じゃあ一緒に帰ろうか」

「うわアグレッシブだね~」


 なんでこうも騒音がある中、聞きたくもない話し声に限ってよく聞こえてくるんだろう。

 人間の脳と言うのは、無意識のうちに必要な音を取捨選択していると、父さんが言ってたけど……。

 

「あらら、これ完全にあたしの思い違いだったかなぁ? もしかして伊織って、とっくに愛想つかされちゃってたり?」


 香織さんはわざと軽い調子で言っているが、これは結構核心をついた質問。

 僕は一瞬迷ったけど、ここでごまかしてもいずれはぶつかるとこだ。なので今思っている通りのことを口にした。


「……いやそういうわけではなくて……、伊織ってちょっとアレなとこもありますけど、やっぱかわいいじゃないですか」

「まあ、見た目だけにだまされるのは昔から多かったみたいだけど」

「それに面白いし、なんだかんだで高校も受かったし、意外に努力家だと思うんですよね。それでその……やはり僕とは住む世界が違うかなと……」

 

 ちょっと前までは、こんなこと思っていなかったけど、それは変な暗示のせいで勘違いしていただけで……。

 さっき聞こえた会話でもわかるように、グループにいても伊織はああいう扱いになるわけだし。

 確実にいじられキャラになる僕とは真逆だ。

 

「それって自分とはつりあわないとかってこと?」

「……そうですね」

「あたしはむしろ逆だと思ってたけど」

「え? それって……」

「うーん、今ここで話すのもアレだし、その話はまた後でね。でも水樹君、本当に……」


 香織さんはそこで口を結んで、改めて僕の顔を見つめた。

 その瞳からはなんとも言いようのない憂いを含んだ、もしくは寂しさのようなものを感じた。


「な、なんですか?」

「……ううん、なんでもない」


 僕の問いに、香織さんは顔をそらしてしまう。

 けど香織さんがなにを言いかけてやめたのか、僕にはなんとなくわかっていた。

ちょうど今ぐらいが作中の時期ですが、また追い抜いていくのだろうなあ。

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