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駅周辺は天気のいい連休の昼ということもあり、人でごった返している。
そんな中を僕と香織さんは、伊織を見失わないように後をつける。
伊織は結構な早足だ。
「ここも昔に比べてだいぶ栄えてきたみたいだけど、それにしても人増えたわね~、どっから沸いて来るんだか」
その間も香織さんは独り言なのか僕への文句なのかブツブツとつぶやいている。
僕は「そ、そうですねぇ」とかなんとかあいづちを返すが、この騒がしさで聞こえているのかどうかわからない。
やがて伊織は駅入り口付近に到達。
このへんは人待ちっぽいグループがいくつもいて特に人口密度が高い。
伊織は少し立ち止まって辺りを見回していたが、やがてそのグループの中の一つに向かって近寄っていった。
「ふーんあれか……、男一人に女二人……なんかよくわからない組み合わせね。まあ後から来るんだろうけど」
合流したのは三人のようだ。香織さんの言うとおりあれだと男一人女子三人とバランスが悪い。
伊織が何度か軽く頭を下げているのが見える。やっぱりちょっと遅れ気味だったのだろう。
僕らはそのまま伊織たちから二十メートルぐらい離れた所に位置取りする。
人の群れに溶け込むようにして立ってはいるが、下手したら普通に気づかれるんじゃないかという距離感。
たださすがに人が多いし、伊織もあまり周りを気にしている余裕もなさそうだし案外問題はないのかも。
「なんか、普通に、普通っぽいわね」
何を期待していたのか知らないが、香織さんはそんな風に感想をもらした。
確かに、女子一人の髪がやや茶っこいぐらいで、もう見るからにすさまじいDQN集団ということは全然ない。
それになにやら、見覚えのある顔がいるような……。
まあ伊織の中学のときの先輩ということは、僕とは直接つながりはないにしろ校内で顔だけは見たことがあってもおかしくない。
「ねえ?」
「ま、まあ……ふ、普通っすね」
とっさにそんな風に答えてしまう。
香織さん的には普通でも、僕からするともう休日に男女で集まっている時点でリア充としか言いようがない。
というかなんだろう、休日にこういうところに来ると周りの人すべてがリア充に見えてくる。
それは昨日のぼっちフルコースですでに思い知らされていた。
見栄というわけじゃないんだけど、なんかバカ正直には話づらい。
多分香織さんの記憶にある僕と今の僕とでは、それはもう別人レベルに違っていると思う。
それで香織さんが今の僕をどう思っているのかわからないけど、やっぱりなんとなく……がっかりさせてしまうのではないかと。
僕としては、あんなクソガキだった自分よりは今のほうがマシだと思っている……、思いたいけど、でも昔の自分をうらやましく思うときもある。
今更だけどそんな考えが頭をよぎってしまう。
それにくわえ僕は、すぐ近くのウェーイ的なノリの奴らのゲラゲラでかい笑い声がすさまじく耳障りで気になっている。
五人ぐらいのグループっぽいけどさっきからその中の一人がいじられまくっているっぽい。
僕ももし櫻井たちと一緒に遊びに行ってたらあんな感じになっていたのかも。
これは……恐ろしい。考えただけで恐ろしい。行かなかったのは正解だったかもしれない。
「……もう一人男来たわよ、ねえ、水樹君?」
「え?」
「どしたの? 大丈夫?」
香織さんがやや心配げな面持ちで僕の顔を覗き込んでくる。
僕のいつもの被害妄想トリップで意識がどこかに飛んでいたらしい。
いきなり心配されている。これはヤバイ、意識をしっかり持て。
「だ、大丈夫です」
「もしかして、アレを見て何か企んでる?」
「え?」
一瞬意味がわからなかったが、もしかして香織さん……僕がなにかするのを期待してるのか?
確かに昔の僕なら伊織のところに突っ込んで行ってとか、やりかねない……のかも。
まあさすがにそれはない……、いや、やってるかもしれない。
でもあれは自分も周りも子供だったから通用するみたいな所もあって、今それをやったら……いやいや痛すぎる。ちらっと想像しただけで黒歴史確定だ。
「う~ん……あれは、多分伊織を誘った言いだしっぺの女が、あの男のうちのどっちかを狙ってるわね」
「え、そうなんですか?」
「そうよ」
自信たっぷりに言い切った。
なにを話しているかなんて全くわからないし、表情とかもきっちり把握できるわけじゃない。
それでも確信できるものなのか……? いや適当に言ってるだけだろう。
「それかもう一組がデキてて、ダブルデートみたいな感じなのかしらね」
ダ、ダブルデート……。
なんという心から腐った響き。
……いやいかん、こういう妬みっぽい思考がリア充とそうでない人間を分ける決定的な違いなのでは。
「揃ったみたいだけど、いつまでしゃべってんのかしらね。それともまだ誰か来るのかしら」
さっきから伊織たちは話しているだけで動きがない。
遠めだとよくわからないが、伊織がいろいろと質問を受けているっぽいけど。
しかし伊織すごいな。さっきまでの仏頂面とはまるで別人のようにニコニコして、すっかり溶け込んでいる風に見える。
全員がそうじゃないかもしれないけど、相手は先輩なんだよな。
僕なんかこうやって見てるだけでも胃が痛くなってくる。
「伊織、さっきとはうってかわってご機嫌そうですね」
「ただの営業スマイルでしょ」
「え、営業?」
「あの子は不機嫌顔が素みたいなもんだから」
なんだそれ嫌すぎる。どっかの金剛力士像かなんかか。
でも確かに伊織が他の女子なんかと話しているときは無駄にニコニコしているな。
大体が愛想笑いだけど。
「だからやっぱりその素を出させる水樹君は特別よね」
なぜなら彼もまた特別な存在だからです。
……いやいや、香織さんは最近の一連の事件を知らないからだろうけど、そういう話ではなく今の伊織はガチで僕に対して嫌悪感を丸出しにしている。
そういう意味では特別だけどね。
「あ、やっぱりあれで全員らしいわね、移動するわよ」
伊織を入れた五人がやっと動き出した。
ちょっと間をおいて、僕たちもその後について歩き出す。
ロータリーを回りつつ駅前の通りのほうへ。
まず手始めにどこに行くのだろうと考えていると、思いのほかすぐに足が止まった。
「ああ、そういえばもうお昼だから、ご飯食べるみたいね」
伊織たちが立ち止まったのはファーストフード店の前。
中をうかがいつつちょっと相談していたようだが、やがてお店に入っていった。
このあたりは食べ物屋が多いのもあってそこまで混雑はしていないようだ。
「あたしたちもここでお昼にしましょ」
「え、今入ったらさすがに気づかれるんじゃ……」
「だってあたしもおなか減ったし。他に行くともう100パー見失うじゃない。それによく考えたら別にバレてもよくない?」
うわ出たよこの投げやりっぷり。腹が減ったからもうどうでもよくなってきちゃったよ。
この姉妹、こういうところ似てる気がする。
結局五分ぐらい待ってから入店するということで落ち着いた。
店内に入り注文の列に並ぶ。するとちょうど今伊織グループの人たちが注文している最中だった。
注文する側と席を取る側に分かれたのか、伊織の姿はない。
僕はちょっと安心したが、香織さんはそんなこと全く気にしていない様子でメニューを眺めている。
もはや尾行とか完全にどうでもよくなってるな。
それを見てると僕一人そんなに気にするのもバカらしくなってきたので、同じようにメニューを見る。
ファーストフードとはいえちょっと割高だ。店内もやや落ち着いた感じ。
僕はこれまで来たことがないのでセットとかどういう風になってるのかわからん。
なんだよこれ注文のときにグダりそうで嫌だなもう。ちょっとシャレたところ入っちゃって、別に○ックでいいじゃん。
注文が終わり席に着いた。
入り口に近い側の二人がけの席だ。そうでもないかと思っていたら店内はほとんど満席に近い。
店内意外に奥のほうまで広いし、すぐ近くに伊織グループの姿は見当たらないのでこれは案外大丈夫かと思いきや……。
「香織さん……」
なんか手振ってるし……。
その先にはもちろん伊織。せっかく離れた席に座れたというのに。
「探してたら偶然目があっちゃったから」
全く悪びれる様子なく言う。
まあ同じ店に入った時点でどの道バレるだろうなとは思ってたけど。
伊織だけならいいんだけど、他の人たちもこっちに気づいてあれ誰みたいになるとヤバイ。
姉とその家畜です、みたいにね。説明せざるを得なくなるからね。
やがて注文が運ばれてくると、香織さんは食べる前におもむろにカバンから携帯を取り出した。
ああ、食べ物の写真撮るのか。なんか大変そうだな。
と、何の気なしに眺めていると、香織さんは携帯をまっすぐ僕のほうに向けた。
そしてピロリン、とシャッターを切る音。
そのあまりにも自然な動きに、なにが起きたのか理解するまで数テンポ遅れた。
「……ち、ちょ、今撮ったでしょ!?」
「撮ったけど、なにか?」
「いやいやいや、撮る方向違うでしょ、食べ物撮るんじゃないの? 思いっきりこっち向いてたけど!?」
「え? こんなハンバーガーなんて撮らないわよ?」
「じゃなんで撮ったの!? このタイミングで」
「それは……撮りたかったから?」
そこに山があるから登るみたいに言われてもね……。
にしても断りなくいきなり人の顔を撮るなんて著作権の侵害だ、あ、いや肖像権だっけ?
「なにをそんな慌ててるの? いいでしょ写真ぐらい、芸能人じゃあるまいし」
「いやまあ……、でも一言なんかあってもいいじゃないですか」
「ああ、はい、チーズって忘れてたわね」
「そういうんじゃなくてですね……」
これ以上何を言っても無駄だろう。僕は早々にあきらめた。
やっぱこの人も、根元の部分は変わってないなあ。
「香織さんも相変わらずというか……。今日会ったときはまた印象が違ったんですけど」
「ああ、あの時は……久しぶりだったから、あたしの恥ずかしがり屋な部分がでちゃったかしら」
恥ずかしがり屋だと……?
スカウターが使い物にならなくなったときもこんな感じの衝撃なんだろう。
「久しぶりに会ってヤダ~どうしようみーくんかわいい、かっこかわいいみたいな? なにしゃべろうかってドキドキしちゃって」
かわいいとかなにそれどこ情報? どこ情報よ?
「それに水樹君も、その、すごく感じが違うから」
違うだろうな。僕自身が一番そう思う。
しかし改めてそう指摘されて、なぜか僕はぎくりとしてしまった。
さっきもうすうす感じてしまっていた、なんとも言い表せない気まずさ。
それはやっぱり香織さんは昔の僕を、期待していたんじゃないかっていう。香織さんの記憶の中にある僕を。
これは憶測に過ぎないけど、何だかんだいって僕は今の自分に自信が持てないから、そんな風に思ってしまうのかもしれない。
だからと言って、今の僕をどう思いますかなんて聞けるわけがない。
「……まあ、その、いろいろありますから、僕も変わりますよ」
僕は内心の動揺を隠すように、そんなのは当たり前だという語気で答えた。
それに対し香織さんは当然のように、
「そうよね、いつまでも子供じゃないもんね」
すぐに同意を返した。
ただそれが、本当にそう思っているのか、そういう話はしたくないという僕のオーラを読み取ってのものなのかはわからなかった。




