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なんででしょう。僕が聞きたいです。

 

「えー、偶然、そこで香織さんと鉢合わせしてつれてこられて……」

「……あっそ。で今日は遊ばないの?」


 なぜかすごく嫌みったらしい口調で言われた。

 何のことかすぐに思考が追いつかなかったので、そのまま聞き返す。


「え? 誰が……」

「おととい、家に呼んだんでしょ? なんていうんだっけ、あの子」


 家に……?

 ……そうか、あれのことか。家に呼んだとか相当な誤解があるようだけど。

 家を出たところで直撃したんだっけ。

 

「あ、ああ、なつみちゃん……」


 あっ、じゃない、なつみちゃんじゃなくて二宮さんだ。

 昨日のあの印象が強烈でつい間違えた。


「なつみ……? 弥生ちゃんじゃなった?」


 知ってるやん。あの子、とか言ってがっつり覚えてるじゃん。

  

「なつみちゃんっていう子もいるんだ~へ~」

「ち、違う、なつみちゃんは、い、妹の友達で……」

「なるほどね、妹の友達にもちょっかいを出しているってこと」


 妹の友達にも手を出すとかすごい飢えてるじゃないですかやだ~。

 なつみちゃんは鍵も閉めずにトイレに入って、誰かがドアを開けてくるのを待っているというある種の妖怪ですとかそういうわけのわからない弁明が一瞬思い浮かんだがもちろんそんなもんを口に出したりはしない。

 ここはごまかせ、話をすりかえるんだ。


「そ、それはそうと……い、伊織のほうこそなんかデートとかって、誘われてるんでしょ」

「はあ? だからそれは……」


 僕のとっさの切り返しに、伊織は言葉を詰まらせた。

 そして一瞬困惑する表情を見せたが、すぐに忌々しそうに口を開く。


「はっ、そうね。男のほうからどんどん寄って来ちゃうから。もう家でゴロゴロしてても寄って来るから」


 なぜか知らないが急に開き直ってきた。

 これはこれで困るな。


「い、いや~汚い部屋でゴロゴロしてたら虫とかしか寄って来ないんじゃ……」

「うっさいわね、それはただのたとえでしょ? たとえ!」


 すごいわかりにくい。

 たとえっていうか、実際ゴロゴロしてるからなおさら……。


「家でゴロゴロしてるだけでそれってことは、外に出たらすごいことになるね」

「そうね、それはもうわっさわっさと群がってくるわ」

「だからそれ虫じゃん」

「いや虫じゃねえっつの」


 なんなんだ、なぜそこでムキになってくるんだ。

 どう考えてもボケじゃないのか、僕が突っ込んで終わりのはずなのにボケを肯定しようとしている。

 これはガチで君とはやってられんわのやつだ。


「い、一回さ、部屋を掃除っていうか、片付けたほうがいいんじゃないかな。香織さんにも言われたし……」

「言っとくけど掃除はしてるわよ? あんたさっきさりげに汚い部屋って言ったけど、物がいろいろ置いてあるから汚く見えるだけでしょ? 今その辺に置いてあるやつとかは、全部使ってるから。使い終わったら一気に片付けたほうが効率いいでしょ」


 出たよ効率厨。

 今使ってるとか、いつになったら使い終わるんだよ。本とか雑誌とか……。

 僕はふとカーペットの上に散らかっているブツの中から一冊の本を拾い上げた。見覚えがあって目に留まったのだ。

 水かなんかに濡れたのか、表紙から全体の半分ぐらいまでのページがよれよれのしわっしわになっている。


「あれ、これあれじゃん、数学の教科書、いま授業で使ってるやつじゃん」

「ああそれ、私数学キライだし、別にいいわよ」

「いやいやそういう問題じゃないでしょ。まだ一ヶ月ぐらいしかたってないのに……」

「そんなこと言ったってしょうがないでしょ? 水がこぼれたところにたまたまながって……、置いてあったんだから」

「だから本とか片付けないでほうってあるからでしょ……」

「でも水っていってもただの水じゃないから。ミネラルウォーターだから」

「いやそういうの全然関係ないから」

「なによ……、じゃああんたのと交換しなさいよ」

「いや、じゃあ、の意味がわからないんだけど」

「あんたのと交換しなさいよ」

「ごめん、じゃあ、がなければ意味がわかるとかそういうことではなくて」


 あまりにも理不尽な要求をされている。

 だけどそれを真面目な顔と口調で言っているのがおかしくて、自然に笑みがこぼれてしまう。

 やっぱり伊織は面白いし、こうやって話をしているだけでもなんだか……。


「な、なに笑ってんのよ」

「そっちこそ、ちょっと笑ってない?」

「わ、笑ってないわよ、どこが笑ってるように見えるのよ」

 

 伊織は顔をそむけるが、口元は若干緩んでいた。

 今になってさすがに自分の発言がおかしいことに気づいたのだろう。勢いに任せてしゃべっていたっぽいし。


「なによ、なんなのよ。あーむかつく!」


 やっぱり伊織はにやけそうになるのをごまかそうとしているように見える。

 これまで不機嫌モードでずっと来たから、ここで笑ったら負けみたいなのが伊織の中であったのかもしれない。

 これは……なんかいいぞ。久方ぶりに、なにかいい感じになってきている気がする。

 

「……なに見てんのよ、なんか文句でもあるの?」

「あ、いや……、やっぱ伊織はか、かわいいなって思って」


 いいぞ、今のは。流れに乗った形で僕にしてはさらりと言えた。

 実は隙あらばこうやって差し込んで行こうと、これはもう結構前から妄想でシュミレーションしていたのだ。

 しかし肝心の効果はというと……伊織は無言のまま、ふん、と小さく鼻を鳴らしただけだった。

 それどころか漂っていたはずのなごやかムードが完全に消えた。今の一言で確実に機嫌を損ねたのがわかる。

 かわいいって言われて機嫌悪くなるとか相当ひねくれてるぞ。もういっそブスだねって言えば喜ぶのか?

 まあ、それもこれもおそらくは僕が原因なんですがね。いや、なんとか時効にならないかなと思って。


「で、いいの? こんなところで油売ってて。今日も待ってるんじゃないの? その、なよいちゃんが」


 なよいって誰だよ。合体してるよ。

 

「いやだからそれは誤解で……」

「あーもういい、ていうかそんなの私の知ったこっちゃないし好きにすればいいのよ。こっちもね、もうあんたなんかにかまってるほどヒマじゃないの。そろそろ出かける準備するから出てって」


 伊織は聞く耳持たないモードに入ったらしい。

 もうこれ以上は無理だと思った僕は、そのまま追い出される形で部屋を出た。


◆  ◇

 

 あの後伊織の服装が違うとかって香織さんが騒ぎ出したりなんやかんやで、僕は三十分近く放置された。

 着替えているところに突っ込んでいくのもアレだしもとからそのつもりもないしで、その間一人誰もいない一階のリビングでひたすら待機。

 おかげでスマホのゲームがはかどった。とでも思わないとやってられない。

 そして今僕たちは牧野家を出て、バス停に向かう道を三人一緒に歩いている。

 

「……ねえ、なんでついて来るの?」


 先を歩いていた伊織が、急に振り返って言った。

 結局伊織の格好は薄手のカーディガンに、白いワンピースのようなもの。ようなものというのは正式名称が他にあるのかどうか疎くてよくわからない。

 こういう私服は久しぶりに見たけど、よく似合っていると思う。香織さんのお下がりか何かかも。

 伊織は身長160近くあったはずだし、香織さんがそれより少し大きいぐらいでそれほど体型も変わらないし。

 香織さんがすぐさま反論する。

 

「別に伊織についていってるわけじゃないけど? 駅前行かないとこのへんなにもないじゃない。バスに乗るにはこの道しかないし、多少かぶるのは当然でしょう」

「そうだとしても、同時に家を出る必要ないじゃん」

「いいじゃないの。こっちは時間の決まりはないんだし、途中まで一緒に行ったほうがいいでしょ」


 そう言われて黙り込む伊織。

 普通なら香織さんの言うとおりだけど、伊織が気に入らないのは多分僕がいるからだろうな。


「そういえば伊織はどこに行くって? 遠出するわけじゃないんでしょう?」

「……駅の辺りで適当に、らしいけど」

「なんだ、じゃああたしたちと一緒じゃない。そうそう、駅ビルにパンケーキのお店できたらしいじゃない。あたしそこ行きたいなぁって、ね、水樹君」

「は、はあ……」


 行ったらいいんじゃないですかね。どの道もう逃げられないし。

 大体なんなんだパンケーキって。ホットケーキとなにが違うんだ。

 パンケーキって言いたいだけじゃないのか。


「水樹君、なんでそう足取りが重いの? そうやって半歩後ろを歩くといやいや買い物に付き合わされている弟みたいになるでしょ」


 実際そんな感じだけども、一体何ならいいんだ。

 どういう関係なのかというと……近所のお姉さんと下僕、玩具、ペット未満。


「あ、でもそれはそれでいいかも。……しかし大きくなったわね~」


 香織さんは僕の全身を眺めながら感心した声を出す。

 確かに香織さんと最後に会ったときの記憶では、僕のほうがまだ背は低かった。

 僕がもっと小さいころにはさらに相当な身長差があったから、それを追い抜いた今こうして横に並んで歩くとすごい違和感がある。

 

「小学生のときはほんと小さかったからこんな伸びると思わなかった。170ぐらいあるの?」

「いや70はないですけど……」

「もうちょっと伸びたらいい感じに見えるかしら? あたしたち」

「さ、さあ……」

「こうやって腕とか組んだりできるしね」


 そういって香織さんはいきなり僕の腕に手を絡めて密着してきた。

 僕は反射的に腕を体から遠ざけようとしてしまう。


「うわっ、ち、ちょっと!」 

「な~にそんな嫌がって。でもあれね、もうちょっと筋肉つけたほうがいいわね」


 僕の腕をもみしだきながら上機嫌だ。

 おかしいぞ、今日香織さんに久しぶりに会った第一印象はすっかり落ち着いていてもはや別人ではなかったのか。

 もう昔みたいに過激なスキンシップとかはないと思っていたのに。

 出かけるってなってから異様にテンションがあがっている。いやむしろ会ったときが不気味に低かっただけなのか。

 予測できた事態ではあるが実際なるとコレは反応に困る。

 子供のときは全力で嫌がっても特に問題はなかったけど、今だと童貞丸出しのリアクションだとかなんだってなりそうで対応が難しい。

 結局されるがままになっていると、香織さんが伊織にも声をかける。

 

「ねえ見て伊織、いい感じじゃない?」

「ふうん、よかったね」


 伊織は一瞬チラ見してすぐに視線を戻した。

 香織さんとは対照的に伊織は完全に冷めている。

 クールですわ、これこそ非童貞のリアクションですわ。

 なるほど、そういう風に行けばいいのか。軽く流す感じで。

 

「伊織ったらすねちゃって。結構いけてると思うんだけど。ね~水樹君」

「そ、そうね~」


 これただのオネエやん。

 もう大きい通りに出かかっていたので、結局僕は童貞もろだしの動きで香織さんを振りほどいた。

 誰も僕らのことなんか見てないとは思うけど、どうもこういうのは気が引ける。

 

 その後バスに乗っている間も、香織さんは始終そんな感じで絡んできてすでに先が思いやられた。

 伊織なんかは僕らのことをほぼ無視していたけど、内心どうなのかは知らない。

 僕らのことがどうこうというよりかは、なにか考え事をしているようで心ここあらずという感じで、これから遊びに行くというテンションではないように見えた。

 誘われちゃってるんだけどーってドヤ顔で言っていたけど、本当はあまり気乗りしていないのかもしれないな。

 ただの気のせいならいいけど。

 

 駅にバスが到着して一斉に人が降りる。

 しきりに時間を気にしていた伊織は急ぎ気味に、

 

「じゃあね。たぶん七時前には帰ると思う」

 

 と言って足早に去って行った。

 思ってたより時間が遅れて、相手は先輩だから気をつかうのかもしれない。

 しかし大丈夫なのかな。

 どうにも気になって遠ざかっていく伊織の後姿を見ていると、


「あら、やっぱ気になる感じ?」


 すかさず香織さんが笑みを浮かべながら覗き込んでくる。


「あ、いや……」

「うーん……じゃあ、つけてみましょうか」

「え? つけるって……」

「ちょっとよ、ちょっと。どんなのが来るのか見てみたいでしょ?」


 それは……気にならないといえば嘘になる。

 相手の人も気になるけど、伊織の様子自体も気になる。余計なお世話なんだろうけど。

 だからといってこそこそ後をつけるのも気が引けるなあ。

  

「ほら、早くしないと見失うわよ」


 悩む僕をよそに、香織さんは微塵も後ろめたさを感じさせない足取りで歩き出した。

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