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 あれから伊織とは出くわすことなく、教室までやってきた。

 伊織とはクラスが違うし普通に授業を受けている分には接点がない。

 どうもさっきは変な感じになってしまったけど、次に会うときまでにはさっぱり忘れよう。

 

 今日はいつもより早いバスで来たので、HRが始まるまでまだ時間がある。

 僕はいつものように前の席の富田君と話しはじめた。

 富田君は最初すごく感じが悪かったが、あるとき僕がポロっとアニメの話をして以来急にフレンドリーになった。

 

「ビデオにとったヤツ見返したんだけどさ、やっぱヤバイわあれ」


 富田君が鼻息荒く語っているのは、深夜にやっている魔法少女メルちゃんというアニメ。

 魔法少女とか言いつつ変態女が変態行為をするただの変態アニメだ。あんな話を考える人はちょっと頭がおかしいとしか言いようがない。

 僕はさわりだけ見て頭が痛くなり、録画したのを消したのでかなりどうでもいい。

 

「そ、そうなんだ」


 富田君の話が次第にディープな話題になるにつれ、適当にあいづちを打つことしかできなくなっていると、


「いや~聞きましたよ長瀬さん」


 不意に背後からおどけた調子で声をかけられた。

 嫌な予感。

 僕はその相手が誰なのか、振り向くまでもなくわかった。

 櫻井だ。


「なっ、なにが?」

「あの二組の牧野っていうのと、なにやら仲良しだそうじゃないですか」


 櫻井は後ろから僕の肩に腕を乗せて、なれなれしく顔を近づけてくる。

 かすかに甘い香水の匂い。

 櫻井は髪をワックスでがっちり立ち上げて、制服もちょっと軽く着崩すようなちょっと垢抜けた感じのヤツだ。

 クラスの男子はわりと真面目そうなのが多いので、その中で櫻井はかなり目立つ存在だ。

 僕は基本的にこういうタイプは苦手だし、できればあんまり関わりたくない。

 だけどむこうからちょくちょく絡んでくるので仕方なく相手をしていたら、いつの間にか日常的に会話するようになっていた。

 

「な、仲良しっていうか……」


 嫌な予感が当たった。

 やっぱり見られていたのか……。きっと人づてに聞いたんだろう。

 一緒に登校したりするのは今日に限った話じゃないし、いつかこうなるんじゃないかとは思ってたけど……。


「僕たち付き合ってます!」

「いや付き合ってないよ!」

「え、そうなん? でも狙ってんだろ?」

「いや、えっと……」


 う~ん、弱った。

 こういう会話自体慣れてないものだから、すぐ言葉に詰まってしまう。

 これまであんまり目立たないようにしてきたから、友達もおとなしめなのが多く、数も少なかった。

 それにゲームだのアニメだのの話ばっかりで、どの子がかわいいとか誰と付き合いたいだとかそういう話になることもなかったし。

 

 伊織か……。

 今まで付き合うとかそういう意識なんてしたことなかったからな……。

 ブサイクなのは置いておいて、伊織は普通にかわいいところもあるしいい子だと思うけど……。

 ただこっちがよくても向こうはどうせ僕みたいなブサイクはイヤだろうし。


「まあそこで詰まるのも無理はないわな」

「な、なんだよ」

「とぼけてもム・ダ。なんせこっちはネタが上がってんだよ残念王子さんよ」


 残念王子っていうのは櫻井が勝手に付けた僕のあだ名だ。

 あだ名って言っても実際そうやって呼んでくるのは櫻井だけだけど。


「その残念王子ってのいいかげんやめてくれる?」

「なんで、いいじゃん。いま女子にも広めてる最中だから」

「だからやめろって。だいたい百歩譲って残念はいいとして、王子ってなんだよ」

「パッと見少女マンガの王子様っぽいじゃん。残念イケメンじゃつまんねえし」


 なにが王子だよ。

 こいつは単純にブサイクをイケメン扱いしていじりたいだけだ。

 まあこうやってからかわれるのは中学時代だって何度もあったし慣れっこだ。


「それは置いといてだ。ていうかお前、話そらすのに必死すぎ。昨日オレ、見たんだよねえ」

「……なにを」

「駅前で」


 昨日、駅前。

 それだけで櫻井がなにを言おうとしているのか、およそ察しがついてしまった。

 そう、昨日は休みで、駅に買い物をつき合わされていた。

 雫だ。


「牧野ちゃんとあの短いツインテの子、一体どっちが本命なんですかねえ、それともいきなり二股ですかぁ。王子はやることが違いますなあ」

「いやあれは違くて……」

「違くないでしょ~、あえて声かけなかったけど、仲良く腕組んじゃってるのこの目で見たし」


 結構な時間ホールドくらってたからな……。

 これがあるから妹と出かけるのはなるべく避けたいんだけど、あの二人にそれはどだい無理な話だ。

 昨日は「雫の番」だったから見られたのが雫一人だけなのは不幸中の幸いか。

 言いたくなかったけど、こうなってしまったからには仕方ない。


「はぁ……。昨日のあれは……妹だよ」

「な、長瀬クン! キミ妹いたの!?」


 それまで誰も聞いていないのに一人ブツブツと語りを続けていた富田君がいきなり反応した。

 驚いたのは僕だけじゃなく櫻井も同じだったようだ。


「おわ、びっくりしたあ! いきなり大声出すなよデブ」

「デブじゃねえよ!」

「いやデブだよ」

「中肉だよ!」

「うん悪かったよごめん、ていうか今どうでもいいんだよお前がデブかどうかなんて」

「そっちが先に言い出したんだろ。……長瀬クン、今写メとかないん?」

「な、ないよ」


 勝手に携帯に送ってこられたのが大量にあるけど、わざわざブサイクな妹の写真を見せたりしたくない。

 

「あってもお前には見せたくねえだろうな。妹と聞いたらもう見さかいなさそうだもんな」

「いや俺にだって妹ぐらいいるし」

「うわ、富田ちゃんも妹いんのかよ」

「いるよ、クリーチャーが」

「だろうな」


 櫻井がさらりと流したが富田君は意にも介さず、


「長瀬クンの妹なら期待できそうだけど、でも妹がかわいいのはやっぱ二次元限定だし」

「うん、そうだね」

「長瀬、なんでそれにお前が同意してんだよ! あんなかわいい妹がいる分際で。あー、不公平だわ、汚いなさすが王子きたない」


 ……かわいい妹?

 僕はぽろっと出た櫻井のその言葉に敏感に反応した。


「……待った。今のは聞き捨てならないな」

「は? なにが」

「僕のことをからかうのはいいけど、妹の悪口を言うのは許せない」

「悪口? 悪口なんか言ってねえだろ。……ああ、超かわいいとか言わないとダメってか。はいはい」

「違うよ!」


 確かに超絶ブサイクだけど、そういうことじゃない。

 明らかに雫はブサイクなのにそれをかわいいだなんて……。

 はあ、がっかりだ。櫻井は一見ふざけてるけど裏表のない結構いい奴だと思ってたのに。


「なんだよ、なに怒ってんだよ……」

「櫻井さ、僕の妹のこと、見たんだろ?」

「ああ、見たよ。はっきりとな。めっちゃかわいかったし」


 まだ言うか。

 やっぱり完全にからかわれてる。

 そっちがその気ならこっちにも考えがある。


「あっそう。じゃあさ、とりあえず見た感じだけで聞くけど、どう? もしあれに付き合ってほしいとかって言われた場合」

「えっ、なに? 紹介してくれんの!? よっしゃ!」

 

 とことんからかうつもりだな……。

 よし、今日は僕だって引かないぞ。これ以上コケにされてたまるか。

 こんな風に妹をバカにしてくるやつとなんかもう付き合いたくないし、はっきりさせてやる。

 

「いいよ、じゃあ今日ウチ来なよ、会わせてやるから」

「おおっマジか! こりゃお前がお義兄さんになる日も遠くないな」


 ほ、本気か……? 

 てっきり「あ、ごめ~ん、今日オレ見たいテレビあるんだわ」とかってオチをつけてくると思ったのに。

 一体どういうつもりで……、まさか直接会って笑いものにする気か……?


 でも本当にうれしそうにしてる。

 最近の高校生ってここまで演技がうまいものなのか? ていうかそうまでして僕をからかいたいのか?


「残念だけど俺は今日駅前のアニメショップ行く予定だからパス」

「いや最初からお前にパスとかそういう権利ねえし」


 ヤバイどうしよう、勢いで言っちゃったけどホントに来る気だ……。

 しかし、櫻井の狙いがサッパリわからない。まさか本当に……。

 

 ふとそこで僕は、ある一つの可能性に気づいた。

 

 

 はっ、もしかして櫻井って……ブス専?

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