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 雫の発言に、僕はまたもや自分の耳を疑った。

 僕の耳はさっきから立て続けに容疑をかけられているけども、それも仕方ないぐらいにこいつは怪しい。

 

「えっと……今、許してくれるって……?」

「そ。まぁ、ど~してもっていうならね」


 雫のヤツ言いだすまではもじもじためらっていたが、言ったあとは吹っ切れたのか急にふんぞりかえって得意げな顔をしている。

 これまでさんざん僕のほうがへりくだって和解を申し入れていたから、そういう態度になるのも無理はない。

 さっきの態度は単純にその話を自分から切り出すのに抵抗があったというとこか。

 しかし昨日の僕の行動がよほど評価されたのかなんなのか知らないけど、こうもあっさりと折れてくるとは。

 本来ならその申し出にここぞとばかりに飛びつくところなんだけど……、いやむしろ飛びつきたいんだけど、その流れで物理的にも飛びついてしまうとシャレにならない。

 ここは涙を飲んで、必死に僕の中に眠る暴走しそうな魔力を(ろくでもない魔力|シスコンパワー)押さえ込むしかない。

 ぐぅぅ、し、静まれ俺の右腕。


「い、いや~、えっと、まあ、その……大丈夫です」

「まぁそこまで言うんならしょーがない…………は?」


 雫は途中でおかしいことに気がついたようだ。

 まさかそんな返答をされるとは思ってもなかっただろう。


「その、許してもらわなくてもいいっていうか……」

「は、はあ? どういうこと?」


 雫はやはり理解できないようで、未知の物体でも見るような表情。

 そうなるのも無理はない。許してもらわなくてもいいとか自分でも言ってて意味がわからない。

 そういうプレイに目覚めてしまったとか誤解される前にうまいこと理由を作らないと。


「えー、あの、やっぱりひどいことを言ったのは確かなんで……」

「それはそうだけどぉ、まあ反省したみたいだし……そ、そろそろいいかなって」

「い、いやぁ、相当怒らせちゃったみたいだし、僕もまだまだ反省が足りないし……」

「そ、そうだねぇ~、そりゃまあ、まだまだだけど、で、でもあれじゃん? まあ昨日のこともあるしここはとくべつに……」

「いやいや、昨日のは僕もそれを口実にしてうまいこと逃げられたみたいなとこもありますし」

「いやだからぁ……もういいって言ってるじゃん!」

 

 どうしてもっていうのならなんて言ってたのに、半ギレで許そうとしてきた。

 キレて許すというのもよくわからない。

 雫は自分でも強引だったことに気づいたのか、それっきり黙り込んでしまった。

 渋い顔をしながら、なにか考えている、というか迷っている様子だ。

 その間僕はひたすら気まずい。経験上、雫の場合こういうとき何か余計なことを言うとさらにキレられるのを知っているので、とにかく待つしかない。

 しかしあまりにも僕の待ち時間が長い。

 よく考えると僕は妹たちとはあまり仲良くしないほうがいいと思っているわけで、なにもそんなご機嫌を取る必要もない。

 今のこの流れからすると、むしろ嫌われるような言動をしたほうがいいのではないかとすら思う。

 僕は自分を殺し、あえて嫌われるのを覚悟で雫を置いて立ち去ることにした。


「じ、じゃあ、メルちゃんが待っているので僕はこれで……」


 魔法少女メルちゃんは僕が一話で切ったアニメだ。下ネタだらけのキチガイじみた内容で中身はゼロに等しいのだが作画だけはいいのだ。

 富田君が騒いでいるので見てみることにしたのだ。

 

「あ、ちょっと!」


 また呼び止められた。

 しかも今度は服をつかまれたので立ち止まざるをえない。

 僕が止まると雫は手を離し、意を決したようにゆっくりと話し始めた。


「あ、あのね、あの……、あの時はその、すごくムカついたけど……、ショックだったけど、じつは次の日にはもうあんまり気にしてなかったよ? でもはじめはなんか面白いかと思って、怒ったフリしてたんだけど、本当にそんな感じになってきちゃって言い出しずらくなってきちゃって……」


 ……どういうことだそれは。

 もしかしてあれか。僕が最初に考えていたとおりブスだなんだちょっと言ったくらいでそこまでにはならなかったってことか。

 マジか。マジなのか。


「へ、へえ~、そうなんだ……」

「そ、そうなんだよねぇ……」


 僕は内心かなり動揺していたが、あえて興味がなさそうな反応をした。 

 これには特に意図があるわけでなく単純にリアクションに困っただけだ。

 おかげでまた変な感じになってしまった。

 雫はおそるおそる、といった感じで僕の様子をうかがうように上目遣いをしてくる。

 僕がどう出るか、向こうもはかりかねているのだろう。

 でも今までのあれが演技? にわかには信じがたいが……本人も演技のつもりが、っていうことか。

 いや待てよ。


「と、いうことは……泉もそんな感じ?」

「知らな~い。泉はバカだから本気なんじゃない」


 確かに、泉がそんな演技なんてするとは思えないな。

 しかし雫の今の言葉が本当にしろ嘘にしろ、向こうからこうも歩み寄ってくるとなると距離を離すというのも難しいような。

 

「それで、そのことなんだけど……ようするに、お兄ちゃんが雫に対して、なんか気に入らないことがあったんだよね? 言ってみて、直すから。あ、もしかして髪型とか?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

「もしかして怒ってるの? ひどい態度取ったから」

「いや全然そんなことは……」

「じゃなんなの? ていうかなんなの!? なにがブスだっていうの!? 意味わかんないんだけど!!」


 今度はキレだした。

 やっぱこれ絶対根に持ってるわ。

 でもまあ、それならなんでブスだのなんだの言い出したのか理由がわからないからごもっともだとは思うけど。

 どうしたものか、説明しづらい。というか説明すべきか。

 そもそも説明して信じてもらえるかどうか……。

 仮に信じてもらえたとしても、シスコン過ぎて変な暗示かけられたなんて言ったら雫がさらに図に乗ってきそうだ。

 「雫のことかわいくてしょうがないんでしょ? ほらほら言うこときいたらごほうびあげるよぉ」

 みたいな感じに。さらにヤバいのはそれもアリやなと一瞬思ってしまったことだ。

 いかんいかん、やはりここは兄として毅然とした態度を取らねば。


「その、き、キョウコちゃんに比べたらまだまだかなぁと」


 毅然とした兄というかただの二次元にイっちゃってる人になってしまった。

 これで兄としての威厳は地に落ちた。はは、笑えよ。

 こんなことを言われたら雫も距離を置きたくなるというものだろう。


「はぁ~……」


 ほら見ろ、ガチのため息だ。

 これは怒りを通り越したあきれの境地というやつだろう。

 雫はうなだれながらひとしきり息を吐き終わると、首をもたげて再び僕の顔を見た。

 そして今度はなぜか笑顔になって、


「まあ、でもお兄ちゃんコミュ障のオタクだからね」


 んん? これは、笑顔でディスってくるという新しいようで使い古したパターン?


「現実の女の子には興味ないんだもんね」

「え? えーっとそれは……」


 拙者オタクではありますがそこまでは言ってないでござる。


「それならそれでしょうがないよねえ」

「いや~それはちょっと……」


 しょうがなくはないでしょう。

 危機感持とうよ。もっと熱くなれよ、あきらめんなよ。


「そっか~、最初からそうやって言っておけばよかったんだなぁ。やっぱありのまま言わないとダメだよね」


 いやダメでしょう。

 一人で勝手に納得して完結しているけど、僕のありのままはまだまだ寒い。

 確かに雫のいうとおり、僕は三次元に関してはほぼあきらめかけていたけど、今回のことでまだ望みはあるのではという気持ちにはなりつつある。

 もはや自分に対して必要以上にマイナスになってしまうことはない……と思いたい。


「なつみにもそういう風にちゃんと言っておくからね」


 なるほど、そうやってフラグをガードしても削りきる勢いでサイコクラッシャーするわけですねわかります。

 

「い、いやちょっと待った、そうは言うけどね、これからの僕は、ひ、一味違うよ?」

「はあぁ?」


 何をまた言い出すかと思いきやと言わんばかりの完全に僕をなめきった顔。

 そういえば雫は僕がずっとアニメ見ててもキモいとかってなることはなく、むしろどうぞどうぞって感じだった。

 おとなしく二次元でハアハアしてればいいんだよみたいな意図があったのかも。

 自分の友達にも僕に関してあることないこと吹いて回っていたようだし、雫によって故意に邪魔されていたのではないかという疑念さえ起こる。

 いや別に雫の友達をどうこうするっていうわけじゃないんだけど、なにか釈然としない。


「なにが違うって? んん?」


 小ばかにした態度で顔を近づけてくる。

 かなり近い。これ暗示かかったままだったらどついてたかもしれない。

 ただ残念ながら今の僕はそんなことにはならない。代わりに出た選択肢はというと。

 

 1 ほおずりする

 2 耳にかじりつく

 3 抱きしめる

 

 やべえよ……ギャルゲーだったらどれも好感度下がりそうな地雷な選択肢しかない。

 というかこれはエロシーン入った後の選択肢では……。

 しかしこの三択はなかなか迷うな。

 そうして僕がリアルってなんでセーブできないんだろうと固まっていると、


「なんだよ朝から二人は仲いいな~」


 その声にギクっと体が硬直する。

 見るとちょうどリビングからジャージ姿の父さんが出てきたところだった。


「水樹、もう九時だ。休みだからって起きるのが遅いぞ。朝の時間の使い方で一日が決まると言っても過言じゃないからな」

「う、うん……」

「それにひきかえ雫はこれからお父さんとジョギングだからえらい!」

「いや行かないし」


 雫はぼそっと小さく答えるやいなや、きびすを返してリビングのほうに行ってしまった。

 急に邪魔されたのが気に入らなかったのか、まったく不機嫌さを隠すこともない。

 あっさり断られた父さんは、しかしめげすに僕に声をかけてきた。


「よし、じゃ水樹行くか」

「いやちょっと、起きたばっかりでご飯も食べてないし……」

「なんだよもう……。泉は? 泉はまだ寝てるのか? ったく起こしに行くか」


 父さんはどんどん、と大げさに音を立てて二階に上がっていった。

 見るまでもなく確実に断られるであろう絵が簡単に想像できる。

 ……なんかちょっとかわいそうになってきた。



 ◆ ◇



 簡単にパンをかじる程度の朝食を取った後、僕は自室に戻ることにした。

 とりあえずアニメを見ようと思っているんだけど、その前にちょっとパソコンでネットをしたいのでリビングにあるノートパソコンを持っていきたい。

 いや別に決していかがわしいサイトを見るわけではない。でもリビングだとなんかやりづらいので。

 まあなんていうか、リビングよりも僕の部屋のほうがいろいろといいんだよね、風水的なそんな意味で。

 僕が無言でパソコンを持っていこうとすると、それまで僕のことなんて全く気にかけずソファーに腰かけてずっとテレビを見ていたはずの母さんが急に口を開いた。


「あら水樹、今日どこか出かけないの? というか出かけなさい?」


 いきなり何を言い出すかと思いきや。

 今日は父さんと母さんも出かけないで家にいるのだろう。

 ジョギングから戻ってきた父さんは、隅のテーブルで仕事用のノートパソコンになにやら文章を打っている。

 つまり暗に僕はジャマだからどっか行けということか。いやこれは暗でもなんでもない言葉通りだ。

 雫はさっき出かけたみたいだけど、泉だって部屋にいるはず。この母親、なぜか僕には厳しい。

 だいたいそう言われても、僕は昨日もさんざん一人で外をぶらぶらうろついてもうネタ切れなんだよね。

 お金だってそんなにないし、正直今日は家にいたい。


「ほら、おこづかいあげるから今日一日どっかで遊んできなさい」


 僕の思考を読んだのか、ひらっと一枚お札を渡してきた。

 なんと万札。

 一ヶ月のおこづかいより多いんですが……。どんだけ厄介払いしたいんだよ。


「お金だけ渡されてもなあ……」

「伊織ちゃんとデートでもしてくればいいでしょ」

「いやいやデートって……。そんなアレじゃないし……」

「なに? ケンカしてるの? もう、なら金の力を使って解決すればいいでしょ」

「なにそのすごい引っかかる言い方」

「二人でご飯食べて、映画でも見て、ホテルでご休憩、一万でなんとか足りるでしょ?」

「最悪だ……」


 確かに美人かもしれないけど僕やっぱこの人苦手だ。


「なによ冗談でしょお。とかなんとかいいながらどうせやることやってんでしょうし」

「いややってねえし」

「またそういう口のききかたぁ」


 これ以上この人としゃべっていてもラチがあかない。

 このまま家にいてもウジウジ言われるだろうし、僕は泣く泣く家を出ることにした。



 ◆  ◇


 

 外は嫌というぐらいの快晴。カラリとした陽気で風が涼しいが、日差しがアスファルトに反射して普通に暑い。

 長袖のシャツにGパンという格好だが半そででもいけるぐらいだ。

 さて、勢いあまって外に出たはいいがどうしたものか。

 まさか二日連続で家からほっぽり出されるとはね。

 また駅前のゲーセンにでも行って時間潰すか……。昨日も行ったんだけど。

 いや待てよ、今は一万あるし、これでゲームでも買おうかな。余裕で新作のゲーム買える。

 なんか面白そうなゲームがないかネットで調べて……。

 

 とりあえず駅方面に向かおうとスマホをいじりながら、バス停の方角へ歩き出す。

 歩き出してすぐ、視界の端に反対側から歩いてくる人影がうつったので、目線はスマホに落としたままよけようと横にずれた。

 結構大きめにずれたはずなのに、相手も同じようにずれたのか、目の前まで来てぶつかりそうになってしまう。

 なんでこっちのほうによって来るかなあ、と思いながらまたずれてすれ違おうとする。

 するといきなり、がしっと強引に二の腕をつかまれた。

 あやうくスマホを取り落としそうになる。

 腕にぶつかったとかではなく、明らかに腕をつかまれている。それも結構強めに。

 僕は、えっ? と思ってようやくそこで初めてスマホから目を離し顔を上げた。

 するとそこには不審者を見る目のおまわりさんが……ではなく、もっと恐ろしい人物が立っていた。


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