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「うん、大体お前の思ってるとおりだな」


 第一声、さらっとそんな風に言われた。


 長いぼっち一人旅から帰宅したその日の夜、両親は僕より一足先に帰宅していた。

 一家五人で遅めの夕食を終え、すでに妹たちは自室に戻っている。

 残った僕はリビングでテーブルをはさみ、父さんに問いただした。

 妹たちのこと。嫌悪感を抱くようにかかっていたらしい暗示のこと。

 それがどんな内容なのか。どうしてそんなことをしたのか、などなど。


 普通に考えたら勝手にそんなことをするなんて信じられない、ありえないことだ。

 それをこんな風に軽く返されたら、父親という人間を信じられなくなるだろう。

 こういう場合、つかみかかって怒りをぶつけたりするのが当然の流れだとも思う。

 でも僕は、そうはしなかった。

 というか、到底そういう気にはなれなかった。


 普通ならそういう反応になるのだろうけど、そもそも僕と妹たちとの関係からしてちょっと普通ではなかった。

 僕があまりにも妹たちを溺愛しすぎていたというのが原因なんだけど……。その上お互いがお互いだし。

 それに実際この暗示に助けられた場面も数知れず。僕自身もそれを利用していたフシもある。

 まあ暗示というか、兄妹でそういう気分にならないのは普通のはずなんだけど。

 もともと僕がちょっと異常なのと、あと妹たちがかわいすぎるのも悪い。


「確かに勝手にやったのは悪いとは思ってるが……」


 事前に説明すると全くかからなくなるケースもあるらしい。

 それにそこまで効果のあるものだとは思っていなかったともいう。

 最後にかけたのが半年前で、もうそれで最後にしようと思っていたらしい。

 これまでにも顔を見てもなんともならないことがときおりあった。おそらく暗示が自然に消えかかっていたのだろう。

 

 とりあえずひとつの謎は解決した。

 実のところ、コレに関しては裏がとれたというだけですでに僕の中ではほとんど確信に近いものがあった。

 驚きはあったけど、すでに昨日十分驚いているからそこまでの衝撃はない。やっぱりそうかぐらいの感覚。

 今それより問題なのは……。


「これって……もちろん雫と泉は知らないんだよね?」

「知るわけないだろ」

「し、知るわけないって……妹達にちゃんと事情を説明しないと!」


 きちんと説明すれば、二人もきっとわかってくれるはず。

 そうすれば、元通り仲良く……。


「あ~、それに関してなんだが……いいんじゃないか? 適度な距離感があるほうが」

「いや適度っていうかほぼ無視されてるし、泉には変態扱いされてるんだよ僕は!」

「俺だってたいてい無視されてるんだが。それにお前が変態なのと暗示の話はあまり関連性がないと思うぞ」


 確かに僕が二次元のエロ画像を集めるのはただの本能だった。

 いや、使命といってもいい。

 

「だ、だとしてもこのまま誤解を生んだままじゃ……」

「誤解を解いてどうするつもりだ?」

「どうするもこうするもないけど……」

「実際今な、どうなんだあの二人のこと」

「どうって……そりゃかわいいよ」

「かわいい、ねえ……。まさかとは思うが……もう大丈夫なんだろうな?」


 その一言にぎくりとしてしまう。

 確かにこれまでは、ふざけて迫られても顔を見ればセーフだった。

 ただ今は……どうなるかわからない。執拗に嫌悪されるのも困るけど、かといって以前のような距離感になったら……。

 い、いやいや、さすがにないでしょう、実の妹でそんな……。

 だが正直なところ、妹はブサイクという期間が長かったせいで、今の二人がその妹ではなくどっかの別人みたいな錯覚を覚えていたりして。

 それに最近変なヤツがちょくちょく顔を出して勝手な言動をしたりして、不安要素てんこ盛りだ。

 とはいえここで大丈夫じゃないなんて言えるわけがない。

 

「…………だ、大丈夫に決まってるジャン」

「今の間がマジで怖いんだが……。やっぱダメだな。説明の必要なし」

「い、いやでもやっぱり……」

「どうしても言いたければ構わないが水樹、これからもしなにかあったときは……わかってるな?」


 そう言って威圧感たっぷりの目で僕の顔を覗き込む。

 これは隔離……いや家を追い出される予感……はっ、まさか去勢? 去勢なのかしら?


「……ちょっとしばらくは様子を見ようかな」


 結局折れた。

 まあ別に焦ることもない、徐々に慣らしていくのが安全か……。

 結果的に父さんの思惑通りといえば思惑通りなんだけど……、つけいる隙がないというか。

 しかし父さんがそれでよしと言わんばかりの満足そうな顔をしているのが弱冠気に入らない。

 と、ここでふとある疑問が浮かんだ。

 僕は一段声を落としてその疑問を口にした。

 

「そういえば、母さんってこのことは……」


 実はさっきから、キッチンのほうで母さんは洗い物をしている。

 普通の声量で話しているから、これまでの会話が聞こえているんじゃないかと思うけど、父さんは気にしている様子がない。

 

「知らないよ。余計な事いうと混乱するだろ」

「えぇ~……余計って……」

「厳密には一応それとなく説明はしてあるんだが……ちょっと理解力がなあ。まあとりあえず俺の教育方針には口を出さないという話になっている」


 説明したら、私はよくわからないけどあなたの言うことに従いますとかなんとか言われたのかもしれない。

 まあ知ってたら余計ややこしくなってたかも……いや途中でうっかりネタバレしてそう。

 教育方針ねえ……、怒りこそ沸いてこなかったけど、文句のひとつも言ってやりたくなってきた。


「教育っていうか、こんなマインドコントロールみたいなマネ……」

「おいおいそんな人聞きの悪い……。マインドコントロール 洗脳って言うけどな、それに近い事はどこの親も無意識の内にやってるもんだ。親に植え付けられた偏った価値観や根拠のないタブー、行動パターンから抜け出せなくて大人になっても苦しんでいる人だって大勢いるんだぞ?」


 これだ、どんどん丸め込まれてしまう。

 父さんは日常のどうでもいいようなことは適当に流すんだけど、こういうことに関しては全力で反論してくる。

 なにかすごいこだわりがあるのだろうけど……。


「あらあら、水樹ったら今度はパパに反抗?」


 いきなり母さんが横から入ってきたからすごく驚いた。やっぱ普通に聞かれてるんじゃないか?

 父さんは聞かれても問題がないと思ってるのかもしれないけど。

 母さんは父さんが帰ってきてこのかたとても機嫌がいい。はっきり言ってちょっとうざい。


「大樹さん、水樹ったらわたしに向かってブスだのなんだのって。もうとんでもない反抗期なんですよ。ちょうど今ブスーとか鼻毛ーとかうんこーとか特に意味もなく言いたくなる年頃なんでしょうけど」


 それは小学校低学年の子とかだよね……。

 うんことか一言も言ってないんだけど。

 

「雫ちゃんと泉ちゃんにも反抗してるみたいだし。全くこの子は、ぴっぴっ」


 濡れたままの手で指をはじいて水滴をこっちに飛ばしてくる。

 ちゃんと手をふけ。

 しかしなんで僕が妹に反抗するんだか。

 母さんがいると話がどんどん変なほうへずれそうだから邪魔しないでほしいんだけど……。


「こらこら、ちゃんと手をふいてきなさい」

「はーい」


 父さんに注意されてキッチンのほうへ戻っていった。

 子供か。

 洗いものは途中だったらしく、再びジャーと水を流す音が聞こえてきた。

 

 さて邪魔者がいなくなって、まだ話は終わりではない。むしろここからが本題。

 父さんの説明を聞いても、つじつまが合わないことがある。


「あの……さっきの暗示のことなんだけど、どうやら妹たち以外、にも反応が起きてたみたいなんだ。た、たとえばその、母さんとか……」

「……ん? どういうことだ?」

「や、だから、妹たちの他にもそういう風に見えてしまうっていう」


 今日帰ってきて顔を合わせてびっくり、なぜこの母親を不美人だと思っていたのか。

 中身の部分でイラっとすることはあるけど、顔を見ただけで不快になるはずがなかった。

 

「ん? そう言われても俺は知らんけど。あくまで対象は妹のみのはずだが」

「そうは言っても、それだとやっぱおかしくない? 雫と泉って昔から母親似だって言われてたし、実際に似てるし。そうなると妹たちだけブサイクっていうわけにはいかないような」

「別にブサイクにするという暗示ではないんだが……。……う~ん、考えられるのは、妹だけをブサイクとするとつじつまが合わなくなってくるから、脳が勝手に調整したんだろう。なるほど、そういう事が起きるのか…………いや待てよ、というよりは……」

「ち、ちょっと待って、ここまでは考えてなかったって事!? これって、なんか僕ヤバいんじゃないの?」

「まあ焦るな、それより他にそういう例はなかったのか?」


 そういわれてまず思い浮かぶのが二宮さんだ。

 彼女の場合複雑で、最初は特にそんなことはなかったんだけど、雫に似てるって言われてから意識しだして……。

 そもそもごく最近まで彼女の存在自体あまり意識していなかったし。

 昨日会ったときには嫌な感じはさっぱり消えていた。それに部屋で間近で話をしてた時、やっぱりそこまで似てはいないなとも思った。

 

 そしてもっとよくわからないのが伊織だ。雫とも泉とも似てない。

 影響が出始めたのは厳密には覚えてないけどもっとずっと前から、時期的には妹たちとさほど変わらない気がする。

 そもそも妹たちの変化もいつとははっきりわからない。確か中学あがってしばらくして……だったと思う。

 

 というようなことを話している間、父さんは黙ってうなずきながら話を聞いていた。

 僕が話し終わった後もしばらく目線を一点に置いたまま考え込んでいる。

 その間僕はなんとも不安だったが、やがて結論が出たのかゆっくりと口を開いた。

 

「……えーっとだな、これはお前の美的感覚が狂ったとかそういう話ではなくて、認識の問題だな。お前が誰をどう認識するか、ということが問題であり、実際に容姿が似てるか似ていないかは関係がない。妹と似ている、と認識するまでは反応は起こらない。だからその、二宮っていう子はちょっとは雫に似てるのかもしれないが、実はそれはあまり関係がない。それなら彼女を初めて見た瞬間に反応が起こらなければおかしいからだ。極端な話、たとえ二人が瓜二つだろうと、お前が似ている、と思わない限り影響はないということだ」

「いやでも瓜二つだったら似てるって思うでしょう」

「だから極端な話だ。たとえば町を歩く人全員が雫か泉そっくりだったとしても、お前が一人ひとりの顔を見てそれに気づかなかったら問題はないと言うこと」


 わかったようなわからないような……。

 要するに僕がどう思うかってことなのか。人の意見に流されやすいところは確かにあるからなあ。

 だけど……。


「でもそれだと伊織のほうの説明が……」

「それは、おそらく妹、というほうに反応したんだろうな。実際には妹ではなくても、お前が相手を妹のように思っていたらそうなってもおかしくないと考えられる」

「い、妹って、まさかそんな……」


 思い当たるフシはある。

 昔よく遊んでたころは、一人妹が増えたなんて勝手に思ってた。

 それがそのまま、ちょっとこの前までそんな感覚だったかもしれない。

 そんなバカな……だけど、確かにそれだと筋は通る。


「うーむ、暗示を妹、ではなく雫と泉に限定しなかったのがいけなかったのか……。だが水樹よ、勝手によそんちの子を本気で妹扱いしてしまうのもどうかと思うぞ」


 僕の反応を見て、自分の推察に手ごたえを感じ取ったのか父さんはゆっくりひざを立てて立ち上がる。

  

「さて、これでひとまず疑問は解決か。俺もちょっと頭を整理したいから一回風呂でも入ってくるかな」

 

 僕も今までの話の整理がまだ追いついていない。

 一度考える時間が欲しかったが、その前に最後に一つ、どうしても今確認したいことがあった。

 実はこれこそが僕が最も気になっていたこと。

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