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「はい二人ともストップ」


 そう言って僕は二人の頭に手をのせた。

 急な第三者の介入により、二人の言い争いが一瞬ぴたりと止まる。


「なつみちゃんごめんねー、さっき僕がふざけたせいでなんか誤解させちゃったみたいで」


 無理やりに笑顔を作って言った。

 僕がいきなりそんなことを言い出したものだから、案の定なつみちゃんはぽかんという顔をしている。


「え? それって……」

「そうそう、さっきの全部冗談だから」


 できる限り軽い感じで言い放った。

 自分でもびっくりするぐらいうまいこと軽いノリで言えた。

 これなら……。


「お兄さんひどいです、もぉ~」

「ごめんごめん」


 問題のなつみちゃんの反応は、怒るどころか、嬉しそう。

 こうも簡単にいくなんて自分でも驚きだ。

 そしてなによりもすばらしいのは僕のこの余裕っぷり。

 やはり思い込みの力はすごい。僕もまだまだ捨てたもんじゃない。


「じゃ、悪いんだけどこれから彼女と約束があるからそろそろ出ないと」


 と言い残してさっそうと身を翻す。

 去り際に雫に視線を送ると、雫はとっさにわたしをかばって助けてくれるなんてお兄ちゃん最高と言わんばかりの顔でうっとりしている。

 これはもう仲直り待ったなしだね。

 



 ……みたいになるはず。

 たぶん。きっと。必ず。

 半ばヤケクソ気味に自分に言い聞かせた。


 現実に巻き戻った僕はプランどおり、まず二人の頭に手をのせようと試みる。すべてはここからだ。

 しかしその直前まで来て、僕はためらった。

 実際目の前にしてみるとこれはかなりハードル高いことに気づいた。

 なぜ僕はそんな少女漫画のイケメンぐらいしか許されないような行動を第一にしようと思ったのだろう。

 雫ならともかく、赤の他人の女子の頭をいきなり触るとかやっぱり無理。同時に二人とか。

 だがすでにずいっと二人の間に出てきてしまってはもう進むしかない。


 苦心した結果、片方の手は頭にのせてもう片方の手は上げたままで固まるというなんとも滑稽なポーズになった。

 自分でも何をしているのか本当に意味がわからない。

 この時点で僕の計画はガタガタだった。しかし今度こそ後には引けない。

 ここで終わったら、ケンカする二人の間でいきなり天地魔闘の構えを披露しただけの完全なるキチガイで終わる。

 しかも雫の頭に乗せた手は雫に速攻で払いのけられるという。邪魔、ともなんとも言われず無言で。大魔王の最大奥義は簡単に破られた。

 それでも僕は、なんとか口だけは動かす。


「ふ、二人ともス……「そもそもなつみなんてはじめから眼中にないから!」「なんで雫がそう言い切れるの? それこそ勝手な思い込みでしょこのブラコン!」「は、はあっ!? そ、そういうんじゃないし!」


 誰だよ、二人の言い争いが一瞬ピタリと止んだなんて言ってたヤツ。

 完全にスルーされてますが。いないものとされてますが。

 こうなると僕ももう帰りたいんだけどね。女子二名が見てるし周りの目とかあるから、何度も言うけど引くに引けないんだよね。


「なっ、なつみつぁん……ご、ごめん、さっき僕がふ、ふざけたせいでなんか誤解……」


 いきなりちゃんづけとかないわー。という僕の心の底での意識が邪魔したのだろう。

 なんか力士っぽくなってしまった。なっつぁんです。

 僕のふざけた思考が読まれたのか今一瞬なつみちゃんがこっちにガン飛ばしてきた。

 が、また再び無視して雫と煽りあい宇宙を続ける。

 

「雫の場合なんかマジっぽくて笑えないっていうか」

「な、なに言ってるのか意味わかんないんだけど~」


 二十秒、いや十五秒でいい。十五秒時を戻してくれ。そしたらひとまずアホな計画もとい妄想をしていた自分を殴るから。

 百歩譲って放置されるのはまだいいとして、さっきから突き刺さるのが残り二人の女子の視線。

 なにかまたこそこそと耳打ちし合っている。

 女子がこっちを見てひそひそやってたら悪口だと思えと誰かが言っていた。

 僕はあれが最高に苦手だ。

 これは……このままでは……、とにかくなんとかしないと。

 

「だ、だからその……、あー、えーっと、あれだ、じ、冗談! 冗談!!」


 耐え切れなくなった僕は余裕などと言う言葉はすっかり忘れ声を張り上げた。


「冗談……?」


 なつみちゃんがギラりとした目を僕に向けてくる。

 やっと通じた、と思ったらこの眼光。

 ごめんなさい、ととっさに謝りそうになるこの気迫。

 落ち着け、ここはあせらず軽いノリだ。

 

「……それって?」

「そうそう、さ、さっきのが全部、じ、冗談っす」


 軽いノリというか、ただの三下っぽい感じになってしまった。主人公の仲間とかに瞬殺される系の。

 それでも最悪重い感じにはならなかったのが救いか。

 はたしてどうか……?

 なつみちゃんは一度視線を外すと、雫と向き合っていた体を僕のほうに向けた。

 そして改めて一言。


「そういうのってないと思います」


 真顔で言われた。

 ですよね。ないですよね。僕もうすうすそう思ってました。

 

「私、まじめに話をしてたのに……」

「……す、」


 反射的にすいませんでしたと言いそうになり口をつぐむ。

 それをしてしまうと普通に先生とかに怒られている感じになってしまう。

 上下関係がはっきりして、明らかに下、になってしまう。一度下になってしまったら最後抜け出せなくなりそうだ。

 謝るにしろ上から謝るのだ。ごめんね~、だ。それかごめんごめんとか。

  

「ごっ「それに、そうならそうともっと早く言ってくれれば……」


 かぶった。

 いかん。ごめんねを差し込むタイミングすらわからなくなってきた。

 この状況で年下の女の子に説教されて、さすがにこれがご褒美と思えるほどには僕も完成していない。


「正直あんまり冗談っぽく聞こえなかったっていうのもありますけど……」

 

 まあ本当は冗談じゃないからね。ややこしいけど。

 そして僕がなおも謝るタイミングを逃し続けていると、不意に彼女は視線を落とした。

 その予備動作に僕ははっとする。

 ヤバイこれあれだわ、泣くヤツだわ。今度こそガチ泣きのやつだわ。

 次の必殺攻撃に対して防御体制を取った僕に、なつみちゃんは顔を上げて一言。

  

「でもそういうとこ変わってないですね。ふふっ、昔もそんな感じでよくからかわれました」


 なんと、笑顔。

 さっきまで半泣きで口論していたとは思えない。

 うれしそうに続ける。

 

「あとさっき、なっつぁんて呼ばれるの久しぶりで、なんか懐かしい。名前、覚えててくれたんですね」


 いや覚えてなかったんですけど、あなたが渡してきた名刺もどきみたいなのに書いてありましたし、さっきからうちの妹が連呼してますしで。

 それにさっきのはなつみつぁんって噛んだだけなんだけど……。


 …………あ。今なんかちょっと思い出した。

 そういえばなっちゃんという子がいて、それだといろいろかぶるから嫌って言われたから、機動兵器をイメージしてナッツァーンって感じで呼んでいたような……。

 確か、その子のことはひたすらからかっていじっていたような記憶しかない。あれがそうだったのか……。

 昔のことって今思い返すと痛々しい言動ばかりだから、極力思い出したくないし思い出さないようにしているからなあ。

 まあいいや、なんか知らんけど窮地は脱したようだ。

 過程はアレだったけど結果的にほぼ計画通りなのでは?

 あとはさっさとこの場から抜け出すことができれば……。


「は、ははは……。そういうわけで冗談だからさ……」

「そうですよねえ、やっぱり彼女いますよねえ。かっこいいし、絶対モテますもんね~」

 

 かっこいいしモテる……? 

 また一瞬頬がこわばりかけたが、どうもひっかかるのはこの期に及んでまたこの子が冗談とか皮肉を言っているようには思えない。

 思い出補正乙とでも言っておけばいいのだろうか。

 

「といいつつショックを隠せないなつみであった」

「そりゃ彼女いるよね~」


 噴火が収まったと思ったのか、外野の二人が便乗してくる。

 一方僕はますますわけがわからなくなってきた。

 自分で自分をブサイクだと思い込んでいただけで、実は僕ってかっこよくてモテそう、なのか?

 よく考えると誰かから面と向かってブサイクって言われたことはない……けど、その逆も言われたこともない……ようなあるような。

 いやでもそんなわけない、鏡を見たときのあの不快感は自分でよく知ってる。鏡を見れば一発だ。

 

 ふとちらりと雫の顔を見ると、ばつが悪そうな顔をして黙り込んでいる。

 必死に僕をよく見せようとしていたのなら、この状況を喜んでもいいようなものだけど。

 やはり社交辞令的な何かなのかな。

 僕が見ていることに気づいた雫は、一瞬なにか言いたそうな顔をしたがすぐに視線をそらした。

 よく考えると雫からしたら余計な手助けは無用ってことだったのかな。勝手なことをしてまた機嫌を損ねてしまったか。

 まあいい、とりあえずはもう大丈夫なようだし、これ以上新たないざこざが起きる前に退散するとしよう。

 この後雫となつみちゃんがぎくしゃくするのかもしれないけど、さすがにそこまで面倒を見るキャパシティは僕にはない。

 

「そ、それじゃあ、これからあの、か、彼女と約束があるからこのへんで……」


 彼女というワード、なんか口にするだけでも抵抗があるなあ。

   

「あっ、じゃあまた」

「「さよなら~」」


 引き止めてはまずいと思われたのか、案外すんなりいった。

 そそくさと靴を履き替え、玄関を出る。

 今日はもう夕方、いや夜まで家には戻れないな。これはぼっちフルコース確定か。

 本当は家でアニメ見てからゲームやりたかったんだけど。

 僕はやや気の進まない足取りで、とりあえずは公園のトイレに向かうことにした。


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